ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
首領が下半身の帯を解き、リリアの胸元へ下品な手を伸ばした——まさにその一瞬だった。
——シュバァァァンッ!!
爆音とともに洞窟の天井を破って落とされたのは、光を放つ一本の矢だった。
「……ぐああぁぁぁっ!?」
次の瞬間、首領の伸ばした腕が、目にも留まらぬ速さで飛来した矢によって肘から下を吹き飛ばされた。
鮮血が洞窟の岩壁を赤く染め上げ、遅れて首領の絶叫が響き渡る。
「なっ……何事だ!? 敵襲——」
混乱する盗賊たちに対し、暗闇の奥から氷のように冷たい、死神の如き声が低く響き渡った。
「……その汚い手で、俺のリリアに触れるな」
松明の揺らめく黄色の光を背負い、漆黒の影から滑り出してきたのは――息を呑むほどに冷艶な美貌をたたえた青年の姿とは裏腹に、まるで何物も寄せ付けない獰猛な頂点の捕食者のようだった。
逆光に浮かび上がる整った顔立ちは、しかしこの世のあらゆる温もりを完全に削ぎ落としており、ガラス細工のように冷たく、それでいて底知れない狂気を孕んでいた。
その切れ長の銀色の瞳には、愛する者を傷つけられた怒りを越えて、狂おしいほどの執着がドロリと揺らめいている。
「エ、エルネストさん……っ!!」
破られた服を押さえ、涙目で叫ぶリリア。
絶体絶命の絶望の最中、彼女を救うために闇を切り裂いて現れたのは、誰よりも頼もしく、誰よりも冷酷な――彼女のすべてを狂おしく溺愛する「狩人」だった。
「お、頭領の腕が……ッ!? ひ、ヒィィッ!!」
断末魔のような悲鳴と、血の匂いが洞窟内に充満する。
肘から下を吹き飛ばされ、転がり回る首領を眼下に見下ろしながら、エルネストは感情の失せた瞳で淡々と次の矢を番えた。
「全員、動くな。一歩でも動けば、次は頭を穿つ」
氷点下まで冷え切った声が、洞窟の岩壁に反響する。
残された十数人の盗賊たちは、逃げ出すことすら忘れ、恐怖で足をすくませていた。
ウインドホークとしての圧倒的な間合いと、寸分の狂いもない射撃技術。
彼らにとって、目の前に立つ銀髪の青年は人間ではなく、死神そのものに見えていた。
「い、射ち殺せ! 相手はたった一人だぞ!!」
手負いの首領が狂ったように叫ぶと、側近の二人が半狂乱で剣を振り上げ、エルネストへ突進した。
「……雑魚が」
——シューッ! シュババッ!
放たれた矢は空中を描き、突進してきた男たちの眉間を寸分の狂いもなく貫く。
二人は悲鳴を上げる暇もなく、人形のように糸が切れて倒れ伏した。
「ヒッ……嫌だ、助けてくれぇぇっ!」
恐怖が限界突破した盗賊たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとするが、エルネストの影からは到底逃れられなかった。
怒りと執着によって極限まで研ぎ澄まされた彼の矢は、暗闇を縦横無尽に走り抜け、逃走を図る男たちの眉間や喉元、あるいは心臓という致命的な急所を寸分の狂いもなく正確に抉り貫いていく。
暗い坑道には、命乞いの声すら上げる間もなく崩れ落ちる肉の重い音が、次々と木霊していった。
わずか数十秒の間に、洞窟内を支配していた悪党たちは誰一人として声を上げることも許されず、冷たい床に転がる物言わぬ肉の塊と成り果てていた。
静寂を取り戻した洞窟内で、エルネストは冷え切った瞳のまま、他ならぬ彼自身に視線が囚われていた女性たちへと向けた。
商隊のバルバラ、サリア、マリス、そして服を破られながらも必死に身体を隠していたアリシアとレベッカ。
その誰もが、直前まで底知れぬ恐怖を撒き散らしていた彼を恐る恐る見上げながらも、今はただ自分たちを地獄から救い出してくれた唯一無二の『救世主』として、縋るような熱を帯びた目を向けていた。
――そして何より、涙を目に浮かべて自分を見つめるリリアとレイの元へ、エルネストは静かで長い足取りで歩み寄る
「エルネストさん……っ!」
「無事か、リリア」
エルネストは膝をつくと、背中に回されていたリリアの腕の縄を、腰のナイフで一瞬にして切り裂いた。
自由になったリリアは、堪えきれずにエルネストの胸の中へと飛び込んだ。
「うっ……うあぁぁん! 怖かった……怖かったよぅ、エルネストさん……っ!」
「もう大丈夫だ。……俺が遅くなってすまなかった」
豊満な胸を自分に押し付け、子供のように泣きじゃくるリリアを、エルネストは力強く、それでいて壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
彼女の無事を確認できたことで、胸の奥で言い表せないほど荒ぶっていた黒い怒りと狂おしい執着は、まるで見えない糸が切れたように急速にほどけ、深い安堵の温もりへと溶けていった。
「おいおい……助かったのはありがたいが、私らも早く解いてくれない?」
服の破れ目を押さえながら苦笑いするレベッカと、隣でホッと安堵の息を漏らすアリシア。
エルネストはリリアを片腕で抱き寄せたまま、レイや他の女性たちの縄も手際よく切り落としていく。
さらに、洞窟の隅に設置されていた魔力封じの紫色の水晶を弓の柄で砕き割った。
パリンッ!と澄んだ音とともに結界が崩壊し、洞窟内に本来の満ちあふれる魔力が戻ってくる。
「……ふぅ。やっと魔法が使えるようになったか」
手首を擦りながら立ち上がったレイは、乱れた服を整えつつ、やや呆れたような、しかし頼もしさを認める複雑な視線をエルネストに向けた。
「助かったぜ、エルネスト。……相変わらず、後衛とは思えねえ恐ろしい手際だな」
「……お前までも無様にも捕まっているとは思わなかったぞ、レイ」
「っ……結界のせいで不覚をとっただけだ!」
軽口を叩きつつも、レイは抱き合っているエルネストとリリアの姿にちらりと視線をやり、胸の奥をチクリと刺されたような痛みを覚えた。
(……あいつなら、確かにあの状況からでもリリアを護り通せたんだろうな)
エルネストの化け物じみた強さに恐怖や嫌悪を抱くことはない。ただ、元は男である誇りと魂を持ちながら、今の自分はか弱い「女の身体」でしかないという現実が突きつけられる。
恐怖に泣きじゃくるリリアを、かつてのように男として強く抱きしめ、安心させてやることができない――そのどうしようもない無力さに、レイは悔しそうにぐっと唇を噛みしめた。
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