異界となる魔都に通じている門……通称“クナド”。
現世となる日本の各地方に出現して以来、長年その場に留まり続けているものもあれば、なかには突発的に発生し、忽然と消えてしまうものもある。
そんな得体の知れない現象によって一般人が魔都へと迷い込んでしまったり、逆に醜鬼が現世に出てきてしまったりする事案を人々は何時しか魔都災害と呼ぶようになり、令和の時代となる現代においても尚、その問題は消えることなく留まり続けている。
「………」
故に、その被害を一日でも多く減らすだけでなく、凶悪な醜鬼共を全て殲滅させることが今の自分の目標なのだと心の奥底から掲げている女性が一人。
草木などの自然物は一切生えておらず、代わりとして鋭く尖った鬼の角のような岩山が連なっており、尚且つ不毛の荒野と雷雲で覆われた空で構成されている異空間が視界を覆いつくすなか、彼女は只静かに瞼を閉ざしながら己の意識を集中させていく。
「………」
微かに澱んでいる空気。
所々に野ざらしに置かれている灯篭のような物体。
それらの点も含めて、あからさまな別世界と言わざるを得ない地の中で凛とした佇まいで姿勢正しく立ち尽くしているその者は、軍服に軍帽といった格好に続き、特徴的な耳飾りを着用している他、長い髪を靡かせている麗しの美女であることが窺える。
「……すぅ~……」
程よく実った胸に括れた腰つき。
しなやかな脚線美と端正な佇まい。
その全体的なスタイルは、まさに絶世の名に相応しいと称賛すべきであろう。
「………」
刹那、彼女の周囲から何かが一斉に湧き出す。
硬い地表から這い上がるように出てきたそれは、能面のような容姿に加え、歪な肉体を持つ怪物たち。
紛れもない黄泉醜鬼たちに他ならなかったが、そんな怪物たちに瞬く間に取り囲まれてしまった彼女はというと―――
「ッ!」
腰元に携えていた日本刀に手を掛けた瞬間、それを一気に抜刀させる。
横一線に切り裂くようにして素早く振るったその姿は、目にも止まらぬ速さであったばかりか、一斉に飛び掛かってきたはずの醜鬼達の胴体を一瞬にして上下に分裂させる程の実力を見せつける。
「ッ!」
また彼女の行いはそれだけでは留まらず、追い打ちとばかりに手にしている日本刀を振り続けながら次から次へと醜鬼達をみじん切りにさせていく。
「ハァ!!」
只の人間が怪物を相手に、一切臆することなく倒し続けていく。
否、厳密に言えば“桃”の能力を宿してはいるのだが、彼女が持つ能力は今まさに行われているものとは違い、純粋に自分自身の実力のみで怪物共を圧倒していたため、いろんな意味で只者ではないことが窺える。
「……ふぅ………」
やがて全て片づけたと判断したのか。
駒切にされた肉体が塵と化し、姿形そのものが消え去ってしまった醜鬼達を尻目に彼女は抜刀していた日本刀を鞘に納める。
「……ん?」
と、その矢先に懐に入れていた通信手段となるスマートフォン型の携帯電話から着信音が鳴り出す。
無論、それを片手で取り出した彼女が慣れた手つきで画面に触れた後に己の耳元に当てる。
《羽前組長!いま宜しいでしょうか?》
「日万凛か。どうした?」
現在の副組長兼部下となる者からの連絡に対し、淡々と傾聴しながら情報を耳にする。
どうやら電話の主曰く、運悪く魔都に迷い込んでしまった一般市民たちを発見したとのことで急ぎ現場に来てほしいとのこと。
当然ながら、その報告を耳にした彼女はというと合間を置かずにして了承した後に、部下との通話を遮断させる。
(急がなければ……)
現場までの距離はそれなりにある。
しかしながら移動手段となるものに関しては、今のところ彼女の周りには存在しない。
では、一体どうするのかというと……。
「……丁度良いタイミングで出てきてくれたな」
再び硬い地表から這い上がってきた新たな醜鬼が、その答えとなる。
「今からお前を私の奴隷にする。覚悟しろ」
不敵な笑みを浮かべながらそう口にした彼女の名は、“羽前 京香”。
魔防隊七番組の現組長であり、かつて恩人となる者たちに故郷を救われたことがある経験をもつ彼女は、己の道をひたすら歩み続けると共に、本日もまた魔防隊の組長としての任務をこなしていく。
―――
所変わって現世となる日本では、人々のごくありふれた日常生活がどこもかしこも見受けられるほどの穏やかで平穏な時が流れていた。
それぞれの仕事場で勤務に携わる社会人の姿もあれば、学校に登校している生徒たちが、教鞭をとる担当教師による授業を受けている姿も見受けられる。
そんな一人ひとりが何気ない時間を過ごしているなか、とある歩道の杉の木に寄りかかっている一人の男性が、視線の先にある繁華街に目を向けたまま優雅に欠伸をかましていた。
(平穏ってのは、実に良いもんだな……)
当たり前のことを考えながらその場に立ち尽くす彼の職業は、新聞、雑誌などのあらゆるメディアに報道用の記事や素材を提供するジャーナリストではあるのだが、所属している報道機関はなく主にフリーランスとして活動している。
それ故に定められた勤務時間という概念が無いためか。
のほほんとした雰囲気を纏わせたまま暫しのひと時を楽しんでいた。
(しかしまぁ……これも時代の流れって奴なのかね?)
