ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
大聖堂の宿舎が深い静寂に包まれた深夜。
ステンドグラスを透過した青白い月光が、冷たい石造りの廊下に長々と影を落としていた。
自室のベッドの上で、エルネストは天井の一点を見つめたまま、静かに浅い息を繰り返していた。
銀髪の隙間から覗く目元には、普段の冷徹な射手としての冴え渡る光ではなく、底の見えない静謐な暗影が落ちている。
脳裏に交錯するのは、今日一日で見せたレイの不自然な挙動と、荷物のやり取りのときに剥き出しになった異常なまでの尖った敵意だった。
(……あの異様なまでの反発、歪んだ自尊心の向け方……。どうにも、その肉体に収まるべき魂の形とはズレている。……やはり、中身は男か?)
ふと脳裏をよぎったその結論に、エルネストは感情の読めない目を細める。
仮に中身が男の魂だとしても、彼にとってそこに大きな意味はない。
ただ、その歪んだ精神を完全に屈服させ、意図した通りの形へとねじ伏せるための「手順」がわずかに変わるというだけの話だ。
だが、それ以上にエルネストの思考を絡め取るのは、レイが抱えているその「隠し事」そのものではなく、こちらが微塵も意図していない文脈で勝手に逆撫でられ、すり減っていく彼女(彼)の生態だった。
こちらはただ、生存のための最適化を淡々と執行しているに過ぎないというのに、レイは勝手にその網の中で身悶えし、剥き出しの敵意を燃え上がらせている。
(……俺の構築した秩序のなかで、何に怯え、何に勝負を挑んでいるつもりだ)
リリアという絶対の聖域を囲い込むのと同様に、あの不規則に波打つレイの意識すらも、自分の視界と管理の行き届く箱庭の深部へと引きずり下ろさなければならない。
その精神の芯までを完全に解体し、自分の目で見極め尽くさなければ、この胸の奥で冷たく脈打つ澱みは消えない。
静まり返った闇の中で、エルネストはゆっくりと体を起こした。
(……眠れるはずもないか)
冷えた喉を潤し、頭を冷やすための酒でも煽ろうと、エルネストは静かに部屋の扉を開けた。
――ギィッ、と微かな軋み音が回廊に響く。 だが、ほぼ同じ瞬間に、向かいの部屋の扉もまた静かに押し開かれた。
「……っ」
現れたのは、黒髪のショートボブを微かに揺らしたレイだった。
互いに夜着を羽織り、手に小さなグラスや巾着を下げた状態での、完全な鉢合わせ。
薄暗い回廊の中で交錯した二人の視線は、まるで氷と火が激突したかのようにピタリと凍りついた。
レイは一瞬だけ驚きに目を見開いたが、すぐさま苦々しそうに眉をひそめ、冷ややかな防衛の雰囲気を纏い直す。
その瞳の奥には、エルネストの「視線」の真意を見抜いているからこその、激しい対抗心とやり切れなさが渦巻いていた。
(……チッ、よりによってこいつとか……。お互い、考えてることが筒抜けになってるって時に……)
レイが低い声で短く吐き捨てる。
「……お前も、寝付けなかったのか」
エルネストは立ったまま、射抜くような冷徹な眼差しでレイの華奢なシルエットを上から下へとゆっくり見定めた。
(……あの異様なまでの反発、歪んだ自尊心の向け方。やはり、あの肉体に収まるべき魂の形とはズレているな。……中身が男かどうかはさておき、相変わらず扱いづらい規格違いの代物だ)
どんなに精神が鋭く研ぎ澄마されていようと、目の前に立つ肉体は紛れもなく一人の華奢な「女性」なのだ。
その滑稽な不一致を冷ややかに品定めしながら、エルネストは静かに口を開いた。
「……レイ。お前の中身がどうあれ、いまやその身は可憐な『女』だ。こんな深夜に、女が一人で無警戒に部屋を出るのがどういうことか、少しは自覚したらどうだ」
「……っ……!!」
ナイフのように突き刺さる言葉。
だが、それは感情的な説教などではなく、まるで壊れやすい精密機械の取り扱いを冷淡に指摘するかのような、絶対的な管理者目線の宣告だった。
レイは悔しさで血が滲むほど強く唇を噛み締め、ぎゅっと握りしめた拳を震わせた。
反論の言葉を探そうと口を開きかけたが――いまの己の肉体が持つ防衛力のなさ、そして周囲から向けられる危険を身を以て知っている以上、言い返す言葉が出てこない。
(……ぐうの音も出ねえよ……ちくしょう……! こいつの言う通りだってことが、一番腹が立つ……!)
