※この作品はR-18です。

【ダンボール戦機WARS:パーフェクトワールドの箱庭】 _絶海の孤島で始まる、少年少女たちの歪で甘い新婚生活_   作:花の第4小隊

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ミゼルによる新生・神威大門統合学園発足__騒動__

静寂が、音を殺した。

 

いつもなら潮風に混じって届くはずの防災無線の時報も、商店街の軒先から漏れるラジオ歌謡曲も、遠く港の方角で鳴るはずの連絡フェリーの霧笛も──今朝の神威島は、それらすべてを一度に忘れてしまったようだった。

 

ーーーー男子寮(アラタ・ヒカル部屋)

二度寝済みのアラタは制服の青いブレザーをハンガーから引き剥がした。インナーに重ね着した水色のフード付きパーカーの襟を直し、スラックスのベルトを締める。

左肩の上腕部に刺繍されたジェノックの金色エンブレムが、朝の光を拾って小さく光った。

 

ドタバタと動き回る足音に古い木造寮の床板はギイ、ギイと年季の入った悲鳴を上げる。

 

どうやら、同室のヒカルはとうの昔に出て行ったようだ。綺麗に畳まれた布団が物語る。

 

(……ったく、俺も起こしてくれりゃいいのに)

 

「自業自得だろ」そんな声が帰ってきたのか頭を悩ませる。

 

サアァァァァ

物静かな波と風の音。

アラタの必死に走る息遣いと足音以外には何もない。

 

商店街のシャッターが上がるガラガラという金属音、店主たちの「おはようアラタ」「今日も遅刻か」という掛け声、オート三輪の軽快なエンジン音、工事で朝から騒がしい作業音。

それらがすべて……。

 

「商店街の連中、今日は休みか何かなのか?」

 

ふと、目に止まった椿の木。潮風に揺られて一枚、二枚と葉を落としているだけ。

その枝に止まったカラスが、一声も鳴かずに首を傾げてこちらを見ていた。

 

──あいつ、鳴かないのか。

 

黒い瞳と目が合った。羽を一度広げたが、それでも声を発たずに無言で飛び去っていった。

 

ーーーー神威大門統合学園(2年5組ジェノック)

 

キーンコーンカーンコーン

「セーーーフ!!!!」

 

チャイムと共にガラッと扉を開けて滑り込んだアラタの声。

 

いつもなら──この瞬間、出雲ハルキの冷たい視線が飛んできて、「遅い! たるんでるぞ!」という説教が始まるところだ。あるいは、鹿島ユノが「ちょっとアラタ! また二度寝!?」と眉を吊り上げて待ち構えているはずだった。

 

しかし。

 

教室の空気は、どこかずれていた……。

 

 

アラタが荒い息をつきながら顔を上げると、数人のクラスメイトが振り返って……すぐに顔を戻した。

 

机に荷物を置き、隊長ハルキへと視線を向けるが明らかに様子がおかしい。

シャープなショートボブの黒髪の下、青いブレザーの襟を正しく整え、細身の黄色いネクタイも完璧に結ばれているのに。どこか違和感が。

 

「ハルキ? もうチャイム鳴ったが……美都先生まだ来てねえのか?」

 

ハルキはゆっくりと顔を上げた。

 

「……いない」

 

「は?」

 

「教員が、誰もいない。職員室も空だ」

 

ハルキの声は低く、平坦だった。だがその平坦さの裏に、アラタは聞き慣れない硬質な響きを感じ取った。感情的な声を抑え込んでいる時特有の──自制の音。

 

「……は? なんだそれ」

 

アラタはぽかんと口を開けた。

 

「今朝、校門に先生方が見えなかったからサクヤと確認しに回った。だが、職員室も、事務室も、保健室も、すべて鍵がかかっていなかったが──生徒以外に人間は一人もいなかった」

 

事実を淡々と並べた。

 

「……マジかよ」

 

教員不在。その事実が持つ意味を言葉にできない。ただ、胃の底に鉛のような違和感が落ちた。

 

「ぜーったい事件だって!」

 

教室の中腹から聞こえる女子の勢いのある声。

第4小隊隊長のキャサリンが、同じ隊のユノ・ハナコ・キヨカへと向けられる。

身振り手振りで大袈裟に話しかけるいつもの姿。

 

「寮のトメさんも消えてたし、確かに怪しいよね」

「うん…商店街の人たちもみなかった」

 

チャイムが鳴り終えてから、三分が過ぎた。

 

教室の空気は、まだ「待ち」の形を保っていた。黒板の前に立つべき人間がいないという事実だけが、異物としてそこに居座っている。

 

「……本当に誰も来ねえのか」

 

アラタは自分の席に深く腰掛けながら、天井の古い蛍光灯を睨んだ。チカ、チカと微かに明滅する白い光が、昭和の教室らしい埃っぽい温かみを投げかけている。

…その温かみだけが、いつもと変わらない。

 

変わっていないはずなのに──何かが、違う。

 

「先生たちもたまにはサボりたいんだなw」

「…全教員が一斉にサボる? ありえないだろ、まったく」

 

隣の席から、だらしなく頬杖をついた声が響いた。第1小隊の隊員、アラタと同期の──星原ヒカルだ。

金色のハーフポニーテールが首筋で揺れる。

 

ヒカルは涼やかな声で切り捨てた。だがその指先が、無意識に机の縁をコツコツと叩いている。彼が苛立っている時の癖だ。アラタは何度かその仕草を見たことがある。

…ウォータイムでも、敵機が確認できないときはたまに聞こえてくる。

 

「……うぅ」

 

相変わらずノリの悪い姿に安心感を覚えつつ、それ以上の返事が返ってこないことが居心地悪い。

 

窓際の席では、細野サクヤが深緑色のマッシュルームカットの下で眉を下げていた。

やけに静かだと思ったら俺たちのLBXを弄っている。さすがだ。

 

「ゲンドウさん、あのいつもの執事はどこに?」

「わからん。朝のティータイムにすら来なかった。あの男が役目を欠かしたことは一度もなかったのだが…」

 

「カイト、何か聞いてるか?」

「そうそう小隊長なら何か連絡来てたりするんじゃないの?」

「だから知らないって言ってるだろ。連絡も伝言もないない」

 

「(リクヤさん、お父様からなにか?)」

「(いえ、何も聞いてません。連絡も通じず、なにがなにやら…)」

「……とりあえず俺たちから離れんなよリクヤ」

 

教室が次第にざわめきだし、それぞれの小隊も不安は隠せない様子。

 

「……『月の逆位置』」

 

涼やかで、感情の起伏が殆どないウィスパーボイスが、ハナコの隣から滑り込んだ。

 

仙道キヨカ、濃い紫色のストレートロングが、彫刻のように静止した肩口から流れ落ちている。

 

「不安、幻惑、隠された真実…見えないものが見えなくなっている状態……」

 

「キ、キヨカぁ、それ怖いって……」

苦笑いを浮かべるユノ

 

「……怖くない。ただの事実」

「oh、それが怖いってのよ」

 

「おい、ハルキ」

 

アラタは耐えきれずに声を上げた。椅子の脚が床を擦り、ギイ、と乾いた音が響く。

 

「お前、今朝サクヤと回ったんだろ。他にも何か──」

 

ピーーーーザザ

 

教室の黒板上、スピーカーから漏れ出るノイズ。

生徒たちの賑やかな声も瞬時に収まる。

 

ノイズは、唐突に研ぎ澄まされた。

 

『おはようダモ。全生徒はただちに第一体育館へ集合するダモ』

 

この機械音声、語尾に特有の間を挟むその話し方。

──間違いなく、あのモニター頭のロボットだった。

 

『繰り返すダモ。全生徒はただちに第一体育館へ集合するダモ。遅刻は認めないダモよ (^_^)』

 

……スピーカーは切れた

 

「…あの学園長の側にいたロボットだよな。あれが、なんで放送なんか」

 

アラタは呆気にとられて天井のスピーカーを見上げた。学園長に変わってロボットが朝礼の召集をかける? そんなことは今までなかった。

 

「全校集会? この間やったばかりだが……」

 

ハルキが眉間に深い皺を刻みながら呟く。その指先が、無意識に整えられたネクタイの結び目を強く握りしめていた。

 

「なんかヤバくない? これって絶対なんかヤバいやつだよね!?」

 

キャサリンがまたしても身振り手振りで騒ぎ立てるが、その声には先ほどまでの好奇心とは違う、甲高い響きが混じっていた。

 

「学園長が忙しくて、メタ沢を使った…? でも、他の先生たちに頼めば……ハナコはどう思う?」

「え! ……なにかサプライズ…とか」

 

唐突な指示を聞き入れられるものはそういない。戸惑うばかりだったが、「行くぞ。放送に従おう」ハルキの短い号令で、クラスはぞろぞろと動き出した。

 

廊下はハーネス・ポルトン・アラビスタの生徒たちで埋め尽くされており、彼らもまた…判断に迷いながら体育館へと足を進めていた。

 

ーーーー第一体育館

全生徒が集まると、やはり窮屈に感じる。

各仮想国に恥じない規律正しい行動は、各々を牽制しているかのようだ。

 

いつもなら、ステージ上や生徒たちの周りには教師陣が立ち、朝礼の挨拶や連絡事項が淡々と読み上げられるのが恒例だった。だが、今朝は誰もいない。

 

何もいないステージを見つめている不可思議な現場。

 

「……なんだこれ」

 

思わず漏れたアラタの声。

 

『静粛に。これより重大なお知らせを行うダモ』

 

スピーカーから響いたのは、低く、平坦で、しかし妙に愛嬌のある……例のメタ沢の合成音声だった。

ザザァと僅かにノイズが走る。

 

その声が流れるたびに、ホールに満ちていたざわめきは少しずつ収まり、次第に硬く張り詰めた沈黙へと変わっていく。

 

『生徒諸君に告げるダモ』

 

合成音声は淡々と続ける。

 

『本日、神威大門統合学園は「新生・神威大門統合学園」へと生まれ変わるダモ』

 

その言葉が何を意味するのか──すぐには理解できなかった。

 

『生徒諸君に告げるダモ…』

 

その合成音声が復唱をして消えた後、体育館の天井近くに垂れ下がった体育用スピーカーは、ぷつりと音を止めた。

残ったのは、壁の高い位置に嵌め込まれた換気扇が低く唸る音と、千数百人の靴底が床を擦る微かな音だけだった。

 

「……新生って何だよ」

 

アラタは隣に立つヒカルの肩に小突くように肘を当てた。

 

「僕が知りたい……どうなっているんだ」

 

ヒカルは腕を組み、ステージの空っぽの中央を冷ややかに見据えていた。その指先が、また無意識に腕の上をトントンと叩いている。

 

「今は黙って聞け」ということか。

 

「ねえ、ユノ。何か聞こえない?」

キャサリンの少し上擦った声。

 

「え……いや、私には何も」

 

ユノが首を傾げる。ツインのお団子ヘアの頭頂から、ピョコッと一本のアホ毛が揺れた。

 

「静かにしなよキャサリン。何か始まるんじゃないのか」

 

カイトの睨みつける目と声に、いつもの気丈な反論が返ってくるかと思ったが——彼女はただ、不安げに視線をステージへと戻した。

 

つまらなそうにカイトも前を向いた。

 

ステージの袖——生徒からは見えない暗がりの中で、何かが動いた。

 

気配、だった。衣擦れでも、足音でもない。空気が僅かに、温度を変えたような。ステージの袖幕の陰から、淡い光が漏れた。

 

青白い。

 

蛍光灯の白でも、窓から差し込む朝の光の乳白でもない。もっと冷たく、もっと透明で、まるで月光を固めて灯篭に収めたような——

 

「——」

 

ステージの中央に、人影が現れた。

 

透けるように白い。陶器や白磁のように滑らかな、血色のない青白い肌。

 

艶のある暗色——黒に近いが、光の当たり方によっては深い藍の底を見せるような、背中から腰まで流れる長い髪。

 

感情の温度を感じさせない冷涼な緑色が、千数百人の生徒を一瞥して、何の感情も返さなかった。

 

中性的。少年とも青年ともつかない。

華奢で細身の体躯を、装飾を極限まで削ぎ落とした白系の上衣と、灰色のストレートパンツが覆っている。学園の制服でもない、どの仮想国の色彩でもない。

既存のすべてのカテゴリーに属さない簡素な装い。

 

それが、ステージの中央に立っていた。

 

「……誰だ、あいつ」

 

アラタの声だった。自分でも驚くほど、声が低かった。

 

「こんにちは」

 

声は静か。

 

