悲鳴が上がった市場の方向へ視線を向けると、民家の屋根や路地裏から突如として現れた黒装束の集団が、街のあちこちで煙幕を炊き始めていた。
「な、なんですかあれ……!? 街の人が襲われてる……!?」
「テロか……! 雑多な港町で混乱を起こし、本命をさら撃つ気か」
白煙が立ち込め、叫び声と逃げ惑う人々の足音が交錯する。
さらに黒装束の男たちが不気味な枝――禁忌のアイテムである『古木の枝』を次々とへし折った瞬間、空間が激しく歪み、本来この港町にいるはずのない凶暴な魔物たちが突如として路地裏や広場に出現した。
モンスターの咆哮と人々の悲鳴が重なり合う地獄絵図の中、刃を光らせた男たちが混乱に乗じて若い女子や子供の首根っこを強引に掴み上げ、裏路地へと押し込んでいく。
「きゃあああっ! 助けて!」
「嫌っ! 離して!」
「……害虫どもめ、一斉に動き出したか」
エルネストの瞳に鋭い殺気が宿る。
周囲の男たちがリリアへ向けて下品な視線を送っているのを見逃さなかった。
これだけの規模で同時に動いている以上、アルベルタの治安維持も一瞬で麻痺する。
「リリア、伏せろ!」
エルネストはリリアを己の背後へ素早く押し込むと、視界の端――何百mも離れた裏路地の奥や建物の影ですら、まるで目の前にあるかのように鮮明にとらえていた。
かつての感覚を遥かに超越した、遠くの微細な動きまで見通す「鷹の目」が、極限の戦場でパッシブスキルとして完全に覚醒していた。
――ズボッ! と硬質な風切り音が響き、襲いかかろうとした巨躯のモンスターや刺客たちが悲鳴を上げる間もなく一撃で大地に沈む。
一切の無駄がない、確実な一撃必殺の制圧だった。
まだ直接狙われていないはずの、遠巻きに包囲を固めていた野盗の男たちすらも、一瞬にして仲間が沈む光景と、向けられた冷酷すぎる殺気を感じ取り、顔を真っ青に染めた。
「おい、嘘だろ……あいつ、あんな遠くから一撃で……っ!? まさか、あのレンジャー、化け物かよ……っ!」
「――っ!? い、一瞬で……!」
「エルネストさん、あっちにも……!」
リリアが震えながら指差した先では、恐怖に引きつりながらも数名の黒装束がさらに包囲を狭めてきていた。
正面からの突破は容易でも、次から次へと湧き出る刺客の波と煙幕の中では、リリアを完全に無傷で守り切るためのリソースが削られていく。
(――想定以上の数か。……いや、この程度の雑魚どもに、リリアの髪一筋すらかすめさせるわけにはいかない)
エルネストの冷徹な仮面に、初めて深い底冷えのする苛立ちの色がかすかに走る。
背後からも逃げ道を塞ぐように別の部隊が足音を響かせ、退路は完全に断たれていた。
遠くの市場の区画では、突如として出現したインクイジターが紅蓮の爆炎を纏った『爆火神弾』を放ち、一帯を更地へと変えるすさまじい破壊の余波が響き渡っている。
あの化け物が暴れ回っているせいで、大通りからの脱出は完全に塞がれていた。
さらに――周辺の死角では、気配を完全に殺してこちらの隙を伺う黒い影、シャドウクロスの冷徹な殺気がじわりと間合いを詰めてきているのを、鷹の目が正確にとらえていた。
(っ……! あんなのが近くに潜り込んでいたか。気付かれれば、この距離でリリアを護り通すのは難しい……)
その時——
「……ん? あれは……」
絶体絶命の包囲網の隙間、路地裏の木箱の影に、微かに青く揺らめく光の円陣が浮かび上がっているのをエルネストの目が捉えた。
空間を歪ませる独特の魔力の波動。
画面越しに幾度となく見慣れた、プリースト系統の移送魔法——『ポータルサービス(ポタ)』の陣だった。
(こんな場所に隠しポータルだと……? 誰かが用意した退路か、それとも罠か……)
どちらに転ぶか分からない猛毒のような選択肢だったが、背後ではシャドウクロスが確実に致命圏内へと忍び寄っていた。一瞬の躊躇すら死を意味する。
「選択肢はないな……! リリア、俺にしっかり掴まれ!」
「えっ……きゃああっ!?」
エルネストは迷わずリリアの細い腰を力強く腕の中に抱え上げると、影からの奇襲を警戒するように彼女の体を完全に覆い隠しながら、青い光の陣へ飛び込んだ。
視界が眩い青と白の光に包まれる直前、ポータルの起動に気づいたシャドウクロスが鋭い殺気を剥き出しにして飛び出してきたが――二人の身体は浮遊感とともに、アルベルタの街角から完全に消失した。
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