ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
西への選択
朝日が東の空を紫紺から茜色へと染め上げていく。
さらわれた恐怖の夜を乗り越え、互いの絆をより一層深めたリリア、エルネスト、レイの3人は、朝焼けに包まれた渓谷のキャンプ地をあとにしていた。
目指すはルーンミッドガッツ王国の首都、王都プロンテラ。
当初の予定では、最短ルートである東門を目指して街道を進むはずだった。
しかし、街道沿いの小さな休憩所に立ち寄ったところで、一行は思わぬ報せを耳にすることになる。
「東門へ向かう街道が全滅……ですか?」
驚きの声を上げたのは、リリアだった。
昨夜の恐怖がまだ心の奥に残る中、せめて早く安全な王都にたどり着きたいと願っていた彼女の胸に、冷たい不安が広がる。
疲れの見える行商人や冒険者たちが集まる広場で、情報を取りまとめている男が渋い顔で頷いた。
「ああ。昨夜の大雨で東の山間部が大規模な土砂崩れを起こしたらしくてな。街道は完全に大量の土砂と巨岩で埋まっちゃったんだよ。撤去には何日かかるか分かったもんじゃない」
男の言葉を聞きながら、エルネストは眉間をぐっと寄せ、内心で深い疑念を抱いていた。
(……おかしいな。アルベルタからプロンテラへと続く東の街道でも、大雨による大規模な土砂崩れがあったばかりだというのに……どうしてこのタイミングで、別の場所の街道まで同じように塞がれるんだ?)
あまりにも不自然に重なる「通行止め」の状況に、エルネストはこれがただの自然災害ではなく、何か意図的なものや、自分たちを追い詰める陰謀ではないかという嫌な予感を覚える。
背後でレイもまた、無言のまま周囲の警戒を強めるように鋭い視線を巡らせていた。
「そんな……それじゃあ、東門からは入れないのね」
リリアが心細そうに小さく呟く。
早くみんなと合流したいという焦りが、足元からじわりと這い上がってくるようだ。
「そういうことだ。だから今、プロンテラを目指す行商も旅人も、みんな大きく迂回して西門を目指すルートに切り替えてるのさ」
東門ルートの封鎖——それは、プロンテラへの道程が当初の想定よりも大幅に長くなることを意味していた。
不安を抱えながらも、3人は前を向くしかないと静かに覚悟を固め直すのだった。
土砂崩れの影響を受けたのは、リリアたちだけではなかった。
集積所に集まっていた大商隊もまた、大混乱の渦中にあった。
「困ったな……荷物や馬車はすでに半分以上が被害を受けて損壊している。この規模じゃ、これ以上東へ突き進むこともできん」
商隊の責任者がため息をつく。
本来ならば壮大な規模を誇っていたはずの商隊は、荷物や馬車の半分以上を失い、規模は全盛期の半分以下へと縮小を余儀なくされていた。
それでもプロンテラへ商品を届けなければ商売にならない。
商隊は残された荷を固め、西門への迂回ルートをとることを決定した。
「……というわけで、東門がダメなら西門へ大きく迂回するしかない。護衛の皆、引き続き道中の護衛を頼むよ」
商人の言葉に、同じく護衛として雇われている冒険者たち——イオン、アリシア、レベッカ、そしてバルバラ、サリア、マリスの面々が力強く頷いた。
「もちろんです、リリアさん。街道が変わろうと、私たちの仕事はプロンテラまで護り通すことですからね」
イオンが頼もしく笑うと、他のメンバーもホッとしたように表情を緩める。
「ええ、よろしくお願いしますね! みんなが無事で本当によかった」
リリアが明るい笑顔で答えると、護衛たちも引き締まった表情で頷き返す。
被害によって商隊の規模や陣容こそ小さくなったものの、数々の修羅場を潜り抜けてきた腕利きの護衛たちが揃っているのはこの上なく心強かった。
移動の準備が整い、商隊はゆっくりと西門を目指して歩みを進め始めた。
街道の先頭に立ち、周囲への警戒を怠らないのはエルネストだ。
長弓を手にし、鋭い視線を森の奥へと走らせるその姿には隙がない。
だが、彼の意識の半分は、常に背後にいるリリアへと向けられていた。
「リリア、足元に気をつけろ。土砂崩れの影響で地面がぬかるんでいる」
「うん、ありがとう!エルネストさん!」
「それから、あまり商隊の端を歩かないように。木々の影から何が飛び出してくるか分からないからな」
過保護なまでにリリアを気遣うエルネストの言葉に、リリアのすぐ隣を歩いていたレイが小さく肩をすくめた。
