ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
地下祭壇の最奥を包み込んでいた禍々しい気配が消え去り、静けさを取り戻した空間に、松明の橙色の光がゆらゆらと揺れていた。
首領の手から押収した手記や資料を検分していたエルネストは、手記の最後のページを閉じると、静かに息を吐き出した。
「これで、王都プロンテラの直下に蠢いていた教団の拠点は完全に叩き潰した……が、問題はここからだ」
「手記にあった『次元の亀裂』……だよね?」
レナードが巨大な盾を背中に背負い直し、腕を組みながら真剣な面持ちで尋ねる。
「――ああ。プロンテラ地下の歪みは、王国全土に発生している巨大な亀裂のほんの一端に過ぎないらしい。手記の記述を見る限り、次なる歪みの中心地は――王国全土に留まらない」
エルネストが手記を皆に見せながら続ける。その言葉に、レナードが手元に持っていた別の調査資料を重ね合わせた。
「……そうだね。手記の記述を合わせると、シュバルツバルド共和国との国境沿いにある国境都市アルデバランの周辺で、深刻な次元の歪み(裂け目)が観測されている」
レナードのその真剣な眼差しに、エルネストもわずかに目を細めて頷く。
「あそこの大型図書館や時計塔の機構なら、王国全土の亀裂や、ボクたちが元に戻るための手がかりも含めて、何か知っている可能性が高い。――次に向かうべきは、国境都市アルデバランだね」
「アルデバラン……!ってことは、時計塔のある街だね! どんどん本格的な旅になってきたねぇ」
ノアが金髪の横髪と青いピアスを揺らしながら杖を肩に担ぎ、どこか楽しそうに口元をほころばせる。
「それじゃあ、さっそくルートを確認するか。アルデバランへ行くには、本来なら北方の『迷宮の森』を抜けるのが一番近いはずだけど……」
レイが手元の簡易地図を広げながら呟くと、レナードが苦い顔をして首を横に振った。
「それが、その迷宮の森は今、大規模な火災と謎の森林破壊が起きていて、危険区域として完全に封鎖されているらしいんだ」
「――は? 火災?」
エルネストが眉をひそめ、レイやリリアも「そんな話、聞いたことないね……」と顔を見合わせる。 「一体、誰がそんな広範囲の森を……」 全員が険しい顔で首をかしげた、その瞬間だった。
(……っ……!)
なぜかバルドの動きがピタリと止まり、ガタガタと大甲冑を盛大に鳴らしながら、あからさまに視線をあらぬ方向へと泳ぎ始めた。
大量の冷や汗が、その強面のこめかみを伝い落ちている。
「……バルド?」
レナードが金色の目を細めてじっと見つめる。
「お前、何か心当たりでもあるのか?」
「い、いや……! 別に何もないぞ! 全くない!」
「その泥縄式なごまかし方は、逆に怪しすぎるだろ……」
レナードとバルドの掛け合いにエルネストが冷ややかな視線を突き刺すと、耐えかねたようにバルドは頭をポリポリとかきむしり、バツが悪そうに観念した。
「……あー、くそっ! わかったよ! そういえば俺、この世界に飛ばされたとき、最初に降り立ったのが確かその迷宮の森だったんだよ!」
「は? 最初にそこに?」
「ああ! どこがどこだかさっぱり分かんなくてよ、おまけに方向音痴を発揮して丸一日迷子になってたら、だんだんイライラがマックスになってきてさ……気づいたら、口からドラゴンブレスを盛大にぶっ放しながら、片っ端から森を焼き払いながら無理やり突破したわ……!!」
静まり返る地下祭壇。数秒の空白のあと、全員からの盛大なツッコミが爆発した。
「――お前だったのかよぉ~!!!!」
「最短ルートを自分の手で消し飛ばしてんじゃねえよバカかお前は!!!」
ノアとレイが同時に声を荒らげ、リリアも目を丸してポカンと口を開けている。
そのあまりの予想外すぎる真相に、レナードとエルネストは一瞬フリーズし、次の瞬間にお互いに視線を交わすと、ガックリと頭を抱えて深々とため息をついた。
((こいつ……! 下手に自白しやがって、一歩間違えば国家機密を破壊した大罪人で王国の衛兵に即連行されるか、大問題になるところだぞ……っ!))
