「景光くん結局お夕飯も食べずに出て行っちゃいましたねぇ…そんなに急がなくてもよかったのに?」
閉じた玄関を申し訳なさそうに夢主が見つめている。
「急ぎです…兵は拙速を尊ぶ…お義父さまの焦燥を慮ってあげてください」
「なるほど?…急いでポストに入れて、戻ってもらってご飯を食べるという選択は?」
夢主が顎に手を当てて疑問を口にする。
「折角変装までしたのに下手に家に戻るところを見られるのも危険です。届ける物が物なので………景光も夕飯は気になっていた店に行ってみるそうなので…貴方はもうこの件については忘れなさい。絶対にお義父さまに確認を取ったり、話を蒸し返すような事はしていけません。いいですね?」
高明は強く念を押した。
「そうですか?……なんだかごめんなさい……ところで私、今日はもう部屋着に着替えたいのでお夕飯の前にお風呂もらってもいいですか?」
「貴方本当に悪いと思って…いえ…思ってはいるんでしょうね。…根本がズレているだけで……はぁ…お風呂ですね。えぇ、どうぞ。」
はたしてこの夢主を、両親の元に帰しても問題ない所までこの一晩で説得しきることができるのか、高明は確証を持てずにいた。
(過ちて改めざる、是を過ちという。夕食が済んだら説得ですね……)
高明は胃がキリキリと痛む思いをしながら
風呂の支度に入った。
―――
――
―
「高明お兄ちゃーん!準備が出来たよ!お風呂あがったらちょっと来てください!」
夢主に続いて入浴を済ませ、脱衣所で着替えていた高明に、廊下の方から呼び声がかかる。
(……準備が出来た?)
それは夕飯のことのようにも聞こえたが、その時点でなにやら嫌な予感がした。警戒しながらそっと廊下に出たところですぐに、己の勘というものが馬鹿にならないことを思い知った。
「どうですか?私、ちゃんと人妻感?出てます?」
「…………………貴方…玄関先でなんて格好を……」
夢主が全裸に、持ち込んだエプロンのみを身につけた姿で何故か手にお玉を持ってニコニコと手招きをしているのだ。先ほどバスタオル姿で脱衣所を入れ替わったときは、着替えを鞄から出すのを忘れたのかと思っていたが……
「高明お兄ちゃんこっちこっち、ここに立ってください」
「何を………何を始めるつもりなんですか………」
「え?『おかえりなさいパパ…もう準備できてるわよ。お風呂にする?お夕飯にする?それとも私?』って言うんですけど…?」
「....っ!?」
『淫乱ママの裸エプロン。夕飯のデザートはわ・た・し♡』高明の脳裏に最悪なタイトルが鮮明な解像度でフラッシュバックする。彼女はあの俗悪なタイトルの内容をこの玄関という日常の場所で再現して見せようとしているのだ。
高明は慎重に言葉を選んだ。乗せられてはいけない。
「……夢主さん………話し合いを希望します。」
「なるほど!私をご希望ですね?でも違うんですよ。そこであえての、まずはお夕飯です。裸エプロンでキッチンに立つシーンに入ります」
「……………」
手に持ったお玉を教鞭のように扱い、ろくでもない講義が始まった。
「よく考えられてますよねぇ……きっと裸エプロンを後ろからじっくり堪能する構成なんですね?」
「……………後ろから?……」
「あぁ、予習した内容の中ではキッチンがこう、リビングに対して背を向ける昔ながらのスタイルだったんですよ。このお家は対面型なのでちょっと違っちゃいますねぇ?」
「………そうですね、違います。違うので参考になりません。止めましょう」
羽織っていたカーディガンを夢主の肩にかけながら、なんとか不穏な流れを打ち切ろうとするが彼女は止まることを知らなかった。
「なんだか全体的に食に焦点が当てられていて、しっかり食事シーンも入ってるんです。……やってみましょう!」
「待ちなさい……いいから服を着なさい…」
「景光くんシチュー作ってくれてるー!コレ私大好きなんです!うれしいなぁ!」
「夢主さん……肌を露出したままでは危ないですから…」
高明を引き連れキッチンに移動した夢主はコンロの火を付けシチューを温め直し、テキパキと夕食の準備を始める。かろうじてカーディガンで隠れてはいるものの、奥のものを取るために伸び上がるたび羽織ったカーディガンの裾から太ももとヒップの際どい境目がチラチラと覗くせいでその姿は妙に扇情的だ。