黒味がかかった茶髪に短めの顎髭を生やしているほか、男前な顔立ちとなる彼の体つきは高身長かつ足長で、尚且つ筋肉質でありながらも引き締まった肢体というバランスの良い体格となっており、加えて服装は半袖の白シャツに紺色のジーンズ、並びに黒色のミリタリージャケット等を身に纏っている。
そんな彼は今、現代における社会情勢について少々の物思いに耽る。
(今となっちゃあ、どこもかしこも女性が優遇されてるからなぁ……)
現在の社会情勢における男女の扱いの差は、日常生活はおろか交通機関でさえも満遍なく現れており、例えば新幹線や電車などでは車両ごとに男女の区別がはっきりと分断されており、比率としては三対七といった割合となっている。
無論、どちらが優遇されているのかは言うまでもなく、汗水を垂らしながら満員状態の車両と戦っている男達とは真逆に、空いている車両に悠々と乗り込む主婦やOLなんてのはざらのこと。
あまつさえ教育面に関しても優劣の影響が諸に表れており、男性は高校卒業後は一般企業に就職し、社会人として働きに出るといった常識が蔓延ってしまっている始末と化している。
それもこれも現世に“桃”という存在があるから故の風潮とも言えるのだが、皮肉なことにその桃によって能力を得た女性たちが居るからこそ、今の世の中の平穏が保たれているといっても過言では無い。
「……さ~てと……行きますか」
なんとも世知辛い世の中になってしまったものだと内心ぼやきながらも、そっと寄りかかっていた杉の木から離れるなり何処かへと歩き出す。
仕事に戻るのか、将又ただ単に別の場所に移動するだけなのか。
それは彼のみぞ知る。
―――
その頃、醜鬼達が蔓延る異世界にて活動している魔防隊の七番組はというと……。
「きゃぁあ!?」
「た、助けてぇ!!」
「お二人とも!早くこちらに来てください!」
突発的に発生した門によって異界の地に迷い込んでしまった一般市民たち………否、厳密に述べるとスーツを身に纏っている二人のOLたちの救助に当たるべく、各組員がそれぞれ別行動を取りながら救助活動に勤しんでいた。
「こちらです!さぁ、早く!」
オフロード走行が可能で車体部分が少ない大型のジープの助手席の傍にて、懸命に両手を振りながら安全な場所まで誘導させる幼い女の子。
桃色の長髪が特徴的なその少女は、軍服を纏っていながらも身長や見た目などからして明らかに未成年であることが窺えるが、彼女もまた立派な魔防隊七番組のメンバーの一人とされている。
名を“大川村 寧”……年齢は11歳という最年少でありながら索敵係の非戦闘員として魔防隊に所属している健気な女の子である。
「ど~~~ん!!」
そんな寧が逃げ惑っている女子高生たちを車まで誘導している間、遠く離れた場所では残りの組員たちが女子高生たちを追いかけていた醜鬼達を相手に戦いに挑んでいた。
なかでも取り囲むようにして襲い掛かってきた複数の醜鬼達に対し、頭にリボンを付けた好奇心旺盛な美少女が張りのある声を発しながら己の力を開放した途端、みるみるうちに身長が大きくなっていき、終いには数十メートルにまで及ぶ巨人と化してしまう。
当然ながら周囲にいた怪物たちは次々と吹き飛ばされていき、受け身も真面にとれぬまま固い地面の上へと落下していく。
「がお~~!!」
その隙を狙ってか、巨大化した彼女が掛け声と共に盛大に片足を上げてから硬い地面を踏みつけると、瞬時に地鳴りと震動が一気に発生するのは勿論のこと尋常ではない衝撃波が彼女の周囲に沸き起こる。
となれば、彼女の周りにいる複数の凶暴な生き物はどうなるのかというと………見るも無残に弾かれてしまい、尚且つ粉々と化してしまう。
「ど~んなもんだい!」
見事にやってのけたとばかりに胸を張った後に、元のサイズへと戻っていく。
そんな彼女の名は“駿河 朱々”。
平凡な家庭の生まれだが、刺激さを求めて魔防隊に入隊したという経緯をもつ。
「くたばれ!!」
その一方で襲い掛かってくる怪物共に対し、自身の片腕を連発式の機銃に変化させた後に、何十発もの弾丸を放つ女性が全て殲滅させてやると言わんばかりの態度を取りながら攻撃を続けていた。
無論、それを真面に喰らってしまった怪物共の肉体にはそれぞれいくつもの風穴が開き、終いには段々と原形が保てなくなっていくにつれて消し炭と化していく。
「一匹残らず、殲滅させてやるわ!」
些か短気な性格を持ちながらも七番組の現副組長として活動している人物。
名を“東 日万凛”と言い、とある名門の出身ではあるが、現在は実家から離れて憧れの存在となる組長の下で独自の生活を送っている。
