TS剛膣娘と硬い盾役 作:笑石
迷宮都市。
オレ達が住んでいるこの街は、よくそう呼ばれている。世界でも類を見ないほどの迷宮保有数で、一応王国の領土内ではあるが、冒険者の数が多すぎて王国の管理が行き渡らず、ほぼ治外法権である。
それはさておき、オレは迷宮都市内にある教会に呼ばれた。学校や孤児院も運営しているその教会は『清浄の女神』を信仰しており、そこの管理者である『聖女マルギナリス・フォルティス/デビリス』とは、旧知の仲である。
「お久しぶりです。マルギナリス様」
「ミスカさん、よく来てくれました。もう冒険者ギルドにも連絡させてもらいましたが、少々大きなお仕事がありまして、ぜひ手伝って頂きたいのです」
白い修道服に、髪の毛を全て覆い隠す白いウィンプル。輝く金の瞳を際立たせる白く長くて量の多い睫毛。何十年もその美を衰えさせない、傑物の一人。
そんな彼女がオレに頼んできたのは、王国の騎士団から来た依頼……大規模演習の治療班として同行を願うものだった。
「オレが呼ばれるほど、ということは余程の事情があるんですか?」
基本的に、教会への治療依頼をマルギナリスがオレに回してくることはない。どころか、普段は他人に治癒魔術をみだりに施すなとキツく言われているくらいだ。
まだ経験の浅い後輩達の経験機会が失われるし、そもそも無償での施しは持続性が無く、貴重な能力による成果は相応の報酬を受け取るべきであり、その報酬をもって安定した未来へ繋げなければいけない……とオレに説教をしたのは、この人である。
「正直に申しますと、向こうからの『お願い』ですね。もちろん冒険者であるミスカさんへの仲介金も、ミスカさんへの相応の報酬も確約してあります」
オレは教会の所属ではない。
だから本来は、オレに頼みたいならば教会を通さなくても良いのだが……省くが、いろんな事情があって、そのあたりはきちんと筋を通さないとややこしい事になりがちである。
今回の相手は、そこをよく理解しているという事だろう。
「私も同行予定でしたが、ミスカさんが行くとなれば過剰でしょう。残念です……最近懇意にしている男性の話を、聞いてみたかったのですが」
頬に手を当てて残念そうに言うマルギナリスに、オレは「それはまた後日……」と濁す。
「あの"ファスティ"が……私は嬉しく思っていますよ」
彼女の天女の如き笑みにオレは弱い。どこかくすぐったいような感覚に背中がむずむずする。話をする、とは言っても一体どこまで話せたものか。
オレがかつての『聖名』を呼ぶことを許しているのは、この人だけだ。
*
「今日はありがとうございました。ミスカさん」
多くの女性を虜にしてやまない、と評判の笑顔を浮かべながら手を差し出してくる男。彼の手を握り、オレも笑顔を返した。
「はい。また機会があればよろしくお願いしますね」
王国の第三王子、アレックス殿下である。
眩いほど綺麗な金髪、3秒見つめられたら惚れると噂の甘いフェイス、スラリとした長躯、長い足……外見だけでモテるとすぐに分かる彼こそが、今回の依頼相手であった。
王族の主導する大規模演習。王国の騎士団の人達はとても張り切っていて、広い戦場での実戦を模した紅白戦なんかは魔法も剣も槍も矢も、相手を殺す気なのかってくらい派手に飛び交っていた。
マルギナリスに頼まれて連れて行った若輩の治癒術師達も、帰る頃には逆にぶっ倒れていたくらい凄まじい怪我人の数だった。
ところで、握られた手を離してくれない。
アレックス殿下は、ニコニコ笑顔のままこちらを見ている。何かまだ用事があるのだろうか。
「ミスカさん、あの、よろしければなんですけど」
少し照れながら、なんだか歯切れが悪い。オレが首を傾げていると、アレックス殿下は意を決した様にずいと顔を寄せてくる。少し身を引いてしまった。
「今晩、食事とかどうですか?」
パッと頭に浮かんだのは、エリックの顔だった。
今回の依頼で、三日ほど迷宮都市から離れていた。なので今日は、久しぶりにエリックを誘って『色々と』致そうかなって思っていたのだ。
「あ〜……今日、ですかぁ……」
なので、こちらも随分と歯切れの悪い返事になってしまった。
「罪な女だぜ……」
「うわ、あの反応はキッツイでしょ」
後ろから、オレに同行していた『ブレイド』メンバーの冷たい声が聞こえる。アレックス殿下は、すでにかなり残念そうな表情を浮かべていた。まぁこれはオレの反応が悪いよね、確かに。
アレックス殿下とは、実は旧知の仲である。彼は二歳ほど年下なのだ。まだ彼が、オレより背が低い時代からの知り合いなのである。
随分とカッコよく育ち、見た目もさることながら生まれの身分に関しても王子様そのものである。そんなわけで、とても女受けがよろしいお方なのだが……オレには、そんなに刺さってない。
ちょっと、細いし……見るからにアソコは壊れちゃう強度だろうし……。
ふと、そんな失礼なことを考えてしまう。
「だ、ダメですよね、すみません、三日もお時間を取らせたのに」
謝られると、なんだか悪いことをした気分になってしまう。弟分の様に思っている相手がしょぼんと肩を下げている姿は、まるで子犬のようだと思った。
オレとて、そう鈍感ではない。
良い年頃の男が良い年頃の女を晩飯に誘う行為、そこになんの意味が込められているのかは、流石に察するところがある。
彼の小さい頃を知っているが故に、少々複雑な思いがあるが……。
困って目線を逸らすと、その先にちょうどエリックの姿を見つける。彼もこちらに気付いて近付いてきているが、まだ取り込み中であることを察して足を止めていた。
「……えっ」
アレックス殿下が素っ頓狂な声を出すので思わず視線を戻す。オレを見て、とても驚いた表情を浮かべていた。
「うおっ、あれは辛い」
「無自覚な追い討ちだわ」
アルとケイトがまた何かしらを呟いている。
オレは先ほどの晩飯の件について、王族の誘いを無碍にするのもどうなのだろうか? と、少し考えたが──ここはもう身体に正直になることにした。
「ごめんなさい、殿下。今日は、先約があって……」
別にないけど。あったことにする。
ヨロヨロと、後ろに後退るアレックス殿下を見ていると少々気の毒になるが、三日も! 三日も離れていたのだ! 仕方ない! うん!
