ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
大聖堂でレイたちが異形を退けていた頃、王都の賑やかな酒場の一角では、いつもの噛み合わないやり取りが繰り広げられていた。
「あっちゃー……俺の前に骨を投げないでよ、バルド! 手が油ギッシュになっちゃうでしょ!」
金髪をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら文句を言っているのは、アークメイジのノアだ。
後衛のくせに真っ先に前線へ突っ込んでは大騒ぎする悪癖はこの世界でも相変わらずで、嫌そうに皿を押し戻している。
「うるせぇな! 冒険者なら肉塊に喰らいついてスタミナつけねぇでどうすんだよ!」
そう怒鳴り返すのはドラゴンナイト(DK)のバルド。
青髪の短髪に圧倒的な巨体を揺らし、豪快に肉を頬張っている。
「やれやれ、二人とも昼間から酒場で大声出さないの。そろそろ軽く腹ごしらえを済ませたら、午後イチの合流に向けて大聖堂へ向かうよ」
呆れたように溜め息をついたのは、ドラム族のギルドマスター・レナードだ。
周囲の視線を避けるようにフードを目深にかぶり、顔立ちや耳を隠しながらも、ドラム族特有の圧倒的な耐久力と壁役としての存在感を漂わせている。
「それにしてもさ、レナード。リリアちゃんとエルネスト、レイちゃんの三人は、朝からいったいどこに行ってるんだろうね〜。ごはんとか食べたのかなぁ? もしかして大聖堂の方に朝から行ってたりして〜」
ノアがふと表情を少し和らげ、窓の外へ視線を向けながら呑気に笑う。
「リリアちゃんが無防備なまま危ない目に遭ってたらどうしよう……。『もう、ノアさんはすぐ突っ込むんだから!』って怒られたいのにさぁ」
「まったく、ノアは相変わらず心配性なんだから……。そんなに慌てなくても、もうすぐみんなと合流できるよ。ただ、いざ合流したときには、君が真っ先に飛び出して周囲を驚かせないように、少しだけ自重してくれてるとボクとしても助かるかなぁ」
レナードはふっと柔らかく微笑みながら、金色の目を細めてノアの肩を軽くポンと叩いた。
「え〜? ボクはただ、みんなの先頭に立って愛を届けようとしているだけなのに〜!」
ノアがケラケラと笑って受け流すのを、レナードはやれやれといった様子で優しく見守る。
「へへっ……まあ、心配すんな。万が一あいつらがピンチになってやがったら、この俺が真っ先に突っ込んで敵を蹴散らし、綺麗に救い出してやるさ……!」
豪快に笑い飛ばしながらも、バルドは分厚い拳をぐっと握り締め、その双眸には前衛としての確かな闘志が宿っていた。
「……バルド、その不敵な笑いの中身がどうせ下らない妄想じゃないかとは思うけれど。まあ、肝心の時に足手まといにならなきゃ文句は言わないよ。君はしっかり槍を構えて前を塞ぎなよ」
「おい、ちょっと待てレナード! お前さっきからノアにはめちゃくちゃ当たりが優しくねぇか!? なんで俺にだけそんなに辛口なんだよ! もうちょっとこう、仲間として優しくしろよ!」
バルドが盛大に顔を真っ赤にしてテーブルに手を突くと、レナードは深めにかぶったフードの奥でフッと涼しげに鼻を鳴らした。
「はぁ? 何を言ってるんだい。事実を述べているだけだし、君みたいな脳筋の扱いはこれくらいがちょうどいいのさ」
「ったくうるせぇやつだな! 肝腎なところだったら壁ぐらいしっかりやるにきまってんだろ! ……っとに、余計な心配しやがって」
バルドがバツ悪そうに鼻を擦りながらそっぽを向くのを、レナードはふっと細めた金色の目で静かに見据える。
「……そうだね。そこだけは、全幅の信頼を置いているよ、バルド」
「っ……!」
意表を突いたレナードの珍しい肯定に、バルドは顔を真っ赤にしたまま「わ、わかればいいんだよ!」と慌ててそっぽを向くのだった。
「まあ、心配はいらないよ。レイの魔法制御とエルネストの狙撃があるんだ。あの三人なら大抵のトラブルは自分たちで片付けてしまうさ」
「だよね〜。あのエルネストが他人に救援を頼むなんて、あり得ないし!」
ノアが笑い飛ばした――まさにその時だった。
レナードの腰元にある通信用の魔導具が、ピピッと静かに鳴り響いた。
「……おや?」
レナードがフードの隙間から手を出して魔導具を取り出し、表示された名前を確認すると、目元を少し驚きに揺らした。
「……エルからだ。大聖堂の地下奉納庫の手前で封印が解けたらしくて、時間的には早いけどボクたちに合流を要請してきてるよ」
「「……は!?」」
二人の叫び声が、酒場の中に大きく響き渡ったのだった。
「ハぁ!? エルネストから……救援要請だぁ!?」
