※この作品はR-18です。

ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方―   作:和泉終夜

35 / 43
閑話 バルド前編

――その日も、いつものようにデイリークエストを終えてゲームからログアウトしたはずだった。

 

「ふぅ。今日のデイリーはこれで全部終わりですね! みなさんいつもお疲れ様です〜!」

 

Discordの通話ウィンドウのアイコンが緑に点滅しリリアの元気な声を聴きながら、俺はモニターの前で「おうよ、お疲れ!」と一人マイクに話しかけながら席を立った。

 

部屋の明かりを消し、明日もどうせ適当にクエストを消化して酒でも飲むか、そんなありふれた日常のいつもの夜だった。

 

なのに。

 

「……痛たた……なんだってんだよ、急に湿っぽくなりやがって……!」

 

大地の冷たさと、鼻をつく鬱蒼とした樹木の匂いに、俺は不機嫌そうに目を覚ました。

 

顔をしかめながら上半身を起こすと、やけに身体が重い。

 

ジャージの代わりに身にまとっていたのは、ずっしりと重厚な金属の擦れる音が響く、かつてゲームで愛用していたドラゴンナイトのフルプレートアーマーだった。

 

「……は? ここ、どこだ……!?」

 

周囲を見回した俺は、顎が外れそうなほど口を大きく開けた。

 

見上げるほどの巨大な樹木が立ち並び、視界を遮るように複雑に入り組んだ根と枝が広がっている。

 

プロンテラ北に位置する、あの悪名高き「迷宮の森」——しかし、現実に放り出された俺には、ここがどこなのかすら一切見当がつかずにいた。

 

「おいおいおい! 部屋から出たはずだろ!? なんでこんな森の真ん中に放置されてんだよ!クソがっ……!」

 

怒鳴り散らしても返ってくるのは自分の声の反響だけだ。

 

同じ場所を何度もぐるぐる回り、一向に出口が見つからない。

 

いつもの俺なら、持ち前の圧倒的な力でサクッと切り抜けて「さすが俺様!」となるところなのに、これじゃあまるでただの方向音痴じゃねぇか……! 焦りと冷え冷えとした冷や汗が、背中を伝ってじわりと滲み始めていた。

 

「ちっ、また行き止まりかよ! この鬱陶しい雑木林、まとめて焼き払ってやるぜ……!」

 

出口が見つからず、いい加減に苛立ちがピークに達したバルドは、愛用の長槍を放り出し、手近に迫ってきたモンスター(あるいは邪魔な大木)に向かって勢いよく吠えた。

 

――【ファイアードラゴンブレス】!!

 

ゴォォォォォォッッ!!!!

 

凄まじい高熱の炎が、バルドの口から直接一直線に噴射され、目の前の空間を一瞬で焦土に変える。

 

「はははっ、どうだ! これぞドラゴンナイトの圧倒的——」

 

ドヤ顔で長槍を担ぎ直すバルド。

 

だが、彼の背後には、もし目撃者がいれば全員が絶句して腰を抜かすような光景が広がっている。

 

騎乗すべきドラゴンなんて影も形もない。

 

あるのは、「生身の人間(大男)の口から直接ドラゴン級の業火が盛大にブシャーーッと噴き出していた」という、物理法則もファンタジーの常識も完全に無視したホラー絵巻だ。

 

しかし、本人は自分が「かっこいいスキルを華麗に決めた」としか思っていないため、顔を輝かせてこう独り言つ。

 

(ふっ、相変わらず俺のスキルコントロールは完璧だな! 森の木々も一網打尽よ! ……って、あれ? そういえば、さっきから妙に喉の奥がカラカラして熱いな? いや、気合を入れすぎて変な息でも吸い込んだか……?)

 

自分の肉体そのものが龍の炉心(心臓)と化して直接炎を吐き出しているという重大なバグには、この時まったく気づいていない。

 

「よし、この調子でガンガン道を切り開いてやるぜ!」

 

気合十分で再び口からブレスをチャージし、迷宮の森の奥へ向かって突撃していくバルド。

 

しかし、丸一日(あるいはそれ以上)迷いに迷い、半泣きで悪戦苦闘した末——頭を使うことを早々に諦め、自慢のタフさと「とりあえず前に進みゃ何とかなるだろ!」という完全なゴリ押しだけで無茶苦茶に茂みを突っ切り続けた結果、俺は偶然にもどうにか鬱蒼とした森林地帯を抜け出すことに成功した。

 

「ふう……ま、無事に森を抜けたってことは、ここからが俺の独壇場だな!」

 

道なりに足を進めていくと、前方に突如として視界を遮る巨大な障壁と、そびえ立つ壮麗な門が見えてきた。

 

「お……? なんじゃあ、あのやけにでけえ城壁は……?」

 

首をかしげながら近づこうとした俺の前に、重装備の王都警備兵がピタリと立ち塞がり、冷ややかな視線を向けた。

 

「おい、そこの大男。ここから先は王都プロンテラの北門だ。現在、セキュリティ強化につき北からの通行は全面的に制限されている。入るなら西門か東門まで迂回しろ」

 

「は……? 迂回って、おいおい、俺はこの城の……いや、この街の門を堂々と通って中に用事があるんだよ。少しばかり通してくれよ」

 

俺が強気に出ようとすると、警備兵はさらに眉間を寄せ、呆れたように言った。

 

「ダメなものはダメだ。規約は規約だ。どうしても通りたいなら、南側の正規の手続きを踏んで出直すか、東門までぐるっと回っていけ」

 

「なんだと……!? たかが門番の分際で、この俺を足止めしようってのか……!」

 

目の前の頑固な衛兵を睨みつけ、一瞬どう暴れてやろうかと考えたが……こんな門の前で面倒な揉め事に巻き込まれて足止めを食らうのは、俺の華麗な異世界ライフの計画にとって真っ平ごめんだ。

 

ここはぐっと怒りを飲み込み、渋々引き下がることにする。

 

(くそっ、あの高圧的な門番め……! 北門がダメなら、別の門からちゃっかり入ってやるからな!)

