ゲフェンタワー、麓に広がる都市の街並み、黒髪のショートボブを微かに揺らした美女——レイ、眉間に深い不快感のシワを寄せながら歩いていた。
酒場や冒険者ギルドで情報収集を進める中、すれ違う男たちから向けられる下品で下心に満ちた視線、今の自分——「エレメンタルマスターとしての圧倒的な美貌を持つ女性」へ向けられているのだと自覚するたび、レイの胸の奥で冷ややかな苛立ちが募る。
(チッ……男どもの視線が鬱陶しすぎる。元が男だろうが何だろうが、今のこの身体で油断して歩くのは危険すぎるな……)
男たちの下卑た視線を冷徹な一瞥で突っぱねつつ、レイはギルド掲示板に貼り出された依頼書(クエスト)へ視線を移した。
『ゲフェン東の沼地に生息する特殊なキノコの採集』
「……よし。ゲフェン東の沼か。街の不快な視線から離れるついでに、術の調子を確かめる足慣らしにはちょうどいい」
手早く依頼を引き受けたレイは、必要な触媒や魔法薬を整えると、すぐさまゲフェン東の湿地帯へと向けて足を進めた。
鬱鬱とした濃霧と、足首まで脚を奪う泥濘が広がる湿地帯。 レイは足元に注意を払いながら、持ち前の高い魔法知識と知性で難なく目的のキノコを採集していた。
だが、湿地の奥深く——巨大な樹木の影から漂ってくる異様な魔力の波動と、肉を打つ生々しい衝撃音に彼女の足がピタリと止まった。
——ズガァンッ!!
「……ん? なんだ……? 誰かが戦闘を行っている音か……?」
静寂を破る激しい衝撃音。レイは息を殺し、気配を消しながら音のする方向へ静かに近づいた。
巨木の陰からそっと覗き込んだ先で繰り広げられていたのは、目を疑うような極限の死闘だった。
「なっ……!? カーディナルを片腕で抱えて戦っているレンジャー……!? それに、相手は……」
空間が微かに歪み、見えない刃が跳ねる。
「……『クローキングエキシード』を使ったシャドウクロス……!!」
レイの目が驚愕に見開かれた。
重傷を負って血を流しながらも、腕の中にいる可憐で豊かな胸元のカーディナルを身を挺して完全に庇い続けるレンジャーの男。
そして、不可視の暗殺スキルを駆使して残忍な笑みを浮かべながら二人を追い詰める刺客。
この世界に来てから知り合いのいないレイにとっては助ける必要はない相手。
しかし、卑劣にも無防備な女性を抱えた男を相手に、見えない位置から襲いかかっている刺客の姿を目にした瞬間、レイの胸の中で、静かに燃える青い炎のような怒りと直感が激しく跳ね上がった。
(知らねえ奴らだが……誰であれ、女の子を抱えて守ってるやつに攻撃をしかけてるやつが、悪いに決まってる……!)
レイは即座に判断を下すと、手にしていた杖を握り直し、身を隠していた巨木の陰から疾風のごとく飛び出した。
「——加勢する!!」
凛としたハスキーボイスが、湿地帯の静寂と惨劇を切り裂く。
突然の第三者の乱入、それも圧倒的な魔力を纏った見知らぬ美女の登場に、不可視の旋風を纏っていたシャドウクロスが動きを止め、暗闇の奥から動揺した声を漏らした。
「なっ……何者だ!? どこから現れた……! 一体誰なんだお前は!?」
「名乗るほどの者じゃないさ。ただの『通りすがりのエレメンタルマスター』だよ」
レイは冷ややかな瞳で刺客が潜む空間を睨みつけると、指先を滑らかに滑らせ、空中へ高度な魔導陣を描き出した。瞬時に展開される巨大な属性魔法陣。
そこから放たれる密度の高い魔力の圧に、シャドウクロスは僅かに後退りした。
一方、見知らぬ美女からの突然の加勢に、血を流しながらリリアを庇っていたエルネストも驚愕の視線を向けた。
見覚えがあるはずのないエレメンタルマスター。
だが、その瞳に宿る鋭い意志と味方であるという確信に、エルネストは即座に冷徹な戦術眼を働かせた。
「……好都合だ。加勢を頼む!」
エルネストは抱え直したリリアの頭を自らの胸に優しく引き寄せ、レイに向けて叫んだ。
「奴は『クローキングエキシード』で完全に姿を消している! だが、攻撃の瞬間だけは僅かに周囲の湿気と風が揺らぐ!」
「ハッ、十分な情報だ! 姿が見えないくらいで調子に乗るなよ……空間ごと吹き飛ばせば関係ない!」
レイの力強い宣言とともに、湿地帯の空気全体が激しく鳴動し始めた。
見知らぬ二人と一人が、図らずも強い絆と意思で結ばれ、反撃の火蓋が落とされる。
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