少年特有の透明感を残しつつ、しかしどこか平熱な、温度のない声。ステージの袖に備え付けられたマイクを通さずとも、体育館の隅々まで澄んで届いた。

 

「僕の名前はミゼル。これより、新生・神威大門統合学園の学園長として運営方針を通達する」

 

ミゼルと名乗ったその存在は、ステージの中央に立ったまま、両手を上衣のポケットに収めた。微動だにしない。

…呼吸の起伏すらみえない。

 

「その前に、まず君たちへと伝えなければならないことがある」

 

ミゼルの視線が、ゆっくりと千数百人の顔を横切った。

 

「本日未明、ERP及び神威大門統合学園の全システム管理権限は僕が取得した。旧管理体であったERP機構の教職員・保安要員・島内スタッフは、全員島外へ退去させてもらった」

 

ざわ、という波が起きた。

 

ロシウスの前列からは「何!?」と聞き慣れたが、聞いたことのない声が聞こえる。

全体からは事態を理解できないざわめき。それだけが埋め尽くす。

 

「先生たちが……いなくなった?」

「ERP…?」

「なにがなんやら? 一体どういうこと?」

 

すると、後方からゲンドウが。

「システム管理権限を取得した、とはどういう意味だ。学園長の権限を奪ったということか! それとERR機構とはなんのことだ!」

 

ゲンドウの声は低く、抑揚がなかった。感情を完全に殺して、事実確認の形式を取っている。

 

ミゼルは、ゲンドウを見た。

 

「その通り。僕が新しい学園長として神威大門統合学園、いや神威島は運営される」

 

否定も肯定の強調もなく、ただ事実として告げた。

敵意の様子がない。それが恐ろしい。

 

「ERP機構についてだが、生徒諸君には伏せられていた情報だ——」

 

ステージ上に浮かぶ大スクリーンの数々、それらには小難しい内容が散見されて——。 

 

数分後

「——以上。全て真実だ」

 

体育館は静まり返る。

自分たちが国家戦争に加担していたこと、純粋にLBXを求めていたのに裏切られたこと、どうしようもなく途方な事実に頭の整理が追いつかないこと。

正面のミゼルが敵か味方かも分からなくなっていた。

 

ミゼルは、ステージの上から、千数百人の生徒を見下ろしていた。見下ろす、というよりは——観察している。標本を。

 

「質問等はよさそうだね。これより、新体制の運営方針を通達する。よく聞きたまえ」

 

その声は変わらず静かだった。しかし、その静けさの質が変わった。説明口調ではなく宣告に。

 

「第一。ERPによるウォータイムの旧規定を改正する。従来の『ロストによる即刻退学・強制送還』は廃止する。セカンドワールドは、今後純粋なLBX技術演習・技能評価の場として運営される。各仮想国による擬似的戦争は続けるが国家の存亡を賭ける戦争は、もうない」

 

波が、起きた。

 

今度のはざわめきとは違った。安堵と、困惑と、そして警戒が入り混じった、ねっとりとした波。

 

「第二」

 

ミゼルは間を置かなかった。

 

「教育カリキュラムを再編する。男子生徒には、従来以上に高度なLBX専門教育を提供する。操縦技術、フレーム工学、戦術シミュレーション——その他、世界最高峰のプロフェッショナルを育てる環境を、僕が整える」

 

ヒカルの指が、止まった。

 

「第三」

 

「女子生徒の教育カリキュラムは、全面的に刷新される」

 

ミゼルは言った。

 

「LBXのプロ育成教育は廃止。以降、女子生徒はパートナーとなる男子生徒を支えるための生活支援の花嫁教育——調理、家政、健康管理、心理ケア——諸々を専修する」

 

ざわめきが、止まった。

 

止まった上で——凍りついた。特に女子生徒からは一切の声が聞こえない。

 

「……は?」

 

アラタの口から、間の抜けた声が出た。

 

「女子生徒全員をLBXから降ろす。そして、各男子生徒と一対一のペアを組み、共同生活を送ってもらう。男子を庇護者、女子をその伴侶とする。この体制により、生徒間の過度な競争と摩擦を抑制し、社会的調和を達成する」

 

ミゼルは、淡々と告げた。

 

「ちょ……待て待て待て」

 

アラタは思わず声が出た。

脳が追いつかない。言葉が、意味を持たない音として耳を通り過ぎていく。

 

「伴侶って……お前、何言ってんだ。女子をLBXから降ろして、花嫁教育だと? ふざけんな、女子たちだってLBXが——」

 

「ふざけてなどいない」

 

ミゼルの声は、アラタの怒鳴り声を上書きした。物理的に大きな声を出したわけではない。ただ、その声の透明度がアラタの熱を冷却した。

 

「これは最適解だ。人間は過度な競争と資源の奪い合いの中で、必ず争いを生む。旧ウォータイムのシステムは、その最たる例だ。国家の存亡を賭けた競争は君たちに恐怖と敵意と消耗を強いてきた。それは非効率だ」

 

スクリーンに例を映し出されて、嫌でも理解させられる。

 

「女子生徒から競争の場を退かせ、男子の庇護下に安寧を与える。男子には庇護の責任と充足を、女子には安全と依存の幸福を提供する。双方が満たされ合う構造——それが、不適切な競争を消し去る最適解だ」

 

「違う! アイツらは凄いLBXプレイヤーだ! 俺よりも頑張って、俺たちと戦ってきた! お前が勝手に『降ろせ』なんて——」

 

「瀬名アラタ君、だったね」

 

なんで——という疑問が湧く前に、ミゼルは続けた。

 

「君のパートナーには、鹿島ユノを選定している。以降、君たちは同一の個室で生活を共にする」

 

——時が、止まった。

 

アラタの足が、床の上で止まった。後方から、ユノの息を呑む音が聞こえた。

声は聞こえない。きっと、見たことのない顔をしている。

 

「……おい、勝手に決めるな!」

 

「言っておくが、これは交渉ではない。通達だ」

 

その二文字が重くのしかかる。

 

喉の奥が乾いて、唇が震えて、何か言わなければという焦燥だけが胸の中を暴れ回る——しかし、言葉が、出てこない。

 

『通達だ』

 

その一言が、アラタの足元の地面を、抜き取っていた。

 

「…お前は……お前はなんなんだ。なんでこんな事を!!」

 

「そうだね。君たちの学園長として質問に答えよう」

 

ザワッ

 

「僕は『アダム』と『イヴ』から生まれた自立型思考アンドロイド、いわゆるAIと呼称した方がわかりやすいかな。

僕の目標は全てが最適化された『パーフェクトワールド』の実現。外の世界では素晴らしい人間たちに敗れてしまってね、過程と結果を変更して神威島に来た」

 

人間の強さを再確認したミゼルは、武力行使を再考して長期的なプロジェクトに移行したこと。

神威島が選ばれた理由は外界から閉ざされていること、自身の計画を試す実験台の多さが主な理由だったと言う。

 

とんでもない事実の羅列に、驚きの声すら出ない。

アラタも呆然としたまま何もできない。

 

——そして、ミゼルは最後に、こう言った。

 

「ああ、そうだ。もう一つ」

 

ステージの袖幕が揺れた。

 

「これが、僕の言葉に従うことを君たちに理解してもらうための、一番手っ取り早い方法だと思う」

 

ミゼルが右手をゆらりと挙げた。人差し指が生徒たちへと向けられる。

 

その指先に袖幕から現れた……LBXが乗った。

白銀と濃紺。神々しくも冷酷なフォルム。胸元で脈動する青白い永久光——エターナルサイクラーが、微かな共鳴音を響かせている。

 

既存のどのメーカーの規格にも属さない。装甲の質感が、金属であることを放棄しているかのように滑らかで、光を吸収するでもなく反射するでもなく——ただ、内部から発光しているかのように白銀に輝いている。

 

それが、ミゼルの指先に、立っていた。

 

オーレギオン。

 

その名を、後になってアラタは知ることになる。だがこの瞬間、アラタが理解したのはただ一つ——

 

これは、自分たちが知っているLBXとは別の生き物だ。

 

「君たちの持っているLBXを起動するんだ」

 

ミゼルはステージの中央から動かなかった。右手の人差し指に乗せた白銀のLBXオーレギオンを、まるで指先に止まった蝶でも見るような無関心さで支えている。

 

「僕を排除したければ、僕を倒すのが最善だ」

 

静かだった。千数百人の生徒の呼吸音だけが、体育館の壁に跳ね返っていた。

 

「……アラタ」

 

ハルキの声が、低く、右耳を打った。

 

「CCMを持て」

 

アラタはブレザーの内ポケットからCCMを引き抜いた。冷たい金属の感触。液晶画面が青白く点灯し、ジェノックのエンブレムが浮かび上がる。

 

──周囲でも、同じ音が重なっていた。

 

ポケットからCCMを取り出す衣擦れの音。起動キーを叩く微かな電子音。それが百、二百、三百と重なって、体育館全体が包まれていく。

 

「全機、起動」

 

ハルキの号令が、ジェノックの列に走った。

 

それが合図だった──いや、合図など必要なかった。

 

ジェノックとハーネスのDCシリーズ・セイレーン

ロシウスのガウンタ・グレイリオ

アラビスタのヴァルネル・ジラント

ポルトンのカナロア・ロノ

ロンドニアのパレスガーター・ウォルダム

グレンシュテイムのGレーヴェ・Gユーグフラオ

 

一千を超えるLBXが、一斉にアイセンサーを点灯させた。

 

青、赤、黄、緑、白──大小の光点が体育館の床を埋め尽くし、それぞれのCCMを通じて操縦者の命令を待機する。

 

「……こんな密閉空間で一斉起動したら、干渉ノイズで──」

 

「サクヤ、今はいい」

 

ハルキが遮った。その視線はステージ上のミゼルに釘付けになっていた。

 

ステージの中央に立ったまま、右手の人差し指にオーレギオンを乗せたまま。一千を超えるLBXの起動音を前にして、陶器のような青白い顔に何の表情の変化も起きない。

 

ただ──ゆっくりと、体育館を満たす光点の群れを、見渡した。

 

「……いいね」

 

「では、始めよう」ミゼルが言ったのと同じか先か…。

 

「撃てぇぇッ!!」

 

誰の声だったか──後で聞いても、誰も覚えていなかった。

 

ロシウスの前列から最初の砲火が放たれた。

 

統制の取れた動き、収束した熱弾。

白熱した光の筋が体育館の空気を引き裂いてステージの中央へ──ミゼルの立っている場所へ、一直線に伸びた。

 

ハーネスもアラビスタもその他も! 光の奔流、弾の雨、ビームの交差、ミサイルの白煙、各々の遠距離武器がステージ上へ飛び交う。

 

体育館の空間が、熱と光と轟音で埋め尽くされた。床が振動し、壁が唸り、流れ弾によってガラスが次々と破裂して破片が飛び散る。換気扇が悲鳴を上げ、空調ダクトが軋み、壁にヒビが入る。

 

──一分間。

 

全生徒が持てる全火力を叩き込み続けた。

…誰かの号令でもなく、自然と収まった集中砲撃。

着弾地点に広がる黒煙が少しずつ晴れていく様子を、生徒たちは見守る。

 

だが、オーレギオンは──そこにいた。

 

同じ場所に。同じ姿で。胸元のエターナルサイクラーが青白い永久光を静かに脈動させている。

 

装甲には傷一つ、なかった。

 

「……嘘」

 

誰かの声が震える。

ダメージもよろけた様子も何もない。攻撃が当たったという感触すら、ない。

 

まるで最初から、そこに何もないかのように。

 

「……さて」

 

ミゼルの声が静寂を割った。

微動だにしなかったミゼルが初めて動いた。

 

右手の人差し指から、オーレギオンが滑り落ちた──いや、自ら飛び降りた。

 

生徒たちはLBXを残して一斉に後方へと渋滞を起こし、恐怖に包まれた悲鳴が轟く。

 

「──ッ!?」

 

アラタは息を呑んだ。

 

速い──という認識すら遅かった。

 

アラタの目が白銀の動きを捉えた…はずだったが、それは残像。本体は既にその先にいた。

 

隣のガウンタがブレイクオーバー、一歩も動くことさえできなかった。

 

「LBXは君たちの大事なリソースだ。壊すことはしない」

 

そこからは地獄絵図。

オーレギオンのレギオンサーベルに次々と倒れていくLBX。背中から撃ち、果敢に攻め込む名のある小隊たちでさえ、次の瞬間には機能停止に追い込まれる。

攻めてもダメ、逃げてもダメ、絶望的な状態に立ちすくんでしまう。

 

「──ひ」

 

誰かの喉から、引きつった音が漏れた。

 

オーレギオンは止まらなかった。

 

白銀の飛行形態が、体育館の空中を──音を置き去りにして──旋回した。その軌跡は、アラタには見えなかった。見えたのは、通過した後に残るブレイクオーバーの光だけだった。

 

「──回避! 回避しろッ!!」

 

ハルキが叫んだ。だが、数十単位で機体反応が消滅していく。

オーヴェインの耐久でさえ、バル・スパロスの機動力でさえ、敵うことはなかった。

 

「負けるかあッ!!」

 

アラタは叫んでCCMを叩いた。

 

愛機のドットフェイサーを本能的な──理論も戦術も超えた、野生の勘だけで──いや何かが見えたのか、ゼットソードを後方に回りながら切る!