レイは苦々しく息を吐きだし、視線を明後日の方向へと逸らした。
気まずすぎる沈黙と、息の詰まるような摩擦。 このまま背を向けて自室へ戻ることもできたはずだ。
だが――二人とも、胸の奥に渦巻く重い感情と相手への意識を抱えたまま、一人で部屋に閉じこもるにはあまりにも神経が冴え渡りすぎていた。
「……大聖堂の裏手に、夜間も開いている静かな冒険者向けの酒場がある。……行くぞ」
「……あ? なんでお前と……」
「こんな不審で気まずい組み合わせで長話をして、リリアやレナードを起こしたいのか?」
「……っ、チッ……分かったよ」
冷酷なまでに合理的なエルネストの言葉に、レイは苛立ち混じりに舌打ちを漏らし、二人は並んで大聖堂の闇へと踏み出した。
街の喧騒から離れた裏通りの小さな酒場。
カウンターの片隅で、エルネストは苦い麦酒のジョッキを傾け、その隣でレイもまた、見栄を張って注文した麦酒のジョッキを両手で持っていた。
周囲には数人の酔客がいるだけで、店内には静かな弦楽器の音色だけが低く流れている。
互いに無言のままグラスに手を伸ばそうとしたとき、エルネストの冷ややかな銀の目がレイの手元を捉えた。
「……おい」
「なんだよ」
「……お前、いつもはソフトドリンクばかりだろう。そんなものが飲めるのか?」
「は……?」
唐突に投げかけられた冷淡な指摘に、レイは眉をひそめて手を止めた。
エルネストにとってそれは、挑発でも皮肉でもなく、目の前の個体の普段の生態データと照らし合わせて、その行動の矛盾を純粋に指摘しているだけだった。
(っ……! 余計なお世話だ……! 確かに普段からジュースしか飲んでねえよ、酒なんて飲んだことないからな!!何勝手に普段の注文データを脳内にインプットしてやがる……!)
内面で盛大に舌打ちをしながらも、ここで図星を突かれて引き下がるのは死んでもごめんだ。
「うるせー、飲めるよ!」
意地になってジョッキを掴み、勢いよく口をつけるレイ。
だが――想像を絶する麦酒の苦味と炭酸の刺激に、レイの脳内は一瞬で真っ白になった。
(ぐぅっ……にがっ……! なんだこれ、まっず……!!)
盛大にむせ返りそうになるのを必死の形相でこらえ、涙目になりながらもカウンターにジョッキを叩きつける。
そのあまりにも分かりやすい自爆劇を、エルネストは感情の読めない銀の目でじっと見つめていた。
(……ふむ。見栄を張りたい年頃か、あるいはよほど神経が逆撫でられているらしい)
わずかな沈黙のあと、エルネストは小さく息を吐き、カウンターの店員へ軽く手を挙げて別の酒を追加で注文した。
ほどなくして差し出されたのは、色鮮やかな果実酒のグラスだった。
「……無理をするな。飲むならそっちにしろ」
「っ……大きなお世話だ……!」
苦い顔で顔をそむけるレイだったが、見栄が完全に砕け散った手前、差し出されたグラスに手を伸ばす。
毒でも入っているかのように警戒しながら、ほんの一口だけ口をつけてみたところ――。
(……っ。……あ。なにこれ、甘くて……うまい……)
喉を焼いたビールの苦味が嘘のように消え、爽やかな果実の香りとすっきりした甘さが口の中に広がっていく。
思わず瞳を丸くしそうになるのを必死で堪え、レイはふんっとそっぽを向いてグラスを置いた。
「……まあ、飲めなくはないけどさ」
不器用に虚勢を張るその素直じゃない反応を、エルネストは冷徹に、だがどこか底意地の悪い愉悦を孕んだ色素の薄い瞳で見つめていた。
わずかな沈黙のあと、グラスの泡を見つめたまま、エルネストは淡々と口を開く。
「――お前のその中途半端な立ち回り、いつまでそのごっこ遊びを続けるつもりだ」
「……は? いきなりなんだよ」
