ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
朝、レイは自室のベッドの上でガバッと飛び起きた。
「――っぐ……頭割れそう……ってか、ここどこだ……?」
昨夜の甘口果実酒の破壊力は凄まじく、レイの頭の芯は今なおズキズキと鈍痛に侵されていた。
周囲を見回し、見慣れた自室の天井を確認してホッと息をついた――その瞬間。
『お前、いつもはソフトドリンクばかりだろう』
『……無理をするな。飲むならそっちにしろ』
『……えるネスと~。……むり、あるけないー……おんぶ……』
脳裏に、津波のように蘇る昨夜の記憶。
酒場で調子に乗って果実酒を飲み干したこと。
足元がぐらついて盛大に潰れたこと。そして何より――一番見られたくなかった、あの冷徹で合理的なエルネストの前で、あろうことか「おんぶ」と甘え倒した記憶。
「……は……? え……? うそ……まっ、待て待て待て待て……!!」
冷や汗が一気に噴き出す。
記憶の糸をたぐり寄せれば、大聖堂へ戻るまでの道すがら、確かにあの高い背中にぐにゃりと張り付いていたような、ふんわりとした温もりの感触まで鮮明に蘇ってきた。
「うわああああああああっっ!!!」
レイは頭を抱え、自分のベッドの布団を思い切り引っ被って盛大に悶絶した。
昨夜、あんなにカッコつけて「リリアの傍で女として生きる」「お前を丸焼きにしてやる」とか殺伐とした誓いを立てておきながら、その直後にこれである。
黒歴史すぎて今すぐこの世界から消滅したくなった。
「……いつまで寝転がっているつもりだ。出発の時間だぞ」
ガチャリ、と容赦なく自室の扉が開き、冷ややかな声が突き刺さる。
すでに完璧に装備を整えたエルネストが、冷徹な銀の目を向けてそこに立っていた。
「っ……! な、なんだよ勝手に人の部屋に入るなっ!」
慌てて布団から飛び起きたレイは、顔を真っ赤にし、気まずさと羞恥心をごまかすように過剰なまでにトゲトゲしい態度で威嚇した。
(くっそ……! 顔合わせづれぇ……! だが、ここで気まずさを悟られたら負けだ……!)
昨夜のおんぶの件には一切触れず、貸しを作ったままなのもシャクだと思い直したレイは、ぶんぶんと荒っぽく頭を振って気を取り直すと、エルネストの前に歩み出た。
「……昨夜は……その、なんだ。勝手に潰れて……迷惑かけたな。一応、礼くらいは言っとくわ。……その、おんぶとか……」
視線を逸らし、顔を真っ赤に染めながら、蚊の鳴くような声でボソッと付け足すレイ。
黒歴史すぎて今すぐ消え入りたいのを必死で耐えながら、どうにか絞り出した精一杯の謝罪だった。
だが――。
「――え、レイちゃん、エルネストさんにおんぶしてもらったの?」
絶妙すぎるタイミングで、別の通路からひょっこり顔を出したリリアが、きょとんとした顔で首をかしげた。
――しまった、まさか自分でバラしてしまった上に、本人に聞かれていたらしい。
「甘えられていいな〜!」
「ちっ違うしっ! 俺はそんなんじゃない!! 甘えてなんかいねーよ!」
瞬間、レイの顔は耳たぶのてっぺんまで真っ赤に染まり、恥ずかしさと絶望で声が裏返った。
「こいついつも正当なことばっかり言いやがって! むかつくんだよ!!」
「そっか。レイちゃん、反抗期なんだ」
リリアは納得したようにふんふんと頷き、まったく悪気のない笑顔を浮かべる。
一方、そんな二人のやり取りを目の前で見せられているエルネストは、毒気を抜かれたように小さく息を吐くと、総じて穏やかな笑みをふっと口元に浮かべた。
(……まったく。本当に、手のかかる反抗期だな)
――そして、その少し離れた柱の陰。
抜群の聴力ですべてのやり取りを最初から最後まで聞き届けていたレナードは、大きな耳をぴこぴこと揺らしながら、ふふっと楽しげに小さく笑みをこぼしていた。
(ふーん、収まるとこにしっかり収まったみたいだねぇ。……っと、あんまりからかいすぎるとレイが本気で爆発しそうだし、この件は内緒にしておいてあげよっか)