 

背中を向け、トボトボと東門へ向けて歩き出しながら、俺の脳内ではいつもの調子の良い妄想が勝手に膨らみ始めていた。

 

(……にしても、なんだあのバカでかい城や街並みは……!? まるで本物のファンタジーRPGの首都そのものじゃねえか……!)

 

(ってことは、もしかして……これが噂に聞く「異世界転生」ってやつなのか!? しかも、この俺が貴族のうずまく世界に転生したとなれば……!)

 

俺はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、ガッシリとした腕を組んだ。

 

(フヘッ……! 「冒険者バルド、世界を救う!」みたいな、伝説の英雄としてチヤホヤされる展開になっちゃうわけか!? そして、あわよくばどこかの可憐な貴族令嬢や、迷子になって困っている可愛い女の子をこの俺が颯爽と助け出して、そのまま濃厚な一夜を……へへっ!)

 

「ちっ、あのクソ門番め……! まぁいい、こうなったら東門から堂々と入って、この俺様の華麗な異世界デビューを果たしてやるぜ!」

 

悪態をつきつつも、俺は気を取り直して王都の周囲を大きく迂回した。

 

そして、賑やかな人通りが絶えない東門の検問を無事にすり抜け、ついに俺は中世ヨーロッパの城塞都市を思わせる壮麗な街並みへと足を踏み入れた。

 

石畳のメインストリートを行き交う人々、あちこちに並ぶ威勢の良い露店。

 

街の中心へと歩を進めると、そこには見覚えのある豪華でとびきり大きな噴水が豪快に水を吹き上げていた。

 

そして北東の方角には、お馴染みの荘厳な大聖堂の姿がそびえ立っている。

 

その圧倒的なスケールと、あまりにも見覚えのありすぎる景色を目の当たりにし、俺は思わず足を止めて目を丸くした。

 

「おお……すげえって、おい……? あのど真ん中の特大噴水に、北東のデカい大聖堂、この石畳の配置って……!」

 

ふと自分の身体を包む重厚なフルプレートアーマーの感触に目を向け、さっき北門の生意気な門番が言っていた言葉を脳内でようやくリフレインさせる。

 

——『王都プロンテラの北門だ』って。

 

「……って、ここプロンテラじゃねぇか!!!」

 

自分がいつものゲームで何千時間と駆けずり回っていた首都プロンテラの真ん中に立っていると気づいた瞬間、俺はあまりの衝撃にガタガタと甲冑を鳴らして固まった。

 

画面の向こう側だと思っていたあの世界に、生身の身体で丸ごと転生している——その事実をやっと脳みそが理解した途端、俺の背筋にゾワリと熱いものが駆け抜ける。

 

(マジかよ……! ってことは、さっきの地獄みたいな森は『迷宮の森』で、目の前にあるのは見慣れたプロンテラの街! ならば、この身体はあの時使ってたドラゴンナイトのままじゃねぇか!)

 

(通りでROのスキルが普通に使えるわけだよ!!)

 

自分のガッシリとした筋肉質な巨体と、見慣れた最強クラスの装備を確認した瞬間、さっきまでの不安や迷子の絶望はどこかへ吹き飛び、途方もない興奮と「俺TUEEEしたい欲」が全身を駆け巡った。

 

(なんだ、ゲームの世界なら勝手知ったる我が家じゃねぇか! モンスターの弱点も、効率のいい狩り場も、この脳ミソに全部叩き込まれてるぜ!)

 

周囲の冒険者や商人が活発に行き交う光景を見ながら、俺の胸の内でムッツリスケベな妄想と野望が再び激しく疼き始めた。

 

(待てよ……? もしかして、この街のどこかに他のメンバーも飛ばされてるんじゃねえのか?)

 

脳裏に過るのは、ギルドの紅一点であるリリアの姿だ。

 

(リリアなら、きっとどこかでポツンと立ち尽くして困ってるに決まってる……! あの可愛い見た目と極上の癒やしボイスが、もし不安で震えたりしてたら……? そこにこの俺がドラゴンナイトとして颯爽と現れて優しくエスコートして助け出したら……!)

 

俺はニヤニヤと締まりのない下卑た笑みを浮かべ、ガッシリとした腕を組んで一人で深くうなずいた。

 

(フヘッ……! 『バルドさん、ありがとうございます……!』なんて潤んだ瞳で尊敬の眼差しで見つめられて、あわよくばそのまま二人きりの甘い雰囲気に……大人のホテルに誘われちゃったりして……へへっ!)

 

(よしっ! まずはこの街の酒場でもどこでもいい、情報収集がてら可愛い女の子が困ってないか探しに行くとするか!)

 

すっかり気分を良くした俺は、勘違いとスケベな活力を原動力に、意気揚々とプロンテラの繁華街へと歩みを進めていくのだった——

 

 




ここまで読んで下さりありがとうございます。

そしてお気に入り登録してくださっている方ありがとうございます!

何かしらの反応をいただけるととても励みになります。

暫く先まで執筆完了しておりますので、しばらくは1日2回7:00と19:00に投稿させていただきます。

よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。