ゲフェンの中心街から少し外れた石造りの高級宿。重厚な扉を開け、エルネストが手配した最上階の特別室に一歩足を踏み入れた瞬間、レイは思わず息を呑んだ。
「……おい、エルネスト。部屋が広いのはいいが……なんだよこのベッドは」
部屋の中央に鎮座するのは、大人が四人は余裕で横になれそうな巨大なキングサイズの天蓋付きベッドがただ一つ。
「何か問題でも?」
エルネストは当たり前のような顔で荷物をテーブルに置くと、窓の鍵とセキュリティ魔法の符文を淡々と確認し始めた。
「問題大ありだろ! ベッドが一つしかねえじゃねえか! ベッドを追加するか、部屋を分けろよ!」
「断る。非常時のセキュリティ面を考えれば、一室で集中警備するのが最も合理的だ。部屋を分ければ刺客に個別に狙われる。それに、この大きさなら三人で横になっても十分なスペースがある」
「三人で横になるって……!?」
レイが絶句していると、リリアが「わぁ……!」と声を上げてふかふかのベッドへ駆け寄り、そのままぽすんと飛び乗った。法衣の裾が大きく捲れ上がり、白い太ももと豊満な胸が弾む。
「すごいです、ふかふかですよ! レイちゃん、エルネストさん、早く来てください!」
「ほら見ろ。リリアも満足している」
「そうじゃねえだろ……っ!!」
心の中で頭を抱えるレイ。元男の自分が、恋心を寄せていた爆乳カーディナルと同じベッドで添い寝をする。それも、過保護で独占欲の塊のような男が目と鼻の先にいる状況でだ。
(……落ち着け、俺。俺は今『女の子のレイちゃん』だ。下手に狼狽えたら逆に怪しまれる……!)
レイは深呼吸をして無理やり冷静さを装うと、ベッドの端に腰掛けた。
やがて夜が更け、部屋の魔導ランプの光が落とされる。
ベッドの配置は、必然的に中央にリリア、その右側に過保護な防御陣形を敷くエルネスト、そして左側に「女友達」として配置されたレイ。
「ねえ、レイちゃん」
暗がりの中、リリアが小さな声で呼びかけてきた。甘い少女の香りと、すぐ隣から伝わってくる柔らかい体温。
「ん? なんだ、リリア」
「今日、レイちゃんが助けに来てくれた時……すごくかっこよかったな。またこうやって一緒に旅ができるなんて、私、本当に夢みたいで嬉しい」
ふわりと可憐に微笑むリリア。その無防備すぎる瞳で見つめられ、レイの胸がドクンと激しく跳ね上がった。
(くそっ……! 近い……! リリアの胸が、俺の腕に当たって……っ!)
「……あ、ああ。俺も……リリアとまた会えて嬉しいよ」
レイは必死で理性を保ちながら、優しくリリアの頭を撫でた。リリアは気持ちよさそうに目を細め、レイの腕にすり寄ってくる。
(勝った……! 女の子ポジション最高じゃねえか! エルネストの奴、ざまあみろ!)
心の中で勝ち誇るレイ。——だが、その直後。
ギチ……ッ
闇の中から、親の仇でも睨むかのような凄まじい眼光と殺気が放たれた。
反対側からリリアを抱き寄せるように腕を回していたエルネストが、暗闇の中で冷徹な刃のような瞳でレイを凝視していた。
(……レイ。お前、リリアに撫で回す手の動きが妙に手慣れていないか……?)
(……! 視線が痛ぇんだよエルネスト……! 俺はただの『女友達』のスキンシップだろ……!)
リリアという可憐な少女を中央にはさみ、暗闇の中で無言の火花を散らす二人。
無邪気に「えへへ、二人ともあったかいです」と幸せそうに目を閉じるリリアをよそに、男(と元男)のドロリとした執着と嫉妬が交錯する、甘く危険なゲフェンの夜が更けていくのだった。
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