全員に紙が行き渡り、その場は解散となった。ここからは、クラスごとだ。僕は教室へと向かいながら、もう一度紙に書いてある名前を見た。
まなみ
……誰だ?
僕はてっきり、同じ学年の女子のフルネームが書いてあるものだとばかり思っていた。それなのに下の名前だけで、漢字ですらない。これでは誰だか分からない。
僕は首を傾げながら、教室へと戻ってきた。中に入ると、女子たちはすでに教室に揃っていた。
女子たちは皆、男子たちの姿を見て一様に顔を引きつらせ、俯いた。いきなり、しかも同じ学年の男子の奴隷なることを宣告されたのだから、当然の反応だろう。
他の男子たちもぞろぞろと教室に入ってきたが、さすがに騒ぎ出す者はいなかった。ここで「うぇーい、お前ら全員奴隷でお気の毒様ー」なんて煽りでもしたら、いくら奴隷相手でもただでは済まないだろう。
全員が大人しく自分の席につくと、教壇に立つ担任が話し始めた。
「さて、ここには20組の主人と奴隷がいます」
その言葉で、僕は男子たちには同じクラスの女子が奴隷として割り当てられたことを知った。いや、逆か。男子に奴隷を割り振った後で、同じクラスになるようクラス分けをしたのか。
「今、左隣に座っているのが君たちの奴隷です」
担任の言葉に、僕は左隣の女子を見た。
そこに座っているのは、
彼女とは、確か一年のときも同じクラスだったと思う。ポジション的には陽キャギャルで、陰キャオタクの僕とは対照的な存在だ。教室の中心でギャル仲間と一緒に盛り上がっているのをよく見かける。明らかに住む世界が違うし、今後も交わることがないだろうと思っていた。
濃い目の茶髪のショートカットで、身長がかなり低く150センチくらいだと思う。確か、ダンス部所属だったはずだ。スレンダーで腰の位置が高く、スタイルは良い。さらに、巨乳ではないものの、制服の上からでも分かる程度に胸のふくらみはある。
他の男子たちと、女子について話したことがある。その時も、彼女は結構人気が高かった。間違いなく、当たりの部類ではあると思う。
僕は無遠慮にじろじろと眺めていたら、沢北さんはぷいとそっぽを向いてしまった。
「彼女たちは奴隷として苗字はもちろん、名前の漢字さえ失い、人間以下の存在になり下がりました。手元の紙と横の奴隷が一致しているか、確認してください」
担任は平然とエグいことを言っている。僕は手元の紙をもう一度見た。そして、左隣を見る。沢北真奈美――確かに「まなみ」だ。
「これから男子たちにはリモコンと奴隷育成の手引きを配ります。リモコンの使い方を含めて、分からないことがあったら手引きを確認するようにしてくださいね」
担任の言葉に、僕は再び前に向き直った。担任は教壇の上に置いてあった箱を開け、男子たちにだけ配っていく。
配布中も男子たちは皆、ワクワクを抑えきれないという様子で楽しそうだ。一方で女子たちは全員が絶望の表情で負のオーラを放っている。あまりの温度差に風邪を引きそうだ。
そして僕の手元にも、リモコンと奴隷育成の手引きがやってきた。僕は何の気なしに、冊子の表紙をめくった。そこには、こう書いてあった。
『本日、貴方の目の前にいる女子はすべての人権を剥奪され、奴隷となりました。そんな奴隷を意のままに操るすべを、ここに記します』
ちょっと見ただけでおそろしいことが書いてある。
先生は必要なものは配り終えると、締めに入った。
「今日はもともと健康診断が終わったら午前中で終わりの予定でしたから、これで終わりにします。早く帰って、主人と奴隷で親睦を深めるといいと思います」
それだけ言うと、先生はスタスタと教室を出て行った。
先生が出て行った後の教室は、いつにも増してうるさかった。そのほとんどが男子側の声だ。皆、興奮しているのがありありと伝わってくる。
僕は沢北さん――いや、まなみか。心の中で言い直し、そして改めてまなみを見た。
「ひとまず、教室を出ようか」
「……うん」
まなみはサッと目を逸らしてしまい、目は合わない。それでもまなみは同意し、僕たちは二人でそそくさと教室を出た。
昇降口から靴を履いて外に出る。僕は振り返って尋ねた。
「えっと……どこで話そうか」
まなみは顔も見たくないとばかりに顔を背けて、不機嫌そうに言った。
「どこって……小森君の家に行くしかないんじゃないの……?」
僕にとって、それは予想外の返答だった。てっきり、近くのファストフード店やらカフェやらで話すものだと思っていた。状況がつかみきれていない僕の様子を感じ取ったのか、まなみは付け加えた。
「わたし、スマホとか財布とか、全部取られちゃったから。そういう場所はどこも行けないよ」
そうだった。すべてを剥奪ってことは、そうなって当然だ。だったら、一旦家に戻って……と言いかけて、僕は危ないところで思いとどまった。家族に売られたまなみには、帰る家はないんだ。
「そ、そうだよね。じゃあ、僕の家に行こう」
僕の提案に、まなみは頷いた。
僕はまなみを連れて学校を出た。駅へと続く道から左手に見える学校のグラウンドでは、サッカー部が練習を始めている。
僕はサッカー部の所属だったが、三年になったタイミングで引退していた。一番の理由は実力だ。
ベンチ入りメンバーの当落線上くらいにはいたが、レギュラーになれる見込みは全然なかった。それに、別にうちは強豪校というわけでもない。早めに見切りをつけて、勉強に専念したほうがいいと思ったのだ。
しかし今思えばのことなのだが、先生は三年になったタイミングでの引退を部員全員にそれとなく勧めてきていた。表向きの理由は学業専念だったが、実際には奴隷育成を考えてのことだったのではないか……そんな邪推をしてしまった。