※この作品はR-18です。

諸伏高明の人生をめちゃくちゃにする女   作:yako

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参考資料

――

 

それは景光の大学生活も終盤に入り、両親が東都で療養する祖父母の介護を手伝うためにマンションを借りて長野から東都移住した直後。兄と実家で2人暮らしを始めた頃のことだ。

 

「部屋に上げて欲しい?兄さんの?」

 

夢主の申し出に景光がキョトンとする

 

「はい。勉強するのに高明お兄ちゃんの部屋の本とか、参考になる物が無いかと思って」

「整理はされてると思うけど…探せる?…兄さんが帰ってきてから直接聞いてみたら良いのに」

 

本部勤務になった高明が独身寮を出て実家に住み始めたのは、もちろん両親が上京した後の景光を心配したというのも理由の一つである。しかし同時に、寮の部屋が狭くいいかげん蔵書の重さで寮の床を抜きそうだった事もまた大きな理由の一つだった。今や高明の部屋の蔵書は元々父親の使っていた書斎にまで浸食し、ちょっとした図書館のようになっている。

 

「探すのは大変かもしれないけど帰ってくるまでに勉強を済ませたくて。今日3人で昇進祝いのプチパーティでしょ?」

「まぁそうだけど…うーん…まぁ良いんじゃ無いかな?勝手に見てきて」

「ありがとう!景光くん」

 

階段を駆け上がっていく夢主の背中を見送って、紅茶の準備をする。平和だった。

 

後々、自らのその軽率な行動を呪うことになるとは思いもせずに。

 

数時間後、料理の下準備を済ませた景光が2階に意識を向けると、ちょうどタイミング良く夢主がトントンと軽快に階段を下りてくる音が聞こえて声をかける。

 

「……参考になる物あった?紅茶入れるけど、いつものフルーツティーで良い?」

「景光くん、ちょっと聞きたいんですけど…」

「何?どうしたの?」

「この『幼馴染みとのイケない夜』と『淫乱お義姉さんの秘密の花園』ってだいぶジャンル違うと思うんですけど景光くんが選んだんですか?」

「っ…!?俺の部屋入ったの!?」

 

階段を下りてリビングに入ってきた夢主の手に何故か専門書では無く、どぎつい色彩の薄いパッケージが握られているのを見て悲鳴に近い声を上げた。それはベッド奥底の収納の死角に封印していたはずの物だ。

 

「高明お兄ちゃんの部屋や書斎からは何にも参考になりそうな物が出てこなくて…仕方なく景光くんの部屋を探して見つけたんですけど、この2つの共通点ってあるんですか?....あ、女優さんが好みとか?」

「べ…勉強する参考書探してたんじゃないの!?」

 

なんとか、疑問を言葉にして絞り出す。景光の手は震えていた。

 

「?はい、勉強です。高明お兄ちゃんの好みとか傾向を勉強するために、参考になる物を探そうと思って。エッチなビデオ屋さんにも行ったけど、ジャンルがいっぱいあり過ぎて分からなかったから…うーん…借りて帰りたいけど、すごく厳重に仕舞ってあったし、きっと大事なものだよね?ここで見ていこ…あ、DVDプレイヤー借りますね」

「ちょっと待って!リビングで…!?」

「ポップコーン買ってくればよかったー。気が利かなくてごめんなさい」

 

すいっとテレビに近寄ると勝手知ったる調子で再生機器を操作する。大画面のテレビに映し出される扇情的なタイトルコール。

 

「まっ…音量大きいから!!」

「あ、ごめん。イヤフォン使うね?」

「解決策の方向性が違う!!」

 

景光の悲痛な叫びがリビングに響き渡ると同時に

 

ガチャリ

 

「……ただいま戻りました。随分と賑やかですね…玄関先まで聞こえていましたよ?」

 

スーツ姿の高明がリビングの扉を開けた。

 

冷ややかで感情の読めない微笑を浮かべて、床に広げられた毒々しいパッケージと、イヤフォンを装着しようとする婚約者、そして絶望に顔を歪める弟の姿を、静かにその切れ長な瞳に映す。

 

「……景光。後で部屋に来なさい。その証拠品の説明と管理責任について話があります」

 

高明はゆっくりと夢主の前に立った。

視線だけが鋭く、ソファーに座る夢主を見下ろす。

 

「…で?なぜ、これらを我が家のリビングで視聴しようとなさってるんですか?夢主さん?」

「エッチの参考にするためです。勉強が必要だと思って」

「勉強…ですか……参考に?………成程………」

 

問われた夢主は一点の曇りも無い瞳で高明をにっこり見上げた。眉を跳ね上げ、じっと…しばしその顔を見下ろした高明は一度大きく深いため息をつくと荷物を床に置き、静かに有無を言わせぬ所作で夢主の隣に腰を下ろした。

