ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
「みんな気をつけて! 奥層から本命が来るよ……!」
レナードの警告が地下空間に響き渡った瞬間、奉納庫のさらに深い暗がりから、地下の邪気を吸って肥大化した巨大な怨霊群と、漆黒の甲冑を纏った古代のガーディアンが地響きとともに躍り出た。
「ちっ、本命のお出ましってワケか! 渡りに船だ、まとめて蹴散らしてやるぜ! ——『ドラゴニックブレス』!!」
バルドが大きく息を吸い込み、吐き出した灼熱の奔流――『ドラゴニックブレス』が突進してくる古代ガーディアンの巨体を呑み込む。
猛烈な熱風と金属が焼ける激しい音が地下空間に響き渡る。
「痛い痛いよぉ! バルド、敵のタゲがこっちに漏れてるってば!」
「文句言うんじゃねぇ、ノア! 俺様が抑えてるうちに魔法叩き込め!」
「——『オールブルーム』!!」
「……っおい! ノア、もっと下がれ! 前に出すぎなんだよ!」
バルドとの軽口に割って入るように、レイが普段より少し尖った声でノアを叱り飛ばす。
「うぇっ!? どうしたのレイちゃん、急に怖い顔してさぁ……」
ノアが面食らったように声を裏返す。
その反応を見て、レイは(っ……、言い過ぎたか……?)と内心で小さく舌打ちしつつも、引きつる表情を強引に隠した。
その心中にあるのは、エルネストへの拭えない不信感と、戦闘に全く集中しきれない自分への苛立ちからくる焦燥感だった。
ノアの色彩豊かな魔法とバルドの激しい槍撃が乱れ飛び、奉納庫内は暴風と閃光の嵐と化した。
最前線でレナードが盾を掲げて敵の怒濤の攻勢をがっちりと受け止め、後衛陣へと敵を近づけさせない。
「前衛のラインはボクが死守する! エルネスト、 レイ! 奥の怨霊(ヒーラー)を優先して落として!」
「……了解した」
エルネストの声はどこまでも冷ややかで、狂いがない。瞬時に弓を引き絞り、神聖な魔力を込めた矢を放つ。
その隣で、レイもまた指先を交差させ、精霊の力を収束させていた。
(……さっきの違和感……エルネストのあの視線……)
激しい戦闘の真っ最中であるにもかかわらず、レイの脳裏には先ほど感じ取った不気味な感触が焼き付いて離れなかった。
エルネストの完璧すぎる立ち回りと指示。
しかしその背後から醸し出される、圧倒的な「余裕」と自分に対する冷ややかな視線。
(……あいつ、俺が男っぽく振る舞うのを突っ込まれて黙り込んだのを……『図星を突かれて照れてやがる』とでも思ってんのか……?)
(だからあんな、すべてを包み込んでやるような余裕の笑みを浮かべて……っ!)
レイは胸の奥で苦い固形物を呑み込むような心地悪さを覚えた。
違うのだ。
自分が黙り込んだのは、照れてなどいない。
前夜、リリアとの間にあったあの不可逆な出来事——自分を信じ、身体を委ねてくれたリリアの純粋な気持ちを傷つけないため、真実を永久に封印すると心に誓ったからなのだ。
(くそっ……! なのに、あいつのあの目は……まるで俺を『守られる側の弱者』として見下してやがる……!)
レイの指先に込められた魔力が、激しい葛藤と苛立ちによって一瞬大きく揺らいだ。
「レイ、集中しろ。魔法の威力がブレているぞ」
エルネストの低い声が、至近距離から耳元を射抜いた。
見れば、エルネストは完璧なフォームで矢を次々と射ち送りながら、チラリとレイの横顔へと視線を向けていた。
その銀髪の隙間から覗く瞳には、隠しきれない「絶対的な優越感」と「庇護者としてのマウント」が冷たく宿っている。
(……なんなんだよ、その目は……!)
レイの背筋を冷や汗が伝う。
そしてエルネストの視線は、レイのすぐ背後で神聖なバフを維持し続けているリリアへと向けられた。
「リリア。前衛の壁が破れることはない。お前は俺の背中だけを見ていればいい」
「あ……はいっ、エルネストさん! 『クレメンティア』『カントキャンディダス』!」
リリアが健気に頷き、神聖な光をエルネストの全身に注ぎ込む。
その光を纏ったエルネストは、満足そうに口角を僅かに吊り上げ、再び弓を構えた。
(……待て……)
レイの頭脳に、落雷のような衝撃が駆け巡った。
エルネストのあの瞳。
ただの仲間としての保護欲でも、単なる自負でもない。
リリアに向けられた、身を焼くような強烈な「独占欲」と「占有欲」。
そして自分(レイ)に向けられる、冷徹なまでの観察眼と、狂おしいほどに執着を含んだ視線。
(あいつ………………!)
その瞬間、すべてのピースがレイの中で一つに繋がった。
エルネストが自分に対して見せている「庇護してやる」という態度の裏側。
それは、自分が「女の身体」であることを冷徹に見抜き、永遠に『男としての権利を持たない者』として相手にもせず、自分の作り上げる世界の周縁へと完全に追いやってリリアから遠ざけようとする――圧倒的な現実の突き付けだったのだ。
(……あいつ、俺の中身が男で、肉体が女であることを……分かってて、あんは目で……!)
レイの胸の中で、男としての激しい悔しさと、リリアを巡る切ない嫉妬の炎が燃え上がった。
だが——どんなに胸を焦がそうと、今の己の肉体は紛れもない「女」なのだ。
リリアを男として愛し、抱きしめる権利など、自分には一生手に入らない。
(くそっ……! くそっ……!!)