すべてを察した上で、あえてその「おんぶ」や「昨夜の泥酔」については一切触れず、レナードは軽やかな足取りでひょいと姿を現す。
「おはよー、二人とも! 朝から賑やかだねぇ」
「……お前、なにか聞いてたのか……?」
びくりと肩を跳ね上げたレイが険しい目を向けるが、レナードはどこ吹く風とばかりにけらけらと笑うのだった。
プロンテラの街を覆っていた朝靄が、東の空から差し込む淡い金色の光に溶け込んでいく。
大聖堂の静謐な回廊には、冷ややかな早朝の空気が満ちていた。
昨夜、酒場で互いに退路を断つ冷ややかな協定を結んだエルネストとレイ。
男としての未練を断ち切り、リリアを守る「最強の相棒」として生きる覚悟を決めたレイ。
その覚悟すらも己の構築する絶対的な庇護の檻へと組み込み、静かに満足感を深めるエルネスト。
互いに甘い妥協を許さぬ者同士、言葉を交わすことはなくとも、刺々しくもどこか互いの実力を認め合った静謐な歩調で二人は礼拝堂へと向かっていた。
そこへ、既に装備を完璧に整えたメンバーたちが集まり始めるのだった。
「ふあぁ〜〜……眠い……。ねえねえリリアちゃん、俺まだ頭が半分寝てるから、喝を入れるバフちょうだい〜〜」
アークメイジのノアが金髪と青いピアスを無造作に揺らし、欠伸を噛み殺しながらリリアの肩へすり寄ろうとする。
「もう、ノアさん! 朝から甘えないの! ほら、『リカバリー』!」
呆れつつも、リリアの手からは無詠唱で眩い神聖な光が放たれ、ノアの全身を優しく包み込んだ。
瞬時に体が軽くなったノアは「は〜〜っ! 脳みそシャッキリ! リリアちゃんのバフは世界一だねぇ!」と能天気に歓声を上げる。
「ガハハ! 俺様も準備万端だぜ! 王都の地下ダンジョン攻略、一発で片付けてやろうじゃねえか!」
ドラゴンナイトのバルドが豪快に胸甲を叩き、金属音を響かせた。
その賑やかな喧騒を、レナードは頼もしそうな笑みを浮かべて見つめていた。
黒髪のドラム族特有の耳をぴこぴこと揺らしながらフードを目深にかぶり、巨大な盾を背負い直す。
「二人とも、相変わらず元気だねぇ。……よし、全員そろったね」
レナードの呼びかけに、メンバーたちの表情が一瞬で引き締まる。
大聖堂の最深部、重厚な彫刻が施された巨大な鉄の扉の前。
老司祭から託された銀の鍵を取り出したエルネストが、静かに鍵穴へと差し込んだ。
重厚な金属音が響き、長年封印されていた扉がゆっくりと、軋みを上げて開かれていく。
――ヒュゥゥ……。
扉の隙間から溢れ出してきたのは、地下特有の湿った冷気と、長きにわたり放置されていた暗黒時代の禁忌を匂わせる古びた邪気の風だった。
眼下に広がるのは、闇の中へとどこまでも深く沈んでいく石造りの階段――『旧修道院跡』。
「行くよ、みんな。ボクが先頭でタゲを取るから、陣形を崩さないでしっかりついてきて」
レナードが巨大な盾を構え、一番槍として暗闇の階段へと力強く踏み出していく。
そのすぐ後ろで、エルネストはごく自然な動作でリリアの横に寄り添うと、低い声で囁いた。
「リリア、絶対に俺の側から離れるな」
「あ……はいっ、エルネストさん!」
リリアが無邪気に頷き、二人はしっかりと呼吸を合わせて階段を下り始める。
そして、そのすぐ後ろから二人の背中を見つめるレイ。
黒髪のショートボブを微かに揺らし、指先に精霊魔法の気配を漂わせながら、レイは静かに己の胸に手を当てた。
(……男として名乗り出ることや、あいつを力づくで抱きしめることは諦めた。だが……この胸の奥で静かに燃え続ける恋心まで捨てる必要はねえ……)
男だから愛するのではない。
この身体が女になろうと、どんな関係になろうと、リリアという一人の存在を愛おしく思い、恋い焦がれる気持ちそのものは絶対に偽りではないのだから。
(俺のこの溢れる想いは、あいつを傷つけない形で……世界中の誰よりも近くで彼女の笑顔を守り抜く『強さ』に変えてやる……!)
