やがて彼らがたどり着いたのは、大きな巨木の根元に形成された小さな自然の洞窟だった。
岩肌が雨風を遮り、入口付近には茂みが広がっていて身を隠すには格好の場所だった。
青年は手際よく周囲の安全を確認すると、乾いた枝や葉を集めて小さな焚き火を起こした。
橙色の温かな光が洞窟内を照らし出し、冷え切っていた空気が少しだけ和らぐ。
リリアは壁際に身を寄せ、抱え込むようにして膝を抱えていた。
(この人……すごく強い。迷いのない身こなしといい、あの圧倒的な弓の精度……まるで一緒にPTを組んでたエルネストさんみたい……)
そんな思惑を巡らせていると、青年が腰のポーチから干し肉と水の入った革袋を取り出し、リリアの前に差し出してきた。
「食え。顔色が悪い」
「あ……ありがとうございます……」
恐る恐る干し肉を受け取り、口に運ぶ。
塩辛く固い肉の味が、空腹だった胃に染み渡っていく。
リリアが美味しそうに咀嚼する様子を、青年は静かに見つめていた。
「俺はエルネストだ」
突然の自己紹介に、リリアは干し肉を喉に詰まらせかけた。
「ケホッ……え……?」
「名前だ。ずっと『あなた』と呼ぶのも不便だろう」
「あ、私は……リリア、です……」
その名を聞いた瞬間、エルネストの眉がピクリと動いた。
切れ長の瞳がわずかに見開かれ、リリアの顔を改めてじっと凝視する。
(えっ……な、なに? 私の顔に何か付いてる……? でもその名前……)
沈黙が洞窟内を支配する。
パチパチと薪がはぜる音だけが空しく響くなか、エルネストはふっと息を吐き、視線を焚き火へと戻した。
「リリア、か。奇妙な一致だな」
「え……?」
「いや、気にしないでくれ。ただのひとり言だ」
エルネストはそれ以上追求しようとはせず、背中の弓を手入れし始めた。
彼の態度は終始クールでシビアだったが、リリアが寒さに震えないよう、焚き火の火加減を絶妙に調整してくれているのが分かった。
言葉遣いは少し刺々しいところがあるものの、根は細やかで優しい人物なのかもしれない——リリアはそんな印象を抱く。
夜が深まるにつれ、洞窟の外からは獣の遠吠えや、不気味な風の音が聞こえてくるようになった。
見知らぬ世界、慣れない身体、そして横にいる素性の分からない男。
疲労感は限界に達しているはずなのに、神経が冴え渡ってなかなか眠りにつくことができない。
リリアが浅い息を繰り返しながら身体を小さくしていると、エルネストが立ち上がり、自分が羽織っていた厚手のマントを脱いでリリアの肩へと掛けた。
「ひゃっ……! あ、エルネストさん、これ……」
「俺は感覚を研ぎ澄ませて警戒している。邪魔になるから着ていろ」
つっけんどんな言い方だったが、マントからは彼の体温と、ほんのりと柑橘系のような清潔な香りが漂ってきた。
「……ありがとうございます。あの、エルネストさんは寝ないんですか?」
「見張りが必要だ。君は眠れる時に寝ておけ。明日は朝早くから森を抜けるルートを探す」
そう言うと、エルネストは洞窟の入口付近に腰を下ろし、森の暗闇へと視線を向けた。
その背中は細身でありながらどこか頼もしく、深い孤独感にさいなまれていたリリアの心を少しだけ解きほぐしてくれるようだった。
(エルネストさん……すごく冷たそうに見えるけど、本当は優しい人なんだな……)
マントの温もりに包まれながら、リリアはゆっくりと瞼を閉じた。
これが、見知らぬ異世界で迎えた、決して忘れることのできない「最初の夜」だった。
エルネスト——ゲーム内での彼は、パーティのメイン火力として圧倒的なプレイスキルを誇るウインドホークだった。
そして彼は、ギルドの愛されキャラであり、誰に対しても分け隔てなく接する純支援カーディナル・リリアに、密かな、しかし非常に深い執着と好意を抱いていたのだ。
(まさか、こんな形で彼女と再会することになるとはな。あんな無防備な姿を晒して、俺以外の男にでも見つかったらどうするつもりだ。……いや、そんなことは絶対にさせない。この世界に放り出されたのが偶然だとしても、俺が彼女を見つけた以上、二度とその手を離す気はない)
弓に添えられた指先が無意識に力を帯びる。
かつて画面越しに見慣れていたはずの仲間は今や目の前にいて、自分のマントにくるまり豊満な胸元を規則正しく上下させ、無警戒に吐息を漏らし眠っている。
それがゲームのキャラデータなどではなく、生身の女性であるという現実が、エルネストのなかに眠る感情に火を点けていた。
(お前のその眩しすぎる優しさも、神聖な奇跡も——すべて俺の目の届く場所だけに縛り付けてやる。……夜が明けたら、何があっても俺が守り抜く。この命に代えてもな)
冷たい月明かりが、洞窟の入口に佇む俺の歪んだ、しかし決して揺るぎない独占欲を静かに照らし出していた——。
それは、見知らぬ世界へ放り出された恐怖や混乱から生じたものではない。
転生したことにより肉体と脳髄に深く刻み込まれたウインドホークとしての狩人の本能が、過酷な環境下で「たったひとつの貴重な獲物(まもり)」を見出したときの本能的な執着が、エルネスト自身すらもまだ自覚せぬまま、その心を完全に支配し始めている証でもあった。
森の深淵で静かに二人の夜がふけていくその頃——同じ時にこの異世界へと落とされた仲間たちもまた、それぞれが置かれた異様な状況の中で蠢いていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
次回は他メンバーの話です。それぞれがみんな個性的なメンバーなので好きになってもらえると嬉しいです。