ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
木漏れ日が差し込む深い森の中、エルネストとレイは周囲を警戒しながら足音を殺して獲物を探していた。
少し離れた安全な木陰では、リリアが二人を心配そうに見守りながら待機している。
「……いたぞ。ペコペコが二頭だ」
エルネストが低く囁き、矢をつがえる。
その無駄のない動作を見つめながら、レイは心の中で静かに感嘆していた。
相変わらず隙がない。
リリアに対して見せる過保護な顔とは裏腹に、超一流の弓手としての威風がそこにはあった。
(――食用にするのだから、肉がボロボロにならないよう少し出力を落として仕留めよう)
フェイヨン森での日々は、常に生きるか死ぬかの極限状態だった。
ゆえに彼は生き残るため、常に全力で弓を放ち、あらゆるモンスターを問答無用で一撃の即死に追い込んできた。
彼にとっての基準は常に「全力を叩き込むこと」であり、獲物を綺麗に残すための手加減などしたこともなかったのだ。
だが今日は、食用に少しだけ出力を落として矢をつがえている。
シュッ——!
弦が鳴り、放たれた矢は正確無比にペコペコの急処を捉えた。
だが——。
(……っ!?)
本来であれば、手加減したところで本気の一撃の余波だけでも絶命するはずだった。
しかし、ペコペコの分厚い外皮と肉体は、抑えられた威力を信じられないほどの硬さで受け止め、あろうことか致命傷どころか浅手へと変えてしまった。
倒れるどころか、その一撃で逆に狂気的な怒りに火がついた巨鳥が、常軌を逸したスピードで凄まじい地響きを立てながらこちらへ突進してくる。
(……馬鹿な。俺が放った矢だぞ。少し力を抜いたとはいえ、これほどの個体なら一撃で貫通するはずだ。なぜだ……? この森のモンスターは、俺が知っている基準から外れて……妙に硬いのか……ッ!?)
わずかな手加減が生んだ、想定外の誤算。
エルネストがその異常な頑丈さに戸惑い、即座に2射目を番える隙を突かれ、巨体が迫る。
「くっ……!」
迫る巨体にエルネストが息を呑んだその瞬間——。
「させないっ! ——『フロストダイバー』!」
すぐそばで構えていたレイが指先をかざすと、膨大な冷気が一気に拡散し、突進してくるペコペコの足元を根元から分厚い氷で地面へと完全に固定した。
肉を焦がすことなく、一瞬にして冷気でその巨体の動きを縛り上げる。
勢いのまま前のめりにバランスを崩した巨鳥を見て、エルネストは一瞬目を見開いたが、瞬時に冷静さを取り戻して二の矢をつがえた。
シュウッ……!
放たれた追撃の矢が、今度は動かない標的の急処を完璧に貫き、ペコペコは静かに崩れ落ちた。
「……ふう、間一髪だったな」
レイが額の汗を拭いながら息をつくと、エルネストは静かに弓を下ろし、複雑な色を帯びた瞳でレイを見た。
その冷や汗の滲む額は、今の戦闘が尋常ならざるものだったことを物語っている。
「……見事な詠唱と判断だ。助かった、レイ」
「へへ、感謝してくれよな。言っただろ? 俺だってリリアを守るために強くなってるんだ」
素直なエルネストの感謝に、レイは少し照れくさそうに鼻を擦った。
そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から「よかったぁ……」とホッとした顔で見つめるリリアの姿があった。
仕留めたペコペコの硬い外皮に視線を落としたまま、エルネストは微かに眉をひそめる。
「……レイ」
「ん? どうしたんだよ、そんな険しい顔して」
「……食用にするからと、今のように出力を落として矢を放ったのは初めてななのだが……ゲーム内のペコペコへの攻撃ならば、これだけの加減でも一撃で致命傷を奪えるはずだった。だがこの個体は妙に外皮が発達していて、まるで矢を弾き返そうとするような尋常ではない硬さだった」
エルネストの言葉に、レイも自分の掌を見つめながら腕を組んだ。
「言われてみれば……さっきのペコペコ、ただの野生の魔物って言うにはやけに攻撃的で、動きも洗練されてやがったな。俺のフロストダイバーで動きを止めなきゃ、お前の追撃だって危うかったかもしれないぜ。……なあ、もしかしてこの世界のMOB、こっそりステータス調整でも入ってんのかよ?この世界の運営どうなってんだ。バリカタなんてもんじゃねーぞ。」
「……あぁ。手加減が通用しないとなると、今後は一撃必殺の初見殺しに気をつけないとな」
二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべる。
しかしその瞳には、かつてのゲーム知識だけにしがみつかない、この世界で生き抜くためのリアルな緊張感が宿っていた。
「……レイ。お前は変わらないな」
「え?」
「この世界に来ても……女性だったとしても……中身は俺たちの知っている、真っ直ぐで頼もしいレイのままだ」
エルネストの言葉には、どこか固さが取れたような温かみがあった。
かつてはどこかレイに対して距離を置いていたエルネストだったが、命を背中合わせに戦い、予期せぬ硬さを持つ獲物に苦戦したことで、昔通りの頼もしい戦友としての信頼感が胸に蘇ってきたようだった。
「なんだよ急に。気持ち悪いこと言うなよな」
「フッ、台無しだな。さあ……少し加減すると厄介なほど頑丈な獲物だ。傷をつけすぎないよう綺麗に回収して、リリアの待つ木陰へと戻るとしよう」
