ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
大聖堂の地下へと続く重厚な扉の前――。
周囲に張り巡らせた凍結魔法を維持しながら静かに待機していたレイ、エルネスト、リリアの三人の耳に、地上から慌ただしい足音と賑やかな声が響いてきた。
「来たか……」
エルネストが冷徹な瞳を入口へ向ける。
「おーい! エルネスト〜! 助けに来てあげたよ〜!!」
大叫びしながら真っ先に飛び込んでくるアークメイジのノア。
前衛でもないのに一番手に突っ込んでくる相変わらずの悪癖に、エルネストは露骨に呆れた溜め息をつく。
「……相変わらず騒々しいな、ノア」
「がははは! 待たせたなエルネスト! この俺様が来たからにはもう安心だぞ!」
続いて躍り出てきたドラゴンナイトのバルドが豪快に笑い声を上げ、壁際に立つ黒髪ショートボブの美女――レイを見てニヤリと鼻の下を伸ばした。
「おう、レイ! 相変わらずカッコつけて男っぽい素振り見せてやがるな! まぁ、ネット時代から男のふりして頑張ってきたのは分かってるから、俺たちの前で無理に脱ぎ捨てなくてもいいんだぞ?」
「そうそう! レイちゃんはカッコいいもんね〜!」
アークメイジのノアも軽快な調子で同調し、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらレイの肩を突こうとする。
バルドやノアたちにとって、レイの態度は「男のふりして生きているのだろう」という前提の範疇にあった。
だからこそ、今回のレイがいつものように強い調子で否定してこないことに対しても、「恥ずかしがって照れているんだろう」と勝手に微笑ましく納得し、面白がっているだけだった。
普段のレイであれば、『照れ隠しに突っ張ってる可愛い女の子』にしか変換されねえしな。
説明するのも面倒だ、完全に無視しよう。
とスルーするはずだった。
だが――。
「……ッ」
レイはピクリと肩を跳ねさせたものの、気まずそうに強い力で唇を噛み締めると、居心地の悪さを隠しきれない様子でサッと視線を斜め下へと逸してしまう。
その凛とした美しい横顔には、どこか痛々しいほどの葛藤と苦味が滲み出ていた。
(……くそっ……)
前夜、リリアとの間であれほどの出来事があったのだ。今さら「自分は男だ」なんて口が裂けても言えるはずがない。
そんな真実を明かせば、純粋に自分を信頼し、寄り添ってくれたリリアの心を決定的に傷つけ、彼女との関係そのものを破滅させてしまう。
かつての主張は、もはや彼女を守るために死んでも口にしてはならない「封印された秘密」となっていた。
(……なんだ、今の反応は……?)
その一瞬の沈黙と、レイが見せた異様なまでの動揺。
集まったメンバーたちが「照れているんだろう」と呑気に受け流す中で、ただ一人、エルネストだけがその変化を逃さなかった。
銀色の美しい髪の隙間から覗く、切れ味の鋭い銀色の目元。エルネストの冷徹な観察眼が、じっとレイの横顔を捉える。
(レイの奴……様子が不自然すぎる。いつもなら面倒くさそうな顔で一蹴しているはず。なのに、なぜあんなに苦い顔をして押し黙っている……? )
エルネストの脳内で、レイを巡るこれまでの記憶が急速に巻き戻される。
――脳裏に蘇るのは、以前ゲフェンで出会ったとき、あいつが必死に張り上げていたあの日の言葉。
「だからそのレイが俺だよ!! 転生した時に、どういうわけか身体が女になっちまっただけで――」
「ち、違う! 違うんだリリア! 俺は男だ! 転生した時に、どういうわけか身体が女になっちまっただけで——」
「違うと言ってるだろ!! 俺は元々男なんだよ!!」
(……仮に。あの時あいつが喚いていた通り、その内面や前世が本当に「男」なのだとしたら?)
