ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
いつも通りの深夜。
高難度ダンジョンの日課を無事にすべて終え、レナードはそれぞれの拠点でいつも通りにゲームを閉じ、ログアウトボタンを押した。
その瞬間、自室の床から噴き出した眩い光に呑み込まれ、彼の意識は暗闇の底へと沈んでいった——。
次に青々とした草木が風に揺れる、見慣れない温暖な土地で目を覚ましたレナードは、ゴソリと頭の上で何かが動いたような感覚に優しく眉をひそめながら起き上がった。
「ん……っ……ここは……?」
周囲を見回すと、そこは見慣れた自室の天井ではなく、石造りの独特な建築物や、丸みを帯びた可愛らしい家々が立ち並ぶ見知らぬ異国の集落だった。
行き交う人々の中には、丸っこい体型をした奇妙な生物や、動物の耳と尻尾を生やした亜人たちの姿があちこちに見える。
(……待てよ。この独特な街並み、建物、そしてそこら中に歩いているモンスターじみた生き物って……。ここって、もしかして……ラグナロクオンラインの世界じゃないか……?)
自分がログインしていたお馴染みのゲーム世界にそっくりだと気づき、レナードが驚きに目をを見張ったその瞬間だった。
ふと、頭の上でピクッと何かが動く。 「ん……?」
反射的に手で頭の上を触ると、そこにあるはずのない「ふさふさとした柔らかい耳」がぴょこんと生えていた。
さらに、お尻のあたりにも違和感があり、振り返ると黒く立派な尻尾が不審に揺れている。
慌てて自分の手足を確認すれば、手は紛れもない普通の人間の手である一方、足元には靴の上からでもわかる妙な柔らかさと、ぷにぷとした「謎の肉球」の感触まであった。
「は……? え……? なんだこれ……。手は普通なのに、どうして足だけ肉球になってるんだい……?」
身長180cmを優に超え、引き締まった筋肉質な体つきをした黒髪の美丈夫であるはずのレナードは、その場で困惑に包まれた。
「ちょっ、待ってね……? えっ、嘘だろ……? ボク、いつの間に獣人になっちゃったんだろう……。いや、手は人間なのに足だけ肉球って、どういうことなのかな……」
戸惑いながらも、レナードは通りかかった愛らしい見た目のドラム族の住民に声をかけ、自分の身体について尋ねてみることにした。
「あの、すみません……。ちょっとお聞きしたいんですけど、ボクのこの頭の耳と、お尻の尻尾、それに足の肉球って……一体どういうことなんでしょうか?」
親切なドラム族の住人は、レナードの姿をしげしげと眺めると、きょとんとした顔でこう答えた。
「なに言ってるのさ、お兄さん。キミ、立派なボクたちと同じ『ドラム族』じゃないか! 手足の感じはちょっと変わった混血かもしれないけど、立派な同胞さね!」
「えっ……? ボクが、ドラム族……?」
思いがけない告げ方に、レナードは目を見開いた。
人間ベースのつもりでいた自分が、いつの間にかこの世界に存在する猫型の亜人種・ドラム族として転生していたという真実を、ここでようやく理解したのだった。
だが、驚いてばかりはいられなかった。その親切な住人から、さらに重い忠告を受けることになる。
「もしここラザーニャから人間が主流を占めるルーンミッドガッツ王国へ渡るつもりなら、本当に気をつけなさいよ。あっちじゃ、私たちのような亜人は偏見に晒されたり、時には不当な迫害を受けたりすることが少なくないんだから。あんた頭に耳もついてるんだからそのままの姿で行ったら、すぐに面倒な連中に目をつけられちまうよ」
住人の言葉に、レナードは真剣な表情でうなずいた。
(なるほど……王国へ渡るイズルード行きの船に乗るには、この目立つ特徴を隠すために細心の注意が必要ってわけだね)
状況をしっかりと把握したレナードは、優しい笑みを浮かべて礼を言うと、自身の装備や外見の対策に取りかかった。
「ドラム族だということが知られれば、間違いなく面倒な連中に目をつけられてしまうからね。……よし、これならどうかな」
レナードは厚手の深いローブをさらにきつく羽織り、特徴的な黒い猫耳をすっぽりと隠すように大きなフードを深く被り直した。
外見からは、ただの怪しげな『普通の大男』にしか見えないはずだ。
潮風が漂うラザーニャの港町。
汽笛の音が響き渡る中、イズルード行きの定期船のタラップに足を掛けながら、レナードは遠く離れた王国の中央を見据えて柔らかく微笑んでみせた。
「待っててね、エル、リリア、レイ、ノア、バルド。ギルマスのボクが、今みんなのところに合流してあげるからさ——!」
仲間たちの消息を求め、猫耳を隠した巨漢の美丈夫は、温和な瞳に優しい決意を宿しながら、波濤を越える定期船へと乗り込んだ。
ラザーニャを離れた定期船は、静かな青い海原を進んでいく。
甲板の隅で、レナードは周囲の人間客に警戒されないよう深くフードを被り、静かに海風を受けていた。
