ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
大礼拝堂の奥、荘厳な装飾が施された重厚な扉の向こうで、レナードとエルネストは大聖堂の責任者である高位聖職者と対峙していた。
「……なるほど。地下奉納庫の封印が破られかけていたとは……。補修してくださったこと、深く感謝いたします」
深緑と金の刺繍が入った司祭服を纏った老聖職者は、深く息を吐きながら胸元で十字を切った。
「……これが奉納庫の奥から見つかった書簡と鍵だ」
エルネストが冷ややかな手つきで羊皮紙と銀の鍵を机の上へと滑らせる。
老聖職者は眼鏡の奥の目を細め、羊皮紙に記された暗号とルーン文字を検分すると、みるみるうちにその顔色を蒼白に変化させた。
「これは……『王都地下の旧修道院跡』への鍵……! やはり、噂は本当だったのか……」
「噂、ですか?」
フードの奥からレナードが鋭い声をかける。
「ええ。ここ最近、王都周辺で聖職者や支援魔法を扱う者を狙う怪しげな集団が暗躍しているという報告が入っておりました。噂では、プロンテラが建造される以前の『旧修道院跡』を密かに探索し、古代の禁呪や呪物を掘り起こしようとしている者がいると……」
老司祭は震える手で銀の鍵を握りしめると、重々しく首を振った。
「この鍵が開ける扉の先には、かつて封印された暗黒時代の遺物が眠っています。もしそれが邪悪な者の手に渡れば、王都プロンテラ全体が危機に晒されかねません」
「……その『旧修道院跡』へ入る許可をいただけますか」
レナードの、丁寧でありながら一切の揺らぎのない声が室内に響いた。
「ボクたちのギルドメンバーには、腕の立つ前衛も後衛も揃っています。大聖堂の地下を脅かした連中の目的を突き止め、根絶やしにするには、ボクたちを行かせるのが最善のはずです」
レナードも淡々とした口調ながら、ギルドマスターとしての圧倒的な威圧感を覗かせる。
老司祭は二人をじっと見つめ、やがて覚悟を決めたように深く頷いた。
「分かりました。大聖堂の権限をもって、旧修道院跡への立ち入りと古文書の閲覧を許可いたしましょう。ただし……くれぐれも気をつけてください。あそこは歴史の闇に葬られた、呪われた遺構なのですから……」
手続きと報告を終え、応接室を出たレナードとエルネストは、光の差し込む大礼拝堂へと戻ってきた。
そこでは、長椅子に腰掛けたメンバーたちがそれぞれの時間を過ごしていた。
「あ、エルネストさん! レナードさん!」
真っ先に二人を見つけ、ぱっと表情を明るくしたのはリリアだった。
立ち上がったリリアのすぐ隣には、依然として寄り添うように立つレイの姿がある。
先ほど繋いでいた手こそ解かれていたものの、二人の間にはどこか甘く静かな距離感が漂っていた。
「手続きは完了したよ。次の目的地は、このプロンテラ地下に眠る『旧修道院跡』だ」
レナードが全員に向けて短く告げると、バルドが豪快に拳を打ち鳴らした。
「ハッ! 王都の地下ダンジョン攻略ってワケだな! 腕が鳴るぜ!」
「みんなと一緒なら、俺はどこでもついていくよ〜」
ノアも軽快に笑いながら杖を肩に担ぎ直す。
そんな賑やかな会話の裏で、エルネストの視線は静かに、そして逃さぬようにレイへと注がれていた。
レイの凛とした美しい横顔。
そして、そのすぐ隣で信頼を寄せるように微笑むリリア。
エルネストの胸の奥で、自分の完璧に統制された秩序に生じた誤差に対する、氷のような検閲衝動と歪んだ執着が静かに疼き出す。
(旧修道院跡か……。不確定要素の多い危険な遺構……。だが、あの夜更けの密談ですべての駒の思惑と退路は固定された。明日という実戦の場で、あの崩れかけた秩序を完全に俺の計算式通りに再構築し、連中の逃げ場をすべて塞いでやろう)