恋心を押し殺すのではなく、リリアを守り抜く秘めたる糧へと変えたレイの力強い眼差し。
先を行くエルネストは、背後に感じるその気配を捉えながら、微かに口角を上げた。
(――いいだろう、レイ。その不格好に拗らせた執念が、どこまで俺の計算を狂わせずに持つか……たっぷりと見極めてやろう)
二人の男の交錯する情動と不退転の決意、そして六人の不変の絆を乗せて。
王都プロンテラの地下に潜む深遠なる闇へ向けて、壮絶なる攻略が、いま静かに幕を開けたのだった。
どこまでも続くかと思われた地下階段を商人のランタンの灯りのみを頼りに下りきると、目の前には想像を絶する広大な地下空間が広がっていた。
苔むした重厚な石造りの回廊と、無数に張り巡らされた古代のルーン刻印。
ひんやりとした湿気とともに、異臭を放つ不気味な気配が暗闇の奥から這い寄ってくる。
「……みんな、止まって。来るよ!」
先頭を進むレナードが足を止め、背中の巨大な盾を滑らかな動作で前面に構えた。
その声を合図にするように、暗闇の天井や石柱の影から、赤い眼光を怪しく輝かせた大量の異形が姿を現す。
長年の封印によって歪んだ古代のアンデッド群と、邪気に浸食された巨大な魔物の群れだ。
「へっ、待ちくたびれたぜ! この俺様の『ドラゴンブレス』で丸焦げにしてやる!」
バルドが闘気を爆発させ、前線へと躍り出る。
灼熱の炎が激しい咆哮とともに解き放たれ、暗闇を一瞬で鮮やかに照らし出した。
「わわっ、バルド焦りすぎ! 俺もまとめて吹き飛ばしちゃうからね! 『ディストラクティブハリケーン』!」
ノアが杖を振りかざすと、巻き起こった圧倒的な暴風の渦が群がる敵の身体を激しく引き裂いていく。
「二人とも、調子に乗って前に出すぎるんじゃないよ! タゲが散らばるだろ!」
レナードが呆れたように毒を吐きつつも、完璧なタイミングで不可視の弾丸のごとき『マタタビランス』を放ち、溢れ出た敵のヘイトを余すことなく自身の巨大な盾へと引きつけ直す。
圧倒的な壁役としての手腕だ。
そして、その乱戦を後方から静かに、だが完璧な精度で支配する二人の男がいた。
「……右奥のパワフルAスケルトン数体、詠唱に入っている。消すぞ」
エルネストが弓を引き絞る。
解き放たれた数本の矢は空中を滑るように走り、寸分の狂いもなく遠術型の敵の急所を穿った。
「言われなくても、左の群れは抑えてある!」
レイが冷ややかな一閃のような視線を滑らせ、指先を高く掲げる。
「——『コンフラグレーション』!!」
瞬間、地下回廊の空間を焼き尽くすような苛烈な紅蓮の炎陣が広がった。
荒れ狂う炎の旋風と爆炎の渦が押し寄せるアンデッド群を呑み込み、一網打尽に焼き払っていく。
火炎に包まれた古代の屍たちが絶叫とともに灰燼へと帰していく、息の合った圧倒的な後衛連携。
「——『ディレクティオヒール』!『アスムプティオ』!『クレメンティア』! 『カントキャンディダス』(以下略)!」
そして戦場の中央で、可憐なピンクブロンドのボブヘアを揺らしながら祈りを捧げるのはリリアだ。
無詠唱で放たれる神聖なバフと光のオーラが、絶妙なタイミングで前衛のレナードやバルド、そして後衛のエルネストとレイの全身を包み込んでいく。
一瞬の隙すら与えない、超一流の純支援(カーディナル)としての立ち回り。
(……やっぱり、すごいな、リリアは……)
魔法を解き放ちながら、レイは前方で舞うように戦うリリアの可憐な横顔を瞳に焼き付けた。
どんなに恐ろしい魔物を前にしても、仲間を信じて完璧な支援を送り続ける彼女の強さと健気さ。
胸の奥でふつふつと湧き上がる愛おしさに、レイの胸が熱く締め付けられる。
(俺はこの身体になろうと、どんな立場になろうと……この圧倒的な火力でお前への脅威をすべて撃ち払ってみせる……!)
秘めたる恋心を魔法の威力へと変換するように、レイの手からさらに絶大な魔法陣が展開された。
「……良い手際だ、レイ」
隣で弓を番え直したエルネストが、振り返ることなく低い声で呟く。
その瞳には、レイの並々ならぬ実力を誰よりも評価しているからこその冷ややかな悦びと、後衛を共に統率する射手としての鋭い光が宿っていた。
「……フン、当たり前だ。お前こそ、リリアに手出しさせようもんならタダじゃおかねえぞ」
「誰に言ってるんだ。言われずとも、一歩も通さない」
二人の男の交錯する情動と不退転の絆が、古代の暗闇を鮮やかに切り裂いていくのだった。
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