※この作品はR-18です。

ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方―   作:和泉終夜

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閑話 レイ

通話アプリの接続を示すアイコンが、それぞれのルームで静かに点灯していた。

 

『お疲れ様、今日も余裕だったねー。』

 

『ほんとほんと!こんなのよゆーだったわ~。』

 

『まったくだ。にしても、このドロップ率は渋いはずなんだが……。――レイ、お前の存在を介在させると確率の収束値が意図的に歪んで高級レアの排出率がバグるのは、統計学的にどう説明をつければいいんだ?』

 

『……さあ? 徳の積み方が違うんじゃね?』

 

『相変わらずごちゃごちゃ難しい事言ってんなー。』

 

いつも通りの深夜。

 

高難度ダンジョンの日課を無事にすべて終え、リリア、エルネスト、レナード、ノア、バルド、そしてレイの六人は、それぞれの拠点でゲームを閉じながら、ダラダラと雑談を続けていた。

 

多少ログアウトの時間が前後した者もいたが、こうして声を聞き合いながら今日を締めくくるのが日課になっていた。

 

レイは手元のエナジードリンクに手を伸ばし、マイクに向かって息をつく。

 

女性と聞き紛うほどに柔らかく、それでいてアンニュイな響きを持つハスキーな声が、ルームのなかに気だるげに響いた。

 

「お前ら、明日も休みだからって夜更かしすんなよ。……じゃあな、また明日」

 

『はーい、レイくんもお疲れ様ー!』

 

『おう、また明日な』

 

それぞれのログアウト音が重なり、通話の接続が次々と切れていく。

 

最後に残ったルームでマイクを落とそうとしたその瞬間だった。

 

部屋の空気が、異様な音もなく凍りついた。

 

(……は? なんだこれ……)

 

前触れもなく、足元のコンセントタップの配線から――いや、自室のフローリングの床そのものから、眩い青白い光が幾筋もの線を描いて噴き出した。

 

それは瞬く間に部屋中を埋め尽くし、現実のものとは思えない巨大な魔法陣を形作る。

 

反射的に椅子から飛び退こうとしたが、すでに手遅れだった。

 

まるで底なしの沼に引きずり込まれるように、青白い光の奔流がレイの身体を足元から一気に呑み込んでいく。

 

耳をつんざくような電子音と、空間を引き裂く地鳴りが脳髄を激しく揺さぶった。

 

「っ……! おい、ふざけ――っ!」

 

仲間たちも今まさに、それぞれの場所でこの光に包まれているのだろうか。

 

そんな思考の欠片すらも光の濁流に押し流され、レイの意識は急速に暗闇の底へと沈んでいった。

 

冷たい湿気を帯びた夜風が頬を撫で、どこか遠くで不気味なモンスターのうめき声が響いたことで、レイはゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 

視界に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井ではなく、鬱蒼とした夜の森の木々と、地面に微かに明滅する青白い魔法陣の残滓だった。

 

「……はあ? なんだよこれ……マジで笑えないんだけど」

 

黒髪のショートボブを揺らし、冷ややかな眼差しで自分の手元を見つめながら、レイは吐き捨てるように呟いた。

 

そこにあるのは、見慣れたはずの自分の手ではない。

 

白く、滑らかで、あまりにも華奢な手指だった。

 

(俺の身体……女になってる……!?)

 

慌てて身体を起こそうとしたが、そこにあったのは決定的な違和感だった。

 

華奢な肩、僅かに膨らんだ胸元、そして世界の見え方が変わるほどに明らかに低くなった視線。

 

頭脳や記憶は間違いなく男である自分のものなのに、肉体だけが完全に「女」へと変貌を遂げていたのだ。

 

しかし、感傷に浸る間すら与えられなかった。

 

転生してわずか数分後、血の匂いを嗅ぎつけたポリンやルナティックといった小動物系から始まり、夜が更けるにつれて獰猛なオークや不気味な触手をうねらせる変異モンスターが容赦なく襲いかかってきたからだ。

 

(……来るなら来い。足手まといのいない分、全力で叩き潰すだけだ)

 

レイは転生前の天才的なエレメンタルマスターとしての戦闘ロジックを脳内でフル回転させる。

 