「さぁ!屈服の時間だぞ!」
でもって、そんな組長たる京香はというと自身の能力を活用しながら存分に愛刀を振り回しつつ戦場を駆けていた。
現在、彼女は敵であるはずの一匹の醜鬼の背に乗ったまま見事な剣術を披露しており、反対にその件の醜鬼はというと、何時の間にやら彼女の意のままに従いながら行動していた。
また首元には大きな首輪が嵌められており、尚且つその首輪から伸びている鎖を彼女が空いている手で握りしめたまま器用に騎乗していた。
これは彼女が持つ能力となる“無窮の鎖(スレイブ)”による効力とされており、内容としては彼女が自らの意思で選んだ対象物を強制的に自身の奴隷として操り、あまつさえその生命体の力を利用するといったもので、その証拠に彼女の奴隷として扱われている醜鬼は同胞となる者達を次々と殴りながら攻撃をし続けていた。
「ッ!」
だが、その勢いは長くは続かず、辛うじて生き残っていた敵の内の一匹が隙を突いて片腕を振り上げた後に、そのまま勢いよく彼女に仕えている同胞の頭部に目掛けて振り下ろす。
その際、奴隷の背中の上に乗っていた彼女はというと咄嗟の判断で回避したのが功を制したのか。
自身に怪我は無かったものの、逆に使役させていた物が見事なまでに粉砕されてしまい、攻撃手段が一つ減ってしまう事態へと化してしまう。
(……やはり、こいつらでは脆いか)
それでも尚、彼女は至って冷静に状況を把握させてから体勢を整えたのちに手にしている刀を三度振るう。
たった一太刀で胴体が真っ二つに割れ、そのうえで四肢を切り落とされてから肉片や血などが飛び交い、死屍累々といった言葉が似合うほどの風景が創り出されていく。
迅速とも例えられる刀捌きにより、間合いに入り込んでしまった怪物共は、たちまち微塵切りと化してしまい、血飛沫も相まってか中々のグロテスクな光景が出来上がりつつあったが……。
「遅い!!」
そんなことはお構いなしにと迅速かつ効率よく斬撃を続けていき、最終的には全ての怪物共を片づけさせることに成功したのか。
周囲の気配が無くなったのをきっかけに刀身に付着していた血糊を一振りで弾き落す。
「ふぅ……」
「お疲れさまでした、組長。あと朱々もね」
「そういう、ひまりんこそ、おっつかれ~♪」
戦闘員として活躍していた三名が一か所に合流し、お互いの状態を確認し合う。
見た所、三人とも特に大きな怪我などはしておらず、無事に五体満足といった形で戦いを終えている。
誰一人として欠けることなく任務の遂行が完了した。
其れと共に遭難者の救助にも成功しているため、結果としては完璧と言わざるを得ない成果を残している。
「みんな無事だな。よし、ではこれより遭難者たちを……ん?」
であれば、残すは遭難者達を現世に連れ戻すだけだと、そう発しかけた京香の下に突然一通の着信音が鳴り出す。
(いったい誰だ?)
懐から鳴り出した携帯電話を取り出すなり、画面を開く。
すると、其処には部下の一人となる寧の名前が表示されていたため、自ずと通話ボタンを押した後に耳元に当てる。
「寧、何かあったのか?」
《た、大変です、組長!ここから南三キロ地点に門が出現しました!》
「何だと!?」
ここに来て新たな事案が発生してしまう。
ブラックホールのような見た目で突発的に現れるタイプの門が出現した。
しかも、事もあろうに既に何匹かの醜鬼が現世に向けて進行しているとのこと。
《今すぐ向かわないと大変なことになります!》
「ッ……分かった!今すぐ、そちらに戻る!」
まずい展開になりつつある。
もし仮に醜鬼達が門を通ってしまえば、現世となる日本の何処かに現れた後にたちまちその一帯を暴れまわる姿が容易に想像できる。
加えて時間的猶予が無いとすると、迷っている暇など何処にもない。
それ故に、急ぎ通話を切った彼女は目の前にいる二人の部下に向けて指示を下す。
「日万凛、朱々。このまま直ちに南三キロ地点に向かうぞ。どうやら其処で新たな門が出現したらしい」
「でっ、ですが組長。遭難者の人達は……」
「時間がないから彼女達も連れていく。本来であれば寮に連れていきたい処なんだが……そう悠長なことも言ってられん」
「……分かりました。今すぐ向かいましょう!朱々、アンタは自分が乗ってきたバイクで行きなさい。私は、組長達と一緒にジープで移動するから」
「りょ~かい!ちゃちゃっと、済ませちゃおっか!」
これ以上の被害を絶対に出させはしない。
そう確固たる決意を胸に彼女達は早速とばかりに次なる行動へと移す。