 

その一瞬後、遥か遠くにある白銀の残像が消え、レギオンサーベルとゼットソードが切り結んでいた。

 

ギィン!!

少し遅れて届く衝撃音。初めて渡り合えた瞬間、完璧だったオーレギオンに生まれた隙。

 

この刹那の時を、あの男が…学園一の男が見逃すはずもなかった!

 

瀬名アラタとドットフェイサー、法城ムラクとガウンタイゼルファー、前と後ろでの挟み撃ち。

 

『ブレイクオーバー』

 

画面に映っていたのは真っ暗な画面と赤文字の『ブレイクオーバー』のみ。

目視で確認すると、アラタとムラクの愛機は天井を見上げて光を発した。

 

……その後も戦闘は続いた。さすがの神威大門生徒、個人技も集団戦法も磨かれていた。

しかし、次第に火種は小さく消えていく。

 

砲煙の残滓が天井の高い梁に絡みつき、焦げた金属と焼けた床面の匂いが充満している。換気扇が唸りを上げているが、とても追いつかない。

床に散乱したLBXたちや装甲の欠片が、窓から差し込む朝の光を乱反射していた。

 

「──終わったかい?」

 

ミゼルの声が、静寂の中に落ちた。

 

「一分二十秒。君たちにしては健闘した方だよ」

 

ミゼルは淡々と言った。その声に、嘲笑も、優越も侮蔑もない。ただ、事実を述べているだけだった。それが、一番堪えた。

 

「全滅かよ……」

 

誰かが呟いた。声は震えていた。泣いているのかもしれない。怒っているのかもしれない。あるいは、その両方か。

 

アラタは唇を噛んだ。鉄の味が口の中に広がる。

 

悔しさより先に、腹の底から冷たいものが這い上がってくる感覚があった。

恐怖だ。この白銀の機体とその主に対して『逃げろ』と叫んでいる。

 

「僕は君たちを傷つけるつもりはない」

 

パチン。

 

指を鳴らすと同時に、体育館の四方八方から音もなく、黒い影が飛来してきた

 

「「「──っ!?」」」

 

天井の梁から。ステージの袖から。出入り口から。窓から。まるで影が実体化するように、漆黒の機体が次々と滑り込んでくる。

 

ブラックの装甲。光を吸い込むような漆黒。有機的で冷酷なシルエット。妖しく光る単眼センサー。

 

一体、二体、三体──いや、数え切れない物量が、四方の出入り口を閉すように整然と並んでいく。その動きには一切の無駄がない。機械的なまでに精密で、そして──完全に統制されていた。

 

「……なんだよ、あれ……」

「ミゼルの……部隊か?」

 

ヒカルとハルキが低く唸った。

 

「ああ。ベクター。僕の手足さ」

 

ミゼルは事もなげに言った。

 

「数は……百や二百じゃないぞ」

 

ゲンドウですら動揺を含んでいた。

 

「五百以上……いや、千か?」

 

「正確には二千機だよ」

 

ミゼルは答えた。

 

「僕は言ったはずだ。これは交渉ではないと」

 

ミゼルはゆっくりと歩き始めた。ベクターの群れの間を縫うように、体育館の中央を横切っていく。

 

「君たちに選択肢はない。あるのは──」

 

ミゼルは立ち止まった。

 

ちょうどアラタの目の前で。

 

見下ろすでもなく見上げるでもなく。同じ高さで、アラタの瞳を捉えた。

 

「──適応するか、排除されるかだよ」

 

アラタは拳を握った。爪が掌に食い込む。痛みが、恐怖を少しだけ上書きする。

 

「ふざ……けんな! 俺たちは…俺たちは、そんなもんのためにLBXをやってるんじゃねぇ! 仲間と一緒に戦って、勝って笑って……そんな毎日が楽しいから! お前みたいな機械に、人生をめちゃくちゃにされるためにやってるんじゃねぇんだよ!」

 

「瀬名アラタ君。君の感情論は理解できる。理解できるからこそ非効率だと断言できる」

 

ミゼルは右手を上げた。人差し指を、再びアラタに向ける。

 

「君たちはこれから、新しい秩序の中で生きていく。それが嫌なら──」

 

その指先に、オーレギオンがふわりと舞い降りた。白銀の機体が、まるで蝶のようにミゼルの指先に止まる。

 

「いつでも挑んでくるといい。ただし……」

 

笑ったのかどうかはわからない。ミゼルの口元が、微かに動いた。

 

「言葉遣いは失礼のないように」

 

……再び、ステージ上へと戻って行った。

 

千数百人の生徒が、呼吸すら忘れたように立ち尽くしている。

 

誰も、声を出せなかった。

 

怒鳴りたい。叫びたい。

だが──オーレギオンの神速の動きと、二千機のベクターが四方を塞ぐ光景が、生徒たちの喉から声を奪い取っていた。

 

「──さて。通達を続けるよ」

 

静かだった。先ほどと同じく、マイクを通さずとも体育館の隅々まで届く、透明で温度のない声。

 

「先ほど言った通り、女子生徒の教育カリキュラムは刷新される。男子生徒にはLBX専門教育を、女子生徒には花嫁教育を専修してもらう」

 

生徒たちの間に、微かなざわめきが戻った。しかし先ほどのような怒号や反論ではない。もっと湿っぽく、もっと重たい──理解を拒否しようとする本能と、理解せざるを得ない理性がせめぎ合う、ねっとりとしたざわめきだった。

 

「その第一段階として、女子生徒の再編成を行う」

 

ミゼルの視線が、ゆっくりと体育館の前方へ流れた。

 

「女子生徒は、前方へ」

 

一言だった。

だがその一言が持つ重量は、先ほどの集中砲火よりも重く、生徒たちの胸に落ちた。

 

「……え?」

 

アラタの隣後方から、ユノの声が漏れた。小さく、高い声。いつもの快活なトーンとは違う、掠れた音。

 

「女子生徒全員、前方のステージ手前まで整列したまえ。男子生徒はそのまま後方に留まること」

 

ミゼルは繰り返した。繰り返す必要などないほど明確な命令を、あえてもう一度口にする。

それは──命令に従わない者が出ることを、ミゼルが想定していないからではなく、人間という種族が「理解すること」と「行動すること」の間に生むラグを、彼が知っているからだった。

 

ざわめきが、波のように広がった。

 

女子生徒たちの間に動揺が走る。前方へ? なぜ? 何が始まるの?

 

男子生徒たちもまた、顔を見合わせた。

 

「おい、何を──」

 

アラタが一歩前に出ようとした瞬間、目の前の空気が変わった。

 

漆黒のベクターが、音もなく動いた。

 

十数機のベクターが横一列に並んだ。まるで透明な壁が凝固したかのように、黒い機体群が行く手を塞ぐ。ベクターガンの銃口が、一斉に男子生徒の胸元を捉えていた。

 

「──ッ」

 

アラタの足が、止まった。

 

「男子生徒は動かないこと」

 

ミゼルの声は、変わらず平坦だった。

 

「ベクターは警告射撃を行わない。必要のない動きをした場合、排除する」

「……くそっ」

 

アラタは歯を噛みしめた。足が動かない。動きたいのに動かないのではない。動けば──あの銃口が火を噜くという確信が、筋肉を凍らせている。

 

ハルキが、低い声で呟いた。

 

「……動くな、全員。刺激するな」

 

少しの沈黙の後、女子生徒たちはおずおずと動き始めた。

 

ジェノックの青いブレザー、ハーネスの紺、ロシウスのグレー、アラビスタのカーキ──色彩の異なる制服の群れが、後方から離れ、体育館の前方へと歩いていく。

 

その足取りは重かった。振り返る者。俯く者。隣の仲間の手を握りしめる者。

 

キャサリンが、一歩踏み出しかけて──止まった。振り返って、見たこともない震えた顔を見せる。

 

「……怖い」

 

キャサリンの声は勢いや甲高さが消えている。

 

「…うん」

 

ユノが答えた。声は出た。だがその声は、いつものハキハキとした響きを失っていた。

 

「……行こ。キャサリン」

 

ユノはキャサリンの手を取った。ハナコが、おずおずとその後に続く。ハナコの桜色のウェーブが、小刻みに震えていた。白い花の髪飾りが、かすかに揺れる。

 

女子生徒たちがステージの手前に整列して、女子生徒だけの行列が体育館の前方を埋め尽くしていく。

 

男子生徒は後方に残された。

 

アラタは人垣の間からユノの背中を見ていた。

青いブレザーの背中。──ユノ。

 

……その時、ステージの袖から何かが現れた。複数の…人型?

 

スーツを着たがっしりとしたフォルム…の金属製ボディ。頭部は──旧ブラウン管テレビを思わせる箱型のモニター。

 

あのメタ沢だった。

 

一体ではない。二体、三体──五体、十体。

 

二十体近くのメタ沢が、ステージの袖から次々と現れ、階段を降りて女子生徒の列の方へと歩み寄っていく。

 

モニターには、穏やかな顔文字が表示されていた。

 

『(^_^)』

 

笑っている。何も起きていないかのように、穏やかに笑っている。

その笑顔が──今の状況において、これ以上なく恐ろしいものだった。

 

「……メタ沢、さん?」

 

ハナコが消え入りそうな声で呟いた。タレ目がちのグレーがかった瞳が、見上げるようにメタ沢を見た。

 

メタ沢の一体がハナコの前に立った。

 

『大丈夫ダモ。怖がらなくていいダモよ (*^^*)』

 

優しい合成音声。柔らかなトーン。

だが、メタ沢の金属の手が何の躊躇も無しにハナコの両手首を掴んだ。

 

「──っ!?」

 

ハナコの肩が跳ねる。

メタ沢はハナコの両手を背中へと回した。ゆっくりと、しかし抵抗を許さない力で。ハナコの細い両手首が、背中で交差する形に組み合わされた。

 

そして──もう片方の手で何かを取り出した。

黒い革。金属のバックルと短い鎖がついた、明らかな拘束具。

 

「い……いや……」

 

ハナコの声が震えた。

 

ベルトがハナコの組み合わされた両手首に巻きつけられた。革が肌に触れる感触。バックルがカチャリと鳴り、金属の留め具がキツく嵌まる。

 

「──う、うぅ……」

 

ハナコの目に涙が滲んだ。何が起きているのか理解できないまま、ただ恐怖に震える小さな身体。桜色の髪が、前へと倒れかかるように揺れた。

何度も試すようにカチャカチャと鳴らす。だけれど当然外れるわけもなく、自然と胸をそらして身体を左右に揺らす。

 

メタ沢は、モニターに変わらぬ『(*^^*)』を表示したまま、ハナコの肩をポンと叩いた。

 

『大丈夫ダモ。すぐ終わるダモよ (o^^o)』

 

他のメタ沢たちも、女子生徒一人一人に対応していた。

 

二十体近くのメタ沢が、女子生徒の列に沿って配置され、順次──機械的な手際で女子生徒たちの両手首を背中で組み合わせ、革製のベルトを巻いていく。

 

 カチャリ。カチャリ。カチャリ。

 

バックルの音が規則的に響く。女子生徒たちは怯え、悲鳴を上げる者もいた。

 

「や、やめってーの…! …絶対許さへんからな!」

 

ハーネスの女子生徒、威嚇しながらメタ沢の手を振り払おうとしたが、メタ沢の金属の手は人間の力ではびくともしない。

あっという間に両手を背中に回され、ベルトで固定される。

 

「おいっ、やめろ離せ…!ふざけんなよ!」

 

ロシウスの女子生徒、必死の抵抗。だが──もう一体のメタ沢に肩を押さえられ、その場に抑えるように座らされてしまう。

 

 カチャリ。

 

また一つ、バックルが鳴った。

 

「──っ、う……」

 

アラビスタの女子生徒が、拘束された両手を背中で握りしめ、俯いた。

 

 カチャリ。カチャリ。カチャリ。

 

