ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
「……トラップの類は仕掛けられていないな」
エルネストが長年にわたる後衛・探索者としての手慣れた手つきで宝箱の解錠を終えると、重厚な金属音が響き、ゆっくりと蓋が開かれた。
中から現れたのは、眩い黄金や豪奢な装身具――ではなく、古びた羊皮紙の書簡と、精巧な銀の装飾が施された一本の鍵であった。
「……鍵と、羊皮紙? 宝箱の中にまた鍵かよ」
バルドが怪しむように身を乗り出し、青髪の頭をかきむしる。
「どれどれ、ボクに見せてごらん」
レナードがレザーグローブを手から外し、慎重に羊皮紙を広げた。
フードの奥の大きなドラム耳がぴくりと跳ねる。
そこには、古代ルーン文字と、比較的新しい暗号筆跡でびっしりと文章が刻まれていた。
「……『プロンテラ大聖堂の奉納庫に封じられし刻印は、王都地下に眠る旧修道院跡への第一の鍵なり』……だってさ」
「王都地下の旧修道院跡……!? 命じられて封印を見に来たら、この大聖堂のさらに奥深くにそんな場所が隠されてたってこと!?」
ノアが驚きで目を丸くし、金髪を揺らしながら叫ぶ。
「ああ。どうやら、ボクたちがこの大聖堂の地下奉納庫で対処した異変は、もっと大きな事件の『入口』に過ぎなかったみたいだね。この書簡の暗号、例の聖職者狩り……いや、それ以上の組織の手口と一致している」
レナードの冷静で重みのある言葉に、その場の六人の表情が一気に引き締まる。
「……地上へ戻り、まずは司祭や聖堂の責任者に報告を入れるぞ。情報と引き換えに、この鍵が指し示す修道院跡についての古文書を探す必要がある」
レナードの冷静で重みのある言葉に、その場の六人の表情が一気に引き締まる。
その背後から突き刺さるような、エルネストの冷徹な視線。
(……くそ、あいつ……!)
レイは血が滲むほど唇を噛み締め、悔しさに握り拳を震わせた。
自分の中身が男であることを隠し、リリアのために耐えなければならないこの状況を、あの男にすべて見透かされているような気味の悪さと焦燥が背筋を駆け抜ける。
だが、当のエルネストからすれば、レイのそんな内面の苦悩など、数ある計算式の一つに過ぎない――。
「よし! 方針は決まったね」
レナードがギルドマスターらしくパンと手を叩き、全員を見渡した。
その指示を受けて、リリアはぱっと表情を明るくさせると――
「ね、行こう、レイちゃん……!」
「……っ!?」
不意に、可憐で甘い声とともに、柔らかく温かな感触がレイの左手をそっと包み込んだ。
ハッと息を呑んで見下ろせば、リリアがピンクブロンドのボブヘアをゆらゆらと揺らし、両手でぎゅっとレイの華奢な手を握りしめ、花がほころぶような無邪気な笑顔を向けていたのだ。
「地上に戻ったら、少し休憩しよ! レイちゃん、さっきの魔法すごかったよ!」
無自覚で、あまりにも無防備な好意の温もり。 手のひらから伝わってくるリリアの体温と柔らかさに、レイの心臓がドキンと大きく跳ね上がった。
(リリア……お前……っ)
自分の中身が男であることを知り得ないリリアからの、純粋で愛おしい手触り。
リリアを傷つけないために「男」であることを永遠に封印したはずのレイの胸奥で、切ないまでの愛しさと、男としての悲しい葛藤が激しく渦を巻く。
(あいつの思い通りにはさせない……! 俺が男としてリリアを抱けなくても、あの冷酷な独善から、リリアを絶対に守ってみせる……!)
胸の内でどれほど激しく闘志を滾らせようとも——その思考の土俵に立っていること自体が、すでにエルネストの張り巡らせた檻の秩序のなかで完全に計算され尽くした遊泳にすぎないことを、レイはまだ知らない。
一方で――その光景を静かに見つめていたエルネストの銀の双眸に、わずかな影が落ちた。
無造作にレイの手を取るリリアの背中を捉えたまま、エルネストは動かない。
その冷徹な瞳の奥で、一体何が計算され、どんな思考が巡っているのか。
外見からはまるで読み取れない。
ただ、許されないわずかな静寂ののち、エルネストの胸の奥で――チリリと、冷たい不快感が波打った。
(……まったく)
弓を握る指先に僅かに力が入り、革の手袋が軋む。
だが、それ以上の言葉が紡がれることはなかった。
氷のように静まり返った無表情のまま、エルネストは視線を逸らし、低く硬い声を落とした。
「……地上に戻るぞ」
エルネストの低く硬い声が、地下空間に冷ややかに響いた。
「オウよっ! 地上に戻ったら、俺様の威圧感で聖堂の奴らをビビらせてやるぜ!」
「よ~し!聖堂のパイプオルガンでも見て落ち着きたいな〜!」
ノアやバルドの賑やかな声を背に受けながら、リリアに手を引かれるようにして歩み出すレイ。
自分に向けられたリリアの無自覚な好意の温もりに胸を締め付けられながらも、レイは固く繋いだその手を離すまいと握り返した。
六人の仲間たちは、地上への階段を登り始める。
光の差す大聖堂の礼拝堂へと続くその足音には、次なる事件への予感と、それぞれの胸の内で燻る――歪んだ執着と冷徹な算段の渦が、深々と刻まれていたのだった。
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