「今日、オレとエリックは飯の約束してた、ってことになってますから」
「? え、はい」
王国の騎士団の大規模演習は、見ていて激しく熱いものだった。そして運ばれてくる大量の患者によるめまぐるしい忙しさと、彼らから感じる熱にオレはあてられていたのだろう。
なのでその後、結構盛り上がった。そう、色々と。
*
アレックス第三王子がミスカに出会ったのは約5年前。迷宮都市へ向かう途中の馬車が襲撃に遭った時の事だった。
自身に向けて振るわれる剣、それを細い腕で受け止めて大量の血を垂れ流しながら守ってくれた小さな背中。
その後、勉強も、訓練も、生まれ変わった様に打ち込んだ。そして、迷宮都市に……いや、彼女と出会える可能性のある事柄には積極的に関わって、隙があれば会いに行った。
外見も、立ち振る舞いも、女性にどのようなものが好まれるのかを勉強した。自分の体と向き合い、最適を目指した。
齢16にもなれば、王族である以上婚姻の話は多く出てくる。王族故に簡単に決まるものでもないが……第三王子という王位継承はほぼ無い立場であるからこそ、婚約者も無くこの年齢まで来たのはアレックスのわがままとしか言いようがない状況。
アレックスにとって、この大規模演習はかなり大きな意味を持っていた。簡単にいうとミスカへのアピールタイムである。
これまで培ってきた勉学、武術、人望、それらを間近で見せて、彼女の気を引く。それこそが今回の大規模演習の同行者にミスカを指名した目的だった。
結果として、最後の最後まで手応えはなかった。ミスカはアレックスに対し物凄く感心していたし、努力を認めていた。それはアレックス本人にもしっかり伝わった。だからこそ、まるで弟分のようにしか思っていないこともしっかり伝わる。
生まれ持った血も、磨き上げた容姿も、鍛え上げた武術も、築き上げた地位も、従える人々も、ミスカにとって異性の魅力として映らないのだ。
アレックスが『それでも』と絞り出したご飯への誘いに対して、ミスカが困ったように顔を逸らした時、彼は膝が震えそうになった。
だが彼も王の一族。女に誘いを断られたくらいで───
不意に来たトドメは、彼女が今まで見たことの無い"女"の顔をした瞬間だ。
アレックスは、頭が割れるような錯覚さえ覚えた。砕け散りそうな膝を抑え込み、彼女の視線の先を追う。
そこには優しげな顔つきの大男がいた。
自分の失敗を悟る。細すぎた、いや小さすぎたのか……? まだ、間に合うか……?
一瞬のうちに、思考が駆け巡る。
アレックスにその後の記憶はあまりない。だが、ミスカが去った後に近くにいたアルとケイトに話しかけた記憶だけはあった。
「あの、ミスカさんは、ああいう大きな男性がタイプ、なんですか……?」
「あー、まぁ……うん。王子様よ……残念だが」
「いやでも、王族にこんなこと言ったらあれかもしれないけど、ミスカ相手に大事なのは男の象徴なのよね」
「えー、でも多分ミスカってデカい男に組み敷かれるのが絶対、あれだろ。癖だよ」
「うーん。そう言われると、確かにそんな感じあるかも、ついでにあそこもデカくないとね」
「それは確実かもしれねぇな」
ポン、と。アルがアレックスの肩に手を置いて言う。
「まぁとにかく、まだここに居て、アイツのことが気になるなら……部下にでも、ミスカのシモ事情を調べさせるといい、覚悟はいるかもしれないが」
その日の夜。
宿のベッドに腰掛けて近衛の人間に調べさせた『ミスカ』の情報を静かに聞くアレックスの姿があった。
顎を組んだ両手の上に置いて、肘は膝に乗せている。
その顔はとても穏やかで、まるで木々のざわめきや小鳥のさえずりを聞いているような幻覚さえ周囲に見せた。
「王子、ちょっとかわいそうだったな」
「まぁ身分の差もあるし、どのみち仕方ないでしょ」
ファスティが教国を逃げ出したのはめちゃくちゃ小さい頃になるので、まぁ現実に一人でどうこうできるわけないよねって答えがマルギナリスです。マルギナリスの名前の長さとか、二人の関係についてはまだまだ設定がありますが……。
王子なんかすごい可哀想だなってなる、ミスカはモテるよね回でもありました。ミスカでさえなければほとんどの女を落とせるほど良い男なのに……。