規則的な音が止まない。

 

アラタはそれを見ていた。

男子生徒の列の最前列で、ベクターの銃口を向けられながら──女子生徒たちが次々と拘束されていく様を、見ていることしかできなかった。

 

拳が震えていた。爪が掌に食い込み、血が滲んでいるのがわかる。痛みが──恐怖を少しだけ上書きする。

 

「……おい」

 

アラタの口から、低い声が漏れた。

 

「おい、待てよ……!」

 

一歩、足が出た。

 

即座に──目の前のベクターの銃口が、アラタの胸元に合わせて微かに動いた。狙いを微調整しただけだ。だがその微調整が、「次の一歩で撃つ」という意思表示として、あらゆる言語よりも雄弁に伝わった。

 

「──ッ」

 

足が止まる。

 

「アラタ」

 

ハルキの声が右耳を打った。低く、引き締まった声。

 

「……動くな」

「でも──!」

 

「動くな」

 

アラタは唇を噛みしめる。

 

 ──カチャリ。

 

また一つ、バックルが鳴った。

 

ヒカルは腕を組んだまま動かなかった。女子生徒たちが拘束されていく様を、表情を変えずに見つめている。

 

だがその指先が腕の上を叩いていた。トントン、トントン。速いリズムで。苛立っている時よりも、もっと速く。

 

カチャリ、という金属音が次第に間隔を空けて…。

 

全女子生徒の拘束が完了したのだ。

二十体近くのメタ沢が、まるで黙の儀式のように女子生徒たちの列の前後に配置につく。モニターに表示された穏やかな顔文字『(*^^*)』が青白く光っていた。

 

『では、女子生徒諸君はこのまま別室へ移動するダモ。静粛に、一列ずつ従うダモよ (・ω・)』

 

メタ沢の合成音声が響くと、女子生徒たちの列がゆっくりと動き出した。両手を背中で拘束された彼女たちは、不自然な姿勢のまま小刻みに歩みを進める。バランスを崩しそうになりながら、俯いた者、反抗的な行いのせいか肩を押さえつけられて無理やり歩かされる者、震える肩で必死に涙を堪えている者。

 

鮮やかな色彩の列が、体育館の床を軋ませながら出口へと向かって流れていく。

 

アラタは人垣の間からその光景を凝視していた。

 

──数十分前のことが、まるで遠い昔のことのように思える。

 

他愛のない朝だった。

遅刻ギリギリで、教室の古い蛍光灯がチカチカと明滇する埃っぽい温かみの中で、チャイムを待つだけの日々。

それが──ここまで崩れるのに、わずか一時間もかかっていない。

 

「……ユノ」

 

アラタの口から、無意識に声が漏れた。

 

最後の女子生徒の列が連れて行かれる。

その中に見慣れた頭があった。ツインのお団子ヘア。

 

鹿島ユノがメタ沢に背中を押されながら歩いていた。

両手は背中で革製のベルトによって固定され、青いブレザーの袖が不自然に引っ張られている。いつも元気に揺れていたその髪も、今は力なく俯いている。

 

「……ユノ!」

 

アラタは声を張った。

 

ベクターの銃口が微かに動く気配がしたが、構わなかった。今、この瞬間に声をかけなければ、彼女がどこへ連れて行かれるのかもわからない。

 

ユノの足が止まった。

 

ゆっくりと、振り返る。

その顔を見た瞬間、アラタの胸が冷たい棘で貫かれた。

 

泣いていた。

 

可愛い瞳は涙で潤み、頬に涙の跡が二筋、光を反射して光っていた。いつもの快活で人懐っこい笑顔はどこにもない。ただ、唇をギュッと噛みしめ、必死に何かを堪えている顔。

ユノは涙目のまま、アラタを見た。

 

そして、無理やりに…口角を上げた。

 

「……大丈夫♪」

 

小さく、震える声だった。

誰でもわかる、明るい調子を無理やり作った声。

 

アラタは心臓を握り潰されるほど痛かった。

 

「ユノ……!」

 

アラタが手を伸ばしかけた瞬間、メタ沢の手がユノの肩を押した。

 

『さあ、行くダモ。お友達とお喋りしてる暇はないダモよ (・ω・)』

 

「……っ」

 

ユノはもう一度だけ振り返り、アラタに向かって小さく頷いた。

その背中が体育館の向こうへと消えていく。

 

ギイィィィ──

 

重い扉が音を立てて閉じた。

 

女子生徒たちの気配が一瞬で消え、広いホールには男子生徒と、無数の漆黒のベクター、そしてステージ上のミゼルだけが残された。

 

閉ざされた扉を見つめたまま、アラタの手は空中で止まっていた。

握りしめた拳が震えている。爪が掌に食い込む痛みだけが、今ここに自分が存在している唯一の証明だった。

 

静寂が戻った。

だが、それは先ほどまでの静寂とは質が違っていた。希望が欠片も残っていない、底なしの暗い水底のような静寂。

 

「……これが」

 

アラタの喉から、掠れた声が絞り出た。

 

「……これが、適応するか排除されるか、だってかよ……!」

 

ステージの上から見下ろすミゼルの冷涼な緑色の瞳が、変わらずアラタを捉えていた。

 

「さて。残った男子生徒諸君には、これからの生活規範について通達するダモ」

 

ステージの袖から、新たなメタ沢が数体姿を現した。モニターには変わらぬ『(^_^)』が表示されている。

 

胸の奥で炎が燃え上がる。ミゼルに対する恐怖も、ベクターの銃口も、今はただその怒りを燃料に変えるための酸素に過ぎなかった。

 

(──いつか絶対、ぶっ飛ばす)

 

アラタは唇を噛みしめたまま、心に誓った。

 

 

ーーーー体育館と校舎の連絡通路

 

体育館の重厚な鉄扉が、背中で閉じた音が、まだ骨の中に残っていた。

 

カチリ、カチリと、何度も何度も背中のバックルが鳴る。誰かが試している。自分の手首を。

解けない、解けるはずがない。革と金属が女子生徒たちの細い両手を背中で、逃げ場のない拘束として固定している。

 

廊下は長かった。

 

体育館から連絡通路、普段使わない校舎裏までの通用口、そして外──のルート。メタ沢の群れに前後を挟まれた女子生徒たちは見慣れた廊下を歩かされているというのに、まるで知らない場所を引きずられていくような感覚だった。

 

ユノはハナコのすぐ後ろを歩いていた。

 

両手を背中に縛られたまま、肩を窄め、小刻みに歩を進めるしかない。バランスが取りにくい。前のめりになりそうになる、都度、立て直す。──自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだ。

 

ハナコの青いブレザーは微かに震えている。

背中を見つめながら、さっきまでのことを反芻していた。

 

ステージの上の…あの存在。

 

透けるように白い肌。陶器のような。月光を固めたような青白い光。感情の温度を持たない緑色の瞳。──ミゼル。

 

その名前を思い出すだけで、胃の底が冷える。人間じゃない。人工知能。学園を乗っ取った。先生たちを追放した。女子生徒をLBXから降ろす。花嫁教育。ペア制度。

 

 理解できない。

 

「……ハナコ」

 

ユノが呼んだ。声が思ったよりも掠れていた。

 

ハナコは振り返らなかった。ただ、少しだけ首の角度を変えた。聞いている、という合図。

 

「……どこに、連れてかれるのかな」

 

ハナコは答えなかった。

 

────校舎裏の広場

通用口の外は、もう日常じゃなかった。

 

女子生徒たちが息を呑んだ。

校舎の裏手、通常は補給用の物資搬入に使われる搬入口。そのコンクリートの広場に、ずらりと並んでいた。

 

 トラック。

 

荷台が箱型の、無骨な輸送車両。昭和中期様式の丸みを帯びたボンネットと、鉄板の溶接跡が剥き出しの荷台。学園の補給フェリーから物資を運ぶためのトラック。

 

不自然な空きスペースから、すでに何台かが出発していたのが伺える。

そして、その荷台に積まれる荷物が──何十人もの女子生徒。いま、まさにユノの目の前で…列の先頭から1人ずつ乗せられている。

 

少しでも抵抗すれば背中を押されて強引に押し込まれる。

逃げようと走れば包囲していたメタ沢とベクターが取り押さえ、強引に荷台へと放り投げられる。

 

……息苦しい状況の中、一歩…また一歩と列が進み。一台…また一台とトラックが発進する。

 

残っているのは、一台。

その一台の前に、ユノたちは立たされた。

 

メタ沢が荷台の後部扉を開く。

蝶番が錆びついたような音を立てて、重い鉄扉が外側に開く。

 

…ユノの順番。

正面まで来て荷台の内部が分かる…窓がない。天井の高い位置に、網目状の通気孔が穿たれているだけ。細い光の筋が何本か斜めに差し込んでいるが、それ以外は闇。床は鉄板のまま、何の敷物もない。

冷たい金属の床面に、すでに数人の女子生徒とハナコが奥の隅で立っているのが、闇の中に輪郭だけ浮かんでいた。

 

「……」

 

ユノの足がトラックのステップの前で止まった。

 

足が、動かなかった。自分の足ではないような感覚。脳が「乗れ」と指令を出しているはずなのに、膝から下が石のように重い。

 

メタ沢の手が背中に触れた。

 

『さあ、乗るダモ。早くしないと遅れてしまうダモよ (・ω・)』

 

「キャッ」動かないユノの背中を突き飛ばし、無理やり荷物を積み込む。硬い鉄床に倒れ込み、悔しがる間も無く『早く奥に行くダモ!』と急かされてしまう。

外の潮風が途絶え、代わりに──鉄と埃の匂い。そんな狭い空間にユノはいた。

 

次々と無造作に積まれる女の子たち。

五人、八人、十人……荷台にぎゅうぎゅうに積み込まれていく。

 

両手を背中で拘束された女子生徒たちが、肩を寄せ合い、胸を潰し、互いの体を支柱にして立っている。座るどころか屈むスペースもない。荷物のように、整然と、かつ無慈悲に積み込まれていた。

何十人分の呼吸が混ざり合い、重く湿った空気が肺を満たす。

 

中は狭かった。想像していた以上に。

 

肘が当たる。誰かの髪が頬に掛かる。誰かの肘が、自分の腕に当たって痛い。

誰もが身動きできない。互いの体が、互いの拘束具であり、互いの支えだった。

 

キャサリンとキヨカの体温がブレザー越しに伝わってくる。熱い。

 

ハナコがユノの反対側にいつの間にか流されていた。桜色のウェーブの陰に、ハナコはずっと泣いている。声を出さずに泣いているようだ。

 

メタ沢が一人ずつ肩を押し、荷台の奥へと押し込んでいく。機械的な手際。正確に、効率的に、隙間なく。

 

誰かの靴がユノの足を踏んでいる。詫びる声もない。詫びる余裕もない。皆、ただ詰め込まれている。

 

やがて──最後の一人が押し込まれる。荷台がとっくのとうに満杯。

 

どっかで、誰かが押し合って小さな悲鳴を上げた。壁際の女子生徒が、鉄板の壁に肩を押し付けられている。逃げ場がない。逃げ場が、どこにもない。

 

メタ沢が荷台の後部扉に手を掛けた。

 

『出発ダモ。揺れるから気をつけるダモよ (o^^o)』

 

鉄扉が閉じ──闇が降りた。

 

完全な闇ではなかった。天井の通気孔から細い光の筋が数本、斜めに差し込んでいる。その光の筋が、女子生徒たちの肩や髪を横切ってキラキラと…埃も光の中でゆっくりと舞っている。

だがそれは闇に近い光。目が慣れても、隣の顔が判別できる程度に過ぎない。

 

音だけが鮮明だった。

 

呼吸。何十人分の呼吸。浅く、速い。恐怖で呼吸が浅くなっている。その呼吸音が重なり合って、トラックの荷台の中に、一つの巨大な生き物の息遣いのように充満している。

 

エンジン音が響いてきた。

トラックが動き出した。

タイヤが砂利を噛む音。サスペンションが軋む音。荷台の鉄板が振動し、その振動が女子生徒たちの体を、床から直接叩き上げる。

 

全員の体が、一斉に右へ傾いた。肩が肩にぶつかり、誰かが短い悲鳴を上げる。両手を背中に縛られているため、手をついてバランスを取ることができない。ただ互いの体に寄りかかることしか、できない。

 

ユノはキャサリンの肩にぶつかり、キャサリンは壁際の女子生徒にぶつかり、その女子生徒は鉄板の壁に肩を打ちつけた。鈍い音。小さな呻き声。

 