指先を滑らせれば、精霊の力を触媒とした絶大な魔力が奔流となって集う。

 

襲い来る魔物の群れに対し、レイは容赦なく高位魔法を叩きつけた。

 

転生して初めての夜、そしてそれに続く二日目の昼夜を問わず、レイの周囲は常に血の匂いを嗅ぎつけた脅威に満ちていた。

 

荒涼とした荒野の地平線から、唸り声を上げながら突如として現れたのは、巨大な体躯を持つオークの群れだった。

 

荒々しい足音が大地を揺らし、錆びた斧や棍棒を振り上げながら一斉に襲いかかってくる。

 

「……次から次へと、虫酸が走る連中だ」

 

レイは艶やかな黒髪のショートボブを夜風になびかせ、冷ややかな瞳で押し寄せる敵の群れを見据えた。肉体の性別が変わろうとも、脳内で構築されるエレメンタルマスターとしての戦闘計算式に一寸の狂いもない。

 

レイはスリムな指先をスッと地面へと向け、大地の底に眠る精霊の力を一気に解放する。

 

――『アースグレイヴ』

 

冷徹な呟きと共に、周囲一帯の大地が突如として凄まじい地響きを上げて割れ裂けた。

 

地表の直下から湧き上がった膨大な魔力が、無数の鋭利な岩の槍へと姿を変え、すさまじい勢いで天に向かって突き出す。

 

ガゴォッ!! と耳をつんざく地鳴りと共に、突撃してきたオークの群れはその圧倒的な大地の質量と無数の岩槍に呑み込まれた。

 

逃れる隙など一秒たりとも与えず、容赦なく貫かれた魔物たちは砂塵の舞う中、原形をとどめぬまま次々と粉々に粉砕されて消え去っていった。

 

返り血一つ浴びぬ完璧な立ち位置で魔法を収束させると、レイは細い息を吐き、冷徹に周囲の安全を確認して再び歩き出した。

 

三日目の夜、足元が泥濘む鬱蒼とした郊外の湿地帯に足を踏み入れたとき、嫌な予感は的中した。

 

周囲の濃い霧の向こうから、ぬかるみを踏み鳴らす複数の気配が忍び寄る。

 

不気味な湿地のモンスターや凶暴な野獣たちが、完全にレイを包囲するようにじりじりと距離を詰めてきていた。

 

(……不意打ちのつもりか。浅ましい)

 

囲まれていると悟った瞬間、レイの全身から放たれた魔力が周囲の気温を急激に奪っていく。

 

湿った空気中の水分が瞬時に微細な氷の粒へと変わり、微かに青白い光を帯びて舞い踊った。

 

レイは冷徹な眼光のまま、掌を前方へと突き出す。

 

――『ダイヤモンドダスト』

 

それは、氷点下の猛吹雪を意のままに操る高位の範囲魔法だった。

 

レイの号令と共に、湿地帯の空気が一瞬にして絶対零度の冷気に包まれ、凄まじい吹雪の奔流が全方位へと爆発的に広がる。

 

包囲していた複数の凶暴なモンスターたちは、逃げ出す間もなくその身を氷の粒に叩きつけられた。

 

メキメキと音を立てて水分が凍りつき、数匹の巨獣たちは一瞬にして氷の彫像へと変貌する。

 

そして、レイが軽く指を弾いた次の瞬間、凍てついた彫像は音もなく粉々に砕け散り、湿地帯の闇の中へと霧散していった。

 

静寂を取り戻した湿気のなか、レイは自身の華奢な肩を軽く払い、冷たい夜風の中を前へと進み続ける。

 

幾多の脅威を圧倒的な魔法火力でねじ伏せながら、彼女の瞳には、ただひとりの少女を探し出すための不敵で揺るぎない決意だけが宿っていた。

 

荒野や森を抜け、数日かけてレイがたどり着いたのは、夜の静寂に包まれた魔法都市ゲフェンだった。

 

暗紫色の夜空を背景に聳え立つ巨大なゲフェンタワーが、怪しげな魔力の光を湛えて静かに輝いていた。

 

「……あ。ここ、ゲフェンだ……。ってことは……」

 

見慣れたタワーのシルエットを見上げ、黒髪のショートボブを揺らした美女——レイは、冷ややかな息を漏らした。

 

