高級旅籠『海風の回廊』で荷物を解いた二人は、港町の中心部に位置する広大な酒場へと向かった。
木製の重厚な扉を開けると、活気にあふれた熱気と、琥珀色の麦酒(ビール)や香ばしい肉料理の匂いが一気に鼻をくすぐる。
冒険者や商人、船乗りたちが杯を交わし、大声で笑い合う喧騒が店内に満ちていた。
「すごい賑やか……! 本物のギルド酒場って感じですね!」
リリアが目を輝かせながら店内に足を踏み入れた瞬間、店内の空気の密度が僅かに変わった。
荒くれ者たちの視線が、一斉に二人へと注がれる。
一際目を引くピンクブロンドのボブヘアに、愛らしく可憐な童顔。
そして何より、豪豪な聖職者の法衣越しでも隠しきれない、豊満すぎる胸元と引き締まったクビレ。
見知らぬ極上の美少女の登場に、酒場中の男たちがゴクリと唾を飲み込んだ。
——チッ。
冷ややかな舌打ちが、喧騒の底で短く響く。
「リリア、俺のすぐ後ろを歩け。余計なところを見るな」
エルネストの瞳から完全に温もりが消え去り、氷刃のような冷酷な鋭さが宿った。
彼は自然な動作でリリアの腰に回した手をグッと引き寄せ、己の身体で彼女を遮るように庇い立てる。
そのまま空いている奥の壁際のテーブル席へとリリアを滑り込ませると、自らは外側を塞ぐように腰を下ろした。
「あ……エルネストさん、顔がすごく怖いです……」
「……別に普通だ」
素気なく答えながらも、エルネストは周囲の男たちへ向けて、威圧感に満ちた冷ややかな視線を一鋭く飛ばす。
弓の弦を今にも引き絞りそうな後衛特有の殺気を放たれ、下心を抱いていた荒くれ者たちは一瞬で顔を青くし、そわそわと視線を逸らした。
「す、すみませーん! 注文いいですかー?」
そんな張り詰めた空気など露ほども気づかず、リリアは無防備に笑顔で給仕の給仕へ手を振る。
その無邪気な仕草すらも、エルネストの過保護な警戒心をますます煽るばかりだった。
麦酒と肉料理が運ばれてくると、二人はさりげなく隣のテーブルの冒険者たちの会話に耳を傾け始めた。
「……でさ、マジで最近フェイヨンやこのアルベルタ周辺の街道がヤバいらしいぜ」
酒で顔を赤くしたベテラン風の剣士が、声をひそめて連れの魔法使いに語りかけていた。
「ヤバいって、野盗か何かか?」
「ああ。普通の盗賊なら貨物や金を狙うだろ? だが最近出没してる連中は違うんだ。狙いは『聖職者』……特に、腕の立つ女性のヒーラーばかりを狙って誘拐してやがる」
その言葉を聞いた瞬間、エルネストがグラスを掴む手にグッと力が入った。
「えっ……聖職者ばかり……?」
リリアが驚いて声を漏らすと、隣の剣士が振り返り、彼女の姿を見て顔を強ばらせた。
「おいおい、お嬢ちゃん……その格好、高級な支援職(カーディナル)だろ? マジで気をつけておいた方がいいぞ。あの盗賊団、支援魔法の腕が良い奴ほど高値で売りさばけるとかで、かなり執拗に狙ってくるらしいからな……」
「買収や奴隷競売か……」
エルネストが低い声で呟く。
その声音には、怒りを通り越した絶対的な冷徹さが孕まれていた。
「ええ……そんな怖い事件が起きているなんて……。早くレナードさんたちを見つけて合流しないと、みんなも心配ですよね……」
天然なリリアは自分の危険よりも仲間たちの心配を口にし、「早く合流したいですね!」と無邪気にエルネストへ微笑みかける。
(……この無防備な女が、そのターゲットそのものだというのに……)
エルネストは静かに息を吐き出すと、テーブルの下でリリアの華奢な手をしっかりと握りしめた。
その力加減は、二度と離さないと言わんばかりに強固だった。
「エルネストさん……?」
「……宿へ戻るぞ。これ以上、外に長居する必要はない」
「えっ? でも、まだ情報が……」
「十分だ。……絶対に俺の視界から外れるな。いいな?」
冷徹な瞳の奥に蠢く、仄暗くドロリとした独占欲と執着。
自分の手の届く範囲で、完璧に彼女を保護し、誰の手にも触れさせない——エルネストの中で過保護な誓いが、決定的なものとして刻み込まれた。
そして二人が酒場を後にしたその直後。
店の影から、二人の背中をじっと見つめる、不穏な人影がひとつ立ち尽くしていた。
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