唇を噛み締め、血が滲むほどの葛藤を押し殺しながら、レイは目の前の魔物へ向けて渾身の魔法を解き放つ。
――空間そのものを抉り取るようなレイの激しい念属性の奔流に呼応するように、バルドがさらに気炎を吐く。
「追撃は俺様にお任せな! もう一発、綺麗に丸焼きにしてやるぜ! ——『ファイアードラゴンブレス』!!」
レイの魔法の隙間を縫って、バルドが再び豪快に息を吸い込み、先ほど以上の灼熱の炎を叩き込む。
その猛攻の勢いを借りて、ノアが一歩前へと言葉を紡ぐ。
「——『クライマックス』、『フルスロットル』……ッ!!」
ノアが次々と重ねた極限のバフスキルにより、その魔力が爆発的な勢いで跳ね上がる。
「――『オールブルーム』ッ!!」
解き放たれた絢爛たる火属性の魔法が、地下空間にまるで巨大な炎の花壇が咲き乱れるような極彩色の爆炎を生み出す。
その圧倒的な熱量と衝撃波が、残存していた魔物たちの群れを一網打尽に焼き尽くし、吹き飛ばした。
爆炎が収まると、あれほど吹き荒れていた不気味な魔力の残り香と咆哮は嘘のように静まり返り、空間には静寂と焦げた石の匂いだけが漂っていた。
「はぁ……はぁ……! 見たかオラぁ! 俺様の完璧な二連ブレスとノアの魔法で一丁あがりだぜ!」
ドラゴンナイトのバルドが豪快に槍を肩に担ぎ直し、汗を拭いながら高らかに笑い声を上げる。
「ちょっとバルド、俺のオールブルームが一番効いてたでしょ! 突っ込んだ甲斐があったよ〜!」
「二人とも、倒せたのはいいけれど警戒は怠らないで。奉納庫の奥にまだ何か隠されているかもしれないからね」
ドラム族のレナードが巨大な盾を下ろし、フードの奥から金色に光る鋭い眼光で静まり返った室内を見渡した。
「みんな、怪我はありませんか……? 『ディレクティオヒール』!」
すぐさま駆け寄ってきたリリアが両手を掲げ、溢れ出る聖なる光で傷ついた前衛陣を優しい温もりで包み込んでいく。
「助かるよ、リリア。相変わらず完璧な支援だ」
「ふふっ、レナードさんに褒められちゃいました!」
健気に微笑むリリアの姿を、エルネストは背後から静かに見つめていた。
その銀髪の隙間から覗く瞳には、誰にも邪魔させないという固い決意と、身を焼くような強烈な独占欲が宿っている。
(やはり、俺の目に狂いはなかった……)
エルネストは横目で、肩を荒く上下させながら佇むレイの華奢なシルエットを捉えた。
その背中からは、隠しきれない激しい葛藤と、男としての悔しさが滲み出ている。
先ほどまでの戦闘中、レイが自分の視線や気配に気づき、ハッと息を呑んだ瞬間をエルネストは見逃さなかった。
(どこまで気づいた、レイ……)
エルネストは冷たい瞳の奥で、確かな手応えを感じていた。
自分がリリアに向けている歪んだ情動も、そしてレイに対する執着や庇護の裏に隠された意図のすべてに、あいつが自力でたどり着いたことを。
だが、気づいたところで何ができるというのか。
レイの胸の内にどれほど激しい男としてのプライドやリリアへの切ない想いが渦巻こうと、その肉体は紛れもなく美しく可憐な「女」なのだ。
一生、真の意味で男としてリリアを愛し、抱きしめることなど叶わない。
(――指をくわえて、自分の無力さに絶望していればいい)
エルネストは冷徹な笑みを浮かべ、心の中で冷ややかに切り捨てる。
お前がどんなに抗おうと、この檻の秩序も、リリアの視線の向きも、すべては初めから自分の掌の上で統制されているのだと。
胸の奥を満たす暗く甘美な愉悦。
エルネストは氷のような表情の下で、自らが「檻の外」に立つ絶対者としての支配を完結させ、弓を背に回すと静かに歩み出た。
「……奥の奉納箱を確認する。罠の解除は俺がやろう」
「あ、はい! エルネストさん、気をつけてくださいね!」
リリアが無邪気に声をかけ、その言葉にエルネストはわずかに口角を緩めて頷く。
そのやり取りを、レイはぎゅっと握りしめた拳に爪を立てながら、冷ややかな視線で見つめていた。
(……くそっ……!)
胸を刺すような悔しさと、リリアを奪われるかもしれないという強烈な焦燥感。
だが、どれほど胸が引き裂かれそうになろうとも、自分はリリアに対して「実は男だ」と打ち明けることすらできない。
一度は自分を信頼し、寄り添ってくれた彼女の気持ちを傷つけないため、自分から男としての主張を捨てたと心に誓ったからだ。
(あいつの思い通りにはさせない……。俺が男としてリリアを抱けなくても……あいつの独善から、リリアを絶対に守ってみせる……)
自分の肉体の現実と、男としての自尊心。
その間で揺れる葛藤を秘めたまま、レイは鋭い瞳でエルネストの背中を睨みつけた。
奉納庫の最深部に安置された古代の宝箱に向かって、エルネストが静かに手を伸ばす。
地下の脅威を退けた六人だったが、その中心には、リリアを巡る男たちの秘めたる確執と、深く暗い情動の渦が静かに巻き起こっていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
そしてお気に入り登録してくださっている方ありがとうございます!
何かしらの反応をいただけるととても励みになります。
暫くは毎日7:00と19:00の1日2回のペースで更新していこうと思っています。
よろしくお願いします。