「……間違いない。やっぱりラグナロクオンラインの世界に転生したんだ」

 

道中で襲いかかってくるモンスターや野盗を、エレメンタルマスターとしての圧倒的な魔法火力と知性で難なく退けてきたレイだったが、その整った涼しげな顔立ちには強い緊張と深い不快感が滲んでいた。

 

街に入情報収集からというもの、すれ違う男たちの品のない視線が嫌というほど自分に注がれているのを感じていたからだ。

 

「おいおい……見なよあそこの姉ちゃん。こんな夜更けに一人であんな無防備に歩いてるぜ……? 触ったらどんな顔すんだろうな、なぁ、もっと近くで見せてくれよ……」

 

ゲフェンの裏通りに差し掛かった瞬間、下卑た笑みを浮かべた男たちが、ねっとりとした欲にまみれた視線をレイの身体の隅々まで這わせながら、じりじりと取り囲んできた。

 

「——邪魔だ」

 

氷点下の冷気を纏ったレイのハスキーな声は、美しさの裏に殺気を完璧に孕んでいた。

 

振り返った男たちが目撃したのは、怯えるか弱い少女の姿などではない。

 

冷酷なまでの切れ長の瞳と、底知れぬ魔力の輝きだった。

 

ザシュッ!! と空気を裂く音とともに、レイの指先から放たれた無数の風の刃――『サイキックウェイブ』の微弱な余波を纏った真空の刃が、男たちの数歩手前の地面を容赦なくえぐり取る。

 

「ひっ……! な、なんだこいつ……化け物かっ……!?」

 

「命拾いしたな。次に出張ってきたら、その首と胴体を永遠に引き離してやる」

 

恐怖に顔を青ざめさせ、腰を抜かした男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくのを、レイは冷徹な眼差しで見下ろしたまま微動だにしない。

 

(……なんだこの世界、治安が想像以上に悪いな。元は男だったとはいえ、今の俺は誰が見ても目立つ女の姿をしている……。油断すれば一瞬で面倒なことに巻き込まれるな。気を引き締めないと)

 

自分の美貌が孕む危険性を客観的に評価し、レイは冷徹に気を引き締め直した。

 

己の身の危険以上に、レイの胸を強く締め付けていたのは「ある少女」の存在だった。

 

(俺だけがここに飛ばされたとは考えにくい。他のメンバーも絶対にこの世界のどこかにいるはずだ。……そして、何より……)

 

脳裏に浮かぶのは、日課の通話越しに聞いていたあの朗らかな声や、ゲームの画面の向こうでキャラクターが見せていた無防備で天然なカーディナル・リリアの姿だ。

 

転生前からひとつの「女性」として惹かれ、密かに好意を寄せていた相方。

 

もし彼女もこの理不尽な世界に巻き込まれ、こんな治安の悪い街や過酷な野外に一人で放り出されていたとしたら――。

 

(……ダメだ。想像しただけで悪寒がする。あいつがこんな世界で一人で無事でいられるはずがない……!)

 

握りしめた手に、ギッと力がこもる。

 

本当なら、男として彼女のもとへ駆けつけ、自分の手で抱きしめて守り抜きたかった。

 

だが今の自分は、切なくも彼女と同じ「女の身体」だ。

 

再会できたとしても、リリアは自分を「頼りになる同性の友人」として無防備に信頼してくるだろう。

 

その距離感がどれほど己の理性をかき乱すか、レイには容易に想像がついた。

 

「……くそっ。身体が女だろうが何だろう関係ねえ……。俺が必ず見つけ出してやる」

 

自暴自棄になりそうな感情を天才的な理性で押し殺し、レイは本格的な情報収集へと動き出した。

 

ゲフェンの酒場、裏通りの黒い噂が出入りする情報屋、冒険者たちが集うギルドの掲示板。

 

あらゆる場所を駆け巡り、聞き込みを続け、時には強引に口を割らせて情報を集める日々。

 

その過程で耳にするのは、この世界の過酷な現実と、弱者が理不尽に踏み躙られる醜悪な噂ばかりだった。

 

(……頼むから、無事でいてくれよ、リリア……)

 

疲労の色を隠せない美しい顔をわずかに曇らせ、レイは冷たい夜風の中へ再び身を投じる。

 

