ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
粉々に打ち砕かれた黒い結晶石の欠片が、不気味な光を失って大聖堂の石床に転がる。
静寂を取り戻した堂内には、三人の静かな吐息だけが響いていた。
「……ふぅ。これで今度こそ、完全にお片付け終了か?」
レイは乱暴な口調のまま息を吐き、足元のSWを解除した。
可憐な美少女の姿でありながら、首を回して肩を鳴らす仕草は完全に前世の男そのものだ。
「油断するなよ、レイ。まだ何が潜んでいるか分からん」
エルネストは慎重な足取りで、結晶石が砕け散った場所へ歩み寄った。
弓を構えたまま、足元に散らばる黒い破片を短剣の先で軽く突いて確認する。
「毒性や呪いの残滓は感じられないよ……。でも、こんな凶悪な魔導具をあんな人たちが持っていたなんて……怖い。」
リリアが聖職者の杖を握り直し、眉をひそめて破片を見つめる。
「普通の闇ギルドの手口じゃねぇな。大聖堂を襲撃したのも、宝物庫狙いじゃなくて……この結晶を使って『何か』を起動させようとしてたんじゃねぇか?」
レイは顎に手を当て、前世のゲーム知識と『エレメンタルマスター』としての直感を巡らせる。
大聖堂の地下深く、先ほど泥が吹き出してきた重厚な扉の向こう側――そこからかすかに漂う異質な魔力に、レイは嫌な予感を拭えずにいた。
「老神父、地下礼拝堂の奥には一体何が封印されている?」
エルネストが大聖堂の物陰で震えていた老神父へ視線を向けると、神父は青ざめた顔で絞り出すように答えた。
「あ、あそこは古の時代より閉ざされた『聖遺物の奉納庫』……。ですが、鍵は代々の大司教様しかお持ちでないはず……!」
「……なるほどな。裏で糸を引いてる黒幕がいるってワケだ」
レイは口元を歪め、ニヤリと不敵に笑った。
前衛と後衛を柔軟にスイッチする圧倒的なプレイスキル、そして頼れる仲間たち――三人ならばどんな陰謀が待ち受けていようと相当な事がない限りは脅威にならない。
……だが、その先にある重苦しい沈黙と異質な魔力の気配は、彼らに「万全を期すべきか」の決断を迫るのだった。
地下礼拝堂の奥――『聖遺物の奉納庫』から漂い続ける異質な魔力を前に、大聖堂内には重苦しい沈黙が降り積もっていた。
「……どうする、エルネスト? このまま突っ込むか?」
レイは顎をさすりながら乱暴な口調で尋ねた。
相変わらずその口遣いは可憐な見た目と著しくかけ離れているが、その瞳には鋭い警戒心が宿っている。
エルネストは冷徹な銀色の瞳を地下へ続く重厚な扉に向けたまま、静かに思考を巡らせた。
基本的にはいつも冷めていて、他人の事情にも興味を示さないエルネスト。
社会人の頃は世渡りとして周囲にそれなりに溶け込んではいたものの、この死と隣り合わせの世界に来てからは無用な慣れ合いを完全に捨て去り、その一匹狼のような鋭さは日増しに増していくばかりだった。
他者への関心を削ぎ落とし、冷徹な生存者へと変貌していく彼の内面において、例外的に執着の対象となるのは――
(……だが、今は状況が違う)
エルネストは横目でチラリと傍らの二人の少女たち――リリアとレイへと視線を送る。
リリアは聖職者の杖を固く握り締め、地下からの気配に毅然と立ち向かおうとしているものの、その肩にはかすかな緊張が走っていた。
(リリアをこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない……)
彼女の安全を最優先に考えたとき、過信やリスクを伴う無謀な突入は排除されるべきだった。そして、もうひとりの少女――レイへ視線を移す。
容姿こそ誰もが目を奪われるほどの美しい黒髪の少女だが、相変わらず口を開けば荒っぽい男言葉が飛び出し、お世辞にも淑やかとは言えない態度で肩を鳴らしている。
(……そして、この変わり者のレイも、無駄に危険に晒す必要はない)
エルネストにとってレイは、いくら男勝りどころではない荒々しい口調だろうと、守るべきパーティーの「仲間」であることに変わりはなかった。
冷徹な思考回路の中で、全員が無事で生還するための「最適解」を弾き出していく。
