ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
大通りを進む3人の足取りは軽やかだった。
立ち並ぶ白亜の建物、路上で声を張り上げる行商人、そして様々な冒険者たちが行き交うプロンテラの街並みは、幾度も修羅場を潜り抜けてきた彼らに束の間の安らぎを与えていた。
「ねえ、エルネストさん、レイちゃん。酒場って、冒険者ギルドのすぐ裏手にあるあのお店だよね?」
リリアが桃色のボブヘアを揺らし、振り返りながら問いかける。
「ああ、ノアの話ぶりからすると、ギルド本部の東側にある大きな酒場のことだろうな。あそこなら大所帯でも余裕で入れる広さがあるし、何よりメシの美味さには定評があるらしい」
エルネストが周囲の気配に気を配りつつ、穏やかに答える。
その長弓を背負った背中には、先ほどまでの刺客と対峙していた尖った気迫はなく、仲間との時間を楽しもうとする柔らかさが漂っていた。
「ハハッ、ノアの奴、食い物のことになると急に頭の回転が早くなるからな」
レイがハスキーな声でくすりと笑う。
黒髪のショートボブを風になびかせながら腕を組み、ふと感慨深そうに空を見上げつぶやいた。
「……でも、まさかあいつらとこんなに早く会えるとは思わなかったな」
「あぁ。東門の崩落で足止めされたときは、本当にプロンテラで再会できるものなのかも見当もつかなかったからな……」
エルネストが同意するように頷く。
「エルネストさんもレイちゃんも、あの時はすごく心配そうだったもんね」
リリアが二人の顔を交互に見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「でもね、わたしは信じてたよ! レナードさんもノアさんもバルドさんも、絶対に無事でプロンテラに着いてるはずだって!」
「……リリアは能天気で助かるな」
エルネストは呆れたように息を吐いたが、その表情にはリリアに対する深い愛おしさと、彼女の無邪気さに救われてきた感謝が滲み出ていた。
「能天気じゃないもん! だって、みんな強いし……何より、ゲームでだけど……また6人で集まろうねって言ってたんだから!」
むっと頬を膨らませるリリアの姿に、レイも思わず口元を緩める。
「まあ、リリアの言う通りだな。あいつら……この世界に来ても中身はあのうるさくて賑やかなままで安心したよ。……猫耳の男に、敵に真正面から突っ込んでくアークメイジとドラゴンナイトなんて、そうそう他にはいないからな!」
「ククッ……確かに、あんな目立つ三人組は世界中を探してもあいつらだけだろうな」
エルネストも声を殺して笑った。
思えばこの過酷な世界に転生して以来、彼がこんな風に肩の力を抜いて心から笑ったのは、これが初めてだったかもしれない。
話しながら角を曲がると、賑やかな歓声と香ばしい肉の焼ける匂いが漂ってくる。
目指す酒場の木製の看板が、陽光を受けて暖かく揺れていた。
「あ、あそこだね!」
リリアが指をさす。
プロンテラ冒険者ギルド本部のすぐ東側に位置するその酒場は、昼時ということもあり、店内から溢れんばかりの活気と熱気に包まれていた。
「よし、入ろう。あいつらも報告を終えて、もう中で待ち構えているかもしれない」
エルネストが酒場の重厚なスイングドアに手をかける。
「フフッ、一番に乗り込んで、驚かしてやろうか?」
レイが楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。
「それもいいね! でも、バルドさんたちが先についてたら、もうお肉を山盛り注文して食べてるかも……!」
「あり得るな。あいつらのことだから、待ちきれずに勝手に宴会を始めていてもおかしくない」
エルネストが苦笑しながらドアを押し開けると、木々の温もりが残る広い店内と、酒と肉の匂い、そして溢れる冒険者たちの喧騒が3人を温かく迎え入れた。
離れ離れだった仲間たちが再び集い、語り合う時間。6人の本当の再会の宴が、いま始まろうとしていた。
酒場の重厚な扉を開けると、店内に満ちる喧騒と芳しい料理の香りが3人を包み込んだ。
店内を見渡すまでもなく、奥の開けた大型テーブルから聞き覚えのある大声と賑やかな笑い声が響いてくる。
「ガハハハ! おいノア、そっちのエール注ぎ足してくれ! 喉が干からびそうだぜ!」
「バルドお肉食べすぎ! 俺の分のローストポークまで手伸ばさないでよ〜!」
すでにテーブルの上には、山盛りの肉料理やスープ、泡の立ったジョッキが所狭しと並べられていた。
その中央で、レナードが法衣のフードを浅く被り直し、呆れ顔で二人を宥めている。
「二人とも、まだリリアたちが来てないんだから、少しは落ち着きなよ……」
「あ! 来た来た! ほら、噂をすればだよ!」
ノアが入り口の方へ視線を向け、パッと表情を輝かせて大きく手を振った。