黒髪のショートボブを夜風になびかせながら、彼女は次なる情報源である不穏な歓楽街の奥へと、躊躇うことなく足を踏み入れていった。

 

歓楽街の奥へ踏み込んだレイを待っていたのは、煌びやかなネオンや魔導灯の光の裏に隠された、底知れぬ泥臭い裏社会の現実だった。

 

酒場のカウンターで、路地裏の影で、そして冒険者ギルドの片隅で、レイはあらゆる手を使ってリリアや仲間たちの行方を追い続けた。

 

しかし、どれほど金を弾き、あるいは恐怖で相手を屈服させて情報を聞き出そうとも、返ってくるのは「そんな特徴の女は見ていない」「外の世界から迷い込んだ人間など珍しくない」という冷たい答えばかりだった。

 

焦燥と疲労が、レイの美しい顔立ちに深い陰を落としていく。

 

幾日もの間、レイは睡眠時間を削り、仲間の情報や自身の魔法の在り方の研究をしながら、ゲフェンの街を駆けずり回っていた。

 

だが、手に入ったのは絶望的なまでの空疎感と、この街の澱んだ悪意だけだった。

 

――やはり、この街にはいないのか?

 

胸の奥で渦巻く不安を冷徹な理性の仮面で押し殺し、レイはふらりと足向けた歓楽街の喧騒から逃れるように、夜の街をさらに深く歩みを進めるのだった。

 

薄紫色の一切の怪しげな魔力がかすかに揺らめくゲフェンタワー。

 

その麓に広がる都市の街並みを、黒髪のショートボブを微かに揺らした美女——レイは、眉間に深い不快の皺を寄せながら見据えていた。

 

酒場や冒険者ギルドで情報収集を進める中、すれ違う男たちから向けられる下品に満ちた視線。

 

それが今の自分――「圧倒的な美貌」ゆえのものであると理解しながらも、レイの心底には冷ややかな怒りが燻っていた。

 

(チッ……男どもの視線が鬱陶しすぎる。元が男だろうが何だろうが、今のこの身体で油断して歩くのは危険すぎるな……)

 

男たちの下卑た視線を冷徹な一瞥で突っばねつつ、レイはギルド掲示板に貼り出された依頼書(クエスト)へ視線を移した。

 

『ゲフェン東の湿地帯に生息する特殊なキノコの採集』

 

『……よし。ゲフェン東の沼か。街の不快な視線から離れるついでに、魔法の調子を確かめる足慣らしにはちょうどいい』

 

手早く依頼を引き受けたレイは、必要な触媒や魔法薬を整えると、すぐさまゲフェン東の湿地帯へと向けて足を進めた。

 

鬱鬱とした濃霧と、足首まで脚を奪う泥濘が広がる湿地帯。

 

レイは足元に注意を払いながら、持ち前の高い魔法知識と知性で難なく目的のキノコを採集していた。

 

だが、湿地の奥深く――巨大な木影から漂ってくる異様な魔力の波動と、肉を打つ生々しい衝撃音に彼女の足がピタリと止まった。

 

――ズガァンッ!!

 

「……ん? なんだ……? 誰かが戦闘を行っている音か……?」

 

静寂を破る激しい衝撃音。

 

レイは息を殺し、気配を消しながら音のする方向へ静かに近づいた。

 

巨木の陰からそっと覗き込んだ先で繰り広げられていたのは、目を疑うような極限の死闘だった。

 

「なっ……!? カーディナルを片腕で抱えて戦っているレンジャー……!? それに、相手は……」

 

空間が微かに歪み、見えない刃が跳ね、歪みと共に姿が見え隠れする。

 

「……『クローキング』を使ったシャドウクロス……!!」

 

(あれは……? いや、『クローキング』か、それとも『エクシード』の方か……?)