「以前は何かの冗談かと思っていたが……お前の中身は本当に男だったのだろう? ……男として生きる気概を捨て、か弱い女の肉体に甘んじながら、それでも戦場に立ち続ける。お前は心のどこかで、『女の身体』である自分を言い訳にしている。いつか限界が来たらそれを理由に戦いから身を引き、誰かの陰に隠れて逃げ出す逃げ道を残しているだろう」
「んだと……? 俺の覚悟が生ぬるいって言いてぇのかよ」
突然の指摘に、レイの眉がピクリと跳ね上がり、黒い瞳に鋭い怒りの色が灯る。
胸を抉られるような激しい屈辱と、男としての自尊心が容赦なく踏みにじられた痛みが全身を駆け巡った。
(こいつはいつもそうだ。俺の図星を突いて、プライドをめちゃくちゃに踏みにじってくる……! ……だが)
「俺がどれだけの覚悟でこの身体を受け入れていると思ってやがる……! リリアの信頼を裏切らないためなら、俺のプライドも男としての欲望も全部捨ててやるよ! 生半可な気持ちでこの場にしがみついてるわけじゃねえんだよ!」
吐き出されたレイの切なくも気高い誓い。
己のすべてを殺し、リリアの傍に立ち続ける——。
エルネストはその言葉を待っていたかのように、薄く、冷たく口元を歪めた。
(――乗ったな)
『女としての身体』を理由にレイがどこかへ逃げ出したり、一線を引いて陰に隠れたりする逃避の余地を、この偶然の対話を利用して完全に叩き潰す。
「……なるほど。そこまでの覚悟があると言うのなら――いいだろう。お前がリリアの傍で女として生きる覚悟を持つなら、ついでにその『女』になったお前のことも、俺がリリアと一緒に丸ごと守ってやる」
「は……? なんだと……?」
「男であることを捨てて側に残ると言うのなら……お前は女として、何になろうというんだ?」
(――よく考えれば、こいつは口うるさく言いつつも、今までだって結局は面倒を見てくれていた。守るも何もない、結局いつもと同じじゃねーか。くそ……!)
突然の仕掛けに逃げ場を失い、レイは奥歯を激しく噛み締めた。
男としては隣に立てない。だが、去ることも投げ出すことも絶対にしない。
そして何より、ここで引き下がるのはシャクだった。
「……上等だ。俺は、女として生きる。親友として、リリアが何よりも信頼して心を許す『一番』になってやるよ……! あいつを悲しませるような真似してみろ、容赦なくお前を魔法で丸焼きにしてやるからな」
自らの口で放った、取り返しのつかない決定的な誓い。
(――乗ったな)
レイが「女として生き、親友として一番になる」と自ら口にした瞬間、エルネストの瞳の奥で暗い愉悦が揺れた。
エルネストにとってレイは、単なる邪魔者でも無価値な存在ではない。
リリアを想う真摯な熱量と、戦場で見せる圧倒的な魔法の手腕――その特異な個体としての実力を評価しているからこそ、自分の管理外へ逃がすわけにはいなかった。
『男としては立てない』現実を冷酷に突きつけ、『お前ごと守ってやる』と懐に取り込み、『女としてどうする』と追い詰める。
エルネストに強制されたのではなく、レイ自身の口から「一生傍に残る」と言わせることで、自縄自縛の鎖を完璧に巻かせたのだ。
行動自体は今までと何一つ変わらない。
だが、この「宣言」をさせたことにより、レイはもう二度とリリアの傍から逃げ出すことも、中途半端な距離に退くこともできなくなった。
自ら選んだ「親友」という逃れられない鎖でその身を縛り付け、リリアと一緒に、自分の張り巡らせた檻の中に一生留まり続けるしかないのだから。
「……言われなくても、そんな隙は見せない」
カチン、とグラスが静かに重なり合い、鈍い音を奏でた。
それは和解の盃などではない。レイが自ら逃げ道を塞ぎ、エルネストの冷徹な支配の檻の中へと足を踏み入れた、殺伐とした休戦協定の音だった。