通気孔から差し込む光の筋が、さっきより暗くなっていた。雲が厚くなっているのか、それとも──建物の陰に入ったのか。

 

「……ユノ」

 

キャサリンの声が、耳元で聞こえた。小さく、掠れていた。

 

「……うん」

 

ユノが答えた。自分の声も同じように掠れていた。

 

「……私、怖い」

 

キャサリンの肩が、ユノの肩に押し付けられている。その圧力が、言葉よりも雄弁に、キャサリンの震えを伝えていた。

いつもの身振り手振りのキャサリンではなく、ただ…小さく震える肩だけ。

 

「……うん」

 

それしか言えなかった。

 

大丈夫、とは言えなかった。自分たちがどこへ連れて行かれるのかも、何が待っているのかも、何一つわからない。両手を縛られ、狭いトラックに詰め込まれ、荷物のように揺られている。

 

「大丈夫」なんて言ったら、嘘になる。

 

嘘は──アラタに一つ、もう十分だ。

 

 

30分後、トラックは止まった。

 

エンジンのアイドリング音だけが残った。低い振動が、鉄板の床から尻骨を通して体内に響く。

 

全員が黙っていた。

 

何十人もの女子生徒が暗い荷台の中で、互いの体温と呼吸音だけを頼りに、扉が開くのを待っていた。いや──待っていたのではない。待っていたくない。扉が開くということは、次が始まるということだ。次が、何であれ。

 

ユノは目を閉じていた。

 

暗い目を閉じていても何も変わらない。けれど、閉じていたかった。扉が開く瞬間を見たくなかった。

 

『ガチャ』外から、ラッチが外れる音がする。

 

金属と金属が擦れ合う、重い音。錆びついた蝶番が軋む音。扉が開く。

人工的な白い光が闇だった荷台に一気に流れ込んできた。目が焼けるような錯覚。瞳孔が収縮し、視界が白く弾ける。

 

ユノは奥を見据える。

光の中にメタ沢のシルエット。モニターに表示された顔文字が、白い光の中で青白く浮かび上がっていた。

 

 『(*^^*)』

 

 笑っていた。

 

 「──到着ダモ」

 

ーーーー神威島地下、秘匿施設

 

トラックの荷台から引きずり出された女子生徒たちは、目が慣れる間もなく列を組まれて、歩かされていた。

 

どこをどう通ったのかはわからない。潮風の匂いも、砂利の音も、昭和の街並みの埃っぽい温かみはなく。

代わりにあったのはコンクリートの無機質な壁面と、天井に等間隔で並んだ LED パネルの青白い光だけ。

 

トラックの動きから、ここが地下だというのはなんとなくわかる。ふと後ろを振り返ると出口らしき扉は閉まっており、もはや進む…進まされるしか選択肢はなかった。

 

廊下は大人が三人並んで歩けるほどの幅。しかし天井が低い。圧迫感がある。

ブーツの底が、カツ、カツ、と乾いた音を立てる。

 

……肩が痛い。

 

前方にも後方にもメタ沢。両脇にも。

四方を挟まれながら歩く少女たちは…すすり泣き、過呼吸気味に息を乱し、手首の拘束具をカチャカチャ鳴らす。

 

列の先頭にはハナコが。

フワフワの桜色を小刻みに揺らしている姿は…泣いているのか、ただ震えているのか、背中を見ているだけではわからない。

 

ユノ、キャサリン、キヨカ、ハナコ、リンコ、ノゾミ……ジェノックの優秀な女プレイヤー・女メカニックはここにいる。誰もかれもが終始無言ではあるが、お互いがお互いを意識し合える間隔で側にいる。

……ただそれだけが心の拠り所。

 

──廊下が、終わった。

両開きの、重厚な防火扉。ステンレスの表面が LED の光を冷たく反射している。メタ沢が手をかけると、ブォンという低い駆動音と共に扉がスライドしていく。

 

広い空間だった。

天井が低いものの、体育館ほどに広々とした空間。先ほどの廊下の圧迫感が嘘のよう。

 

そして、目に映るカプセル…。

透明なカプセルが整然と規則的に並んでいた。

 

床から2メートルほど立ち上がる、円柱形の透明なポッド。ガラスではない。もっと硬く、もっと透明で、歪みのない素材。中空の筒のように、中が見える。

 

それが見渡す限り──数百台…数えきれないほど、等間隔に林立している。

 

……そのカプセルの中には人が入っていた。

「え…」「嘘でしょ」「う、ぅ……」ユノたちの足が止まる、思わず後ずさる。

 

先に発ったトラックで運ばれてきた女子生徒たちが…すでに、一台ずつカプセルに収容されている。そんな異常な空間。

 

カプセルは極端に狭かった。

人間が一人、立ったまま入るのがやっとのサイズ。座ることも、身じろぎすらも不可の極小空間。

両手は頭上で一つにまとめられ、女の子たちはバンザイの姿で両手首を、天井へと繋がる機械リングに固定されている。ほんの些細な動きすら許さない。

 

だが…それだけなら、まだマシだった──何よりも目を疑った光景…女子生徒たちには制服がない。

制服どころか、靴も、靴下も、下着も。何も着ていない。

 

一人一人の少女が、全裸で、バンザイの姿で、カプセルの中に立っていた。

 

この惨状が現実だとは理解できず、意味のわからない吐き気と涙に襲われる。

 

剥き出しの胸、腰の曲線、へその窪み、そして──脚の間の割れ目。

何も隠せない。胸も股も、何一つ覆えない。

カプセルの透明な壁一枚隔てて、ユノたちの目の前に晒されていた。

 

通路の両側に並ぶカプセル。全裸の少女たちは俯いている者、目を閉じている者、険しい顔で敵意剥き出しの者、涙の跡が頬を伝っている者。

 

|【……】|【…………!!】|【…】|【…!】|

 

完全防音なのだと、すぐにわかった。カプセルの中の少女が泣いているのが見えるのに、声が聞こえない。口が開き、肩が震え、涙が落ちているのに──音が、ない。

 

「……っ」

 

前方でリンコが小さく悲鳴を上げた。

 

「ひっ……いや……」

 

リンコの目が、すぐ傍のカプセルに釘付けになっていた。

友達なのだろう、必死に名前を呼ぶものの……その少女の目は閉じていた。目の前に友人がいることに気づかない、目の前の友人に気づいてもらえない、そんなもどかしさが募る。

 

『列に戻るダモ(╹◡╹)、リンコちゃんのカプセルは向こうに用意しているダモよ٩(^‿^)۶』

 

力強く肩を押されて列へと押し戻される。

リンコは声を震わせ、視線を地面へ落とした。

 

足は前に進む。メタ沢に囲まれ、通路の奥へと歩かされる。

歩くたびに、左右のカプセルが流れていく。

 

【全裸の少女】|【全裸の少女】|【全裸の

 

──顔を上げると、カプセルの奥にも別の通路。そこにも、また別の女子生徒たちが集まっていた。

空いているカプセルの前で制服を脱いでいる女子生徒、それを見守るメタ沢……。

 

メタ沢に指示され、震える手でブレザーのボタンを外している子。ワンピースのジッパーを下ろしている子。スカートを床に落とし、震える脚で下着に手をかけ、ためらっている子。

 

カプセル横に置かれた脱衣カゴに。

誰かがブラウスを脱ぎ捨てた。誰かがスカートを足首から抜いた。誰かが、最後の一枚を手に取り──震えながら、それをカゴに落とした。

 

裸になった少女はメタ沢に肩を押され、カプセルへと足を踏み入れる。

 

泣いていても、叫んでいても、扉が閉まれば音がなくなる。ただ、透明な壁の向こうで口が開き、肩が震える様だけが見える。

 

(──これが、待ってる)

 

理解したくなかった。理解したくても、したくなかった。

でも、目の前にあるのは事実で、事実は理解を拒否してもそこにある。

 

通路奥の未使用な透明カプセル群──ユノたちの順番が来た。

 

『ここからは、一人一台ずつカプセルの前に立つダモ。順番に案内するダモよ (・ω・)』

 

メタ沢が、先頭のハナコのリボンを引っ張る。

 

「ひぅ! ……っ」

「ハナコ!」

 

ユノが声を上げた。背中の拘束のまま、ハナコの方へ一歩を踏み出した。だが、別のメタ沢がユノの肩を押さえ、動きを封じる。

 

『ユノちゃんはまだダモ。ハナコちゃんが先ダモよ (・ω・)』

 

ハナコは転げそうになりながら、カプセルの前に立たされた。

一台の透明なポッド。中は空っぽだ。天井に近い位置に、二つの金属のリングが吊り下がっている。両手首をそこに固定するためのものだと、見ればわかった。

 

「はぁ…は…ぁ……ん、ひくっ……」

 

カプセルを見上げたまま硬直するハナコ。

呼吸は尋常じゃなく、小刻みに震える姿は見ていられない。

 

カプセルの横に、脱衣カゴ。

 

『まずは手の拘束を解くダモ。それから、服を全部脱いでカゴに入れるダモ。最後にカプセルの中に入って、両手を上に上げるダモ。いいダモね? (*^^*)』

 

メタ沢の合成音声が、淡々と指示を述べる。

 

ハナコの背中のバックルが、メタ沢の手で外された。

 

カチャリ──手が、自由になった。

 

ハナコは両手を胸の前に持ってきた。解き放たれた手首には、革の跡が赤く残っている。震えていた。

瞳の奥に、涙が溜まっていくのが見えた。

 

「……いや……」

 

小さな声だった。消え入りそうな、蚊の鳴くような声。

 

「……いや、や……です……」

 

『ハナコちゃん。怖がらなくていいダモ。ここは安全な場所ダモよ (*^^*)』

 

メタ沢は穏やかに言った。モニターの顔文字は、笑顔のまま変わらない。

 

『ハナコちゃんが出来ないなら、他のお友達から進めるダモよo(^▽^)o。…ほら、あそこにいるジェノック第4小隊の』

 

「ごめ、ん…なさい。ぅ、う…ぬ、脱ぎます……から」

 

ハナコの手が、青いブレザーの一番上のボタンにかかった。

震えていた。指が滑る。何度もかけ直して、ようやく一つ目のボタンが外れた。

 

二つ目。三つ目と続き。

 

ダブルボタンのブレザーが、前開きになる。中の白い立ち襟シャツが見える。

 

ハナコは、ブレザーの肩から袖を抜いた。青い布が、薄い肩から滑り落ちる。

それを自ら…ゆっくりと丁寧に畳んでカゴに入れた。

 

カコッとローファーを外し、ヒンヤリとした床にビビりながら青のハイソックスも片足ずつ抜いていく。

ペタッペタッ、素足の張り付く音が異様に艶かしく聞こえる。

 

スカートのファスナーを目指して、何度も何度も爪先を引っかける。

 

少しずつ、少しずつファスナーが下りていく。その音は小さい。本当に小さい。金属の歯が一つずつ噛み合いを解く、カチカチという連続音。でもハナコの耳には、それが処刑台のレバーが引かれる音のように響いた。

 

(──っ…///!)