 

この世界に来てから、他者の実戦スキルを面と向かって見るのはこれが初めてだ。

 

違いを判別するだけの知識が、今のレイにはまだ足りなかった。

 

レイの目が驚愕に見開かれた。

 

重傷を負って血を流しながらも、腕の中にいる可憐な豊かな胸元のカーディナルを身を挺して完全に庇い続ける男レンジャー。

 

そして、不可視の暗殺スキルを駆使して残忍な笑みを浮かべ、死地に追い込もうとする冷酷な刺客。

 

互いに行き知らぬ者同士であり、顔も名も知らない相手。

 

しかし、卑劣にも無防備な女性を抱えた男を相手に、見えない位置から襲いかかっている刺客の姿を目にした瞬間、レイの胸裡に抑えきれない怒りの炎が燃え上がった。

 

(顔も名前も知らねえ奴らだが……誰であれ、女の子を抱えて守ってやっているやつに攻撃をしかけているやつが、悪いに決まってる……!)

 

(それに――あの腕の中にいるのは、まさか……っ!? いや、だが……!)

 

わずかに掠めた予感に心臓が跳ね上がるのを抑え、レイは即座に判断を下すと、手にしていた杖を握りしめ、身を隠していた巨木の陰から疾風のごとく飛び出した。

 

「——加勢する!!」

 

凛とした美しい声が、湿地帯の静寂と惨劇を切り裂く。

 

突然の第三者の乱入、それも圧倒的な魔力を纏った見知らぬ美女の登場に、不可視の旋風を纏っていたシャドウクロスが動きを止め、暗闇の奥から動揺した声を漏らした。

 

「なっ……何者だ!? どこから現れた……!一体なんだお前は!?」

 

「名乗るほどの者じゃないさ。ただの『通りすがりのエレメンタルマスター』だよ」

 

レイは冷ややかな瞳で刺客が潜む空間を睨みつけると、指先を滑らかに滑らせ、空中へ高度な魔導陣を描き出した。

 

瞬時に展開される巨大な属性魔法陣。

 

そこから放たれる凍てつく冷気と重力が、周囲の空気をピリピリと震わせる。

 

一方、見知らぬ美女からの突然の加勢に、血を吐きながら少女を庇っていた男も驚愕の視線を向けた。

 

見覚えのないエレメンタルマスター。

 

だが、その瞳に宿るただならぬ気配と狂気的なまでの戦闘眼に、男は反射的に叫ぶ。

 

「……助かる!」

 

男は抱え直した少女の頭を自らの胸に優しく引き寄せ、レイに向けて叫んだ。

 

「奴は『クローキングエクシード』で完全に姿を消している! だが、攻撃の瞬間だけは僅かに周囲の湿気と風が揺らぐ!」

 

「フッ、十分な情報だ! 姿が見えないくらいで調子に乗るな……空間ごと吹き飛ばせば関係ない!」

 

レイの力強い宣言とともに、湿地帯の空気全体が激しく鳴動し始めた。

 

見知らぬ二人と一人が、図らずも強い絆と意思で結びつき、反撃の火蓋が落とされる。

 

(待ってろ……例えお前が誰であれ、俺がこの手で必ず守り抜く……!)

 

心の中で熱く燃え盛る執念を冷徹な魔力へと変換し、レイは杖を大きく掲げた。

 

「――アースグレイヴ!!」

 

レイが掲げた杖から解き放たれた膨大な地属性魔力が、湿地帯のぬかるみごと大地を激しく激震させた。

 

——ドガガガガガガッ!!

 

「な……ぬわああああっ!?」

 

暗闇の中で爆散する泥水と岩片。

 

不可視のスキル『クローキングエクシード』で完全に気配を絶っていたシャドウクロスだったが、足元の広域全方位攻撃までは回避しきれず、激しい衝撃波に巻き込まれて姿を露わにした。

 

「そこか!!」

 

傷ついた弓手の男の鋭い瞳が、泥を浴びて姿を現した暗殺者を逃さず捉える。

 

彼は左腕でしっかりと少女を抱かかえ、その可憐な頭を己の胸板へと強く押し付けたまま、右手一本で大型弓を引き絞った。

 

——シューーッ!!