わずかに呆れたような、しかしどこか懐かしさを湛えた笑みを浮かべて、エルネストは背を向ける。
圧倒的な力と理不尽な世界への恐怖に囚われ、冷徹な理性に引きずられかけていたその心に、昔と変わらないレイとの軽口が確かな体温を灯していく。
冷たく硬質だった双眸には、いつもの『守るべき日常』を見据える温もりがしっかりと戻っていた。
二人は顔を見合わせると自然に笑みを交わし、仕留めた獲物を抱えて、待っているリリアの元へと歩み始めた。
獲物の肉は商隊の全員に振る舞われ、その日の夜は久々に賑やかな夕食となった。
「二人ともすごい!私は見てただけだったけど、 こんなにたくさんのお肉になるんだね!」
焼き上がったジューシーな肉を頬張りながら、リリアが満面の笑みを咲かせる。
「エルネストの弓と、俺の魔法のコンビネーションにかかればこんなもんさ」
「レイの詠唱のタイミングが完璧だったからな。……少し見直した」
「なんだよ『少し』って!」
火を囲んで軽口を叩き合う二人を見て、リリアは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
昼間までのピリピリとした緊張感が嘘のように解け合い、いい雰囲気が戻っている。
夜が更け、護衛の交代時間を前にして、リリアとレイは二人でかがり火の脇に腰を下ろしていた。
「……ねえ、レイちゃん」
「ん? なんだよリリア」
「今日、エルネストさんと仲良くできてよかったね。私、すごく嬉しかった」
リリアが柔らかく微笑みながら、そっとレイの肩に頭を預けてくる。
ふんわりと香る甘い髪の匂いに、レイは思わずドクンと心臓が跳ね上がるのを感じた。
(うわ……っ! 落ち着け俺……! でも、距離が近すぎる……!)
自分の精神は男のままだが、周囲からは完全に女の子同士の仲良しとして扱われている。
無防備に甘えてくるリリアの体温や柔らかさが直接肩に伝わり、レイは身体をカチコチに硬直させた。
「っ……リ、リリア? ちょっと距離が近くないか……?」
「えー? だって、夜風が少し寒かったんだもん。レイちゃんの隣、すごく落ち着くよ。女の子同士でお泊まり会してるみたいで楽しいな」
無邪気に笑いながら、さらにぎゅっと腕を絡めてくるリリア。
レイの顔は一瞬でリンゴのように真っ赤に染まった。
だが、その密着した瞬間――リリア自身の内側で、熱を持った澱のようなものがフツフツと沸き立った。
(――はぁ、っ……なにか、おかしい……)
まるで、触れた者を狂わせる甘い熱を、自ら無意識のうちに放ち続けているかのように。
そして今、至近距離で触れ合うレイの熱を感じたことで、その熱気は外へと漏れ出すだけでなく、リリア自身の脳髄をも内側から深く浸食し始めていた。
(私……どうしちゃったんだろう。胸の奥がこんなに熱くて……レイちゃんに触れているだけで、意識が甘く痺れていく……)
かつての自分なら考えられもしなかった、激しい独占欲と、理性を焦がすような甘い熱狂。
自らが生み出してしまう甘い香気に、誰よりも先に呑み込まれているのは自分自身だった。
(……なんだか、頭がうまく働かない……。ううん、私……ただ、レイちゃんをこの手で包み込んでしまいたいだけなの……)
自戒の声は、溢れ出る熱情の波に飲まれ、跡形もなく消えていった。
思考がじんわりと書き換えられ、「女の子同士だから」という理性が音を立てて崩れていくのに、心地よさすら覚えていた。
「ふふ、なに照れてるの? レイちゃんは本当にかわいいなぁ。……ずっと、私の一番近くにいてね?」
(――ずっと、私だけのもの。どこへも行けないように、この手でずっと抱きしめていたい……)
瞳を潤ませ、幼子のように純粋で甘い笑みを浮かべるリリア。
だが、その身体から放たれる目に見えない熱気は、触れた者の理性を着実に溶かし始めていた。
密着された部分から伝わる熱と香りに、レイは頭の芯が痺れるのを感じていた。
胸の奥で急加速する鼓動を誤魔化すように、必死で視線を彷徨わせる。
(……いや待てよ? よく考えたら、元男の俺が言うのも何だけど、世の中の女の子ってこういうふうに友達同士で腕組んだり距離感バグったりするものなのか……? いや、女子の友情って、もしかして俺が思ってる以上にスキンシップ激しい系……? うん、きっとそう! そういうことにしておこう……!)
転生前の記憶と知識を総動員し、「これはただの女子同士の距離感だ」と必死に自分へと言い聞かせるレイ。
しかし、その必死な思考自体の裏で、リリアから放たれる甘い毒のような熱にじわじわと理性を浸蝕されていることには、まだ気づいていなかった。
顔を真っ赤にしたまま硬直するレイと、無意識のフェロモンに己の脳ごと侵されながら、狂おしいほどの愛おしさに身を焦がすリリア。
迂回路を辿る過酷な長旅の中で、二人の絆は確かな温もりを伴いながら――そして底知れぬ甘い狂気を孕んだまま、二度と引き返せない領域へと深く静かに沈んでいくのだった。
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現段階で六章まで書き終えておりますので暫くは毎日7:00と19:00の1日2回のペースで更新していこうと思っています。
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