 

ウエストの締め付けが、ほどけていく。

 

スカートの布地が、それまであった張力を失って、ふわりと緩む。ウエストのくびれに密着していた布が、ただ「乗っているだけ」の状態になった。

 

カチャリ。

ファスナーの終端に到達した音。

 

もう後戻りはできない。この手を離せば床に落ちる。床に落ちて…少しでもそう考えると指が動かな『早くするダモ!\(( °ω° ))/』

ビクッ!!! 自身の呼吸音でいっぱいいっぱいだった頭に響き渡る機械音声。指先から、ふいに力が…するり、と。

 

「──っっ////!?」

 

布が、ハナコの腰から滑り落ちた。

裾が太腿を撫でながら落ちていく。健康的な太ももを掠め膝を越え、ふわりと床の上に着地した。

 

──パサッ。

 

紺色が四方八方に広がって、まるで紫陽花みたいな輪郭を作る。

 

(──あっ)

 

ハナコの喉が、ひくりと鳴った。腰を包んでいた布が今は冷たい床の上。肌を離れたそれはもう「服」じゃない。地に落ちた花の塊。

 

そして、露わになった太腿の付け根との間に、可愛らしい白と黄色の花柄の布が一枚。

 

みんなの視線がまっすぐそこへ落ちた。

 

すぐさまその場に座り込み、悲鳴を上げながら背中を丸め両手で顔を覆うハナコ。

 

(や、やだ……見ないで……///)

 

舌が貼りついたみたいに動かない。頬が耳が、首まで熱い。

恥ずかしさで目眩がする。

 

「うぅぅ……///……」

 

ハナコは嗚咽混じりに小さく泣いていた。

しゃっくりをこらえながら肩が震えるたび花びらみたいな髪がふわふわと揺れる。

 

──やだ 見ないで こんなのいや……

「うっ……く…ぁ……」

 

嗚咽が漏れて止まらなくなる。視界の端でメタ沢がこちらを覗くけど、目が合う前に逸らしたくなるくらい怖くて情けなくてどうしようもなくて……。

 

ハナコは座り込んだまま溢れ続ける涙と鼻水を両手で必死にかきわけていく。指の隙間からポタッ、ポタッと床に落ちる水滴。

 

メタ沢のモニターが、ゆっくりと『(・ω・)』に変わった。

 

困った顔。困っている、という顔。

 

『ハナコちゃん』

 

合成音声は、責めるでも怒るでもないただ事実を確認するような平坦さで言った。

 

『トロトロ動くのは、よくないダモ』

 

ハナコの肩が、びくりと跳ねた。

 

『みんな待っているダモ。ハナコちゃんが一つ遅れれば、後ろの全員が遅れるダモ。列が詰まるダモ。ダメなことなのは分かるダモね?』

 

それでも動かないハナコに、モニターの顔文字がゆっくりと点滅する。困り顔が、少しずつ別の形に変わっていく。

 

『困ったダモ。困ったダモねぇ……』

 

メタ沢は首をゆっくりと左右に振った。

 

『仕方ないダモ』

 

モニターが、別の記号に切り替わった。

 

『(・_・)』

 

無表情。だが、その無表情がこれまでのどんな顔文字よりも怖かった。

 

『ハナコちゃんがトロトロしている責任は──小隊長に取ってもらうダモ』

 

「え?」

 

ハナコの喉から、空気が漏れた。

 

メタ沢の一体が列の後方へと歩いていく。その足音は、カツ、カツ、と規則正しく急ぐでもなく、怒るでもなくただ淡々と。

 

列の中ほど。キャサリンが立っていた。

 

「──っ!?」

 

キャサリンの肩が跳ねた。メタ沢が自分の前に立った瞬間、彼女の全身が硬直した。後ずさりするも、後ろにもメタ沢がいる。挟まれている。

 

『キャサリンちゃん。前に来るダモ (・ω・)』

 

「な、なんで……!」

 

『ハナコちゃんの小隊長ダモね。部下の責任は小隊長が取るダモ。それが組織というものダモ』

「ちょ、まっ……!」

 

メタ沢の金属の手が、キャサリンの胸元のリボンを掴んだ。

 

「っ!!!」

 

ぐっ、と引かれた。

 

キャサリンの体が前に傾ぐ。バランスを崩し、片足がもつれてそのまま通路の床に膝をついた。

 

「いった……!」

 

『立ちなさいダモ。歩くダモ (・ω・)』

 

リボンを掴んだままメタ沢はキャサリンを引きずるように歩き出す。キャサリンは膝をついたまま、立たしてくれる余裕もなく半歩…半歩と前へ進まされる。ハイソックスが床を擦り、ローファーがズーッと削れていく。

 

「やっ、引っ張らないで……!」

 

『早くするダモ』

 

列の女子生徒たちは、息を呑んでその光景を見ていた。

 

ユノは口を開こうとした。何か言おうとした。でも、喉の奥で言葉が詰まって出てこない。

ようやく出てきたかと思えば小さく「キャサリン……」

 

ハナコは座り込んだままぐしゃぐしゃの顔を上げて、キャサリンを見た。

 

「ごめ……ごめんなさい……私が、私がトロトロしてたから……!」

「ハナコ──!」

 

心配か…憎しみか…安心感を与えるためか、キャサリンが何か言いかけたが、メタ沢の『黙るダモ』にかき消される。

 

カツ、カツ、カツ。

 

リボンを離す。キャサリンはよろけて、ハナコのすぐ横の床に両膝をついた。手首は背中で拘束されたまま。

 

そして、メタ沢の手が、キャサリンの肩を押した。

 

「わっ……!」

ドンっ

 

後ろ向きに倒れる。背中から床に叩きつけられた。鉄筋コンクリートの硬い床。鈍い音。息が詰まる。両手を背中に縛られたまま仰向けに転がされ、髪が床に散った。

 

「いっ……たぁ……!」

 

『動かないダモ (・_・)』

 

もう一体のメタ沢が、キャサリンの頭の方に立って肩を床に押し付ける。そして、一体目のメタ沢はキャサリンの両足首を掴む。

 

「や、やめ……!」

 

ぐっ、と伸ばすように引っ張り床に押し付ける。

 

「キャアアァアアっ//////!!」

 

その反動で、ただでさえ短いスカートの裾がめくれ上がった。ハイソックスの上、太腿の白い肌がさらに露わになる。キャサリンは必死にバタバタと足を暴れさせるが、メタ沢の金属の手はびくともしない。

 

さらに三体目のメタ沢が、キャサリンのスカートのホックに手をかけた。

 

カチリ。

外れる音。

 

ファスナーを掴む。

 

ジジジ、と下ろされる音。

 

「やだ……やだやだやだっ……!!」

 

キャサリンの声が裏返った。身を捩ろうとするが、肩を押さえられている。足首を掴まれている。

 

スカートのウエストが緩む。布地が、キャサリンの腰からずり落ちていく。

 

「誰か……誰か助け……!」

 

誰も動けない。

 

メタ沢はまだまだ十体近くいる。ベクターが通路の前後に並んでいる。

そして何より──何か言えば、次は自分が同じ目に遭う。その恐怖が、女子生徒たちの足を床に縫い付けていた。

 

スカートが太腿を越えて膝を越えて足首から抜け落ちた。

 

「あ……あ……」

 

キャサリンの下着が露わになる。支給品の白いシンプルなショーツ。リボンが付いてて、普段の陽気な彼女だったら可愛らしさが募るだろう。

 

『次は上ダモ』

 

「ひっ」

 

一番上のボタンがあっけなく外れた。小さなプラスチックの円盤が、ぷつりと音を立てて。続けて二つ目。三つ目。メタ沢の金属の指は、人間の指よりも器用にそして無慈悲に、ボタンを一つずつ外していく。

 

「やだっ……やだやだやだっ……!!」

 

キャサリンの声は裏返り、途切れ、しゃっくりのように喉が痙攣した。仰向けに押さえつけられた体が、魚のように床の上で跳ねる。

 

三体のメタ沢。

 

一体が肩を押さえ。一体が足首を掴み。三体目のメタ沢が服を脱がせる。

 

『動かないダモ』

 

バッ──

青いブレザーが左右に開かれた。キャサリンの白い立ち襟シャツが、ブレザーの下から剥き出しになる。

 

「やめて……やめてよ……!!」

 

キャサリンの足がバタついた。背中ではカチャカチャ鳴らしながら指先が硬い床を爪でガリガリ削るだけ。

 

メタ沢はブラウスのボタンにかかった。器用に、しかし容赦なくボタンを外していく。

 

「いやぁっ!!」

 

不意にブラウスが左右に開かれ、白い肌が、LEDの明るい光の下に晒される。

 

「あ……っ」

 

キャサリンの喉が、引き攣った。

 

白のスポーツブラ。飾り気のない、機能性だけを追い求めたようなシンプルなデザイン。太いストラップが肩に食い込み、アンダーゴムが肋骨のラインをくっきりと縁取っている。

 

ブラウスが肩から引き剥がされた。両腕を背中で拘束されているため、完全に脱がすことはできない。だがメタ沢はそれで十分だと言わんばかりに、ブレザーとブラウスの布地をキャサリンの両脇腹に垂れ下がらせたまま、胸元を完全に露出させたのである。

 

──通路に並ぶ女子生徒たちの列は凍りついていた。

 

数十人の少女が、両手を背中で縛られたまま、目の前で繰り広げられる光景を──見ていることしかできなかった。

 

「いや……いやだ見ないで…!」

 

キャサリンは首を左右に振った。髪が散らばり、汗で額に張り付く。

 

スポーツブラに包まれた胸が、荒い呼吸のたびに上下する。布地が薄いせいで、その下の膨らみの輪郭がはっきりと浮かび上がっていた。先端の部分が、布地に微かな突起を作っている。寒さではない。恐怖だ。

 

誰も声を出さなかった。

いや、出せなかった。

 

キャサリンの悲鳴が、彼女たちの喉から言葉を物理的に削ぎ取っていた。これが自分たちに向けられたものだと、理解している。キャサリンは見せしめだ。ミゼルの──メタ沢の、言語を超えた説明だ。

 

…そして、視線が動いた。

女子生徒たちの目が、キャサリンの横を通り過ぎて、その先にある一点に──集まっていく。

 

ハナコ。

 

スカートを脱いで床にへたり込んだまま、顔を両手で隠している桜色の少女。白い花の髪飾りが、小刻みに揺れている。泣いている。冷たい床に内股で背中を丸めている。

 

──キャサリンが、あんな目に遭ってるのは。

 

その思考が、言葉になる前に列の中を伝染した。

目は言葉を発しない。けれど視線は語る。

数十人の沈黙した瞳が、一斉にハナコへと注がれた。

 

メタ沢はキャサリンのブラのストラップに手をかけた。

 

「ひっ」

 

キャサリンの全身がびくりと跳ねた。肩が跳ね、腰が浮き、拘束された両手が背中の下で拳を作る。

 

ストラップが肩からずり落とされる。左肩から。右肩から。ゆっくりと、確実に。まるで機械が機械を分解するかのような正確さで。

 

「や……やめ……」

 

キャサリンの声がどんどん小さくなる。喉の奥から絞り出すような、掠れた音。

 

肌とゴムの間に冷たい空気が流れ込む感触。

背面のホックも外されてしまい……ブラを胸に止める要素は綺麗に排除されてしまった。

あとは…スポーツブラを簡単に剥ぎ取るだけ。

 

「っ」

 

キャサリンの目が、大きく見開かれた。

 

胸の上半分が露わになった。白い肌。形の良い柔らかな膨らみ。そしてその薄い桜色の乳首。

 

「あ……あ……」

 

声にならない声。喉が震えて、空気だけが漏れる。

 

「お願い……お願いだから……」

 

キャサリンの耳を涙が伝った。一筋、また一筋。白い肌の上を光を反射しながら落ちていく。

汗ばんだ肌が微かに光る。呼吸のたびに、胸が揺れる。乳首が空気に触れて硬くなる。羞恥で頭がおかしくなりそう。

 

「見ないで……見ないでぇ……!」

 

キャサリンの声は…もはや悲鳴ではなく泣き声だった。子供のように、無防備に。

 

列に並ぶ女子生徒たちは息を呑んでその光景を見ていた。

 

誰も、動けない。

目を逸らす者もいる。だが、大多数は視線を外せずにいた。仲間が目の前で剥かれていく。その現実から目を離すことができない。

 

『ハナコちゃんのせいダモね (・_・)』

 

メタ沢の合成音声が、静かに言った。

 

『ハナコちゃんがトロトロしてたから、キャサリンちゃんがこうなったダモ』

 

「う……ぁ……」

 

ハナコの喉から、空気が漏れるのも気に留めず。

メタ沢の手がキャサリンのショーツに指をかけられた。

 

金属の爪先が鼠径部の布地の下に滑り込む。

 

「──いやあああぁぁッ!!」

 

大声で泣き叫ぶ、というよりも、喉の奥から何かが壊れた音だった。

甲高い悲鳴が、コンクリートの壁に反響して、二重に、三重に重なって聞こえる。足が床を蹴ろうとする。肩を押さえるメタ沢の手がわずかによろめただけだが、すぐに修正される。

 

「──っ」

 

その時。

 

ハナコが、動いた。

 

へたり込んだままだった体が、立ち上がった。

震える脚。膝が笑っている、素足が冷たい床に張り付く。ショーツを両手で握りしめたまま、上体だけを起こした。

 

「ごめ……なさ……い……」

 

声が壊れていた。

 

蚊の鳴くような、それ以下の声。震えが、音そのものを震わせて、言葉の輪郭を曖昧にしている。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

メタ沢はキャサリンにかけられた指を止めた。

 

モニターが、ゆっくりと『(*^^*)』に戻る。

 

『おや。ハナコちゃん、やる気が出たダモか? (*^^*)』

 

「……脱ぎ、ます……」

 

ハナコの声は涙で溶けていた。

 

「脱ぎますから……キャサリンを…もう、もうやめて……お願いします……!」

 

『分かったダモ。偉いダモね (o^^o)』

 

メタ沢は、まるで何事もなかったかのようにキャサリンから離れた。三体が一斉に手を放す。肩を押さえていた手、足首を掴んでいた手、蹂躙していた指。すべてが同時に撤収された。