 

「グアッ……!?」

 

寸分の狂いもなく解き放たれた矢が、体制を崩したシャドウクロスの右肩を深く穿つ。

 

「きゃああっ! す、すごいです、二人とも……っ!」

 

男の胸の中で、ピンクのボブヘアの少女は恐怖に震えながらも、目の前で繰り広げられる見知らぬ美女魔導士との息の合った連携に目を輝かせた。

 

「——『ディレクティオヒール!!ブレッシング・速度増加・ハイヒール』!!」

 

少女は間髪入れずに聖なる祈りを捧げ、怪我を負った男の疲弊した体力を全回復させると同時に、加勢してくれたレイへも攻撃力と詠唱速度を高める支援魔法(バフ)を高速で付与した。

 

「……おっ、支援に回復まで……! おい、あんた……! サンキューな!」

 

魔法の威力が一気に跳ね上がったのを肌で感じ、レイは口元を不敵に歪めた。

 

「手傷を負わせたなら逃がすな! 空間ごと氷結させる……『ダイアモンドダスト』!!」

 

レイの手元から解き放たれた極寒の吹雪が、湿地帯の一角を一瞬で絶対零度の氷の世界へと変貌させる。

 

「くそっ……! 覚えていろ、お前たち……っ!!」

 

肩を射抜かれ、脚を氷漬けにされかけたシャドウクロスは、死の危険を察知して懐から魔法石を取り出すと、必死の面持ちで砕いた。

 

——シュンッ!

 

暗殺者の身体が歪み、間一髪で空間の彼方へと逃げ去っていく。

 

湿地帯に、再び静寂が戻ってきた。

 

「……逃げられたか。だが、追う必要はないな」

 

レイは深々と息を吐き、杖を下ろすと、警戒を解いて二人へと歩み寄った。

 

「怪我はないか? ……そっちの女の子も」

 

男は抱え込んでいた少女をゆっくりと地面へ下ろすと、自らの体で覆うように庇いながら、見知らぬ美女魔導士——レイを冷徹かつ警戒を込めた眼差しで見つめた。

 

「助かった。……俺はウインドホークのエルネスト。こちらはカーディナルの……」

 

(――っ! その名前、声、顔立ち……! 間違いねえ、こいつはエルネストで、後ろにいるのは……っ!)

 

男が自ら名乗った瞬間、レイの脳内で点と点が激しく繋がり、心臓が跳ね上がった。

 

そして視線を向ければ、男の背後でそっと服の裾を掴んでいる可憐な桃色髪の少女。

 

その圧倒的に惹きつけられる可憐な童顔と、豪奢な法衣越しでも分かる豊かな胸元。

 

(リリア……! ずっと探し求めてた、二人揃って俺の仲間たちじゃないか……っ!!)

 

目の前の二人が大切な仲間だと確信し、レイの胸の奥で歓喜と焦燥の嵐が吹き荒れる。

 

だが、感動の再会に浸る間もなく、レイは瞬時に自らの姿――スリムで華奢な、見知らぬ「黒髪の美女」へと変貌している現実を思い出し、慌てて冷徹な仮面を取り繕って表情を引き締めた。

 

「お前たち……! その、もしかして……!」

 

「「……え?」」

 

レイのただならぬ様子に、二人の動作がピタリと止まった。

 

エルネストの冷徹な瞳が、目の前の美女の頭から足先までを疑念を込めて凝視する。

 

黒髪の美しいショートボブ、洗練された目元、しなやかで整いすぎている女性の身体。

 

どこをどう見ても、自分たちが知っているPT仲間の要素が見当たらない。

 

「あの……お姉さん? 私たちのこと、知っているのですか……?」

 

少女が首をかしげ、純粋な疑問に満ちた声を上げた。

 

「ずっと二人で旅をしていたのですけど……私たち、どこかでお会いしましたっけ……?」

 

「っ……! お、おい……冗談だろ……? 俺だよ、いつも一緒に高難度ダンジョン行ってただろ……っ!」

 

「えっ……?」

 

レイの必死の訴えに、少女は目を丸くしてパチパチとまばたきをさせる。

 

「私たち、ここに飛ばされてきたばかりで……それに、一緒にダンジョンに行っていた仲間なんて、男のレナードさんとレイくんとノアさんとバルドさんしかいませんし……」

 

「だからそのレイが俺だよ!! 転生した時に、どういうわけか身体が女になっちまっただけで――」

 

「レイ……くん……? えっ、レイちゃんって女の子だったの!?」

 

リリアが純粋な驚きに満ちた声を上げた。

 

「ずっと男の子だと思ってた! ごめんね、私ずっと気づかなくて……っ!」

 

「ち、違う! 違うんだリリア! 俺は男だ! 転生した時に、どういうわけか身体が女になっちまっただけで——」

 