見た目こそ女性へと変化してしまったものの、中身や決意は相変わらず頼もしい男のままだ。
昨夜リリアを守り抜いたことで「彼女を支える親友」としての覚悟を固めたレイだったが、エルネストの過剰な態度には思うところがある。
(……相変わらず過保護だな、エルネストのやつ。リリアを大事に思ってるのは分かるけどよ)
レイがジト目でエルネストの背中を見つめていると、エルネストがフッと振り向き、レイへ冷ややかな視線を送った。
「レイ。疲れて調子が狂っているのかもしれないが、護衛としての集中を切らすなよ。万が一にもリリアに危険が及ぶような真似は許さん」
「言われなくても分かってる。リリアのことは、俺だって命懸けで守るさ」
むっとしたレイが鋭く言い返すと、二人の間にパチパチと火花が散る。
「もう、二人とも……! 街道で喧嘩しないでよ」
リリアが呆れ半分、苦笑い半分で二人を宥める。
そのやり取りを後ろから見ていたアリシアやレベッカたちが「ふふ、賑やかでいいわね」「愛されてるわねぇ、リリアちゃんは」とクスクスと笑い合っていた。
「……にしても、プロンテラまでの道のりが伸びちまったのは参ったな」
レイが溜息をつきながら、遠く西の空を仰ぎ見る。
「そうだね。でも、西門へ迂回すれば無事に入城できるはずだし、前向きにいこう!」
リリアは力強く頷き、胸の前で手をギュッと握りしめた。
(離ればなれになったレナードさんやノアさんやバルドさん……みんなもきっと、無事でプロンテラに向かっているはずよね。早くみんなと再会したいな)
広大なルーンミッドガッツの平原を抜ける風が、リリアの髪を優しく揺らす。
縮小した商隊と頼もしい護衛仲間たち、そして何より複雑な絆で結ばれたエルネストとレイと共に、リリアは遠き西門を目指して王都への第一歩を踏み出したのだった。
「東門が使えないとなると、西門への迂回ルートはかなりの遠回りになるわね……」
護衛陣のひとり、アリシアが馬車の車輪に目をやりながら溜息をついた。
本来なら数日で到達するはずだった道のりは、大幅な迂回によって更に何日も引き伸ばされることとなった。
街道はプロンテラを目指す他の商人や避難民で混み合い、歩みは亀の歩みのように遅い。
さらに事態を悪化させたのは、食料問題だった。
「……参ったな。東門ルートなら途中の宿場町で食料を補給する予定だったんだが、この迂回路には大きな町がない。このままじゃ数日で干上がってしまうぞ」
商隊の責任者が青ざめた顔で頭を抱える。
荷馬車の半分以上を土砂崩れで失った商隊には、長旅を耐え抜くだけの備蓄が残されていなかった。
(……この状況では、まともに配給される食糧もすぐに底をつくだろう。特にリリアは、これまでの過酷な移動の反動でいつ体調を崩してもおかしくない。彼女が口にするものだけでも、今のうちに確保しておく必要があるな……)
ピリついた空気が漂う中、思考を巡らせていたエルネストは、迷うことなくスッと一歩前に出た。
「……俺が狩りに行って、食料を調達してこよう」
そう言って長弓を背負い直すエルネストに、すぐさまレイが反応する。
「おい、一人で行く気か? この状況じゃ何が起きるか分からないぜ」
「ああ。だからお前はここに残れ、レイ。……リリアの傍を離れるな。俺が戻るまで、絶対に彼女を守り抜け」
まるで絶対の命令のように冷静かつ冷徹に告げ、エルネストが森へ向かおうとしたその時――。
「あ、じゃあ私も一緒に行くよ!」
リリアがすかさず声を上げ、エルネストの足がピタリと止まった。
「リリア、君はここで待って……」
「ううん、みんなの食料が足りないなら私も手伝いたいし、ずっと馬車や野営地に座りっぱなしだったから少し体を動かしたいな。それに、エルネストさん一人に行かせるなんて心配だもん……」
リリアの真っ直ぐな瞳に、エルネストはわずかに言葉を詰まらせ、そして渋々といった様子で溜息を吐いた。
(……正直、彼女をこんな場所に連れ回すのは本意ではないが。俺の目の届く範囲に置いておく方が確実に安全か)
「……分かった。ただし、絶対に俺の背中から離れないことだ」
「おっ、それじゃあ俺も護衛がてらついていくぜ。リリアを危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
レイがニヤリと笑って立ち上がり、結局のところ3人は鬱蒼と茂る森の奥へと足を踏み入れていった。
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