※この作品はR-18です。

諸伏高明の人生をめちゃくちゃにする女   作:yako

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呼び出し

 

「ふぅ……3つも食べるとお腹パンパンですよ」

 

空になった皿を前に、夢主が苦しそうに腹をさすって息を吐いた。テーブルを挟んだ向かい側で、大和敢助も同じように空の皿を眺めながら鼻を鳴らす。

 

「よく食ったな。俺でもパンパンだわ。コウメイ馬鹿には無理かと思ったんだが…」

「美味しいですからね。このおはぎは。夢主さんの持ってきたお茶との相性も良いです」

「この茶、おもしれぇな。アホほど茶柱立ってるじゃねぇか」

 

物珍しそうに敢助が湯飲みを揺らす横で高明が穏やかな表情で湯飲みを口に運んだ。落ち着いた状況で飲むお茶の味は格別だった。

 

その時

 

リリリィッ

リリリィッ

 

突如として夢主の携帯が甲高い着信音を響かせた。

 

「はい、夢主です。…ママ?どうしたの?こんな朝早く…うん…えぇ!…家のポストにいたずら?」

 

高明がスッと湯飲みを置いた。

 

「いたずらって具体的には……え?言えない?………性的な嫌がらせ?私は無事だけど………うん……パパはなんて?警察は呼ばない?様子見るって?……なんだか悠長だねぇ……いつものパパならもっと騒ぎそうなのに……?ママも不安だよね?」

 

首をひねって不思議がる夢主を視界に収めながら、何気ない様子で立ち上がった高明を、片肘をテーブルについて顎を乗せた敢助が胡散臭げに見上げる。

 

「………おいどこ行くんだ」

「敢助くん、ちょっと電話をしてきます」

「……ここでしろよ。構わねぇだろ…」

「………そうですか…失礼」

 

静かに座り直した高明が、無表情で携帯を取り出すと発信ボタンを押した。

 

プルルル

プルルル

ガチャ

 

「何?兄さん…………」

 

電話口から聞こえたのは景光の低い声だった。恐らくまだ寝起きだったのだろう。

 

「…景光、お義父さまが受け取りに失敗したようだ」

 

高明は前置きなく必要な情報だけを端的に伝えた。状況からして、どう考えてもそうとしか思えなかった。

 

「………なにやってるのおじさん…えぇ…どうなった?」

「お義母さまが悪質な悪戯として警察に通報しそうになったのを何とか止めたところのようだよ…」

「俺、警察関連に進みたいから…ほんとになんとかして……今東都にいるから」

「父さんと母さんのところか?」

「うん、そう。今日はこっち泊まるから…ほんとになんとかしてね?じゃあ……」

「あぁ…わかった」

 

そんなやり取りの間も夢主は母親との会話に集中しているようであった。なぜそのポストへの『性的な嫌がらせ』が昨日景光に届けさせた父親の卑猥なDVDのことだと微塵もつながらないのか…忘れろとはいったが本当に頭から消去してしまったのか。それとも単純にDVDがポストに入っているだけでは嫌がらせに当たらないと考えているのか。…もはや彼女の思考回路を推し量ることは不可能だった。

 

夢主が電話口でまだ怪訝そうに母親とのやり取りを続けているのを背筋を伸ばし、うつろな瞳で見つめる。話の流れによっては義父に夢主のいう『友人』であると正体を明かし、協力体制を築いて警察への相談を止める方向に動かねばならない。あまりにも気が重かった。しかし弟の未来がかかっている。

 

「昨日の夜?変な人は見てないなぁ…何してたって、その時間なら私はエッチしてたけど……え?うん。そう。エッチ。え?…高明お兄ちゃんとだけど?うん………大丈夫だよ?一昨日もエッチしたから……うんうんえ?パパそこにいるの?……あ、パパ?なんでいたずらのこと警察に言わないの?ママ声震えてたよ?」

 

高明はテーブルに突っ伏した。先程の敢助を交えた説得のやり取りが、こんなにも早く無残に瓦解するとは予想だにしていなかった。横で静観を決め込んでいる敢助に低く声をかける。

 

「………敢助くんの策もあっさり破られましたね…自責の念があるなら隣の夢主さんのご自宅に単身乗り込んで頂いて構いませんよ」

「だぁから、俺は山本勘助じゃねぇんだよ……懸念事項がなけりゃっていっただろ……こっちにちゃんと情報開示してなかったお前らが悪いわ……何したんだよ」

「僕達は何も…夢主さんが持ち出したお義父さまの卑猥なDVDを返却したまでです…」

「そーかよ……」

 

短いやり取りで事態の全貌を察した敢助は高明を心底哀れんだ目で見下ろした。

そこへ「ピッ」と電話を切った夢主が戸惑った様子で高明に向き直る。

 

「高明お兄ちゃん、パパが今日の午後、話があるから時間作って欲しいって……」

 

突っ伏した状態から顔を上げた高明が掠れた声で問いかけた。

 

「一応聞きますが……何故報告を?」

「え?……………聞かれたから…ですけど?」

「そう………そうですか……」

 