「……なるほど」

 

レイの必死の弁明を遮るように、エルネストが深く頷いた。

 

その瞳には納得と、どこか哀れむような光が宿っている。

 

「……男勝りで、男として振る舞いたかったというわけか。異世界に来て混乱していたのだろう。無理をして男のふりをする必要はない」

 

「違うと言ってるだろ!! 俺は元々男なんだよ!!」

 

「いいんだよ、レイちゃん!」

 

リリアが可憐な笑顔を咲かせ、ぽんと手を叩いた。

 

「女の子だって全然気にしないよ! だって、こんなに優しくて強くてかっこいいんだもん! 教えてくれてありがとう!」

 

「リリア……お前、本気で納得して……っ」

 

完全に「女の子が男のふりをしていた」という方向で納得してしまったリリアの無垢な笑顔。

 

そして、「なるほど、実は女性だったのか……」と疑問を解消させてしまったエルネストの視線。

 

二人の温かい受容の空気を前に、レイはがっくりと肩を落とした。

 

(ダメだ……完全に詰んだ……。『身体が女になっているだけで俺は男だ』なんて、これ以上言い出せる雰囲気じゃねえ……!!)

 

「……ふぅ。まあいい……話は分かった」

 

エルネストは警戒を解くと、そっとリリアの肩を抱き寄せた。

 

「レイ。君が仲間だったとは奇遇だな。助けてくれたこと、改めて礼を言う。……プロンテラへの街道が閉ざされ、我々はゲフェンへ向かうところだった。一緒に行こう」

 

「……ああ。そうさせてもらうよ……」

 

女体化した事実を突きつけられ、男性としてのプライドを完膚なきまでに打ち砕かれたレイ。

 

こうして、勘違いと甘い誤解を孕んだまま、三人のゲフェンへの同行が始まった。

 

ぬかるむ湿地帯を抜け、見通しの良い平原へと出ると、遠くに夕日に照らされた巨大な紫色の塔——魔法都市の象徴である『ゲフェンタワー』の姿がうっとりと見え始めた。

 

「もうすぐゲフェンですね! エルネストさん、見てください!」

 

リリアが子供のように目を輝かせ、無邪気にエルネストの腕を引っ張る。

 

エルネストはそんな彼女の頭を愛おしそうに撫でると、隣を歩く俺——レイへと視線を投げかけた。

 

「……レイ。道中の先導、助かった」

 

「気にすんなよ。元々ゲフェンに戻る途中だったんだ」

 

俺は片手を振って答えたものの、その内実はまったく穏やかではなかった。

 

(……おいおいおい、さっきから距離感がおかしねぇ……!?)

 

歩いている間も、エルネストの左手は常にリリアの腰にしっかりと添えられている。

 

ぬかるみや段差があるたびに、彼は当然のように彼女の身体をひょいと抱き上げ、過保護なまでに大切に扱っているのだ。

 

リリアもまた、嫌がるどころか当たり前のように彼の胸に身を委ね、頬を染めて嬉しそうに見つめ返している。

 

(ゲームをしていた時は、ただの『頼れるパーティーメンバー』って感じだったが……この二人、いつの間にかこんな甘々で過保護な関係になってやがる……!?)

 

かつて同じパーティを組んでいた頃の、乾いた「仲間」としての二人しか知らない俺にとって、目の前で繰り広げられるドロリとした濃密な愛着と独占欲の空気感は、あまりにも刺激が強すぎた。

 

「あのね、レイちゃん!」

 

不意に、リリアが俺の隣にぴょんと駆け寄ってきた。

 

歩くたびに、神聖な法衣の上からでも隠しきれないほどの規格外な胸の膨らみがたわみに揺れ、甘い少女の香りがふわりと俺の鼻腔をくすぐる。

 

(っ……! なんだあの桁違いのボリュームは……っ! 近い、近すぎるんだよリリア……!!)

 

中身は男である俺の理性が、脳内で盛大に悲鳴を上げるのを必死の気力で押し殺す。

 

俺は顔を引きつらせないよう精一杯の「お姉さんスマイル」を作り、戦慄する心臓をどうにか抑え込みながら、彼女の言葉に愛想よく相槌を打つのであった。




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