リリアとエルネストがアルベルタに着いた頃-
「……痛たた……なんだってんだよ、急に湿っぽくなりやがって……!」
大地の冷たさと鬱蒼とした樹木の匂いに目を覚ますと、身にまとっていたのはゲームで愛用していたドラゴンナイトのフルプレートアーマーだった。
「……は? ここ、どこだ……!?」
周囲を見回すと、見上げるほどの巨大樹が立ち並ぶ、あの悪名高い「迷宮の森」だ。
ログアウトしたはずなのにとクソ運営を罵りつつ、何度回っても出口が見つからない。
「ちっ、また行き止まりかよ! この鬱陶しい雑木林、まとめて焼き払ってやるぜ……!」
苛立ちがピークに達したバルドは、愛用の長槍を放り出し、手近に迫ってきたモンスターや大木に向かって勢いよく吠えた。
――【ドラゴンブレス】!!
ゴォォォォォォッッ!!!!
凄まじい高熱の炎が、バルドの口から直接一直線に噴射され、目の前の空間を一瞬で焦土に変える。
「はははっ、どうだ! これぞドラゴンナイトの圧倒的力だ!!」
ドヤ顔で長槍を担ぎ直すバルド。
だが、その背後には「生身の大男の口から直接ドラゴン級の業火が盛大にブシャーーッと噴き出していた」という、物理法則を完全に無視した恐怖の光景が広がっている。
騎乗すべきドラゴンなど影も形もないのだが、本人は自分が「かっこいいスキルを華麗に決めた」としか思っていない。
(ふっ、相変わらず俺のスキルコントロールは完璧だな! ……って、あれ? そういえば、さっきから妙に喉の奥がカラカラして熱いな?)
自分の肉体が龍の炉心と化して直接炎を吐いているという重大なバグには、この時まったく気づいていない。
「よし、この調子でガンガン道を切り開いてやるぜ!」
気合十分で再び口からブレスをチャージし、迷宮の森の奥へ向かって突撃していくバルド。
しかし、丸一日(あるいはそれ以上)迷いに迷い、半泣きで悪戦苦闘した末——頭を使うことを早々に諦め、自慢のタフさと「とりあえず前に進みゃ何とかなるだろ!」という完全なゴリ押し(と生身ブレス)だけで無茶苦茶に茂みを突っ切り続けた結果、彼は偶然にもどうにか鬱蒼とした森林地帯を抜け出すことに成功した。
「ふう……ま、無事に森を抜けたってことは、ここからが俺の独壇場だな!」
こうして、盛大な勘違いと無自覚な怪物じみたパワーを胸に秘めながら、バルドは王都プロンテラへと歩き出すのだった——。
青々とした草木が風に揺れる、見慣れない温暖な土地で目を覚ましたレナードは、ゴソリと頭の上で何かが動いたような感覚に優しく眉をひそめながら起き上がった。
「ん……っ……ここは……?」
周囲を見回すと、そこは見慣れた自室の天井ではなく、石造りの独特な建築物や丸みを帯びた家々が立ち並ぶ見知らぬ異国の集落だった。
あちこちに動物の耳と尻尾を生やした亜人たちの姿が見える。
(……待てよ。この独特な街並み、建物、そしてそこら中に歩いているモンスターじみた生き物って……。ここって、もしかして……ラグナロクオンラインの世界じゃないか……?)
自分がログインしていたお馴染みのゲーム世界にそっくりだと気づき、レナードが驚きに目を見張ったその瞬間だった。
ふと、頭の上でピクッと何かが動く。
「ん……?」 反射的に手で頭の上を触ると、そこにあるはずのない「ふさふさとした柔らかい耳」がぴょこんと生えていた。
さらに、お尻のあたりにも違和感があり、振り返ると黒く立派な尻尾が揺れている。
慌てて自分の手足を確認すれば、手は紛れもない普通の人間の手である一方、足元には靴の上からでもわかる妙な柔らかさと、ぷにぷとした「謎の肉球」の感触まであった。
「は……? え……? なんだこれ……。手は普通なのに、どうして足だけ肉球になってるんだい……?」
身長180センチを優に超え、引き締まった筋肉質な体つきをした黒髪の美丈夫であるはずのレナードは、その場で困惑に包まれた。
戸惑いながらも、レナードは通りかかった愛らしい見た目のドラム族の住民に声をかけ、自分の身体について尋ねてみることにした。
「あの、すみません……。ちょっとお聞きしたいんですけど、ボクのこの頭の耳と、お尻の尻尾、それに足の肉球って……一体どういうことなんでしょうか?」
親切なドラム族の住人は、レナードの姿をしげしげと眺めると、きょとんとした顔でこう答えた。
「なに言ってるのさ、お兄さん。キミ、立派なボクたちと同じ『ドラム族』じゃないか! 手足の感じはちょっと変わった混血かもしれないけど、立派な同胞さね!」
「えっ……? ボクが、ドラム族……?」
人間ベースのつもりでいた自分が、いつの間にかこの世界に存在する猫型の亜人種・ドラム族として転生していたという真実を、レナードはここでようやく理解した。
だが、驚いてばかりはいられなかった。
その親切な住人から、さらに重い忠告を受けることになる。
「ここラザーニャから人間が主流を占めるルーンミッドガッツ王国へ渡るなら、本当に気をつけなさいよ。あっちじゃ、私たちのような亜人は偏見に晒されたり、時には不当な迫害を受けたりすることが少なくないんだから。そのままの姿でルーンミッドガッツ王国になんて行ったら、すぐに面倒な連中に目をつけられちまうよ」
住人の言葉に、レナードは真剣な表情でうなずいた。
(なるほど……王国へ渡るイズルード行きの船に乗るには、この目立つ特徴を隠すために細心の注意が必要ってわけだね)
状況をしっかりと把握したレナードは、優しい笑みを浮かべて礼を言うと、自身の装備や外見の対策に取りかかった。
「ドラム族だということが知られれば、間違いなく面倒な連中に目をつけられてしまうからね。……よし、これならどうかな」
レナードは厚手の深いローブをさらにきつく羽織り、特徴的な黒い猫耳をすっぽりと隠すように大きなフードを深く被り直した。
潮風が漂うラザーニャの港町。
汽笛の音が響き渡る中、イズルード行きの定期船のタラップに足を掛けながら、レナードは遠く離れた王国の中央を見据えて柔らかく微笑んでみせた。
「待っててね、リリア、エルネスト、レイ、ノア、バルド。ギルマスのボクが、今みんなのところに合流してあげるからさ——!」
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これでようやく主要人物が出そろいましたので、今後どう動いているのか楽しみに見ていただけると幸いです。