決着がついたあと、レイは気まずそうに視線を逸らしながら、手元の果実酒のグラスを傾けた。
最初のうちは警戒していたものの、口当たりの良さと心地よい甘さにすっかりペースを掴まれ、気づけばグラスはすっかり空になっていた。
わずかな沈黙。
カウンターの木の質感を指先でトントンと軽く叩きながら、レイは気まずそうに、けれどどこか名残惜しそうに視線を横へ滑らせた。
「……おい」
「なんだ」
「……さっきのやつ、もう一杯……飲みたいんだけど」
殺伐とした誓いを交わした直後とは思えない、あまりにも子どもじみた、だが素直すぎる要求。
それを聞いたエルネストは、動きを止め、わずかに目を丸くしたあと――ふっ、と鼻の奥で小さく息を吐いた。
それは冷徹な仮面の下から零れ落ちた、初めて人間らしい、しかしどこか底意地の悪い愉悦を孕んだ薄い笑みだった。
「……ああ。いくらでも奢ってやろう」
「っ、煽ってんのか……!」
苦い顔で悪態をつくレイを放置したまま、エルネストは軽く手を挙げて店員に追加を告げる。
不機嫌そうなレイだったが、結局出された2杯目の果実酒も、美味しいものだからと油断して次々に喉へと流し込んでしまった。
――そして、それが致命的な失態だった。
人生で一度も酒を口にしたことのない レイにとって、甘口のカクテルといえどアルコールの破壊力はあまりにも強すぎたのだ。
酒場を出て夜明け前の冷たい夜風を浴びた瞬間、レイの足元が突然ぐらりと大きく揺らいだ。
「っ……ぇ……?」
さっきまであんなに鋭く尖らせていた黒い瞳が、急速に焦点を失っていく。
頭の芯が熱く溶けたようにぼんやりとし、呼吸をするたびに甘いアルコールの香りが胸の内で波打った。足に全く力が入らない。
その異変に気づいたエルネストが振り返ったときには、レイは平衡感覚を失い、完全に足元を崩していた。
「……おい。しっかりしろ」
すっかり顔を真っ赤に染め、トロンと潤んだ瞳で何かを虚空に呟きながら、レイはふらふらと不安定に揺らぐ。
先ほどまでの「リリアの盾になる」「丸焼きにしてやる」という鋭い牙や反抗心はどこへやら。
アルコールに脳を溶かされたレイは、トロンとした目でエルネストの袖をぎゅっと掴み、ろれつの回らない声で甘えたように呟いた。
「……えるネスと~。……むり、あるけないー……おんぶ……」
「…………は?」
あまりの想定外すぎる言葉に、流石のエルネストも動きをピタリと止めた。
冷徹な管理者の仮面が、音を立てて盛大に……いや、辛うじて崩壊を踏みとどまる。
さっきまで「俺の檻に嵌めた」と冷酷にほくそ笑んでいた男の目の前で、その「檻の主」の服の裾を掴み、トロンと潤んだ目で無防備にしがみついてくるチョロすぎる酔っぱらい。
エルネストはしばし呆然とレイを見つめたあと、小さく頭痛を抑えるように片手で額を押さえた。
そして、静かに息を吐き出すと、低く冷ややかな声を落とす。
「――レイ、よく聞け。お前は二度と酒を口にするな」
「……おいしかったのに……うぅ……鬼……」
すっかり顔を真っ赤にし、呂律の回らない口調でぐずるレイ。
怒涛の反抗期はどこへやら、アルコールに脳を溶かされたその幼児のような有様に、エルネストはもう頭を抱えるしかなかった。
盛大に大きな溜息をつくと、エルネストは観念したように背中を向け、その華奢な体を軽々と引き寄せて背負い込んだ。
「っ……冷た…………」
「少し黙れ。……落ちるなよ」
ぐにゃりと背中にしがみついてくるレイの温もりと、甘い果実酒の香りを背中に感じながら、エルネストは静まり返ったプロンテラの街道を、呆れと底意地の悪い愉悦の混ざった足取りで大聖堂へと歩みを進めていくのだった。
夜明け前の静けさが漂う大聖堂の回廊。
酒場での殺伐とした駆け引きと、退路を断つ冷ややかな決意を終え、二人は足音を潜めて宿舎へと戻ってきた。
