ぬかるむ湿地帯を抜け、見通しの良い平原へと出ると、遠くに夕日に照らされた巨大な紫色の塔——魔法都市の象徴である『ゲフェンタワー』の姿がうっすらと見え始めていた。
「もうすぐゲフェンですね! エルネストさん、見てください!」
リリアが子供のように目を輝かせ、無邪気にエルネストの腕を引っ張る。
エルネストはそんなリリアの頭を愛おしそうに撫でると、隣を歩くレイへ視線を投げかけた。
「……レイ。道中の先導、助かった」
「気にすんなよ。元々ゲフェンに戻る途中だったんだ」
レイは片手を振って答えたものの、その内心は穏やかではなかった。
(……おいおいおい、さっきから距離感がおかしくねえか……!?)
歩いている間も、エルネストの左手は常にリリアの腰に添えられている。
ぬかるみや段差があるたびに、彼は当然のようにリリアの身体を抱き上げ、過保護なまでに甘い声で「怪我はないか」「怖くはないか」と問いかけていた。
リリアもまた、当たり前のようにエルネストの胸に身を委ね、頬を染めて見つめ返している。
(ゲームの時は『頼れるパーティーメンバー』って感じだったが……この二人、いつの間にこんな甘々で過保護な関係になってんだ……!?)
かつて同じパーティを組んでいた頃の、乾いた「仲間」としての二人しか知らない俺にとって、目の前で繰り広げられるドロリとした濃密な愛着と独占欲の空気感は、あまりにも刺激が強すぎた。
「あのね、レイちゃん!」
不意にリリアがレイの隣に駆け寄ってきた。歩くたびに、法衣の上からでもわかる豊満な胸がたわわに揺れ、甘い少女の香りがふわりとレイの鼻腔をくすぐる。
「……っ!? な、なんだリリア……!?」
思わず顔を真っ赤にして後退りするレイ。
元が男であるレイにとって、目の前の愛らしいリリアが無防備に距離を詰めてくるのは、心臓に毒以外の何物でもない。
「えへへ、レイちゃんとお話ししたくて! 魔法都市ゲフェンって、どんなお店があるの? 美味しいスイーツとかある?」
上目遣いで尋ねてくるリリア。
その無垢な可憐さに、レイは胸が締め付けられるような激しい甘い焦燥感を覚えた。
(くそっ……! こんな可愛い顔で無防備に覗き込んでくんな……! 俺が女体化してると思って安心しきってやがる……!!)
「……あ、ああ。魔法触媒の店が多いが、冒険者御用達のカフェなら美味いタルトがあるぞ」
「本当ですか!? 行きたいです! エルネストさん、一緒に行きましょうね!」
「……ああ、君が望むならどこへでも連れて行く」
エルネストはそう優しく微笑みながらも、レイとリリアの距離が近づいた瞬間にサッと二人の間に割り込み、リリアを自分の背後へ引き寄せた。
「……エルネスト? なんだよその目は」
レイが険しい表情を浮かべると、エルネストは背に庇うリリアを隠すように一歩前へ出て、射抜くような冷たい視線を返した。
「……レイ。助けてくれたことには感謝しているし、元が仲間だったことも理解した。……だが、リリアにあまり気安く触れないでもらいたい」
「はぁ!? お前、同性同士の会話にまで嫉妬してんのか……!?」
「同性だとしてもだ。今のリリアは狙われている。……彼女の安全と心を護るのは、俺だけの役割だ」
過保護を通り越した圧倒的な独占欲。
エルネストの真剣すぎる眼差しに、レイは呆れつつも、一筋縄ではいかない空気を感じ取っていた。
(マジかよ……エルネストの奴、リリアに完全に執着してやがる……。だが、俺だって……元男だからって簡単に諦められるかよ……)
不本意ながらも絶世の美女となってしまった(女体化レイ)と、狂気的な独占欲を秘めた(エルネスト)、そして無邪気で可憐な美少女(リリア)。
三人それぞれの想いと甘い違和感を孕んだまま、夕闇に包まれる魔法都市ゲフェンの門が、すぐ目の前まで迫っていた。
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