エルネストの唇の端に、誰にも気づかれないほど微かな、凍てついた笑みが浮かぶ。
そしてレイもまた、その視線に含まれた冷酷な圧力を正確に感じ取り、黒髪のボブを揺らして激しい対抗心を燃やしていた。
胸の内でどれほど激しく闘志を滾らせようとも——その思考の土俵に立っていること自体が、すでにエルネストの張り巡らせた秩序のなかで完全に計算され尽くした遊泳にすぎないことを、レイはまだ知らない。
大聖堂の応接室を出たレナードとエルネストが戻ると、ロビーで待機していたメンバーたちへ、レナードは真剣な眼差しを向けて告げた。
「――というわけで、次の目的地は王都地下の『旧修道院跡』に決まったよ。準備が出来次第出発だ。地下修道院跡は長年封印されていた危険な遺構だからね。今夜は大聖堂の宿舎でしっかりと装備と消耗品を整え、万全の体勢で挑もう」
ギルドマスターとしてのレナードの指示に、全員が力強く頷いた。
その夜――大聖堂の静謐な回廊。
冷ややかな月光がステンドグラスを通して差し込む中、レイは一人、手すりに寄りかかって夜空を見上げていた。
不意に、後ろから軽やかな足音が近づいてくる。
「レイちゃん……やっぱりここにいた」
振り返れば、ピンクブロンドのボブヘアを月光に濡らしたリリアが、健気で愛くるしい笑顔を向けて立っていた。
「レイちゃん……どうした? 明日に備えてもう寝る時間だろ」
「ううん、レイちゃんが一人で外に出ていくのが見えたから……」
リリアはレイの隣まで歩み寄ると、少しだけ恥ずかしそうに、けれど迷いのない手つきでレイの可憐で華奢な左手をぎゅっと両手で包み込んだ。
「レイちゃん、明日も……私の側にいてね。レイちゃんがいてくれると、私、すごく安心できるの」
無防備で、あまりにも愛おしい好意の手触り。
手のひらから伝わってくるリリアの温もりに、レイの胸がキュッと締め付けられる。
自分の中身が「男」であることを知り得ないリリアからの、純粋で甘く切ない信頼。
リリアの気持ちを傷つけないために「男」であることを永久に封印すると決めたレイは、切なさを噛み締めながらも、その柔らかい手をギュッと力強く握り返した。
「……ああ。お前が望むなら、俺はいつだってお前の側にいる。絶対に守ってやるからな」
「……っ……うん……!」
レイの力強い言葉と握り返しに、リリアは嬉しそうに頬を染め、ぽっと顔をほころばせた。
――だが。
その可憐な二人の姿を、回廊の闇の奥から見つめる冷徹な眼差しがあった。
長弓を手に佇むウインドホーク――エルネスト。
銀髪の隙間から覗くその瞳には、氷のような冷徹さと、逃がさないための歪んだ執着が渦巻いている。
(……………………)
胸の底に自らの秩序の絶対性を刻み込み、エルネストは暗がりの中で静かに弓を引き絞るかのように指先を握りしめた。
翌朝――。
大聖堂の地下深く、長きにわたり封印されていた重厚な鉄の扉の前に、六人の元ギルドメンバーが集結していた。
エルネストの手によって掲げられた銀の鍵が、重々しい金属音とともに解錠の刻印を鳴らす。
扉の隙間から吹き抜けてくるのは、ひんやりとした死気と、暗黒時代の禁忌を匂わせる古びた邪気の風。
「行くよ、みんな。ここから先は、本当の決戦だ」
レナードが先頭で巨大な盾を構え、力強く踏み出す。
バルド、ノア、そしてリリア。
互いの想いと決意を胸に秘めたレイとエルネストもまた、暗闇へと続く階段を見据えた。
王都プロンテラの地下に眠る、深遠なる闇『旧修道院跡』へ――。
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