ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
幾重にも重なる死闘の末、押し寄せるアンデッドの群れをどうにか押し返した六人の足元には、静まり返った石造りの回廊が続いていた。
激しい戦闘の余韻と焦げ臭い硝煙の匂いが立ち込める中、先頭を行くレナードが周囲を警戒しながら足を止める。
「……みんな、少し息を整えて。ここから先は、さっきまでの雑魚とは格が違う気配がするよ」
レナードの言葉に、バルドが荒い息を吐きながら大剣を担ぎ直した。
「へっ、上等だぜ……! 丸焦げにしてやるよ、『ファイアードラゴンブレス』!」
バルドが放った灼熱の炎が群れを呑み込んだ――が、次の瞬間、彼は目を見開いた。
「なっ……嘘だろ!? 俺のブレスをまともに浴びて、一発で落ちないどころかピンピンしてやがる……っ!」
「あれぇ、耐久値がおかしいね~。でも無駄撃ちはナシだよね……!――『オールブルーム』!」
ノアは先ほどの教訓を活かしてレナードの後ろにピタリと陣取り、やれやれといった風に軽く杖を振るう。
最大火力を叩き込むような無駄な魔力消費はせず、目の前の群れの耐久力を一瞬で見極めた上で「確実に倒しきれる最小限の魔力」を正確に練り上げる。
展開された幾重もの魔法陣から、敵の足元を起点として鮮血の毒花が咲き誇るように真紅の炎が次々と開花した。
派手な見た目とは裏腹に、極限まで無駄を削ぎ落とされた最適解の火力。
美しくも残酷な炎の華が、しぶとい不死者たちの急所を的確に穿ち、一網打尽に塵へと変えていく。
だが、それでもなお倒れきらない巨躯の群れに対し、バルドは獰猛な笑みを浮かべた。
「上等だ、それなら肉弾戦で引き裂いてやらあ!」
ノアの『オールブルーム』が巻き起こした真紅の炎の華と、自らが放ったブレスの余熱が混ざり合い、周囲一帯は皮膚を焦がすような凄まじい灼熱地獄と化していた。
常人であれば熱気だけで呼吸すらままならないその過酷な熱の只中へ、バルドは全く臆することなく、むしろ高揚した足取りで直接躍り出る。
灼熱の余韻と暴風が吹き荒れる敵陣を圧倒的な熱量で踏み荒らしていくバルド。
その姿はまさに暴威そのものだったが――あまりに熱気を無視して突撃しすぎたその背後、天井の巨大な石柱の影から、不気味に蠢く大型の邪悪な召喚獣がぬっと姿を現した。
容赦なく巨腕を振り上げ、無防備なバルドの背後へと襲いかかろうとした、その時。
「——させるかよ!」
レイがすかさず指先を滑らせ、精霊の力を収束させる。
「――『アースグレイブ』!」
敵の足元の石畳から巨大な岩の槍が突き出し、バルドの背後を狙っていた巨体の動きを強烈に突き上げて体勢を盛大に崩させた。
「ナイス~!!レイちゃん!」
ひょいと飛んできたノアの軽い声援を、レイは右から左へと涼しく受け流す。
そして、油断していた当の本人へとすかさず鋭い視線を飛ばした。
「前ばかり見てんじゃねえ、バルド! 背中がガラ空きだ!」
「わりい! 助かったぜ、レイ!!」
バルドが豪快に笑いながら大剣を振るい、崩された敵の懐へさらに踏み込んでいく。
冷静にツッコミを入れながらも、レイの目線は素早く全体の戦況を分析していた。
レナードは自身へと大量のモンスターのターゲットを引き付けつつ、隙のない動きでバルドに鋭い指示を飛ばす。
「バルド!取りこぼしそうな死角からやってくる奴のタゲを拾って、後ろに流さないように 頼むよ!ノアはバルドが持ってるタゲを中心に落として行ってくれ!」
「おう、任せな! 片端から叩き潰してやるぜ!」
「おっけ~! サクッと範囲魔法でお掃除しちゃうね。『クライマックス』!『フルスロットル』!」