 

「そうですね…………私もその内容を精査しましょう。夢主さん、それを……イヤフォンを片方貸しなさい」

「え?…えっ!ちょ……えっ!に…兄さん!?」

 

その行動に景光が激しく狼狽える

 

「高明お兄ちゃんも一緒に勉強してくれるの?」

「ええ。婚約者として、あなたが誤った、あるいは不実な知識を身につけないよう……適切に指導する責任が、私にはありますから」

 

その響きは冷徹であり瞳は据わっていたが、夢主は「はーい」と素直に頷くと、自分の右耳から外したイヤフォンを差し出す。高明はそれを、至極当然の動作で自らの左耳へと装着した。有線イヤフォンが描く短い曲線が、二人の肩が触れ合うほどの距離を強制的に作り出す。途端に夢主はモジモジとし出した。

 

「えっと…高明お兄ちゃん…イヤフォン片方ずつって、すっごく恋人っぽい……なんだか恥ずかしいね?…」

 

ついさっきまで破廉恥なタイトルを平然と口にしていた夢主が、急に頬を林檎のように染め、伏し目がちにチラチラと高明の横顔を伺い始める。

 

「ねぇやめよ?AV鑑賞会なんて…夢主ちゃんも恥じらう基準どうなってるの?」

「あ、景光くんそこのノート取ってください。もう1本の方のパッケージも…」

「これ観ながら何を書き込むの?ノート取るようなことなんかなにも無いって!」

 

景光の悲痛で消え入りそうな懇願は無視された。画面の中で展開される『教材』を真剣な眼差しで見つめ手元のノートにペンを走らせている。

 

「このお義姉さん若すぎませんか?熟女好きには刺さらなそうですね」

「やめて………もうやめて」

「女優さんの共通点が……黒髪ロングで色白、ちょっと幼い言動の…エッチに積極的な感じ。…なるほど………」

 

夢主はそこで一度言葉を切り、不思議そうに首をかしげた

 

「でも幼馴染みとお義姉さんって結構ジャンルとしては全然…かけ離れてますよね?なんでだろ?」

「…………」

 

景光はもはや、返事をする気力すら残っていなかった。しかし、隣で静かに「精査」を終えた高明が、ゆっくりとイヤフォンを外して口を開いた。その声には、弟に対する深い慈しみと冷ややかな殺気が宿っていた。

 

「…吾恐る、季孫の憂いは顓臾に在らずして、蕭牆の内に在らんことを……景光。後で少し、深い話をしようか」

「…………兄さん違うんだ。これは友達の悪ふざけで押しつけられて、処分に困って仕舞い込んでただけで……決して俺の趣味じゃなくて………」

 

床に突っ伏した景光が羞恥に震えながら弁明する。

そんな最悪に煮詰まった空気を全く気にすること無い夢主はノートから顔を上げると高明に向き直った。

 

「ところで高明お兄ちゃんはどこに隠してるんですか?」

 

唐突な問いに空気が一瞬凍り付くも、高明は眉一つ動かさず否定した。

 

「………隠していません」

「………………兄さん…ズルは無しだ。……俺だけこんな風に晒されるのは納得いかない」

 

ゆらりと起き上がった景光の道連れを求める言葉に、夢主が追い打ちをかけるように身を乗り出した。

 

「それは物質として存在しないと言うことですか?データですか?出してください。勉強に必要なので」

 

こうなると夢主は引かない。高明は経験からそれを知っていた。このままでは、この婚約者は家中を捜索し、ハードディスクを分析してでも納得いく答えが見つかるまで止まらないだろう。

 

「いや………脳内………脳内です。もうそれでいいです。脳内なので………誰にも暴くことは出来ません」

「脳内……なんとかなりませんか?高明お兄ちゃんがどんなエッチが好きか知りたいんです」

 

投げやりに発した言葉に尚も夢主は食いついてくる。真っ直ぐに見つめてくるその瞳を、高明は肘掛けに肘をつき据わりきった目でじっと見つめた。

 

「…………知りたい………ですか……」

「はい!」

「そうですか…………あなたの飽くなき探究心には恐れ入ります。……だがあなたには少々教育が必要だ。……………一度痛い目に遭わないと治らないのかもしれませんね?」

 

徐に立ち上がると荷物から財布を取り出し、数枚の紙幣を抜き出して景光に握らせる。

 

「え?……兄さん?」

「景光、お前はそれで一晩どこかに泊まってきなさい。……………夢主さん」

「はい」

「部屋に来なさい…………実地です」

「やったー!教えてくれるんですね!」

「えぇ………」

 

兄の背中と無邪気にはしゃぐ幼馴染みの後ろ姿をなかば呆然と見送りながら、景光は戦慄と共にリビングに取り残された

 

 

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