二人は手を取り合い、いよいよ光の射す森の出口へと踏み出した。
森の影が完全に途切れ、目の前に広がった圧倒的な光景に、リリアは思わず息をのんだ。
「うわぁ……! エルネストさん、見てください……! 海です……!」
視界を埋め尽くしたのは、太陽の光を受けて碧くキラキラと輝く広大な海と、その海岸線に沿ってどこまでも広がる石造りの町並みだった。
潮の香りを孕んだ心地よい風が吹き抜け、リリアのピンクブロンドのボブヘアを優しく揺らす。
高台から見下ろす港には、何隻もの巨大な木造船が繋がれており、活発に行き交う船員や商人たちの賑やかな喧騒が風に乗って届いてきた。
「大きな港町だな……。交易路の痕跡を辿ったのは正解だったようだ」
エルネストは冷静に言葉を返しながらも、その切れ長の瞳を凝らし、街の構造を鋭く観察し始めた。
赤煉瓦の屋根、港の中央に威容を誇る巨大な石造りの風車、そして碁盤の目のように整然と交差する石畳の路地。
そのすべてに、エルネストの脳裏を揺さぶる強烈な違和感とデジャヴがあった。
(待て……。あの風車の形……港の埠頭の配置……それに、あの建物は……)
「ねえ、エルネストさん! あそこ、見てください!」
リリアが不思議そうに街の一角を指差した。
「あそこに立ってるフリルエプロンにヘッドドレスをつけた女の人たち……なんだかすごく見覚えがありませんか? まるで……カプラサービスの人みたいな……」
その言葉が引き金となり、エルネストの中で全てのジグソーパズルのピースが一瞬で組み合わさった。
街の入口に立つ、メイド服に身を包んだ女性たち。その背後に掲げられた、羽の生えた独特の紋章看板。
「……カプラ職員か。……なるほど、ここは……『アルベルタ』か」
「え……? アルベルタ……? それって、あのゲームの……?」
「ああ。間違いない。あの港の形状、石造りの街並み、カプラ本社の支社……すべてラグナロクオンラインの『アルベルタ』そのものだ」
「うそ……じゃあ、私たちが迷い込んでたあの不気味な森は……『フェイヨン迷いの森』……?」
愕然として口元を押さえるリリア。
画面の向こうの二次元の世界だと思っていた場所が、圧倒的な手触り、潮の匂い、風の冷たさを伴って目の前に広がっている。
自分たちが本当に「ラグナロクオンラインの世界」へと転生してしまったのだという事実が、重く胸に突きつけられた。
だが、エルネストの思考はすでに、一歩先にある「決定的な答え合わせ」へと辿り着いていた。
(――間違いない。ここがラグナロクオンラインの世界で……やはりこの無防備な少女こそが、あの『リリア』自身にほかならない)
昨夜の焚き火の時点で抱いていたほぼ100%に近い仮定――それがやはり単なる気のせいではなく、紛れもない事実だったという整合性が、この瞬間に完璧に取れた。
森を抜けてアルベルタの街並みを目の当たりにしたことで、野盗から庇った時の仕草、追いつめられた時の怯え方、そしてこの過酷な世界で奇妙なほど自分の神経を逆撫でし続けてきたすべての不可解な現象に、ついに決定的な「証拠」が揃ったことにわずかに口端を小さく上げるエルネスト。
思考の海が激しく波立つなか、エルネストはゆっくりとリリアの方へと向き直ると、彼女の華奢な両肩を強い力で掴んだ。冷徹で知的な瞳が、まっすぐにリリアの瞳を射抜く。
「リリア……君にひとつ確かめたいことがある」
「へ……? あ、はい……何ですか……?」
「君は……昨夜、ログアウトする直前まで、誰とパーティを組んでいた?」
「え……? それは……ギルドのメンバーです。ギルドマスターのレナードさんに、突っ込み癖のあるノアさん、ちょっとマウント気質だけど根は悪い人じゃないバルドさん、それにすごくクールでツッコミが冴えてるレイくん……」
リリアは記憶を辿りながら仲間たちの名前を挙げ、ふと何かを思い出したように目を大きく見開いた。
「……あ! そういえば、最後にバフをかけた時、一番後ろで黙々と高火力を出してくれていたウインドホークの……『エルネスト』さん……!」
リリアの視線が、目の前にいる銀髪のローポニーテールの青年と重なる。寸分の狂いもない矢の精度、冷静沈着な立ち振る舞い、そして何より——自分を護るために放たれる圧倒的な後衛としての気配。
「……エルネストさん……!? もしかして……画面の向こうにいた、本物のエルネストさんなんですか……!?」
「……そうだ。やっと気づいたか、リリア」
エルネストの冷徹な唇に、かすかに、しかしどこか甘く深みのある笑みが浮かんだ。
「あ、あああ……! 私、全然気づかなくてっ……! 助けてもらったのに、ずっと『親切でかっこいい狩人さん』だとばかり……! すみませんっ、エルネストさん……!」
顔を真っ赤にしてパニックになりながら、深々と頭を下げるリリア。
そんな彼女の愛くるしい反応を見つめながら、エルネストの胸の奥で、暗く甘い独占欲が決定的な形をとって渦巻き始めた。
(わかってはいたが、やはり本物のリリアだったか。こんなにも危険で、こんなにも周囲の狂気を引き寄せる危うい少女が、今、自分の手の届くところにいる。——もう二度と、他の誰にも触れさせはしない。)
「謝る必要はない。無事でよかった……本当に、俺の目の届くところで無事でいてくれて」
エルネストは優しく、しかし絶対に逃がす気のない強固な力加減で、リリアの華奢な手を包み込み、絡め取った。
「これからは、俺がずっと君の側にいる。危険な目に遭わせたりはしない……安心して、俺の背中についてくればいい」
「エルネストさん……っ!」
自分を真っ直ぐに見つめるエルネストの、熱を孕んだ力強い瞳に、リリアは胸を強く打たれ、溢れ出る安心感から瞳にうっすらと涙を浮かべた。
二人はしっかりと手を繋ぎ合い、自分たちの新たな現実となった交易都市「アルベルタ」の街路へと、ゆっくりと足を踏み出していった
。——その背後で、冷徹な狩人はすでに、二度と獲物を逃がさないための緻密な包囲網を静かに張り巡らせていたのだった。
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