ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
「――いてっ! なんだこいつら、動きが妙にいやらしいぞ!」
黒衣の男の一人が繰り出したトリッキーな短剣の突きを、レイはギリギリのところで身をかわしながら、相変わらずの男らしい荒っぽい言葉づかいで声を荒らげた。
外見は誰もが息を呑むような麗しい黒髪の美少女でありながら、内面はただの一般男性であるレイ。
彼の口から当然のように飛び出す男言葉は、もはや今更取り繕うようなものではなく、いつも通りの自然なものだった。
そんなレイの様子を気にする余裕もなく、背後からエルネストの鋭い矢が空間を切り裂いて飛んできた。
「レイ、油断するな! 相手は訓練された暗殺者崩れだ。隙を見せれば一巻の終わりだぞ!」
エルネストは冷徹な青い瞳を光らせ、間髪入れずに放った追撃の矢で、レイに迫っていた別の黒衣の男の注意を完璧に引き剥がす。
その精確無比な射撃援護は、まさに前線を戦う者にとってこれ以上ないほどの絶対的な安心感をもたらしていた。
「――エルネスト、サンキュー! リリア、左側の奴の動きを牽制してくれ!」
レイは涼しげな表情のまま、男言葉のまま堂々と指示を飛ばし、最小限の魔力で敵の足場を凍らせて体勢を崩していく。
「うん、任せて、レイちゃん……っ! 『クレメンティア』『カントキャンディダス』『レリギオ』『アルグトゥスヴィタ』『アスムプティオ』!」
リリアは澄み切った聖職者の呪文を唱え、レイの身体を光の加護で包みながら、的確なサポート魔法でレイの動きを完璧にバックアップした。
心も体も通じ合ったからか、彼女のなかに宿る聖職者としての力はかつてないほど強まり、眩い光となってレイを力強く支えた。
制限された魔法と、周囲に被害を出せないという過酷な「縛りプレイ」の中、持ち前の圧倒的なプレイスキルと、仲間たちの完璧な連携。
それらが綺麗にかみ合ったことで、圧倒的な数的優位を誇っていたはずの黒衣の侵入者たちは、徐々に追い詰められていくのだった。
「ぐっ……! 足が凍りついて動かん……!?」
「ひるむな、囲め! たかが女子供と弓使い一人――」
足場を奪われて体勢を崩した黒衣の男たちが焦りの声を上げ、態勢を立て直そうと一斉に武器を振りかぶる。
その慢心しきった言葉を、冷徹な銀色の瞳が一瞥した。
「……羽虫ごときが。誰が、お前たちを生かして返すと言った」
エルネストの低い呟きは、もはや人間のそれではなく、獲物を確実に仕留める猛禽そのものの冷酷さを帯びていた。
彼は矢をつがえる動作すら省くかのように、指先から流れるような身のこなしで同時に三本の矢を弦に掛け、一息に引き絞る。
――びゅうっ! と空間を引き裂く絶叫とともに、三筋の光の奔流が放たれた。
「なっ……!?」
ただの牽制や単発の射撃ではない。エルネストの放った矢は途中で軌道を変えるかのように鋭く曲がり、あるいは凄まじい風圧を纏いながら、先頭に立っていた男たちの武器を持つ手首や肩口を正確無比に穿ち抜いた。
爆発的な衝撃波が周囲の石畳を砕き、直撃を免れた者すらも、その圧倒的な圧力だけで地面に叩きつけられる。
致命傷こそ避けているものの、一瞬にして前衛の三人全員が無力化され、持っていた武器が派手な音を立てて足元に転がり落ちた。
(うわ、マジかよ……! あんな至近距離から一瞬で三人の武装を無力化しやがった……! 下手に真正面から敵に回したら、俺でも一瞬で蜂の巣にされるぞ……っ!)