ひらりと身をかわしたノアは、自身の魔力を極限まで高めるバフを重ねがけしつつ、間髪入れずに右手で術式を走らせる。
「バルドの隣は流れ弾が怖そうだからね。念のため、『エナジーコート』に……足元は『セーフティウォール』っと」
青年の身体の周囲に淡い魔力の膜が張り巡らされ、さらに足元には、ふわりと淡いピンク色の光を放うオーラのような障壁が幾重にも展開される。
万が一の被弾や不意打ちすら完全にシャットアウトする鉄壁の守りを固め、ノアは妖しく輝く杖をふわりと構え直すのだった。
前衛のレナードが盤石のヘイトコントロールで中央の敵を『うずくまる』と『マグロシールド』で固めつつ、時折自身のHPが削れれば『大トロ』で即座に立て直しながら完全固定し、ノアとバルドが遊撃。
後方ではリリアが一切の隙を見せず、前衛たちの体力を『ディレクティオヒール』で完治させながら、バフの切れ目を一秒たりとも作らず維持し続けている。
(……完璧な陣形だ。だが、この修道院跡の邪気……嫌な予感がする)
その予感は、一瞬の過ちとともに的中した。
「あっ……!?」
前衛への神聖バフをかけ終え、僅かに後ろへ踏み出そうとしたリリアの足元。
崩れた石畳の小さな窪みに足が引っかかり、彼女は「きゃっ」と可憐な悲鳴を上げてバランスを崩してしまった。
「リリア……!?」
レイが咄嗟に手を伸ばそうとした——まさにその瞬間。
頭上の暗がりから、リリアの無防備な隙を狙って一直線に滑空してきた黒い影があった。鋭い爪を剥き出しにした暗殺型のガーディアンだ。
「——伏せろ!」
影よりも疾く駆け抜けたのは、エルネストだった。
間一髪、倒れかけたリリアの腰を抱き寄せるようにして引き寄せると、己の身を滑り込ませて彼女を庇い込む。それと同時に、至近距離から弓を引き絞り、解き放つ。
——ドスッ!!
至近距離から放たれた一撃は、襲いかかってきたガーディアンの頭部を正確無比に貫通し、石畳の上に肉塊となって崩れ落ちた。
「あ……え、エルネストさん……っ! また助けてもらっちゃって……!」
エルネストの胸の中で、息を荒らげながら顔を赤らめるリリア。
エルネストは腕の中に収まる可憐で柔らかな体温を噛み締めながら、優しく、しかし確固たる力加減で彼女の体を支え起こした。
「怪我はないか、リリア。……言ったはずだ、俺の側から離れるなと」
「は、はい……すみません……っ」
冷徹な声の奥に潜む、甘くドロリとした深い庇護欲と独占欲。
(――チッ)
コンマ数秒、レイの反応が遅れたこと。
そして土壇場で女を抱き留め、その身を盾にして守り抜いたのが自分ではなく彼だったという事実。
言葉すら交わされないからこそ、その冷徹なまでの実力差がレイの皮膚をひりつかせる。
突きつけられた現実の重さに、レイはぎゅっと握りしめた拳に力を込め、激しい熱さを孕んだ黒曜石のような黒い瞳でエルネストの背中をまっこうから射返した。
(……けっ、相変わらず隙がねえ奴だ。だがな……!)
胸の奥で燃える恋心と、自分だけの「覚悟」。
レイは苦笑いを噛み殺すように口角を微かに上げると、魔法陣を指先に集束させ、エルネストの背後に迫っていた二匹目のガーディアンへと射ち放った。
「言われなくても分かってんだよ……! だからこそ、お前の背中は俺が守ってやる!」
激しい魔法の威力が影を吹き飛ばす。
押し寄せるガーディアンとアンデッドの群れを破り、六人はついに旧修道院跡の最深部——かつて古代の禁忌の儀式が行われていたとされる大祭壇へと到達した。
広大な円形の間を埋め尽くすのは、青白い鬼火の揺らめきと、ぞっとするような重苦しい冷気。
「……みんな、気を引き締めて。ここがこの地下ダンジョンの最奥だよ」