ギルド酒場に響き渡ったバルドの怒号は、周囲の客を一瞬で静まり返らせた。
青髪の巨体を大きく乗り出し、重厚な甲冑を鳴らしながら魔導具を覗き込もうとする。
「嘘だろオイ! あの『他人に興味ゼロ』『一人で十分』を地で行く効率厨の冷血野郎が、俺たちに連絡してきたってのか!?」
「ちょっとバルド、大声出さないでよぉ! 俺までびっくりして喉に肉が詰まるかと思ったじゃん!」
ノアは大げさに喉を押さえながらも、金髪の隙間から覗く瞳をキラキラと輝かせていた。
「ねぇねえレナード、本当にエルネストからなの? 偽物とか怪しい罠じゃなくて?」
「間違いないよ。この暗号鍵はボクたちギルドメンバー専用のものだからね」
フードを目深にかぶったレナードは、深くかぶった縁の奥で口元を優しくほころばせた。
ドラム族の大きな耳がフードの中で嬉しそうにぴこぴこと揺れている。
――その言葉を聞いた瞬間、ノアとバルドの動きがピタリと止まった。
「……は? ギルドメンバー専用?」
ノアが目をパチクリとさせ、信じられないものを見るような目でレナードの手元の魔導具を凝視する。
「ちょっと待てレナード。今、『ギルドメンバー専用』つったか?」
バルドもゴゴゴと不穏なオーラを背負いながらテーブルにぐっと身を乗り出した。
「……うん、そうだよ? 何かおかしなことでも言ったかい?」
レナードが涼しげな顔で首を傾げると、ノアが発狂したような大声を上げて椅子から跳ね上がった。
「おかしいだろ常識的に考えて!!」
「そうだぞオイ! ギルドメンバー専用って言うなら俺たちも持ってなきゃおかしいだろ! なんだそれ、お前ら二人だけでこっそり繋がってるのかよ!」
「えっ? だって、これはボクとエルが緊急時の連絡用に設定した――」
「それもう『ギルド専用』じゃなくて『お前ら2人用(プライベート回線)』じゃねーか!!」
ノアがテーブルをバンッと叩いて絶叫し、バルドも「ふざけんな、なんで俺たちハブられてんだよ!」と盛大に頭を抱えて地団駄を踏む。
「い、いや、別にハブったわけじゃ……。君たちが持っていても、どうせ面倒くさそうにして使わないか、変なイタズラにしか使わないと思ったから、わざわざ登録の手間を省いてあげたんじゃないか」
レナードがれっきとした正論(?)をさらりと言ってのけると、ノアとバルドは「言い訳すんな!」「俺たちを子供扱いしやがって!」とさらに大騒ぎ。
静かなはずのギルド酒場の一角が、一気にコントのような大喧騒に包まれるのだった。
そんな二人の様子をよそに
「そんなことより『時間前だが、大聖堂地下の奉納庫前にて異常事態発生。解けた封印を一時的に凍結にて再封印。地下の罠と規模を考慮し、万全を期すため貴様ら三人の合流を要求する』……だってさ」
「そんなことよりって……ッハ! 『合流を要求する』だと!? 相変わらず素直じゃねぇ物言いだが……要するに『助けてくださいレナード様、バルド様、ノア様』ってことだろ!?」
バルドはだらしなく鼻の下を伸ばし、グッと分厚い拳を握りしめた。
先ほどまでの不満いっぱいの文句はどこへやら、圧倒的な優越感と自信がその胸を満たしていく。
「へへっ! あの孤高のエルネストが、この俺様のドラゴンナイトとしての圧倒的な威圧感と火力を頼りにしてきたってワケだ! 悪くねぇ、最高に気分がいいじゃねぇか!」
「ふふっ、エルネストったら本当は俺たちのこと大好きなんじゃない? 『万全を期す』なんて言い訳しちゃってさぁ!」
ノアもニコニコと嬉しそうに顔を綻ばせ、アークメイジの豪華な袖を翻した。
「それにさ、エルネストがそこにいるってことは……リリアちゃんやレイちゃんも一緒でしょ!? 早く行こうよ! 『ノアさん、助けに来てくれたんですね!』って感謝されちゃうかも!」
「ちょっと待ちなよ二人とも。浮かれるのはいいけれど、あのエルが他人の手を借りる決断をしたんだ。相手は一筋縄ではいかない連中だよ」
レナードは軽妙な毒舌を交えつつも、ギルドマスターとしての鋭い眼光をフードの奥に宿らせた。
立ち上がり、背中に背負った壁役としての装備を確かめる。
「ボクたちが前線でしっかり壁になって、全員無事で帰る。……行くよ、みんな」
「オウよっ! 待ってろよエルネスト! この俺様が直々に助けてやるからな!」
「……遅かったな。なーんて言われる前に速攻で駆けつけちゃうよ〜!」
普段はバラバラな三人だったが、かつて同じギルドの看板を背負い、死線を潜り抜けてきた絆は伊達ではない。
エルネストからの不意の頼み事に胸を躍らせた三人は、風のように酒場を飛び出し、大聖堂へと向かって疾走した。
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