船内では他の乗客たちが楽しげに会話を交わしているが、異世界に放り出された身としては、どうしても気が気ではない。
(ふぅ……船旅自体は順調みたいだけど、やっぱりこの格好でウロウロするのは緊張するね。みんなは今頃どうしているんだろう……)
波の音を聞きながら、レナードは心の中でそっと仲間たちの無事を祈り続けた。
長旅の退屈さと緊張感に包まれながらも、船は順調に航路を進み、やがて視界の先に塩風が立ち込める新たな街の姿をとらえていく。
こうして数日間の航海を終え、定期船は無事に衛星都市「イズルード」の港へと到着した。
潮風が立ち込め、活気ある競りの声が飛び交う衛星都市「イズルード」。
その喧騒に紛れ、巨大なフードを目深に被った一人の大柄な冒険者が、慎重な足取りで街道を歩いていた。
「(……ふぅ、暑いなぁ。でも、これを取るわけにはいかないしな……)」
フードの中で黒い耳をペタンと伏せ、ダボついた法衣の裾の中に太い尻尾をしっかりと巻き格納している男——その正体は、ドラム族としてこの異世界に転生してしまったレナードだった。
ルーンミッドガッツ王国において、人間に似て非なる「亜人族」——特に猫のような容姿を持つドラム族に対する世間の目は冷たい。
下手に姿を晒せば、怪訝な顔をされたり、まともな宿や依頼すら断られかねないのだ。
細心の注意を払いながら、レナードはイズルードの冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
「(プロンテラへ行く前に、何かみんなの手がかりが掴めればいいんだけど……)」
かつてのゲーム仲間(エルネスト、リリア、レイ、ノア、バルド)の情報を得るため、受付で「名前」と「職業」を提示して問い合わせてみたものの、返ってきたのは無情な首振りだった。
「……申し訳ございません。当ギルドにはそのような冒険者様の登録はございませんね。何より、ここは田舎の港町ですので、他国や遠方からの新しい情報はなかなか入ってこないのですよ。本格的に人探しをされるのでしたら、首都プロンテラへ行かれることを強くお勧めします」
「そうですか……ありがとうございました」
がっくりと肩を落とするレナード。
やはり、情報と人が集まる王都プロンテラを目指すのが一番の近道のようだった。
「(プロンテラに行きたいのは山々だけど……困ったな……)」
ギルドを出て、海風が吹き抜ける波止場に佇みながら、レナードは自分のステータスとスキルを思い返して柔らかく溜息をついた。
ゲーム時代のレナードは、徹底的に耐久力とヘイト集めに特化した「生粋の壁前衛(タンク)」だった。転生した今もその超絶的なタフネスと防御性能は健在で、並大抵の攻撃では傷一つ負わない。
……だが、その代償として強力な攻撃スキルを一切持っていなかった。
(一人じゃ雑魚一匹倒すのにも時間がかかりすぎて、長距離の移動すら一苦労だよ……)
一人でプロンテラまでの道を破竹の勢いで進むには、あまりにも攻撃力が足りない。
ソロ活動における圧倒的な不便さを前に、レナードは困ったように眉をひそめた。
そして、ふと脳裏をよぎるのは、一番に会いたい相方の姿だった。
(……きっと一人でも上手にやっていけてるよね。……うん、絶対に大丈夫に決まってる)
圧倒的なセンスとプレイヤースキル、そしてどんな高難度でも冷静にモンスターを狩り尽くしていく無駄のない強さを、レナードは誰よりも信じている。
崇拝に近いその信頼は、転生前から何一つ変わっていない。
……けれど、それと同時に、胸の奥からポロッと溢れ出す小さな心配。
(……でも。……一人で苦労してないかな。ボク(壁)がいなくて……不便してないといいんだけど……)
……転生前のゲーム時代。いや、ゲームどころか近所に住んでいたリアルの頃からだ。
『一人ではプレイできないから』と戦略型ボードゲームカフェのような訳わかんない場所を見つけては、当然の顔でサシで連れ回されたり。
ただの我が儘のように「レベル上げたいからお前もついて来い」とレナードを連れ回し、最高効率でカンストまで駆け抜けた。
あの時、冷酷なまでに合理的なゲーマーである君が言ったのだ。
『お前じゃないとダメだ。……最大効率が出ない』
『……相変わらず距離感が壊れているな』
と呆れ顔で文句を言いながらも、絶対に突き放さず側に置いてくれた君。
実の親からすら「〇〇したら愛してあげる」という条件付きの愛しか与えられず、自分の存在価値に怯えて生きてきたレナードにとって、その言葉は人生で初めて手に入れた「存在そのものを必要とされる救い」だった。
(……君の最高効率を出せる壁は、世界中でボクだけなんだからさ……)
この慣れない異世界で、耳や尻尾を隠しながらビクビクと船に乗ってきたけれど……やっぱり、早くみんなの、そしてエルネストの元へ行きたい。
(待っててね。君に『やっぱりお前がいないとダメだ』って言ってもらえるように……ボクが絶対に、君の元へ辿り着いて見せるから……!)