レナードが巨大な盾を構え直し、静かに注意を促す。
その視線の先——崩れかけた祭壇の前に、黒い法衣を纏った一人の男が佇んでいた。
王都プロンテラの裏で暗躍していた教団の幹部であり、今回の異変の引き金となった首領だ。
「……フハハ、ここまで辿り着くとはな。だが、遅すぎたのだ!」
首領が杖を掲げると、大祭壇の床に張り巡らされた古代ルーンが赤黒く光り輝き、大地が激しく揺れ動き始めた。
血のような霧の中から姿を現したのは、巨木をもしのぐ漆黒の巨躯と無数の眼球を持つ、古代の超大型魔獣——『異形の邪神』の影だった。
「ひっ……! なにあれ、見たことない!すっごく大きい……!」
リリアが息を呑み、思わず後退りする。
「全員、持ち場につけ! タゲはボクが固定する!」
レナードが軽やかな跳躍とともに敵の懐へと飛び込み、盾を地面に叩きつけて邪神の注意を一手に引きつける。地響きのような咆哮を上げて振り下ろされる邪神の巨腕。
だが、レナードは一歩も引かない。
迫り来る絶望的な質量を前にしてなお、その顔に浮かぶのは険しさではなく、いつもの穏やかで余裕に満ちた笑みだった。
まるでお茶の間にでもいるかのような落ち着き払った表情のまま、レナードの巨大な盾が火花を散らしながら――それすらも危なげなく、完璧に受け止めてみせる。
化け物の膂力を真正面からいなすその背中は、圧倒的な安心感を放っていた。
「よし、今だ! 叩き込め!」
バルドの『ファイアードラゴンブレス』の灼熱の炎と、ノアの『クリムゾンアロー』の燃え盛る巨大な紅蓮の矢が、異形の邪神の巨躯を容赦なく苛む。
だが、邪神の皮膚は硬く、受けた傷も即座に再生していく。
さらに、邪神の周囲から放たれる広範囲の呪いと衝撃波、そして脳髄を直接揺さぶるようなマンドラゴラハウリングの絶叫が前衛陣と後衛の思考を激しく蝕み、容赦なく体力を削り取っていく。
「——『ラウダラムス』!『クレメンティア』! 『ディレクティオヒール』!」
すかさずリリアの無詠唱・高速支援が放たれ、マンドラゴラハウリングの精神衝撃で混乱しかけていたパーティの意識と、崩れかけた前衛の体力が一瞬で完治・正常化していく。
絶妙なタイミングと途切れない神聖光の連鎖。仲間たちの状態異常が完璧に拭い去られた、そのコンマ数秒後――。
空間の魔力が急激に歪み、頭上の闇が底知れぬ赤熱へと染まった。
「――っ、来るぞ!」
エルネストの鋭い警告と同時に、邪神が天を仰ぎ、さらに巨大な魔力を収束させる。
頭上の暗雲を焼き払うようにして出現したのは、漆黒の炎を纏った無数の巨大な隕石だった。
『メテオストライク』――着弾すれば、この修道院跡ごとパーティー全員が蒸発しかねない圧倒的な絶望の豪雨。
だが、怯む暇などない。
「——『ランドプロテクター』!」
レイが声を張り上げると同時に、大地を穿つように複雑な魔法陣が瞬く間に拡張した。六人全員の足元をすっぽりと覆い隠すように展開された虹色の不可侵領域。
直後、頭上から降り注いだ数多の巨大隕石が、その障壁に激突した。
轟音とともに周囲一帯が爆炎と衝撃波に包まれるが、『ランドプロテクター』の絶対的な加護の前には、邪悪な魔法効果も物理的な大爆発もすべてが無効化され、足元の一歩すら揺るぐことはなかった。
煙が晴れ、未だ熱を帯びる空間の中で、エルネストは一瞬だけ目を細め――微かに、しかし確かな歓喜の色をその冷徹な双眸に宿した。
流石だな、と言外に告げるような鋭い視線がレイを捉える。
「……っ、!」
向けられた無言の称賛に、レイは心臓を跳ね上げられるような衝撃を覚える。
(――チッ、なんだよその目は……! あいつに認められたみたいで、腹立つのに……っ!)