見た目は誰もが目を奪われるほど可憐な美女。
だが、その身体の奥に宿る精神が男だとして――それが一体何だというのだ。
エルネストの視線は静かに、レイのすぐ隣で無邪気な笑顔を見せるリリアへと向けられた。
リリア。
その名前を胸の中で唱えるだけで、エルネストの胸の奥が焼き尽くされるような熱い痛みを覚える。
彼女の温もりや柔らかさを間近で知るようになってからというもの、その感情は狂おしいほどの「独占欲」と「支配欲」へと変貌を遂げていた。
誰にも触れさせたくない。
誰の視線も浴びせたくない――そう思うのは、ただ隠したいからではない。
自身の作り上げる絶対的な檻の中で、他ならぬ自分だけのものとして完全に従属させ、掌握しておきたい。
(……だが、だからといって)
一瞬、仮にレイが本当に男の魂を持ち、リリアを狙う障害なのだとしたら、その存在ごと檻の外へ放り出すべきかという思考がかすめた。
――だが、すぐにエルネストは冷めた冷笑とともにその可能性を切り捨てる。
そもそも、このレイという異端の存在をギルドに引き入れたのは――他でもない、エルネスト自身なのだ。
最初はその場限りのリリアの相方として終わるはずだった。
だが、あいつが狩りに加わった途端、ドロップ率や効率が異常なまでに跳ね上がるのを目撃した瞬間、エルネストの合理主義が強烈な警鐘を鳴らした。
――「こいつは手元に置かなければならない。絶対に逃がしてはならない」と。
そうして有無を言わさず強引にこのギルドへと縛り付け、自らの管理下に囲い込んだのは自分なのだ。
せっかく自らの手で捕まえた最大の「利得(獲物)」を、くだらない理由でみすみす外へ手放すなどそれこそ最大の損耗であり、絶対にあり得ない。
男だろうが女だろうが、そんなことは本質的な問題ではない。
それに、仮にレイが男の魂を持っていようが、目の前にある現実――「女の身体という絶対的な檻」に縛られている以上、彼が男としての望みをリリアに対して叶えることなど、道理として絶対にあり得ない。
ならば、わざわざ遠ざける必要などない。
自分の手元から一歩も逃がさず、その全行動と認知を丸ごと管理下にねじ伏せて、完璧に囲い込んでしまえばいいだけの話だ。
重要なのは、自分が彼女の周囲において「絶対的な上の立場」に君臨し続けることだ。
リリアにとって不可欠な庇護者であり、あらゆる脅威から彼女を守る絶対的な存在として、その認知の全てを自らの色で塗り潰してしまえばいい。
――レイ。お前がどれほど足掻こうと、築き上げるこの領域の足元にも及ばない。
レイの苦しげな沈黙の理由をその表情から見抜き、自らの絶対的な立場と支配のロードマップを再確認したエルネストは、暗い充足感を胸の内に沈めながら、固く閉ざされた地下奉納庫への重厚な石扉へと再び目を向けた。
「……無駄話はそこまでだ」
エルネストの低い、氷のように冷ややかな声が場の空気を一瞬で引き締めた。
「浮かれている暇はないぞ。地下の奉納庫は、先ほどレイが施した凍結で一時的に閉じ込めてあるが、中の気配は増悪している。仕掛けられている罠の規模も未知数だ」
「おっと、エルネスト様のお説教かぁ? 判ってるっての!」
バルドが強気に笑い飛ばしながらも、大槍を握り直す。
「よし……それじゃあ行こうか」
フードを目深にかぶったレナードが、隙間から鋭い眼光を覗かせ、ゆっくりと前に出た。
ドラム族特有の圧倒的な耐久力を全身に纏い、頼れる壁役として先頭に立つ。
「ボクが前線を押し広げる。ノアとバルドは左右の警戒、レイとエルネストは後方からの火力支援と状況把握。リリアはレイとエルネストの前でバフの維持をお願いするよ」
「はいっ……! 任せてください、レナードさん!」
リリアが力強く頷き、神聖な杖を握りしめて無詠唱支援の準備を整える。
その愛くるしい横顔を、エルネストは背後から絶対の自信と深まる情動を秘めた瞳で見つめていた。
「……開けるよ」
レナードの手が石扉の刻印へ触れると、古代の魔法陣が青白い光を放ち、重厚な音を立てて地下への扉が静かに開かれていった。
奥から吹き抜けてくるのは、冷ややかな湿気と、邪悪な魔力の濃密な匂い。
六人の仲間たちは、それぞれの溢れる思惑と秘めた情動を胸に、暗がりが広がる地下奉納庫へと足を踏み入れたのだった。
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