「リリアちゃ〜ん! エルネスト〜! レイちゃ〜ん! こっちこっち〜!」
「まったく、やっぱり先に始めていたか」
エルネストが苦笑混じりに吐息をつきながらテーブルへと歩み寄る。
その後ろから、リリアとレイも賑やかなテーブルへと足を進めた。
「レナードさん、ノアさん、バルドさん! お待たせしました!」
リリアが可憐な笑顔を咲かせると、ノアとバルドは一瞬鼻の下を伸ばしかけたが、そのすぐ隣でエルネストがすかさずリリアを庇うように立ち、冷ややかな視線を向けたため、二人は慌てて喉を鳴らして視線を逸らした。
「ふん……相変わらず警戒心が強ぇ弓手様だぜ」
バルドが苦笑しながら空いている席をポンポンと叩く。
「さあさあ、座れよ! 無事に全員揃ったんだ、盛大にカンパイしようぜ!」
「うん! ボクたちのテーブルはちゃんと広く空けておいたからね。みんな、座って」
レナードが金色の瞳を和ませて席を促す。
6人はそれぞれ丸椅子に腰を下ろし、泡立つジョッキや果実酒、そして冷たいソフトドリンクのグラスを手に取った。
「それじゃあ……数々の波乱を乗り越えて、こうして6人全員が無事にプロンテラで再会できたことに!」
レナードがグラスを掲げ、静かに、けれど万感の思いを込めて声を張る。
「「「「「乾杯——っ!!!!」」」」」
木製のジョッキが重なり合い、心地よい音を響かせた。
冷えた酒や甘口のソフトドリンクが喉を潤すと、溜まっていた疲れが一気に吹き飛ぶような感覚が6人を満たした。
「う〜んっ! 美味しい〜っ! 冷えたビールとお肉っプロンテラのご馳走、最高~~!」
リリアはジョッキを傾け、焼き立ての香ばしいお肉を頬張っては、幸福そうに頬を桃色に染めて目を細める。
その童顔と豊かな胸元が弾む様子に、ノアとバルドは目の毒だとばかりに必死にジョッキへ視線を落とした。
「……で、お前たちはギルドの報告で何か変わったことはなかったか?」
レイが黒髪のボブを揺らし、ハスキーな声で肉を口に運びながらレナードたちへ尋ねる。
「特に問題はなかったよ。西門の刺客どもは上級四次職の集団だったみたいで、ギルド側もかなり手こずっていたらしくてね。無事に鎮圧した報告をしたら、かなり驚かれて追加の報酬まで貰えちゃった」
レナードが穏やかに答えると、ノアが自慢気に胸を張った。
「俺の『ジャックフロスト』とバルドの『ドラゴンブレス』のコンボだからね! どんな敵だって一撃だよ〜! ……まあ、途中で何回か攻撃食らって『いったぁ~~~!』って叫びまくったけど!」
「ガハハ! あれは相変わらず情けない叫び声だったな!」
バルドが豪快に笑い飛ばし、エルネストも口元を緩めた。
「相変わらずの無茶苦茶な戦い方だが、結果が無事なら文句はない。俺たちも商隊の護衛依頼を無事に達成して、それなりの報酬を受け取ってきたところだ」
「ねえねえ、レイちゃんはエレメンタルマスターの魔法、もう使いこなせてるの?」
ノアが身を乗り出して尋ねると、レイは腕を組み、不敵に口元を上げた。
「フン……当たり前だろ。精霊の扱いも魔法の構築も、以前のゲーム時代以上の精度で使いこなせてるさ。あの程度の刺客なら一人で掃除できるくらいにな」
「おお〜っ! さすがレイちゃん! 凛としてて格好いいなぁ〜!」
ノアが感嘆の声を上げると、バルドも「男のフリして必死に強がってた頃とは大違いだな!」とニヤニヤしながら頷いた。
(……だから俺は最初から男なんだよ……)
勝手に「男勝りな女の子」と思い込まれ、温かい受容の目で見られている状況に、レイは心の中で深々とため息を吐いた。
だが、ここで下手に否定して余計な薮蛇になるのも面倒なため、黙って肉を噛みしめることでスルーを決め込んだ。
「エル、お疲れ様!でも本当に……みんなが無事で良かったよ」
レナードがふと表情を和らげ、温かな眼差しで一人ひとりの顔を見つめる。
その途中、ふとエルネストと視線が交差した。
「苦労させたな」「無事で何よりだ」——そんな前世から変わらない無言の労いを瞳で交わすと、エルネストもわずかに口元を緩め、小さく顎を引いて応える。
二人だけの静かな了解を経て、レナードは再びみんなへと視線を戻した。
「異世界に飛ばされた時はどうなることかと思ったし、ボクなんて猫耳尻尾まで生えちゃって不安だったけど……こうやってまた6人で集まって笑い合えるなんてね」
「ええ……本当にそうですね」
リリアが深く頷き、胸の前で手を重ねる。
「ここに来てから色んなことがあったけど……みんなとまた会えるって信じて旅を続けてきて、本当に良かったです」
静かな感動がテーブルを包み込む。
過酷な異世界での混乱、危険な魔物や刺客との戦い、果てしない旅路——そのすべてが、このプロンテラの酒場での再会という形で報われた瞬間だった。
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