込み上げてくる妙な気恥ずかしさと、隠しきれない高揚感を必死に押し殺し、レイはわざと荒々しく息を吐き出す。
顔に出さないよう奥歯を噛み締めながらも、胸の奥底では、あのエルネストを唸らせたという事実が確実に熱い火をつけていた。
敵の最大技を完封したその硬質な空気のまま、エルネストは冷徹に弓を構え直した。
「いくぞ、レイ!」
エルネストが弓を極限まで引き絞る。
「——『集中力向上』『トゥルーサイト』『フルスロットル』……『カラミティゲイル』!!」
瞬間、エルネストの全身から吹き荒れたのは、周囲の空間すら歪める漆黒の災厄の嵐だった。
知覚の限界を焼き払う神聖なる暴風を弓に束ね、冷たい殺意とともに引き絞る。
「言われなくても、合わせる!」
レイもまた、全精霊の力を指先に集束させ、極限の魔法陣を展開した。
「合わせるぞ、レイ——『クレッシブボルト』!!」
「——『エレメンタルバスター』!」
限界突破した威力の矢の嵐と、空間を寸断する巨大な魔法の波動が同時に邪神の急所へと着弾した。
爆発的な衝撃が広場を揺らし、再生が追いつかなくなった邪神の巨躯が、断末魔の悲鳴とともに赤黒い粒子となって崩れ去っていく。
「バ、バカな……! 邪神の力が……落とされるだと……!?」
暗黒の果て、常人の目には影にしか映らないはずのその空間を、研ぎ澄まされた知覚で完全に捉えていたエルネストの放った一本の矢が、逃走経路を正確に予測するかのように彼の足元を容赦なく穿った。
どこに逃げようとも、この男の視線と殺意から隠れる場所など最初から存在しない。
背筋が凍るような全知全能の気配に、首領は絶望に顔を引きつらせながら、たまらずその場にひざまずいた。
激しい戦いが終わり、大祭壇に静寂が戻る。
首領の身柄を拘束したレナードたちが周囲を調査する中、崩れかけた祭壇の影から一冊の古びた革装丁の手記が見つかった。
首領が残した教団の記録文書だ。
「ねえ、エルネストさん……その手記には何が書いてあるの……?」
リリアが不安そうに顔を覗き込む。
エルネストが手記をめくり、そこに記された暗号化された文章を解読していくと、その目元が徐々に険しさを増していった。
「……この王都地下の異変は、単なる教団の暴走ではない」
エルネストの低い声が静かな広間に響く。
「手記によれば……ルーンミッドガッツ王国全土、いや、この世界そのものを歪めている『次元の亀裂』が存在する。教団はその亀裂から漏れ出る邪気を利用して魔物を呼び出していたに過ぎない」
「次元の亀裂……? それって、俺たちがこの世界にやってきた原因と関係があんのか……? ていうか、ROの『次元の狭間』とかと何か繋がってたりすんのか?」
レイが腕を組み、真剣な眼差しで手記を覗き込む。
だが、手記の端々に記された魔力制御の特異な術式や、暗号化された物資搬入の記録を見たエルネストの双眸が、氷のように凍りついた。
(……教団の仕業、か。周囲の人間はそう思い込まされているが……愚かしい)
狂信者たちは自分たちが世界を救う、あるいは混沌に導く「選ばれた存在」だと信じ込んでいる。
だが、その実態は――もっと別の、高度で冷酷な何者かが『次元の亀裂』のエネルギーを利用するため、この地下を実験場に見立てて彼らに技術を与え、使い捨ての捨て駒として泳がせていただけに過ぎない。
(自らを生体実験のモルモットとも知らず、神の奇跡に酔いしれているとはな……。だが、背後で糸を引いているのは一体どの勢力だ?)
世界の理を歪める次元の亀裂を狙い、水面下で静かに牙を研ぐ「別の手配師」の気配。
その真相の糸口を、この場にいる誰よりも早く、正確に嗅ぎ取っているのは自分一人だけだという冷徹な優越感を胸の奥に沈め、エルネストは気配を微塵も表さずに仲間たちへと言葉を続ける。
「――おそらく、この世界全般に散らばる歪みを解き明かさない限り、根本的な解決にも、自分たちが元の世界へ戻る手掛かりを得ることもできないだろう」
表向きの「教団の暴走」というミスディレクションの裏で、より巨大で得体の知れない闇の存在を確信したエルネストは、冷めきった瞳の奥で、自身の繋ぎ止めであるリリアの姿を静かに見据えるのだった。
だが、その心の奥底では――冷めきった冷徹な自嘲が渦巻いていた。
(……元に戻る、か)
『カラミティゲイル』の効果、『アンリミット』で知覚の限界を焼き払い、日常的に命のやり取りを重ねるうちに、自分の内側から「まともな人間だった頃の感覚」が確実にすり減っていくのを、エルネスト自身が一番よく知っていた。
常人では耐えられない過負荷を平然と受け流し、狂気的なまでの執着を隠し持つ今の自分が、あんな平和な元の世界に帰ったところでまともに暮らせるわけがない。
戻る気など最初からない。
ただ、この世界で自分の手で因果を断ち切り、すべてを掌握し尽くすこと以外に、今の彼をつなぎ止めるものなど存在しなかった。
そんな彼の心とは裏腹に、エルネストの言葉に六人は静かに顔を見合わせ、頷き合った。
大聖堂地下の禁忌を討ち払った一行。
しかし、彼らの前に示されたのは、このルーンミッドガッツ王国全体を巻き込むさらに壮大な旅の始まり——新たなる扉だった。
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5章からは毎日7:00の1日1回のペースで更新に変更いたします。
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