「高明お兄ちゃんはご飯とシチューは別々がいいんだよね?あ、パンの用意もある!どうします?私ご飯とパン両方!」
「はい……私はパンで……」
「オーブンで温めましょうか、えっと…温度が…」
「いいです……危ないので私がやります」
高明は諦めることにした。
この場は一度気が済むまで好きにさせ、後で纏めて人の道理を説くしかない。人は衣服を着るべきだという事から始める事を考えると、一刻も早く食事を済ませる必要があった。
サラダまで用意が済みリビングの椅子にタオルを敷いてから夢主が座る。妙な気遣いは出来る繊細さは持っているのに下着を身につけるという常識はないらしい。
「……頂きます」
「いただきまーす」
食事中は意外にも穏やかな会話が続いた。正直身構えていたが、目の前で裸エプロンに自分のカーディガンを羽織った姿の夢主が平然と座っていること以外はおかしな事は、何もなかった。その妙な常識のバランス感覚に高明はいつも戸惑い調子を狂わされている。
「ごちそうさまです!美味しかったぁ!」
「頂きました。……食後のお茶を淹れますね。」
「あぁ、私が淹れます。日本茶を持ってきてて」
立ち上がろうとした所で夢主に止められた。
「……わざわざ持参したんですか?」
「茶柱が立ちやすいお茶らしくて?買ってきたんです」
断る理由もないので急須を出してその場を任せる。夢主は茶葉に湯を注ぐと丁寧にタイマーで計って蒸らし、手慣れた手つきで湯飲みにそれぞれ茶を分けていく。目の前の茶葉を最高の状態で淹れようという思いがその真剣な横顔から伝わってきた。
高明は夢主の、どんな物事にも真剣に取り組むそういった真面目な姿勢には好感を持っていた。きっかけはともかく、大学でも宣言通り統計学について熱心に勉強していた。猪突猛進でこちらが振り回される場面も多々あるが、今まで遠ざけようとは思わなかった理由は、そこにあるのかもしれない。そんなことをじっと見つめながら考える。
この後の説得をどうするか考えるのは胃痛の種だが、夢主が自分のために真剣に目の前の茶葉に向き合ってくれている今のこの時間はとても心地よいものに感じられた。
「どうぞ?お店の方のお勧め通りに淹れてみました」
「ありがとうございます。あぁ、本当だ、茶柱が立ってますね」
湯飲みをそっと目の前に差し出すのを受け取って口を付ける。茶葉の繊細な香りと苦みのなかに微かな甘みの感じられるその味に気持ちが温まり、心が落ち着いてくる。
「どうでしょうか?」
「美味しいです……とても」
「?いえ、そうじゃなくて…そろそろ裸エプロンに興奮してきました?」
「は?」
「えっと『茶柱じゃなくて別のものが立っちゃった?』っていうシーンなんです」
「ゴホッッ……ゲフッゲフっ」
お茶が気管にまともに入った。
「大丈夫ですか?熱くなかったです?」
咽せる高明に夢主が布巾を差し出してオロオロと慌てる。その姿は外観こそ甲斐甲斐しく見えるが、先ほどの俗悪な台詞を口にするためにわざわざ茶葉の買い出しにまで出たのだと思うと、その心配げな顔もどこまで素直に受け取っていいものなのか高明には見当も付かない。
夢主は高明の無事を確認するとホッとした顔をして今度は衣服に手をかけてきた。
「服も濡れちゃったし脱ぎましょう。どうせエッチするのに脱ぐんですからいいですよ。あ、ついでに高明お兄ちゃんが興奮してるかどうかちゃんと見せて貰えますか?」
「は?………嫌です。お断りします」
「えぇ………なんでですか?」
『心底分からないことを言われた!』とでもいうような困惑に満ちた顔を返されることが高明には心外だった。眉がピクリと跳ね上がる。
「っここはリビングです!」
「?はい、ダイニングキッチンですよね?」
相変わらず不思議そうな顔で小首をかしげる夢主を、キッと睨み付ける。
「……そうです!…本来、肌を晒すような場所ではない。ですからそういった…」
「あぁ!避妊具とかもお部屋ですし、移動した方がいいですよね?」
「そういう事では……いや……あぁ……」
「え~と『食べ頃に熟れた私をデザートにた、べ、て♡』だったかな?」
