ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
イズルードを出発して数時間。
一行が山間に差し掛かったところで、草むらから突如として凶暴なマンティスの群れと、俊敏なスピードを誇るコボルドたちが一斉に襲いかかってきた。
「ひぃぃっ!? モンスターだ! 後衛陣、魔法と矢で応戦しろ!」
混乱に陥る商人たちと、後衛の冒険者たち。
しかし、敵の狙いは防具の薄い後衛の魔法使いや、無防備な荷馬車へと一直線に向かっていた。
「——みんな、後ろに下がってて!」
レナードが地面を強く踏み鳴らし、最前線へと飛び出した。
ドラム族特有の野生的な直感と、ゲーム時代に培った生粋の壁前衛(タンク)としての立ち回りが即座に覚醒する。
レナードは前衛としての圧倒的な存在感を放ち、敵のヘイト(敵意)を一瞬にして自らに集中させた。
「ガァァァッ!」
鋭い鎌を振り下ろすマンティスたちの刃が、レナードの身体に直撃する。
商人たちが「危ない!」と悲鳴を上げた——次の瞬間。
キンッ! キンッ!!
金属が激しくぶつかり合うような鈍い音が響き、マンティスの鎌はレナードの肌を一切切り裂くことなく弾き返された。
「な……なにぃっ!?」
「硬い……!? 鎧すら着ていないのに、あの攻撃を完全に弾いたというのか!?」
レナードの圧倒的な耐久力とヘイト集め技術は、まさに次元が違っていた。
並大抵の物理攻撃や魔法攻撃など、彼の生命力の前では痒い痛みにすらならない。
さらにレナードは、荷馬車の側面に回ろうとするコボルドの足止めを完璧にこなし、一切の隙を与えずに敵の攻撃をすべて自らの身体一つで受け止め続けた。
(みんな、怪我はないかい……? よし、この隙に……!)
レナードは心の中でそう呟きながら、意識を集中させる。
(威力の出ない『マタタビランス』はタゲ取りくらいにしか使えないし、『マグロシールド』のエフェクトも視覚的には何も見えない。それに『うずくまる』も実際にその場で丸まるわけじゃないんだよな……。なぜか全部頭の中で技名を念じれば使えるから、叫ぶ必要なくて本当に助かったよ。それにしても変なスキル名だなあ)
そんなシュールなツッコミを内心で入れつつも、思考を終えた瞬間に肉体へ絶対的な防御力が漲るのを感じ取り、レナードは再び最前線へと踏み出した
「いまです! 後衛の皆さん、安全ですから範囲攻撃をお願いします!」
レナードが完璧に敵の動きを固定したことで、安全を確保された後衛の魔法使いたちは、落ち着いて高威力の魔法を放つことができた。
炎と雷の魔法が一網打尽にモンスターたちを焼き尽くし、戦闘はあっけないほど一方的に終了した。
荷馬車にも、後衛の冒険者たちにも、かすり傷一つついていない完全勝利だった。
(……それにしても、ふと思ったんだけど。『マリンフェスティバル』や『サンドフェスティバル』とか、回復スキルの『大トロ』に『タートルスプリンクラー』とかさ……。もし派手なエフェクトや固有のモーションがそのまま出ちゃってたら、どれだけシュールで変な動きに見えたんだろう。君が見たらきっと、呆れ顔で『……なんだそのふざけた動きは』とか言ってくるのかな。うぅ、想像するだけでちょっと恥ずかしいよ……)
必死に表情を引き締めながら、レナードが内心でそんな余計なことを考えていると――。
その後も街道沿いに現れるモンスターを完封し続けたレナードに、商人隊や後衛の冒険者たちから惜しみない称賛が送られた。
そうして順調に街道を進むこと数刻。
一行の視界の先に、ルーンミッドガッツ王国の首都「プロンテラ」の威容が見えてきた。天を突くような白亜の重厚な外壁と、高くそびえ立つ巨大な南城門。
しかし、南門の前には異様な光景が広がっていた。
(ん……? なんだか、やけに人がごった返しているみたいだね……?)
城門の前には、入城審査を待つ行商人の荷馬車や冒険者、巡礼者たちがすし詰め状態となり、見渡す限りの長蛇の列を作り出していた。
ふだんの倍以上の警備兵が配備され、ピリピリとした緊迫した空気が漂っている。
城門のアーチ下では、数名の厳めしい警備兵が足止めされた人々に詰め寄り、容赦のない検問を行っていた。
「おい、そこ品物を開けろ! 隠し荷物はないだろうな!」
「ひっ……! な、何をするんです!」
「最近、不穏な動きをする連中や、王都の治安を乱す亜人どもの密入国の噂が絶えんのだ。指一本たりとも通すわけにはいかん、徹底的に調べ上げろ!」
怒号と悲鳴が飛び交い、一人ひとりの荷物検査だけでなく、全身をまさぐるような厳しいボディチェックまでが行われている。
持ち物検査の箱には没収された怪しげな道具や武器が山のように積み上げられ、少しでも挙動不審な者がいれば、即座に脇の尋問室へと引きずり込まれていく異常な厳戒態勢だった。
(……なんて厳重なんだ。これじゃあ、あんな風にボディチェックでもされたら、頭の黒い猫耳も、お尻の尻尾も、靴の中の肉球だって一発でバレてしまうよ……!)