(地下に潜む敵の規模も、そこで仕組まれた罠の全貌も未知数だ。我々三人――前衛と後衛をフレキシブルに切り替えられる高いプレイスキルがあるとはいえ、完全な前衛はいない。ましてや女二人を連れて閉ざされた地下で無制限の消耗戦を強いられれば足元をすくわれる可能性がある)
そこでエルネストの脳裏に浮かんだのは、別行動をとっている三人の男たちの顔だった。
ノア、バルド――そしてレナード。
基本的に他人に興味を持たないエルネストではあったが、彼らに対しては完全に無関心な「他人」として割り切れているわけではない。
なにせ元の世界で同じギルドの看板を背負い、幾多の死線を共に潜り抜けてきたかつての仲間なのだ。
普段の言動こそ冷めているものの、ノアやバルドのことは「背中を預けられるだけの確かな実力者」として評価していた。
――だが、レナードは別だ。
(……ノアやバルドも、昔から共に戦ってきた腕は確かだ。この世界においてもトップクラスの戦力であり、背中を任せるに足る。……だが、レナードという存在は、その枠に収まらない)
ふと脳裏によみがえるのは、かつて共に過ごした過酷な日々の記憶。
数多のプレイヤーが絶望した極限のレイドボスを単騎で完璧に抱え込み、あるいは二人だけのペアで高難易度の深層ダンジョンを攻略し、死のペナルティによるロスをほとんど出すことなく最前線でレベルカンストまで駆け抜けてみせた――あの異常なまでの安定感と怪物じみたプレイングの数々。
他の誰とも違う、特別すぎる位置にいるその相棒の存在を、あのエルネストがその他大勢と一緒に「三人」で括るなど、最初からあり得なかったのだ。
ふと頭に浮かんだ相棒の背中に、エルネストの胸の奥で微かな澱みが揺れる。
己の胸の内で渦巻く異常なまでの独占欲の正体に気づかぬまま、エルネストはいつもの冷徹な思考の仮面で、そのざわめきを淡々と押し隠すのだった。
もっとも、孤高を好む彼にとって、自ら仲間との合流を選ぶこと自体が異例だった。
だが、それは決して弱気や妥協などではない。
未知の脅威を確実に排除し、彼女たちを無事に生還させるための――最も合理的で確実な戦術的判断にすぎなかった。
「……地下へ突入するのは取りやめだ。万全を期し、レナード、ノア、バルドの三人合流してから動く」
エルネストが静かだが力強い声で告げると、レイとリリアは少し驚いたように目を見張った。
「へぇ……あの『他人に興味ゼロ』のエルネストが、わざわざレナードたちを頼るなんて珍しいこともあるもんだな」
レイは口元を不敵に歪め、からかうようにニヤリと笑う。
相変わらず可憐な顔立ちに不釣り合いな生意気な笑みだが、エルネストは特に気に留める風もなくフンと短く鼻を鳴らした。
「頼るのではない。ギルドメンバーとしての実力を買っているだけだ。……大聖堂の異変は鎮圧したが、地下に眠る『何か』を安全かつ確実に無力化するには、戦力も情報も多ければ多いほどいい。確実にお前たちを無事で生還させられる体制を整えてから叩く――それだけの話だ」
エルネストは表情ひとつ変えずにクールに言い捨てると、愛用の弓を背中に背負い直し、二人に向かって頷いた。
「エルネストさん……はい! それが一番安全で確実な方法だと思います!」
(やっぱりエルネストさん優しい……!)
リリアはパァッと顔を輝かせ、まるでお花畑が背景に見えるかのようなピュアな笑顔で深く頷く。
(ぐぅ……こいつ、こんな気恥ずかしい台詞をよくもまあ恥ずかしげもなく……!)
一方、エルネストの言葉の裏にある照れ隠しと、自分たちを本気で守ろうとしてくれている真意を完璧に察してしまったレイは、顔を真っ赤にしながらそっと視線を逸らして一人で悶絶するのだった。
「エルネストさん、さすがです!」と純粋に尊敬のまなざしを向けるリリアと、「あーもう、こいつめ……!」と顔を押さえるレイ。
二人のあまりに温度差のある反応を、エルネストは「……なんだ、文句あるのか?」と不審そうに見返すばかりだった。
「決まりだな! じゃあ速攻でレナードどもに連絡飛ばして、一網打尽の準備と洒落込もうぜ!」
レイの相変わらず男らしい粗暴な号令とともに、三人は地下奉納庫の扉に厳重な封印結界を施し、頼れるかつての仲間たちとの合流へと素早く動き出すのだった。
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