また、何か良からぬものの模倣をした夢主が、手で胸の前にハートを作って下手なウインクをするとニコッと笑う。…まともな格好であればさぞかし可憐であったろう。
そのままうれしそうに胸元に抱きついた夢主を咄嗟に受け止める。……真新しいエプロンの…白いフリルごと、そのあられもない肢体が自らの身体に押し当てられ胸元のラインが柔らかく形を変えるのが見えた。
「私、奥さんっぽい?百点満点中何点ですか?」
「………………」
奥さんという言葉に照れたのか、頬を微かに染めて見上げてくる。これだけのことをしでかしておきながら、羞恥心の焦点は相変わらず不思議なところに置かれている。
目眩がするほど倒錯的で日常からかけ離れた世界の中で、その口がやっと夢主そのものの、模倣ではない誘い文句を紡ぎ出した。
「高明お兄ちゃん、エッチしよ?」
高明は、その常識の狂いきった言葉の中に確かに、夢主との日常の空気を感じ取ってしまった。その事に妙な安堵を覚えた自分に絶望しながら
「……………………はい」
抗えず、陥落した。
―――
――
―
自室のベッドに腰掛けた高明の前に、ワクワクといった様子が隠しきれない夢主が相変わらず倒錯的なエプロン姿で膝をついている。
「良かった!ちゃんと反応してる……脱がしますね?」
「……………」
身も蓋もない事を呟いた夢主は、まるで子供が宝箱を開けるような期待に満ちた瞳で、高明の寝間着のズボンへと手を伸ばした。 下着を下ろし、剥き出しになった高明のたかぶりを目の当たりにした彼女は、驚きに目を見開く。
「すごい…こんなふうなんですね…昨日はちゃんと見られなかったから…赤くて……高明お兄ちゃん、痛くないですか?」
「……痛くは、ありません。…ですが…そうまじまじと見るようなものでは…」
「触りますね………わぁ…皮膚は薄そう…でもさらっとしてて…粘膜なのに…あまり濡れてなくて大丈夫なんですか?」
高明の太ももに手を置いて覗き込んでくるその顔があまりにも近い。夢主はそっと指を添え、表面をゆっくりとなぞると好奇心と愛着の入り混じった溜息をつく。その熱のこもった空気の動きに高明の腹の筋肉がピクリと反応した。
「……近い…」
「え?……はい。だって近くじゃないと触れないですし…力加減ってこのぐらいですか?こういう動きですよね?」
「つっ…………あっ………待ちっ…ふ………うっ」
夢主が全体を握り込むようにして手を動かし始めた。先ほどまで真剣な顔をして茶を入れていた細く繊細な指がしなやかに絡みつき、その柔らかな手のひら全体を擦り付けるような動きに視界から脳が犯されていく。
「気持ちいいですか?……こうかな?…………あ、良かった!少し先端が濡れてきましたね。コレは気持ちいい証拠で…正解?」
「………そこは…は…ぁ…くっ…」
「拭ってもどんどん出てくる……あぁ濡れてた方が滑りがいいですね」
全体を刺激しながら先端の粘液を親指でくるくると塗り広げる。
高明の声は、もはや別人かと思うほどに掠れていた。
「高明お兄ちゃんは私のお顔にかけたい? それともお口に出したい?」
「……貴方は一体何を予習してきたんですか!?」
あまりに高明の喉が喘ぐように鳴った。
高明の顔を覗き込んだ夢主は困ったような顔で言葉を続ける。
「一応予習した展開としては、この後ここをパクッと食べちゃうんです。フェラチオって言うんですよね?お口でもエッチするなんて……やっぱり食のモチーフに対する強いこだわりを感じますよねぇ?」
「…は?…口で………………」
「どうするのか何度か巻き戻したり止めたりしてでも全部モザイクかかってますし、そもそも口の動きなんて外からの映像じゃあ中々分からなくて………吸ったり舐めたりするって事はなんとか把握したんですけど…………一夜漬けみたいなものですから……?本当は全然分からないので恥ずかしいんです………予習はバッチリだなんて知ったかぶっちゃいました…奥さんみたいなことが出来るって思ったら浮かれちゃって…」
そそり立つものの横にしなだれかかるようにして、少し恥ずかしそうに頬を染めているがその手は止まることなく高明自身を刺激し続けている。
「恥じらいの観点がっ……ズレてます…」
