森の深淵で静かに二人の夜が更けていくその頃
無数の青白い光を放つ魔法陣が、深夜の湿った大地に浮かび上がっては消えていく。
「……はあ? なんだよこれ……マジで笑えないんだけど」
黒髪のショートボブを揺らし、冷ややかな眼差しで自分の手元を見つめていたのはレイだった。
涼しく凛々しい顔立ちをした極上の美女——しかしその内面は、困惑と激しい苛立ちに支配されていた。
(俺の身体……女になってる……!?)
華奢な肩、僅かに膨らんだ胸元、そして明らかに低くなった視線。
ゲーム内では高火力魔法型中衛・エレメンタルマスター(EM)として天才的なプレイスキルを誇っていた男。
それが目覚めてみれば、己の精神は男のまま、肉体だけが完全な「女」へと変貌を遂げていたのだ。
「冗談じゃない……。身軽なのはいいが、落ち着かないなんてレベルじゃねえぞ」
舌打ちを漏らしながら、レイは自身の足元で不気味にうごめく巨大な紫色の粘液器官——精霊の気配を感じ取る。
指先を滑らせれば、脳内のイメージ通りに絶大な魔法威力が指先へと集う感触があった。
自衛と攻撃を完璧にこなすプレイスキルと知識は、この身体になっても完全に生きている。
だが、そんなレイの頭を占めていたのは、己の変貌に対する戸惑いだけではなかった。
(リリア……あいつもどこかに飛ばされたのか……?)
脳裏に浮かぶのは、あの無防備で天然なカーディナル。
転生前から密かに好意を寄せ、ひとつの「女性」として惹かれていた相手。
だが今の自分は、皮肉にも彼女と同性の「女の身体」だ。
(もしいたとしても、こんな身体じゃ……あいつは俺を『女友達』としてしか見ないだろうな……くそっ)
無防備に甘えられたら、正気を保てる自信がない。
胸の奥で渦巻く切ない渇望を押し殺すように、レイは夜の闇の中へ冷徹な一歩を踏み出した。
時を同じくしてジリジリと容赦ない日の光を浴びながら歩いているのはいかにも陽キャな金髪で甘いマスクの美青年、ノアだった。
金髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり、アークメイジの豪奢な法衣の裾を引きずりながら、ノアは朦朧とする意識の中で砂丘をよろよろと歩いていた。
「うぐっ……あっちいぃ……! なにこれ、サウナ〜……!?」
モロク砂漠の容赦ない直射日光が、彼の体力を極限まで削り取っている。
戦闘では前衛に突っ込むほどのタフさを誇る彼であっても、水分を持たずにこの広大な砂漠を彷徨うのは流石に過酷な試練だった。
(はぁ、はぁ……冗談抜きで死ぬってこれ……! いくらゲームで前衛みたいに突っ込んでダメージ受けても、リリアちゃんみたいな有能な回復役がいなけりゃただの HP ゼロの置物じゃん……!)
「熱い熱い〜! 砂が靴に入って痛いよぉ……! もう無理〜、干物になっちゃう〜……! ねえ、誰か助けて……リリアちゃーん……!」
すっかり弱音を吐き、砂の上にへたり込もうとしたその時だった。
陽炎の向こうに白亜の壁と緑のオアシスを見つけた瞬間、ノアは盛大に叫び声を上げた。
「ふぎゃあぁっ! 水、水だぁぁっ!!」
周囲の目も憚らず泉へと飛び込み、すくい上げた水を狂ったように貪り飲む。
生き返るような心地に、ノアは「生きるって素晴らしい……!」とそのまま砂地に大の字になって寝転がった。
一息ついて周囲を見回すと、白亜の砂壁や行き交う商人の装束、そして中心に構える巨大な宮殿が目に入る。
どこかで見覚えのある景色に首をかしげていると、隣にいた老商人が面白そうに笑いかけてきた。
「初めて来たのかい? ここは悪名高き砂漠の都『モロク』だ。魔王の封印があることで有名だがね」
その言葉を聞いた瞬間、ノアの脳内で雷に打たれたような衝撃が走った。
「――って、ここラグナロクオンラインの世界じゃないかぁぁーーっ!?」
ここまで読んで下さりありがとうございます!
書き溜めている分がなくなるまでは毎日更新はする予定です。