ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
深夜——魔法都市ゲフェンの静けさが最高潮に達した頃。
天蓋付きベッドの中央で、リリアは穏やかな寝息を立てていた。
その可憐な寝顔と、呼吸に合わせて規則正しく上下する豊かな胸元。
だが、彼女を挟む二人の空気は静寂とは程遠かった。
(……! なんだよその目は……! リリアの頭を撫でただけで胸に風穴が開きそうじゃねーか……!)
暗闇の中、レイは視線だけでエルネストに抗議した。
しかしエルネストはレイを冷たく一瞥しただけで、左腕はリリアの腰を強く抱き寄せたまま、右手の指先を常に枕元のナイフへとかけ外敵への警戒を怠っていなかった。
過保護という言葉では片付けられないほどの狂気的な執着だ。
(……レイ。お前……さっきから何のつもりだ。いくら昔の仲間だからって、リリアの頭をそう何度も撫で回していいと思ってのか……今すぐその手を離せ……)
眼光だけで会話を交わす二人。
だが、エルネストの胸中には、その苛立ちとは別の、冷ややかな違和感も小さく渦巻いていた。
(……おかしいな)
ほんの少し前までなら、こんな他愛のない友人や同僚のふざけた態度など流すか、せいぜい呆れて終わりだったはずだ。
それなのに今の自分は、目の前の人間が害なす存在に見えようものなら、一瞬で首をねじ折るような残虐な思考が澱みなく浮かんでくる。
他人の命や尊厳の重さが、際限なく軽くなっている。
(俺は……こんなに他人の命を軽んじるような、冷血な人間だったか……?)
記憶の底にある「かつての自分」の輪郭はすでに曖昧だ。
だが、思考の迷宮に深入りする間もなく、肉体の芯で疼く『獣の理』が冷徹にそれを塗りつぶしていく。
――迷うな。群れの頂点(アルファ)に必要なのは、ただ一つの独占と排除のみだと。
――だが、その冷ややかな対立を一瞬で吹き飛ばす異変が起きた。
――サッ。
極めて微小な、風の擦れ音。
部屋を覆っていた防音と警戒の符文魔法が、外側から未知の術式によって静かに無力化された音だった。
((……来た!!))
エルネストとレイの反応は完璧に同時だった。
エルネストは一瞬でリリアの全身を抱え込み、ベッドの奥へと滑り込ませながら自らの体で完全に遮蔽。同時に右手で大型弓を引き絞る。
レイは跳ね起きるや否や、指先から最小限の魔力を紡ぎ出し、無詠唱で防壁を展開した。
——ガキィィンッ!!
天井の闇から突雷のごとく降り注いだ二本の黒い刃が、レイの展開した魔法障壁に阻まれて火花を散らす。
「チッ……気付かれたか……!」
姿を現したのは、先ほどの湿地帯で取り逃がしたシャドウクロス——その同派閥と思われる、二人組の刺客だった。
「……誰の許可を得て、俺のテリトリーで刃を向けている。――失せろ、雑魚が」
エルネストの冷徹な声とともに、至近距離から解き放たれた矢が暗殺者の肩を深々と穿つ。
爆風のような風圧が狭い部屋の中に吹き荒れた。
「きゃああああっ!?」
騒音と衝撃で目を覚ましたリリアが悲鳴を上げる。
「……後ろにいろ、リリア。指一本たりとも触れさせない」
「リリア、動くなよ! ——『バキュームエクストリーム』!!」
レイが床へ向けて掌を叩きつけ、刺客たちの足元に不可視の重力波と真空の渦を生成する。
狭い室内での戦闘において、元男としての冷静な戦術眼とエレメンタルマスターとしての圧倒的な魔力制御が見事に噛み合う。
「ぐっ……なんだこれ、足が……! 地面から引き剥がされる……っ!?」
踏み込もうとした刺客たちの身体が強烈な引力で足元へ引きずり込まれ、バランスを完全に崩して前のめりに崩れ落ちる。
「くそっ……! 組織の情報通りウインドホークがいやがったが、あの厄介なエレメンタルマスターまで一緒にいやがるとは聞いてねえぞ……!」
乱れた姿勢のまま、刺客の一人が悪態をつく。
刺客の一人が悪態をつく。
「……フッ、愚かだな」
エルネストが冷酷な笑みを浮かべ、二本目の矢をつがえた。
「俺がなぜこの女を同じ部屋に置いたと思っている? ……リリアを護る盾を、一枚でも多く手元に置くためだ」
(お前マジで言配置の理由が最悪だなエルネスト!!)