自分の順番が、列の進み具合に合わせて着々と、そして絶え間なく近づいてきている。
レナードは冷や汗を拭うことも忘れ、深いフードの奥で必死に脳をフル回転させた。
(どうする、ボク……? ここまで護衛の仕事でうまくごまかしてきたけれど、見つかったら一巻の終わりだ。引き返して別のルートを探す余裕もないし、かといってこのままこの厳戒態勢の検問を通り抜けるなんて、どう考えても詰んでるじゃないか……!)
何かごまかす手立てはないかと必死に考えていた、その時だった。
「おい、ふざけんなよ! なんでこんなところで足止め食わなきゃならねぇんだよ!」
「も〜、そんなに怒ったってどうしようもないでしょ、バルド! ほら、周りの警備兵の人たちに変な目で見られちゃってるってば……!」
(……っ!?)
レナードの耳が、フードの下でピクンと大きく跳ね上がった。
まさか、こんな見知らぬ異世界で、リアルでは一度も会ったことのないはずの仲間たちの声が聞こえるわけがない――そう頭では否定しようとしながらも、心臓が激しく波打ち、身体が勝手に声のする方へと向き直っていた。
人混みの向こうから聞こえてきたのは、画面の向こうでいつも聞き慣れていた、粗暴で荒々しい響きを持つ男の声と、少し甘ったるく、困ったように語尾が伸びる青年の声。
姿形こそ見えないし、生身で会うのも初めての相手だ。
けれど、その紛れもない声のトーンと、オンラインのボイスチャットの向こうで聞き飽きるほど交わしてきた独特の言い回しは、聞き間違えようはずもなかった。
(バルド……それに、ノア……っ!)
胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
ずっと一人で不安を抱えながらも探し続けていた仲間と、まさかこんな王都の城門前で出くわすなんて。
何やかやと理由をつけて、この厳戒態勢の検問から離れるための千載一遇の口実ができた。
(そうだ、あそこに知り合いが……! ここで列に並び続けるより、あの二人を探しに行く口実を作って、この検問から離れたほうがいい!)
レナードはぐっと息を呑み、隣にいた商人隊のリーダーへ優しく向き直った。
「あの、すみません! ちょっと大切な知り合いを見かけたので、挨拶に行ってきてもいいですか? もうここまで来たら護衛は必要ないでしょうし」
「え? ああ、ここまで完璧に守ってくれたんだ、構わないよ! 本当にありがとうな、助かったよ!」
「ありがとうございます!」
礼を言うと同時に、レナードは荷馬車から飛び出し、厳しい検問の列から離れて人混みをかき分け、声の主たちの方へと駆け寄った。
「あの……っ! もしかして、ノア……バルド……?」
聞き覚えのある柔らかい声に、二人がハッとこちらを振り返る。
しかしそこには、フードを目深く被り、怪しげなローブをまとった大柄な男が立っているだけだった。
もちろん、リアルで会ったことなどないレナードの顔など知るはずもなく、バルドは不機嫌そうに眉をひそめ、片手を荒々しく槍に添える。
「あぁん? なんだテメェ、俺たちの名前を呼んで……喧嘩売ってのか?」
「え、なに? 僕たちに何か用なの……? 怪しい格好をしてるけど、そんなに急に話しかけられても困っちゃうなあ……」
どこかマイペースで、少しあわあわとした調子を混ぜながら返すノア。
相変わらずの調子で返す二人。
初めて見るその「リアルな肉体」の容姿からは互いに誰だか分からないが、間近で二人の無事な声と佇まいを認めたレナードは、フードの奥で嬉しさに涙が出そうなほど破顔した。
周囲の人間に怪しまれないよう、必死に声を押し殺しながら、けれど溢れんばかりの確信と優しさを込めて囁く。
「俺だよ、レナードだ! 良かった……本当に、二人とも無事で生きてたんだな……!」
「「——はっ……!? レナード……!?」」
驚きに目を見開くバルドとノア。
恐ろしい検問の列から抜け出し、混迷を極めるプロンテラ城門前の人混みの中で、離ればなれになっていた仲間たちの運命が、ついに再び交差した瞬間だった。
(ああ……良かった、二人とも生きていてくれた……!)
ノアとバルドの無事な姿に、胸の奥が熱い安堵で満たされる。
……けれどそれと同時に、レナードの胸にはほんのわずかな切なさと焦燥が影を落としていた。
(二人と合流できたのは本当に嬉しい……。でも、やっぱり……)
一番に会いたかった相方の姿がそこにはないことを悟りながらも、レナードは二人に悟られないよう、フードの奥で温和な笑みを深めるのだった。
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