レイが冷や汗を流しながら内心で舌を巻くほどの、神業を超えた超精密射撃。
後方から戦況のすべてを支配し、文字通り「死の雨」を降らせたエルネストは、微塵も息を乱すことなく、冷徹に次の矢をつがえたまま敵の正面へと立ちはだかり続ける。
その圧倒的なまでの戦闘力と、一歩も引かずに退路を完全に封じる絶対的な壁としての佇まいは、まるで獲物を狙い定める猛禽類そのものだった――。
「レイ、右奥の頭目らしき男が距離を取ろうとしている! 逃がすな!」
「分かってる、逃がすかよっ!」
後方から戦況を見据えるエルネストが放った一矢は、逃走を図る男を直接狙うのではなく、前方の石壁へと正確無比に撃ち込まれた。
――ガィンッ! と高音が響き、石壁の角で跳ね返った矢が、予想外の死角から男の脚線を正確にえぐるように射抜く。
「っ……な……!?」
突然のトリッキーな軌道変化に悲鳴を上げて男が膝をついた瞬間、レイは一気に間合いを詰め、手にした杖の石突(または魔導書の一撃)と最小限の魔力衝撃を組み合わせて、その急所を的確に叩き伏せた。
ドサリと崩れ落ちる男の音を最後に、大聖堂の広い空間を支配していた殺気と怒号がピタリと止む。
「……ふぅ。これで全員お片付け完了、ってとこか」
転がった黒衣の男たちを見下ろし、レイは男らしい荒っぽい口調のまま息を吐いた。
大聖堂を傷つけず、誰一人死者を出さずに暗殺者集団を全員無力化するという過酷な「縛りプレイ」を、三人は見事にやり遂げたのだった。
大聖堂を包み込んでいた緊張感が引いていくと同時に、それまで息を潜めていた聖職者や修道士たちが、恐る恐る物陰から姿を現し始めた。
「す、素晴らしい……! 聖なる堂宇を傷つけることなく、これほどの賊をひとり残らず鎮圧されるとは……!」
老神父が震える声を上げ、感謝と尊敬の入り混じった眼差しを三人に向ける。
「皆さんに怪我がなくて良かったです。でも、この人たちは一体……?」
リリアは安堵の息を漏らしつつも、足元で冷気と矢に射抜かれて転がっている黒衣の男たちへ視線を落とした。
その表情には、聖職者らしい深い憂慮が浮かんでいる。
「……ただの野良の強盗やならず者じゃないな。全員の装備の規格が揃いすぎている」
エルネストは慎重な足取りで倒れた頭目らしき男へ歩み寄ると、身ぐるみを開いて懐を探った。その手からカチリと小さな金属音が響く。
「レイ、これを見ろ」
エルネストが差し出したのは、黒く鞣された革の紋章だった。
そこには、蛇が剣に巻きついた不穏な意匠が刻まれている。
「なっ……なんだ?この気持ち悪いマークは? どこぞの裏ギルドの刻印か?」
レイは美しい顔を顰め、その紋章を覗き込んだ。
「いや、ただの闇ギルドじゃない。……これは国境付近を荒らしている密教組織のシンボルだ。なぜ彼らが、こんな王都のど真ん中にある大聖堂を狙う?」
エルネストの冷徹な銀色の瞳が、一層険しさを増す。
(……いや待て、なんでこいつそんな国境の裏組織のシンボルまでピンポイントで知ってやがる? ずっと俺たちと一緒に王都をうろついてたはずだよな……? いつの間にそんな裏社会のネットワーク築いてんだよ、どうなってんだよ!怖すぎだろ……っ)
レイが内心で冷や汗を流しながらそんな疑念を抱いていることなど露知らず、エルネストは険しい表情のまま地下礼拝堂の扉へと視線を向けていた。
「大聖堂の宝物庫でも狙ってたんじゃねーの? それか、何か特別な『ブツ』がここに隠されてるとか……」
レイがそう呟いた瞬間、大聖堂の奥――重厚な扉で閉ざされた地下礼拝堂の方向から、微かな「何か」が蠢くような気配が漂ってきた。
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