『親から聞かれたら答えればいい』というアドバイスを忠実に実行しただけの夢主に、もはや返す言葉もなかった。高明は深い絶望の底でじっと目をつむる。

 

「コウメイ……もう諦めて腹くくれ……」

 

食べ終わった皿を集めて片付けながら敢助は投げやりにそうこぼすと席を立ってシンクの蛇口をひねった。水の流れる音が静かなリビングに響く中、敢助はふと思い出したように高明に声をかける。

 

「……確かこいつの親父さん猟銃免許持ってなかったか?」

 

その言葉にぱっと表情を輝かせたのは夢主だった。

 

「持ってますよ!いざとなったら熊からでも私を守るって張り切って取ってきてくれて!かっこいいですよね!自慢の父です!敢助くんよく知ってますね?」

 

「敢助くん…それは今関係ありますか?…物騒な話は止めてください」

 

不穏すぎる敢助の忠告に高明はただ小さく身震いし、

ギロリとにらみ返すことしか出来なかった。

 

 

ーーー

ーー

ー

 

 

 

バタンーー

 

夕闇が街を包み込む頃、扉の閉まる音を背に夢主の実家の玄関門をくぐり外に出た高明は、冷えた空気を大きく吸い込むと、コートの襟を立てた。

 

 

「パパ、なんだか様子が変でしたねぇ……。最後の方、お酒も入っていないのに、何度もハンカチで顔を拭って泣いてましたし」

 

夢主は不思議そうに、つい数分前までの光景を振り返った。しかし、その隣に立つ高明は、こみ上げる感情を抑えるように指先で目頭を強く押さえ、深く深くため息をついた。

 

「あなたという人は……」

「?変ですよね?高明お兄ちゃんも気付きました? ……でも、案外早くお開きになって助かりましたけど……パパ、もっと長く引き止めるかと思ったのに」

「それはそうでしょう……。あなたが、席について早々に『今日、この後もエッチしたいから、話は手短にお願いね』などと、こともなげにおっしゃるから……」

 

高明の声は、珍しく今にも消えてしまいそうな心許ないものだった。最愛の娘の口から飛び出した、最も信頼していたはずの「幼馴染のお兄さん」に対して向けられた、あまりにも赤裸々な欲望の告白。それを真正面から受け止めた父親の心中は、長年その義父の娘に対する溺愛ぶりを間近で見てきた高明にとって察するに余りあった。

 

「?でも今日も景光くんお留守ですし…当然エッチすると思ったんですが違うんですか?…それにしても、わざわざ呼び出したわりに、パパのお話って要領を得なかったですよね? 『避妊はちゃんとしなさい』とか、そういう一般的なお説教ばかりで。結局、何が本題だったんでしょう?」

「…………」

 

高明は、もはや反論する気力すら湧かなかった。 本当の本題、すなわち娘を誑かした自分への鉄槌や、今後の交際についての厳格な規約は、間違いなく用意されていた筈だろう。しかし、それを切り出す前に夢主の「直球」が義父の心を完膚なきまでに叩き折ってしまったのだ。

 

入室早々に小声で「……友達って高明くん?ビデオ観た?……」と聞かれたときも肝が冷えたが「ビデオですか?最近はトトロを観ましたが…?」と訝しげに返せたのは自分でもよく出来たと思っていただけに、夢主の動向までは気が回らなかった。

 

高明の沈黙を別の意味に捉えたのか、夢主がハッとした表情で足を止める。

 

「……あ、もしかして、言えなかった……とか? ……! 実はパパ、深刻な病気だったりしたらどうしよう……! だから、あんなに泣いて……」

 

不安に瞳を揺らし、今にも実家へ引き返そうとする彼女の腕を、高明は静かに、けれど強く掴んで引き止めた。

 

「……夢主さん。……安心しなさい。お義父さまは、至って健康です。……ただ、少しばかり、愛娘の急激な『成長』と、それを手引きした男の不徳に……心が、致命的なダメージを負っただけです」

「? よく分からないです……」

 

首をかしげる夢主を前に、高明はその瞳を見つめ、困惑の色を読み取っていた。

 

(……君子は言に訥にして、行に敏ならんと欲す……正に夢主さんを示すような言葉だが…しかしこの方の場合は言葉が拙いというよりも……直球すぎて周囲を更地にしてしまうのが問題だ……)

 

「とにかく、今日はお義父さまをそっとして差し上げるのが一番の親孝行です。……帰りましょう」

「はい! じゃあ予定通り、高明お兄ちゃんのお家で……」

「……もう今夜は健全に、温かいお茶でも飲んで早く寝ませんか?敢助くんのおはぎもまだ残っていますし………その方が平和的なように思います」

「えぇ……おはぎとお茶を取り入れたスピードプレイなエッチですか??難しいなぁ…私、初心者なので、あまり凝ったプレイはちょっと……」

「………………はしたないですよ。………私が……私の精神が持ちません……頼みますから静かにしてください……」

 

夜の静けさが広がる街並みの中、ダメージを負った軍師は、無邪気すぎる婚約者に引っ張られるようにして、重い足取りで自宅の門をくぐった。

 

ガチャ――

 

出迎える玄関の軽快な音が妙に響くように感じられ、高明は痛む胃を押さえた。

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