心の中で激しく突っ込むレイだったが、手元の詠唱は一切緩めない。
「文句は後だエルネスト! 左の奴の足元を撃ち抜け!」
「指示するな……!」
エルネストが冷徹な声音で吐き捨て、詠唱もスキル名すら挟まない、純粋かつ極限まで研ぎ澄まされた矢を放つ。
息の合った極限の連携。
エルネストの精密な射撃が左の刺客の脚を撃ち抜き、体制が崩れた瞬間へレイの追撃魔法が直撃する。
——ドガァァンッ!!
「グアァァッ!?」
凄まじい魔法の衝撃波を受け、刺客たちは命からがら窓ガラスを突き破ってゲフェンの夜の闇へと逃走していった。
静寂が戻った室内で、飛び散った木片と硝子片の中、エルネストはリリアを強く抱きしめたまま荒い息を吐いていた。
「……怪我はないか、リリア」
「は、はい……エルネストさんが守ってくれたから……大丈夫です……っ」
リリアは恐怖に震えながらも、エルネストの胸に顔をうずめた。
(――いや、あのバキュームで足止めしてやったの俺なんだけど!? なんでエルネストばっかり株が上がってんだよ……!)
そして、杖を収めたレイは、ハァと大きなため息をつきながら二人を見下ろした。
「……やれやれ。同じ部屋に泊まったのは正解だったみたいだな」
エルネストはリリアを優しく撫でながら、ゆっくりとレイへ視線を向けた。
その瞳からは、先ほどまでの冷ややかな警戒心が僅かに薄れ、一人の「頼れる仲間」としての信頼が混ざり始めていた。
(……認めたくはないが、あのレイの機転と魔力制御は一級品だ。リリアの傍らに置くという俺の判断に狂いはなかったか……いや、それ以前に――)
エルネストは、ふとレイの纏う甘い香りと整いすぎた美貌にわずかに目を細め、胸の奥で小さく首を振った。
(……俺の目に映るべき唯一の光はリリアだけだというのに、なぜ別の女であるはずのこいつの存在にまで、こうして無駄に気を揺さぶられている……?)
己の中にある歪んだ独占欲の矛先が――リリアだけでなく、いつの間にかレイの存在までをも己の縄張りに引きずり込み、縛り付けたいと欲し始めている――その狂い始めた己の強い困惑を、エルネストは冷徹な仮面の下へと押し隠した。
「……結果として、同じ部屋に身を寄せたのは正解だったな」
エルネストはリリアを優しく撫でながら、ゆっくりとレイへ視線を向けた。
その瞳からは、先ほどまでの冷ややかな警戒心が僅かに薄れ、一人の「頼れる仲間」としての信頼が混ざり始めていた。
「……レイ。手助け、感謝する」
「……ハッ。礼を言われる筋合いはねえよ」
(――あのエルネストが素直に礼を言いやがった。よっぽど俺に借りを作ったのが気に入らないのか、それとも……まあ、たまにはあんな顔をさせるのも悪くないか)
レイはフンと鼻を鳴らして背を向けたが、その口元にはわずかな不敵な笑みが浮かんでいた。
刺客の影、過保護な独占欲、そして女体化による甘い誤解。
複雑に絡み合う三人の関係は、ゲフェンの夜の戦いを経て、さらに深く、ドロリとした絆へと変わっていくのだった。
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