ぎゅっと拳を握り締め、温和な瞳に切なくも強い誓いを宿した、その時だった。
波止場の近くに停泊している一隻の小型商船の脇で、ピクッとレナードの頭巾の中の黒い耳が跳ねた。
「おい、困ったぞ……! プロンテラへ向かう荷馬車の護衛、集まったのは後衛の魔法使いや弓手ばかりじゃないか!」
「マジかよ!? 前衛のナイトやクルセイダーが一人もいないなんて、途中のモンスターの襲撃をどうやって防ぐんだ!?」
集まっていた商人や冒険者たちが、困惑した様子で大声を上げているのが聞こえてきた。どうやらプロンテラへ向かう商人隊が、道中の安全を確保するための「前衛(壁役)」を切実に出航間際まで探しているらしい。
(プロンテラ行きの商隊……! しかも前衛がいなくて困ってるってことは……これに乗れば、安全にプロンテラまで行けるかもしれない)
レナードの瞳がわずかに輝いた。
王都に行けば、散り散りになった仲間たちの手がかりが見つかるかもしれない。
まさに渡りに船だった。
(よし、ボクがガッチリ壁になって守り切ってあげれば、みんなも安心して進めるだろうしね……!)
レナードはドラム族であるとバレないよう、頭巾をぐっと深く被り直し、そっと深呼吸をしてから柔らかな笑みを浮かべた。
そして、怪しまれないよう慎重に、しかし力強い足取りで前衛を募る商人たちの元へと歩み寄っていくのだった——。
イズルードの港からプロンテラへと続く街道の入口。
そこでは商人隊のリーダーが頭を抱えていた。
「どうするんだよ……プロンテラへ向かう荷馬車には高価な品が満載だっていうのに、集まった護衛は魔法使いや弓手ばかりだ。道中で強情な地竜や凶暴なモンスターに遭遇したら、前衛なしじゃ一瞬で破綻するぞ……!」
「あの、すみません……。もしよければ、前衛として志願したいのですが」
焦る商人たちの前に穏やかに進み出たのは、目深にフードを被った一人の大柄な男——レナードだった。
ダボついた法衣の裾には太い尻尾をしっかりと巻き込み、フードの中では三角の黒い猫耳をペタンと伏せている。
人間に似て非なる「亜人」に対する世間の冷たい視線を避けるため、彼は細心の注意を払っていた。
「君が……? だが、その装備を見る限り、甲冑を着たナイトやクルセイダーには見えないが……大丈夫なのか?」
商人隊のリーダーが不安そうにレナードの顔を覗き込む。
レナードは深く被ったフードの奥で、優しく、けれど頼もしく頷いてみせた。
「ご安心ください。攻撃力にはあまり期待できませんが、皆様や荷馬車に傷一つ負わせないことだけは保障します。どんな激しい攻撃が来ようと、ボクがすべて受け止めますから」
その静かながらも揺るぎない自信と、どこか包み込むような温かさに押され、商人隊は半信半疑のままレナードを護衛の頭として採用することにした。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
そしてお気に入り登録してくださっている方ありがとうございます!
何かしらの反応をいただけるととても励みになります。
暫く先まで執筆完了しておりますので、しばらくは1日2回7:00と19:00に投稿させていただきます。
よろしくお願いします。