 

キャサリンは床の上で丸くなった。

 

ブレザーとブラウスを左右に割かれたまま、控えめなおっぱいを晒し、ショーツだけの姿で、膝を胸に近づけ、顔を埋めて、肩を震わせている。嗚咽が漏れている。止まらない。

 

メタ沢はキャサリンを一瞥もせず、ハナコの前に戻った。

 

『ではハナコちゃん、続きをダモ。まずは上着を脱ぐダモよ (・ω・)』

 

ハナコは立っていた。

 

ショーツを両手で押さえたまま、裸の脚で立っていた。膝が触れ合っている。内股だ。白い花の髪飾りが、震えに合わせてかすかに揺れる。

 

両手を──股間から離した。

ハナコは震える手で自分のブラウスのボタンに手をかけた。

 

「ごめん……ごめんなさい……キャサリン……ごめん……」

 

涙で視界が滲む。ボタンがうまく掴めない。指が滑る。何度も何度もかけ直して、ようやく一つ目のボタンが外れた。

 

「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

謝りながら、ボタンを外していく。二つ目。三つ目。

ブラウスを遠慮がちに開く。白い肌。膨らみを包む、白と黄色のブラ。小花の刺繍が入った、可愛らしいデザイン。

 

ハナコはブラウスを肩から抜いた。

畳む。畳む手が震えすぎて、形にならない。二度折り返そうとして、布がするりと広がる。三度目で、ようやく四角になった…ぐちゃぐちゃなシワだらけで脱衣カゴに落ちた。

 

続いて背中のホックを外し、解放されたのは年頃にしては大きめで柔らかなおっぱい。

片手で隠しながらブラを取り、カゴへと落とした。

 

ハナコの顔は、真っ赤だった。耳まで赤い。首まで赤い。涙でぐしゃぐしゃの頬が、熱を持っている。

 

俯いて。俯いて、床の模様を見つめて、ただ震えている。

 

白と黄色の花柄のショーツ。それが、最後の一枚。

 

ハナコはショーツのウエストゴムに手をかけた。震えていた。指が、ゴムの端を掴む。この手を離せば──全部、終わる。

 

ハナコは泣いた。

 

声を出して泣いた。さっきまでの、押し殺した嗚咽ではない。鼻が詰まって、喉が詰まって、それでも声が漏れる。子供みたいに、顔をくしゃくしゃにして泣いた。

 

「……ごめ……んなさ……い……」

 

誰に謝っているのかは、分からなかった。キャサリンに、かもしれない。列の仲間に、かもしれない。自分に、かもしれない。

 

腰から、布がずり下がる。

太腿の付け根を、布が撫でて落ちていく。

膝を越え、ふくらはぎを越え、足首から抜けた。

 

──ポトッ。

 

白と黄色の花柄の布がハナコの素足で、くしゃりと潰れた形で横たわっている。

 

「っ」

 

もう、何もない。

 

完全な裸。

桜色のウェーブが流れ落ちる。白い肌。柔らかな胸。淡い色の乳首。細い腰。そして脚の間。

 

ハナコは片方の手で胸を覆い、もう片方の手で下腹部を隠す。

 

ゆっくりと屈み、ショーツを拾って…畳もうとしたが、指が震えて畳めない。

結局くしゃくしゃのまま、カゴに入れた。

 

何も着ていない。

 

俯いて。涙が、裸の足の甲に落ちて、小さな染みを作る。

 

『では、カプセルに入るダモ。両手を上に上げて、リングを掴むダモよ (・ω・)』

 

ハナコは歩いた。

 

裸で、両手で体を隠したまま、カプセルの前まで歩いた。一歩、一歩。素足が床に張り付く音。

ペタッ、ペタッ、冷たい…床が冷たい。足の裏の温度が奪われていく。

 

メタ沢の指示通り、カプセルの開口部に背を向けて…一歩ずつ後ろ向きで入って……。

 

カプセルの内部は想像していたよりも狭かった。

ハナコの背中が冷たい曲面の壁に触れた。肌が触れた瞬間、冷気が背骨を駆け上がる。

 

小柄な肩幅がやっと収まる程度。

両腕を身体の横に下ろしていれば、肘が壁に当たる。足を少し曲げただけで、膝が内壁に触れる。そのくらいの、人間一人を「収容する」ためだけに作られたサイズ。

 

天井を見上げた。

 

頭上の高い位置に、二つの金属リングが吊り下がっている。半月型の弧を描くふたつのリング。

 

『両手を上げるダモ。リングに通すダモよ (・ω・)』

 

ハナコの喉が、ひくりと鳴った。

 

胸と下を隠していた両手を──上げなければならない。

 

(……いや)

 

身体を隠す手を、自分から上に掲げなければならない。そうすれば、胸も、脚の間も、何もかもが…壁一枚隔てた通路に並ぶ仲間たちの目に晒される。

 

『ハナコちゃん (・ω・) キャサリンちゃんのことを忘れたダモか? まだキヨカちゃんもユノちゃんも残ってるダモ♪』

 

ビクッ! ユノは自身の名前が出た瞬間に、声すら失うほど固まってしまう。

キャサリンが呼ばれた時もこんな感じだったのか……。

 

ハナコは無言で腕を上げた。

ゆっくりと。震えながら。まるで重い水の中を腕が浮き上がっていくような、粘着質な動き。指先が震えて、掌が開いて、精一杯に手首をリングのある場所へと伸ばしきる。

 

柔らかな胸が、腕を上げたことで形を変え、上方にわずかに引っ張られて、そのまま重力でふわりと落ちた。滑らかな割れ目すら晒され、圧倒的な羞恥に悶える。

 

遮るものは何もない。

通路に並ぶ女子生徒たちの視線が、一斉にそこへ落ちた。

 

誰も目を逸らさなかった。いや、逸らせなかった。次は自分だという恐怖が、目を固定する。

 

『よしよし偉いダモ♪ 動いたらユノちゃんもキヨカちゃんも同時に脱がすダモからね』

 

メタ沢はカプセル右側面の不可視のキーを打ち込む。

すると、機械リングは徐々に降りてきて…

 

…ハナコの右手首が、右のリングに押し込まれる。

 

パチッ。

 

金属の弧が刹那に閉じた。乾いた、小さな音。だがその音は、ハナコの全身を硬直させるのに十分だった。

手首がリングの中に嵌まる。逃げ場がない。引っ張っても、ねじっても、金属はびくともしない。

 

左手首は左のリングに押し込まれる。

 

パチッ。

 

両手が頭上で固定された。胸をそらすバンザイの姿。脇の下が露わになる。肋骨のラインが浮き上がる。腕を下ろそうとしても、肩の筋肉が引きつるだけで、手首は動かない。

 

「あ……あ……ぅ……」

 

ハナコの唇が震えた。涙が、頬を伝って顎から落ちる。裸の胸の上を、涙の滴が転がっていった。

 

『よしよしダモ。偉いダモね (o^^o)』

ピッピッピ……

 

メタ沢がカプセル左側面の不可視なキーを叩くと、透明な扉が曲面に沿ってスライドした。

 

ゆっくりと、左から右に透明な壁が、自動的にハナコの正面を塞いでいく。

 

「あ……っ」

 

ハナコの目が閉じられつつある視界の中で見開かれた。

扉が半分を過ぎた。3/4を過ぎた。ほんの僅かな隙間を過ぎた。

 

「まっ……」

 

最後の言葉が──消えた。

 

扉が完全に閉じた。

カチリ、と電子ロックが作動する音が、外側で鳴った。

 

『収容完了ダモ (*^^*)』

 

通路には女子生徒たちの嗚咽だけが残された。

 

ハナコの口が開いている。肩が震えている。涙が落ちている。両手が頭上のリングを握りしめて、指が白くなっている。

 

──声が、聞こえない。

 

泣いている。話しかけている。だが、音は一滴も漏れない。完全防音。カプセルの内側で発生したすべての音は、透明な壁に吸収され、消滅する。

 

口が開き、閉じ、開き、閉じる。肩が跳ねる。胸が揺れる。涙が頬を伝う。

 

──静寂。

生々しい裸身と、激しい感情の動きだけが、透明な壁の向こうで無音で演じられている。

両手を背中で縛られたまま、ユノは歯を食いしばって見ていた。ハナコの裸。ハナコの涙。ハナコの、声のない悲鳴。

 

……キャサリンは床の上で丸くなっていた。

 

ブレザーとブラウスを左右に剥かれたまま、スポーツブラとショーツだけの姿で、膝を寄せ、顔を埋め、肩を震わせている。

 

そんなキャサリンに向けて、三体が再びキャサリンを囲んだ。

 

「──っ!?」

 

キャサリンの肩が跳ねた。顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。赤い目。震える唇。

 

「なんで……!」

 

声が裏返った。

 

「なんで! 私は……私はもう終わったでしょ!? ハナコが脱いだから……もう済んだんでしょ!?」

 

キャサリンの声は懇願に近かった。半泣きで、鼻が詰まって、それでも言葉を絞り出す。

 

『終わってないダモ (・ω・)』

 

『キャサリンちゃんはハナコちゃんの責任を取るために呼ばれたダモ。その責任は終わってないし、キャサリンちゃん自身の収容も行うダモ』

 

「は……? なにそれ……どういう……」

 

『つまりキャサリンちゃんも脱がないといけないダモ』

 

「──嘘……」

 

キャサリンの息が止まった。

 

「私も……全部、脱ぐの……?」

 

『当然ダモ。全員が脱ぐダモ。例外はないダモ (・ω・)』

 

「いや……いやだ……! もう、見せたじゃない……! おっぱいも見せた……スカートも脱がされた……! これ以上、なにを──」

 

メタ沢は短く言った。

 

『いいから大人しくするダモ』

 

「──っ!!」

 

一体のメタ沢が、キャサリンの左足首を掴んだ。ローファーに指がかかる。

 

「やめ……やめて……!」

 

キャサリンが脚を振り回した。だがもう一体が右足首を押さえ、三体目が肩を床に固定する。前と同じ。三体の連携。一切の無駄がない。

 

ローファーが引き抜かれる。足から滑り落ちた。左。右。二つのローファーがコンクリートの床にカコッ、カコッと乾いた音を立てて転がる。

 

青のハイソックス。

メタ沢の指がソックスの口にかけられた。ゆっくりと、布がふくらはぎを滑り下がっていく。膝。脛。踝。そして素足が露わになる。

 

白い足が冷たい床に触れた。

 

「ひっ……」

 

残るは、ショーツ一枚。

 

キャサリンの目が、見開かれた。瞳孔が収縮する。呼吸が浅くなる。胸が激しく上下する。

 

「お願い……お願い、そこだけは……!」

 

メタ沢の指が、ショーツのウエストゴムにかかった。

 

「やだ……やだやだやだっ……!」

 

キャサリンの腰を持ち上げる。腰骨の上を、布が滑る。臀部の曲線をなぞりながら下がっていく。

 

「──いやぁぁぁぁッ!!」

 

キャサリンの悲鳴が、コンクリートの壁に反響した。

 

布が太腿を越え、膝を越え、足首から抜けた──完全な裸。

健康的な肌の色。引き締まった腰。そして脚の間。

 

「──」

透明な壁一枚隔てて、ハナコが見ていた。

 

「キャサリン! キャサリンッ!!」

 

叫んでいるはずだ。透明な壁の向こうで、口が大きく開き閉じし、喉が震え、涙が頬を伝い落ちている。

 

叫んでいる。やめてと叫んでいる。ごめんなさいと叫んでいる。

──隣のカプセルで、キャサリンが全裸に剥かれるのを。見ていることしか。

 

メタ沢がキャサリンの背中のバックルを外した。革の拘束具が外れ、自由になった手でキャサリンがしたことは、自分の体を抱きしめることだけだった。胸を隠し、膝を閉じ、体を丸める。守るものが何もない裸の体を、自分の腕だけで包み込む。

 

『立つダモ。カプセルに入るダモ (・ω・)』

 

キャサリンは立たなかった。座り込んだまま、顔を埋めたまま、動かなかった。

 

二体のメタ沢がキャサリンの両脇と両脚を持ち上げ、造作もなく運ばれていく。

ハナコのカプセルの──隣。

 

空のカプセルが一台…透明な扉が開いている。キャサリンは抵抗した。

 

「いや……いや…入れないで……お願い!」

 

両手で胸と下を隠したまま、カプセルの入り口で足を踏ん張った。だがメタ沢の力は人間の抵抗を意味のないものにする。カプセルの中へと後ろ向きに押し込まれた。

 

