僕は部屋に戻って、鞄から真新しい教科書を取り出した。
明日からは三年生になって初めての授業が始まる。少しくらいは予習をしておいたほうがいい。僕は机に向かって勉強を開始した……のだが。
予習は、五分と続かなかった。
教科書のページをめくるたび、頭に浮かんでくるのはまなみの裸体だった。まなみの恥ずかしそうな表情、形の良い胸、華奢な腰、きれいに剃り上げられた割れ目、スラリとした尻から足へのライン。
教科書の内容など、一ミリも入ってこない。僕は諦めて教科書を閉じた。そのまま、ベッドに倒れ込む。
机を離れても、僕の頭を埋め尽くしているのはまなみだった。股間はさっきから勃起しっぱなしで、今なら何発でも抜けそうだ。
僕は股間に手を伸ばしかけたが、ギリギリのところで踏みとどまった。この後もまなみと顔を合わせるというのに、精液の匂いをさせながら過ごす勇気は……正直ない。
僕は悶々としながら、ゴロゴロと時間を潰す。
コンコン、と部屋の扉がノックされる。僕はベッドから飛び起きた。ドア越しにまなみが話しかけてくる。
「お風呂沸いたけど、どうする?」
「え、お風呂?」
僕は思わず聞き返してしまった。最近はシャワーで済ませてしまっていたから、お風呂にお湯を張ったのはいつ振りだろうか。
「余計だった?」
僕の声色を聞いて察したか、まなみが心配そうに聞いてくる。僕はドア越しなのも忘れて、ブンブンと首を横に振る。そして、急いで返事をした。
「いや、入るよ」
「冷めないうちに、早めにね」
トントントン、とまなみが階段を降りていく音が聞こえる。僕は着替えを持って風呂場へと向かう。
風呂場の扉を開けて中の様子をうかがうと、湯舟にはたっぷりとお湯が張られていた。もくもくと湯気が立ち上っている。
先にまなみに入ってもらったほうがいいのではないかと一瞬だけ思ったが、すぐに思い直した。余計な気遣いは逆にまなみを惨めにするだけだ。まなみの主人として、堂々と先に入ったほうがいいと思う。
手早く服を脱いで、風呂場に入る。浴槽のお湯に軽く触れると、いい湯加減だった。僕はいつものルーティーンで、まずは髪から洗っていく。髪についたシャンプーをシャワーで洗い流したところで、脱衣所に人の気配を感じた。
「背中、流そうか?」
予想もしていなかったまなみの声に、僕は飛び上がった。
「い、いや、いいよ。一人で入るよ」
「……そう。何かあったら、呼んで」
そう言い残してまなみは脱衣所を出て行った。
いきなり、どうしたのだろう。僕は不思議に思いつつも、今度は身体を洗っていく。洗い終わると、僕はお待ちかねの湯船に身体を沈めた。
「あ゛ー……」
熱々の風呂につかるのは久しぶりだ。気持ちよさに、無意識に声が出てしまう。すっかりリラックスした僕は、そういえばと、先ほどのまなみの態度を思い出した。
リビングで向かい合った時のまなみは、当然恥ずかしがってはいたものの、覚悟を決めた様子だった。それが、部屋のドア越しであったり、風呂のすりガラス越しに聞くまなみの声は妙に気弱で、僕の機嫌をうかがっていたように思う。
買い物中に、何か変なことを言っただろうか。いろいろと抜けている自覚はあるだけに、無自覚で傷つけてしまった可能性も否定できない。理由が分かれば、いくらでも謝るのだけど。
そんなことを考えていたら、身体が火照ってきた。僕は答えを出すのを一旦諦めることにする。
風呂から上がってパジャマ代わりのジャージを着ると、僕は脱衣所のドアをゆっくりと開けた。
ドアの先に見えるキッチンには、夕食の準備をするまなみの後ろ姿があった。僕がドキドキしているのは、風呂上がりで体温が上がっているからなのか、目の前にまなみの裸体があるからなのか。たぶん、両方だ。
僕は平静を装ってまなみに呼びかけた。
「上がったよ。まなみも入ってきたら?」
まなみは僕の声に小さく飛び上がると、振り返ってぎこちなく笑った。
「準備できてるから、先にご飯にしない?」
そう言われては断る理由はない。僕が頷くと、まなみは出来上がった料理を器によそい、テーブルへと運んでいく。
テーブルに並んだ料理を見て、僕は目を見張った。ボリューム満点の焼き魚定食だ。焼鮭をメインにご飯とお味噌汁、副菜は五種類もある。そんなに上手じゃないというのは謙遜だろうとは思っていたが、ここまで素晴らしいものが出てくるとは思っていなかった。
とても美味しそうで、すぐにでも食べ始めたかったのだが……一つ、気になることがあった。
「まなみの分は?」
そう、テーブルには一人分の食事しか用意されていなかった。まなみは配膳は終わったとばかりにテーブルの横に待機しており、自分の分を運んでくる様子はない。そりゃまあ、まなみの裸をおかずに食べるご飯は美味しいだろうけど……。
僕の指摘に、まなみはバツが悪そうに目を伏せた。
「わたしは、後で食べるから……」
「え、なんでわざわざ。一緒に食べればいいじゃん」
僕がそう言うと、まなみは渋々自分の分をテーブルに運んできた。しかし、その内容は焼鮭は無し、品数も半分という、残り物定食としか言えないような代物だった。
「……ご主人様が優先かなって」
そう言い訳するまなみだったが、それで納得するわけにはいかない。僕はまなみには健康でいて欲しい。負担をかけているのは重々承知の上で、やつれた姿のまなみを見たくはない。僕はまなみを諭すように言った。
「そういうのは気にしなくていいから、ちゃんと食べなよ」
「……ごめん」
まなみは小さな身体をさらに小さくして、シュンとなった。僕は自分の鮭を半分と、いくつかの副菜をまなみの皿に乗せた。そうして、一・五人前くらいの量を、二人で分け合って食べた。
僕としては、まなみが作ってくれたご飯を一緒に食べるだけでも大満足だったのだが、それはそれとしてまなみのことが心配だった。
僕に遠慮したり、献身的だったり、奴隷らしいといえばそうなのだが、まなみらしくはないと思う。
どうしたの、と一言聞いてしまえば早いのかもしれないが、なんとなく躊躇してしまう。主人からの質問に、奴隷が委縮せずに正直に答えてくれるかどうかは、かなり怪しい。別に僕は、まなみを威圧したいわけではないのだ。
「美味しいね」
「……」
結局、僕の口からは何の面白味もない感想しか出てこなかった。