路地裏での戦闘を終え、二人は逃げるように高級旅籠『海風の回廊』の最上階の客室へと戻った。
厚いオーク材の扉が閉じられ、重厚な鍵の音がカチャリと響く。
エルネストはさらに扉へ追加の防音結界と感知魔法を重ねて掛け、静かに息を吐いた。
「……ここまで来れば安全だ」
部屋の中央には、柔らかいシルクのシーツが敷かれた大きなダブルベッドが鎮座している。
窓からは夕暮れのアルベルタ港が赤く染まり、波音がかすかに届いていた。
「エルネストさん……あの、私……」
リリアはまだ身体の震えが止まっていなかった。
ゲームの中では幾度となく死線を潜り抜けてきたが、刃物の冷たさ、血の匂い、そして男たちのゲスな視線がダイレクトに伝わってくる「現実の恐怖」は、彼女の華奢な心を激しく揺さぶっていた。
「……リリア」
エルネストは静かに歩み寄ると、リリアの手首を掴み、そのまま引き寄せるようにしてベッドの縁へ腰掛けさせた。
自らもその隣へ深く腰を下ろし、彼女の身体を隙間なく抱き寄せる。
「あ……」
すっぽりとエルネストの胸の中に収まる形となり、リリアは彼のあたたかく力強い鼓動を肌で感じた。
「……怖かったな。怪我は本当にないか?」
「はい……エルネストさんが、ずっと護ってくれたから……。でも、私……また足を引っ張っちゃって……」
悔しそうに瞳を潤ませるリリア。
その健気で無防備な姿に、エルネストの胸の奥で抑え込んでいた独占欲が、ついに制御不能な領域へと踏み込み始めた。
「足を引っ張ってなどいない。君のバフがなければ、俺一人で無傷とはいかなかった」
エルネストは優しくリリアの頭をなで、ゆっくりと顔を上げさせた。
視線が至近距離で交差する。
彼の銀髪の間から覗く眼差しには、冷徹な狩人の光ではなく、彼女だけに向けられた濃密な庇護欲が宿っていた。
「……だが、分かっただろう? この世界は、君が思っている以上に危険だ」
「え……?」
「君は優しすぎるし、無防備すぎる。今日のような奴らが、またいつ君の前に現れるか分からない」
エルネストの指先が、怯えの名残でこわばるリリアの頬をそっと、慈しむようになぞる。
「――俺の側にいろ、リリア。俺の視界から一歩も出るな」
耳元で低く、容赦のない命令を含んだ声が響く。
エルネストは拒絶を許さない力加減でリリアの華奢な身体を引き寄せ、自身の硬い胸元へと閉じ込めた。
「君を誰にも渡さない。誰の指一本触れさせない。……俺以外に、君を護れる者などいないんだ。分かったな?」
「あ……う……っ……はい……っ」
重く過保護な言葉と、力強くも温かい体温に包み込まれ、リリアの胸は甘い安心感で満たされていく。
(エルネストさん……すごく私を大切にしてくれてる……。こんなにも強く、私を必要としてくれてる……)
恐怖はいつの間にか消え去り、リリアは自らもエルネストの背中に腕を回し、その引き締まった胸板へと安らかに身を委ねた。
「エルネストさん……私、ずっと側にいます……。離さないでくださいね……っ」
「……ああ。絶対に放さない」
安心からか、緊張の糸が切れたリリアのまぶたがだんだんと重くなっていく。
エルネストは怯える少女をあやすように背中を優しく叩きながら、その寝息が静かに整うのをじっと見守っていた。
二人は静かに重なり合い、アルベルタの夜は深まっていく。
過保護な弓手の手の中で、少女は甘く完璧に保護され、穏やかな眠りへと落ちていった。
——だが、彼らはまだ知らなかった。
この夜の平穏の裏で、討たれた下っ端の報せを受けた「盗賊団の本隊」が、二人を確実に追い詰めるべく、さらなる大火力の網を準備していることを。
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