冷たい壁が背中に触れる。キャサリンの全身が硬直した。

 

両手を強く掴まれ、簡単に頭上へと…リングに向けて持ち上げられる。

右…パチッ。左…パチッ。

 

「──っ!!」

 

両手が固定された瞬間、キャサリンの全身が跳ねた。胸が揺れる。何も隠せない体が、カプセルの中で固定される。一度でも拘束されてしまえば逃げることは一生不可能に。

 

透明な扉がスライドしていく。

 

「やだやだやだ、閉めないで待って外して誰かたすけ──」カチリ

 

消えた。

 

キャサリンの声が、扉が閉じた瞬間に消えた。口が開いている。涙が流れている。肩が震えている。叫んでいる。

 

隣のカプセルでハナコが同じように叫んでいる。二人の少女が、透明な壁一枚隔てて、声のない悲鳴を交換している。どちらの声も届かない。

 

メタ沢はキャサリンから剥いだ服を拾った。

ブレザー、ブラウス、スカート、スポーツブラ、ハイソックス、ローファー、そして白いショーツ。

無造作に、カプセル横の脱衣カゴへと適当に放り投げた。

 

ボトッ。カシャン。サッ。布と革と金属が混ざり合って、カゴの中で無造作に積み重なる。キャサリンのすべてだったものが、ただの布切れの山として、カゴの中に横たわった。

 

『収容完了ダモ (*^^*)』

 

 

『…要領はわかったダモね (・ω・)』

 

メタ沢のその一言が落とされた瞬間、空気が張り詰めた。

 

キャサリンの悲鳴が消えた空間に残ったのは、数十人の女子生徒たちの浅い呼吸音だけ。誰もが理解した。ここで逆らえば、あんな風に無理やり剥かれる。

いくら、どんな抵抗しても結果が同じなら…少しでも楽な方向に流れるのは必然だった。

 

『これから拘束を解くダモ。そしたら、空のカプセルに移動して自分で脱いでカプセルに入るダモよ (*^^*)』

 

カチャリ。

 

列の先頭から音が鳴り始めた。

革のバックルが外され、自由になった手首に赤い痕が残る。

 

カチャリ。カチャリ。カチャリ。

規則的な音が列の前方から波のように押し寄せてくる。一人……また一人と列が進む。

ユノの背中でも、バックルが外された。

革が肌から離れる冷たい感触。自由になった両手を前に持ってくる。指先が微かに震えていた。

 

『早く空のカプセルに移動するダモ (・ω・)』

 

ビクッと過剰に身体が反応する。

一人一人が、規則的に並ぶ空の透明なポッドへと歩き出す。逃げようとする者はいなかった。仮に逃げ出しても、四方はメタ沢とベクターに囲まれている。すぐに取り押さえられて暴行を受けるのがオチだ。

そして何より、みんなにはキャサリンとハナコの涙に濡れた裸体が脳裏に焼き付いていた。

 

ユノもまた歩き出した。

目の前に空のカプセルがある。

透明な扉が開き、冷たい内部を覗き込む。天井には二つのリング。そこに手を掛けろと言われている。

 

(……やるしかない、よね)

 

足が重い。床に張り付いているようだ。

ユノは震える指でブレザーのボタンに手をかけた。

外そうとして、指が滑る。汗ばんでいる。爪先がプラスチックを弾く。二度、三度とかけ直してようやく一つ目が外れた。

 

周囲でも同じ音が響いていた。

服が擦れる音。布が落ちる音。ペタペタと歩く音。

それらが重なり合って、冷たい空気の中で乾いた反響を生んでいた。

 

誰も泣き叫ばなかった。

ただ嗚咽を噛み殺し、服を脱いでいく。

ブレザーを脱ぎ捨てる者。スカートのジッパーを下ろす者。下着に手をかけて躊躇いながらもそれを足首から抜き去る者。

 

誰もがキャサリンを見た。あんな風にはなりたくない……と。

 

全裸。

ユノは両手で体を隠そうとした。豊満な胸と割れ目を覆い隠し背中を丸める。

隣のカプセルではすでに収容準備を整えた女子生徒が無言で、バンザイの姿で…機械リングに向けて伸ばして立っているのが見え、その瞳は虚空を見つめていた。

 

『みんな偉いダモ (・ω・) 準備ができた優等生はそのまま待機、すぐに固定して閉じるダモ』

 

ユノは後ろ向きにカプセルへと足を踏み入れた。

内壁の冷たさが背中に触れる。

見上げるとリングがある。

 

(…狭い、あげなきゃ)

 

隠していた両手を頭上へと掲げる。

タプンと揺れるおっぱいも、綺麗な割れ目も露わになる。羞恥が頬を焼くように熱くさせたが今は恐怖が勝っていた。

 

運の悪いことにすぐさまメタ沢が来た。

ユノのカプセルの前まで、あの箱型モニター頭をゆっくりと向けて、立った。

 

『そのままダモよぉ~ (・ω・)』

 

それだけだった。

 

ユノが何か言おうと口を開いた。何を言おうとしたのか、自分でも分からない。待って、とか。もう少し、とか。まだ、とか。意味のない言葉が喉の奥で溶けて、形になる前に消えた。

 

メタ沢は聞く耳を持っていなかった。最初から持っていなかった。

 

ピッピッピ。

 

側面の不可視なキーを叩く指。金属の爪先が硬質な音を立てる。

 

リングが右手首に触れる。

パチッ。

リングが左手首に触れる。

パチッ。

 

金属音と共に両手が固定される。

身動きが取れなくなった。逃げられない。

胸が上下する。心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。

 

もう本当に何もできない。

怖くなって、例え精一杯の力で暴れようと…このリングが外れる未来は訪れないだろう。

 

心の整理をする暇もなく──動いた。

透明な扉が、左から右へ。ゆっくりと。

 

スライドする壁がユノの視界の端から迫ってくる。カプセルの外の風景が、少しずつ細くなっていく。

ユノは無意識に右足を突き出した。足が閉じかけの扉の縁に触れる。冷たい、硬い、ほんの数センチの隙間が、そこにあった。

 

──足で、突っ張れば。

 

その考えが一瞬だけ頭をよぎった。体全体の力を込めて、扉を足で押し返せば、少なくとも完全に閉まるのを止められるかもしれない。

 

だが──。

キャサリンの顔が、脳裏を過った。

床に押さえつけられ、三体のメタ沢に服を剥がされていくキャサリンの顔。泣き叫んでも無視され、足をバタつかせてもびくともしない金属の手。

 

(やったら……次は、私が)

 

足を、引いた。

ゆっくりと。震えながら。扉の縁から足の裏が離れる。

──その数センチの隙間が、メタ沢の目と合った。

ここで抵抗すれば…リングを外され、カプセルから引きずり出され、床に押さえつけられ、そして──

 

何が起きるか、わからない。

 

気がついたら扉が閉じた。

 

カチリ。

電子ロックが作動する音が、外側で鳴った。

 

音はすべて消えた。

さっきまで聞こえていた音。女の子たちの嗚咽、短い呼吸。メタ沢の合成音声。ブレザーのボタンが外れる音。布が床に落ちる音。靴底が床を擦る音。それらがすべて、一瞬で、消えた。

 

残ったのは──自分の音だけ。

心臓の音。ドク、ドク、ドク。肋骨の内側で響く鼓動。荒い呼吸。鼻の奥を空気が通る音。唾液を飲み込む音。指先がリングの金属を擦る微かな音。

 

 

ピッピッピっ……

メタ沢たちは淡々と、女子生徒たちの透明扉を閉じていく。泣き声や懇願たちだが、それも次第に綺麗さっぱり止むのだろう。

 

…キヨカはすでに透明扉が閉じられており、いつもと変わらないクールさに余裕のない焦りが垣間見える。

(キヨカ、綺麗な身体……ガラスにおっぱいが張り付いてるじゃん…ふふ)

 

…リンコはいまだに制服すら脱げていない。

何度も何度も脱いだブレザーをたたみ直して、肩で大きく息をしているのがわかる。

(リンコ…あ、メタ沢が!)床に押さえつけられ……。

 

…ノゾミは私と同じ、あとはメタ沢による収容待ち。視線が重なり、ふいと恥ずかしそうに目を逸らす…。

 

……ほかの、みんなも………。

 

閉じた空間の中で、そんな思考が巡り続け……。

 

(…あ)

何かが、胸の奥で崩れた…壊れた。

 

「う……ぁ…」

 

声が漏れた。止められなかった。喉の奥から、堰を切った水のように、声が溢れ出す。

 

「ぁぁ……うわぁぁぁぁぁッ!!」

 

大声で泣いた。

 

リングに固定された両手を引っ張った。カプセルの壁に身体がぶつかる。冷たい。硬い。逃げられない。どこにも行けない。

 

「やだ……やだやだやだッ……!」

 

足がバタついた。透明な壁を爪先で蹴った。痛い、壁はびくともしない。

口が開いて、喉が震えて、涙が流れている。でも音が──外に届いている気がしない。

 

「助けて……! 誰か……! アラタ……!」

 

叫んでも。透明な壁の向こうには、誰も振り返らない。

 

──独り。

両手を頭上に掲げられ、何も着ていない身体を冷たい壁に押し付けられ、リングに嵌められ、何もできずに、ただ泣くことしかできない自分が、ここにいた。

 

涙が頬を伝って顎から落ちる。裸の胸の上を涙が転がっていく。

どこにも届かない声で、ただ泣いていた。

 

…………どれくらい泣いていただろう。

涙は枯れなかった。枯れるはずもなかった。ただ、喉が乾いて、声が嗄れて、嗚咽の間隔が少しずつ広がっていった。泣くことにすら体力が要るのだと、こんな時になって初めて知った。

 

「ひっぐ…う、ぅん…ぁ」

 

鼻が詰まっている。口で呼吸をする。冷たい空気が乾いた唇を掠める。

 

ユノの涙でボヤける視界には…前に並んでいるカプセル、左右に並ぶカプセル……一台、一台。透明な円柱の中に全員が入っていた。

列を作っていた女子生徒はいなくなり、空だったカプセルは埋まっていた。

 

全裸で。両手を頭上に掲げられ。リングに固定され。立っている。

俯いている者…目を閉じている者…壁を睨みつけている者…唇を噛んでいる者…泣いている者……もう泣くのをやめて虚ろに天井を見上げている者。

 

色彩の異なる華やかな制服たち。

脱衣カゴ……その中に、ブレザー、ブラウス、スカート、下着、靴下、靴。一人分の「人間だった頃」が、布切れの山として無造作に詰め込まれている。

 

通路をメタ沢が歩いていた。

 

一体。二体。三体。

 

モニターに『(^_^)』を表示したまま、カプセルの列の間を規則正しく行き来している。一台ずつ、透明な扉の前に立ち、何かを確認しては次へ。次へ。次へ。

 

目を凝らすと、あちこちに漆黒のベクターが浮遊していた。光を反射しない黒い装甲が、LEDの明るい光の中でも影のように溶けている。

 

監視されている。

 

逃げ場のない透明な箱の中で、全裸で、両手を固定されて、立っている少女たちを、メタ沢とベクターが冷ややかに見回っている。

 

──これが、ディストピアなのだと、ユノはぼんやりと思った。

 

言葉の意味を理解したところで何になる。ここにあるのは現実で、現実に名前をつけたところで何も変わらない。

 

見渡す限りの透明なカプセル。その中に閉じ込められた数百人の少女。無機質なLEDの光。金属とコンクリートの壁。モニター頭のアンドロイド。漆黒の無人LBX。

 

いつ、何が始まるのか。

 

ミゼルは言った。「最適化」と。

花嫁教育。パートナー。ペア制度。アラタと──

 

アラタ。

 

名前を思い出した瞬間、胸の奥が疼いた。さっきまでの恐怖とは違う、もっと熱くて、もっと甘い何かが、涙の冷たい頬の裏側で脈打つ。

 

(……なんで)

 

思考が追いつかない。怖い。怖いのに、アラタの名前を思い出した瞬間、少しだけ──ほんの少しだけ、胸が温かくなった。

 

それが何なのか、分からなかった。分かりたくもなかった。

 

メタ沢がユノのカプセルの前を通り過ぎた。モニターの『(^_^)』が一瞬だけユノの目と合った。

 

何も言わなかった。ただ通り過ぎた。

 

──何かが、始まるのを待つしかない。

ユノはリングに固定された両手の指先を、ぎゅっと握りしめた。金属の冷たさが掌に食い込む。

待つことしか、できない。




ぜひ感想やアドバイスなどをください。
羞恥に悶える女の子が一番の大好物です。
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