「ごちそうさま」
僕はまなみの作ってくれた料理を食べ終えた。ほとんど同時に、まなみも最後の一口を飲み込む。まなみはすぐさま立ち上がり、食べ終えた食器をキッチンに運んでいく。
「僕も手伝うよ」
「わたしがやっておくから、気にしないで」
あっさりと拒否されてしまった。でも、と言いかけたが、思いとどまる。
思い詰めている様子のまなみを無理やり手伝っても、事態は好転しない可能性が高い。だったら、むしろ一人にしてあげたほうがいいのかもしれない。
「じゃあ、僕は部屋に戻ってるね」
そう言うと、まなみは明らかにホッとした様子だった。やっぱり、今はそっとしておいたほうがよさそうだ。とはいえ、部屋に戻る前に釘を刺しておく。
「お風呂はちゃんと入ってね。沸かし直していいから」
「うん」
これは言っておかないと、まなみはぬるいお湯で我慢しかねない。僕はその一言だけ言い残して、そそくさと部屋に戻った。
僕は部屋に戻ると、鞄から冊子を取り出した。教室で先生からもらった、『奴隷育成の手引き』だ。ベッドに寝転びながら、ページをめくる。
目次を眺めると、ちょうど気になる項目が見つかった。「奴隷とのコミュニケーション」……これだ。ページをめくると、冒頭にはこう書いてあった。
『主人と奴隷の間でコミュニケーション不全を起こす例は、数多く報告されています。当校独自の調査では、主人、奴隷ともに最も多く抱える悩みはコミュニケーションに関連するものです』
まさに、今僕が一番知りたい内容だった。僕は俄然興味をひかれて次のページをめくる。
『主人と奴隷は、一般的な友人とは違って明確な上下関係があります。主人の言葉は"会話"よりも"命令"に近く、友人のようなコミュニケーションは成立しないのです』
そう、その通りだ。僕は手引きの内容に完全に同意した。今の僕の発言は、まなみに強い影響を与えすぎてしまう。迂闊に変なことを口走って、誤解されてしまっては取り返しがつかないのだ。
さらにページをめくる。
『だからこそ、まずは立場を明確にすることが重要です。命令をし、従わせる。罰を与えるのも効果的です。会話するのではなく、隷属させることを第一に考えます』
……雲行きが怪しくなってきた。
罰とかそういう話を知りたいわけではない。僕はまなみと健全なコミュニケーションが取りたいだけなのだ。
『奴隷に本音を話させる必要はありません。奴隷自身の意思などは無いものとして扱い、主人のためを思って動く従順さを身に着けさせることが、奴隷の主人である貴方の役目なのです』
僕は、無言で冊子を閉じて、部屋の隅に向かって放り投げた。
よく考えてみれば、この手引きは学校が作ったものだ。女子の人権をはく奪して奴隷にしてしまおう、と考えるような人たちである。奴隷の心に寄り添うような内容が書いてあるはずがないことに、もっと早く気づくべきだった。
一方で、僕の心は揺らいでもいた。僕はまなみの本音を知りたかったし、悩んでいるのなら相談に乗りたいと思っていた。
しかし、それは僕のエゴなのだろうか? 割り切って、まなみをただの物のように扱ってあげたほうが、むしろまなみは楽なのではないだろうか?
手引きの内容に引っ張られているような気がしないでもないが、ただ優しくすることがまなみのためになるとは限らないというのは、事実な気がした。
僕は身体を起こして、部屋のドアを見つめた。手引きを読みながらあれこれ考えていたから、部屋に戻ってきてからは結構な時間が経っている。さすがにまなみも片付けと風呂を済ませて、部屋に戻ってきているはずだ。話に行くなら今だと思う。
とはいえ、今日はいろいろあり過ぎた。僕ですらあまりのことに混乱して疲労を感じているのだから、まなみはそれ以上だろう。そんな時に部屋に押しかけても、困るだけじゃないのか。
ハァ、と僕は部屋で一人、ため息をついた。結局、僕の根は陰キャなのだ。今までの高校生活で自分から女子に話しかけたことのない僕にとって、今のこの状況はハードルが高すぎる。
明日でいい。うん、今日である必要はない。まったくない。
自分で自分にそう言い聞かせて再びベッドに寝転んだ、その時。部屋のドアを小さく叩く音がする。僕は驚いてドアの方を見た。ドア越しにまなみの声が届く。
「入ってもいい?」
「……うん」
話しかけに行く度胸も無ければ、拒否する度胸もない。心の準備もできていないままに返事をした僕の目線の先で、ドアが薄く開く。
まなみが不安げな表情でこちらを覗き込んでいた。