「ここ……ゆっくり食べても良い?……どちらにせよ、早く湿気で包んであげた方がよさそう…あまり乾燥すると良くないですよね?」
「……っ、夢主、さん……!」
「…………上手にできたら、いっぱい好きになってね?」
「なっ………………!」
返事を聞くより早く、彼女は躊躇なくパクリとその先端の熱を迎え入れた。 夢主の口内は、驚くほどに柔らかな熱を帯びていた。彼女は、情報を手繰り寄せるように、舌先で感じる粘膜の熱と震えと感触を頼りに高明を快楽の波へ取り込んでいく。
「ん……むぅ……ふ、……っ」
高明はいつもは凜と伸ばしているはずの背を低く丸め、シーツを握りしめた。 徐々に深く喉の奥に導かれるたびに、彼の脳内に積み上げられた知性の全てが真っ白な光の中に消えていく。
夢主はじゅぷじゅぷとはしたない音を立て咥えたまま、チラチラと上目遣いで高明の瞳を伺った。 高明の眉間が険しく歪み、腰が微かに跳ねるその「反応」を、彼女は最優先の学習データとして蓄積していく。どこを、どの程度の強さで愛でれば、どれほどに乱れるのか。 驚くべき速度で正解を導き出していく夢主の舌使いは、もはや高明を奈落へと突き落とすための凶器へと変貌していた。
「もう………出ます……離しなっさ…っ……」
限界の訪れを感じ、その肩を押し手離れようとすると夢主の目元が愛おしげに細められる。ひときわ強く吸い上げられ、一瞬力が緩んだ隙に身体ごと更に乗り出して両手で足の付け根を強く抱え直された。
限界まで引き絞られた弦が切れるように、高明は彼女の項を強く掴み、断続的な快楽のうねりに身を投げ出した。
「っ、ぁ……!」
激しい脈動と共に、今まで誰にも見せたことのないすべてが、夢主の口内へと溢れ出す。 その熱を受け止めながら、夢主は目を閉じることなく、その瞬間すらも経験として身に刻みつけていた。
高明は荒い呼吸を繰り返し、虚脱したように夢主の肩に額を預ける。
「……すみませんっ…すぐに吐きだしてっ……なんですか?……………っ…!?」
理性が戻りかけ、彼女を気遣おうと慌てて顔を上げた高明だったが、そこで再び言葉を失うこととなった。
夢主は高明に目を合わせ自分の頬をつんつんと指し示すと「あーん」と口を開けて見せた。 そこには、高明から放たれたばかりの、白濁した粘つく証拠がたっぷりと湛えられている。
唖然とする高明の目の前で、彼女はおもむろに口を閉じると、あどけない顔でクチュクチュと咀嚼を始めた。
(………彼女は今………何を……何を咀嚼して………は?)
そして——。
――ごっくん
明確な音を立てて、それを喉の奥へと送り込んだ。
「ん……のどに、絡みつく……えっと…『いっぱいお口で受け止めました♡』……でいいかな?」
口元を両手で拭いながら夢主は少し顔をしかめると、ゴホゴホと咽せて咳き込む。
「……ごめんなさい、ちょっとお水飲んできていいですか?」
「…………ど…うぞ……水なら冷蔵庫に……ボトルが……」
「はい、戻ってきたら続きしましょうね?」
「………えぇ……はい…」
高明は、ただただ呆然としていた。 何をされ、なんと言われ、自分が何と返事をしたか頭のシナプスが繋がりきる前に、落ちていた高明のトレーナーを「借りますね?」とすっぽり被った夢主が部屋を出て行った。パタンと閉まったドアの向こうで、とことこと階段を下りる音がする。
……高明はその場で項垂れ、思わず手で頭を抱えた。
(…お義父さまの…DVDの癖が…あまりに業が深い……!!)
目を瞑ると、先ほどのとんでもない情交の視覚情報が鮮烈に頭の中をかき混ぜる。微かに震えながら細い息を肺の底から絞り出して気持ちを落ち着けるよう務めるが上手くいかない。
(……正を以て合い、奇を以て勝つ…しかし相手が初手からこちらを凌駕する奇を以て挑んでくる場合はどうしたら…私は一体どこに向かって……)
自分が教えようとした倫理や道徳も、彼女の愛と探究心という名の暴挙の前には、あまりにも無力であった。自らのすべてを文字通り飲み干され、抜け殻にされてしまった。
高明は、今や自分が目指していた「教え導く」というものが一体何だったのか、その定義すら分からなくなるほどの、底知れぬ敗北感に打ち震えていた。