互いに言葉を交わすこともなく、氷のような緊張感を纏ったまま自室の前へと戻り、エルネストが自室のドアノブに手をかけた――その時だった。
大聖堂の宿舎が深い静寂に包まれた深夜。 ステンドグラスを透過した青白い月光が、冷たい石造りの廊下に長々と影を落としていた。
酒場での殺伐とした駆け引きと、退路を断つ冷ややかな決意、そして想定外の泥酔劇を終え、エルネストは酔いつぶれてぐにゃりと背中にしがみつくレイを背負ったまま、足音を潜めて宿舎へと戻ってきた。
氷のような緊張感……はとうの昔に霧散し、すっかり「酔っ払いの保護者」と化したエルネストが、レイの部屋の前に差し掛かった――その時だった。
「……ん? あれ、こんな夜遅くにどうしたの?」
不意に、少し離れた廊下の角から、眠たそうに目をこすりながらレナードが姿を現した。
フードを目深にかぶったレナードは、大きな耳をぴこぴこと揺らしながら声をかけ――そこで、エルネストの背中にぴったりと張り付いているレイの姿を認めた瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……エル…………って、えっ? レイ……?」
レナードは丸い目を限界まで見開き、レイのぐったりした様子と服から漂うかすかな酒の匂いに気づいた瞬間、すべてを察したらしい。
「あはははっ! エルが、子どものお世話してる……! あはははっ!」
我慢しきれなくなったように、レナードはその場で盛大に声を上げて笑い出した。
「……レナ。声が大きい」
冷ややかな低音で睨みつけるエルネストだが、背中のレイはぐにゃぐにゃと頭を預けたまま、満足げにうめいている。
「うるせー……えるねすと、さっさとあけろ……」
「あははっ、完全に出来上がってるじゃん! いやぁ、昼間あんなにバチバチにトゲ立ててたレイが、酔っぱらうとこんなになっちゃうんだねぇ。最高に面白いもの見ちゃった!」
お腹を抱える勢いでケラケラと笑うレナードを横目に、エルネストは盛大にこめかみをぴくつかせる。
パーティのギルドマスターとして、二人の歪な関係やエルネストの抱え込んでいる面倒臭さを誰よりも理解しているからこそ、この「完全に手綱を握り損ねているエルネストの姿」がツボに入ってしまって仕方がなかった。
「ふ〜ん、仲良く出かけてたわけだ。明日は本番の危険なダンジョン攻略なんだから、ほどほどにしときなよ?」
「……言われなくても分かっている。……少し黙れ」
わずかにコメカミをピクつかせたエルネストは、レナードのからかうような視線を華麗に無視すると、レイの部屋のドアノブを魔力でガチャリと開け放つ。
「おやすみ、レナ」
「はいはい、おやすみ〜。レイの世話焼き、お疲れ様。お母さん?」
最後に残していったレナードの楽しげなからかいの声を背中に聞き流しながら、エルネストはレイを背負ったまま部屋の中へと滑り込み、バタンと扉を閉めた。
部屋のベッドへと歩みを進め、その華奢な体をぽんと乱暴に投げ出す。
「っ……冷た……」
ベッドの上でぐにゃりと体を丸め、小さく寝息を立て始めるレイ。
その無防備すぎる寝顔を冷ややかな、しかしどこか呆れと諦めの混ざった視線で見下ろしながら、エルネストは深々と溜息をついた。
「……まったく、手のかかる個体だ」
二度と酒を口にさせないための対策を頭の中で冷徹にリストアップしながら、エルネストは部屋を後にする。
自分の部屋へと戻り、静かに扉を閉めた夜の闇の中で、彼は自ら巻かせた「親友」という名の逃れられない鎖の重みを噛み締めつつ、明日へ向けて静かに思考を沈めていくのだった。
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