冷や汗を拭いながら、レナードは慌てて引きつった笑顔を作り、周囲を取り繕う。
「あ、はは……! 聞いたかいみんな? バルドの今の冗談、なかなかシュールで面白いよね! ははは……な、エル?」
「……あぁ、そうだな。あまりの方向音痴に頭がおかしくなった男の妄言だ。真面目に聞く価値もない」
エルネストも冷や汗を完璧なポーカーフェイスの下に隠しつつ、即座に冷徹な声でバッサリと切り捨てる。
「えっ、いや、俺はマジで……」
「黙れバルド。これ以上喋ると、お前の首が胴体から切り離されてプロンテラの城壁に晒されることになると保証しよう」
エルネストが殺気を孕んだ銀色の瞳で睨みつけると、さすがのバルドも「ひっ……」と青ざめて完全に口をチャックした。
こうして、歴史的大火災の真犯人に関する危険すぎる機密情報は、二人の冷静な(半ば必死な)隠蔽工作によってその場限りの闇へと葬り去られたのだった。
しかし、自業自得とはいえ最短ルートであるはずの迷宮の森は完全に使用不可。
ならばと、前回使ったプロンテラ〜ゲフェン間の西側街道を確認するが、こちらも「聖職者狩り」の横行によって危険すぎるため厳重に封鎖されていた。
選択肢を潰され、エルネストは小さく息を吐き捨てる。
「……どうやら、まともな街道はすべて塞がれているようだな。となると、残された道は一つだ。――オークの村を抜けていく迂回ルートで行くしかない」
「オーク村といえばさぁ、この世界のオークって、よく本とかである昔流行った『クッ殺』みたいな展開とかもあるのかなぁ~?」
ノアが呑気な笑みを浮かべながら軽い調子で言い出すと、レイは眉間をピクピクとさせながらピシャリと言い放った。
「お前、そういう死亡フラグみたいなこと軽々しく口にするんじゃねえよ……!」
「え〜、だって気にならない? オークの村って名前だけで、もう何だかロマンが詰まってるじゃん〜!」
「ロマンじゃなくて厄災の匂いしかしねえよ!」
呆れ顔で頭を抱えるレイをよそに、リリアは「もう、ノアさんってば……!」と苦笑いを漏らす。
「MOBに追いかけられて遠出するのは勘弁だけどさ、新しい街に行けば珍しい食べ物とか美味しいお酒もあるでしょ! ねえリリアちゃん、街に着いたら一緒に美味しいものでも食べに行こうよ〜!」
「もう、ノアさん! まだ危険な旅が続くかもしれないのに、すぐそうやって食べ物のことばっかり……!」
呆れ顔で小言を言いながらも、リリアの表情からは無事に強敵を倒せた安堵感が滲み出ていた。
「ガハハ! ノアの言う通りだぜ! 異世界の王道を突き進んで、怪しい魔物も次元の歪みもまとめて叩き潰してやろうじゃねえか!」
バルドが豪快にノアの肩を叩き合い、甲冑を鳴らして高らかに笑い声を上げる。その様子を、レナードは頼もしそうに金色の目を細めて眺めていた。
「よし、それじゃあ一度プロンテラの大聖堂に戻って司祭様に報告を済ませたら、準備を万全にして、次なる目的地……国境都市アルデバランへ向けて出発しようか。――まずは迂回路を通ってオーク村を目指す」
ギルドマスターの号令に、メンバーたちが一斉に「おー!」と声を揃える。
大聖堂地下の冷たい静寂から抜け出すように、六人は階段を上り、王都プロンテラの柔らかな光の中へと足を踏み出した。
大聖堂への報告を滞りなく終え、一行は王都の北門へと通じる広大な大通りを歩いていた。
青空には薄い雲がたなびき、爽やかな風がプロンテラの街頭を吹き抜けていく。
(……国境都市アルデバラン、そしてその先にある時計塔の歪みか。元の世界へ戻る手掛かりや、この異常から抜け出すための糸口が、今度こそ見つかればいいけど……)
仲間たちの少し前を歩きながら、レナードは深緑の帽子のつばにそっと触れ、心の中で静かに決意を固める。
それぞれの思いを胸に秘めて、六人のパーティーは迂回路の険しさを乗り越える覚悟を胸に、新たなる冒険の地へと向かって足を進めていくのだった——と言いたいところだが、エルネストの一声でその足はピタリと止まった。
「待て。急に決まったとはいえ、準備もなしに過酷な迂回路へ突っ込むのは愚策だ。それに、ここプロンテラでまだ片付けておくべき用事や、買い忘れた消耗品もある」
「あ、そうだね! 武器のメンテナンスもしたいし、薬の補充もしないと……」
リリアがこくこくと頷き、レイも腕を組みながら同意する。
「それに、これから長い遠出になるんだからさ、新しい街へ発つ前に今日のところはこの王都でゆっくり英気を養っておこうよ。新しい服とか、道中で食べる美味しい保存食を探すのも悪くないしさ」
ノアが金髪の横髪を揺らしながら呑気に笑い、レナードも優しく微笑んでそれに続いた。
「ノアの言う通りだね。急がば回れって言うし、今日のところはプロンテラでの買い物や、やり残した手続きを済ませる日にしよう。出発はそれからだ」
ギルドマスターであるレナードの号令により、一行は慌てて旅立つことをやめ、この日は一日かけてプロンテラ市内での買い出しやそれぞれの用事を済ませる「滞在日」にあてることになった。
白亜の城壁に囲まれた大都市プロンテラ。
賑やかな大通りでは、露店商たちの威勢の良い掛け声が飛び交い、色鮮やかな果物や武器・防具のメンテナンス用品が並んでいる。
こうして、慌ただしい激闘の余韻を心地よい疲労感とともに洗い流しながら、六人はそれぞれのペースでプロンテラでの最後の一日を穏やかに過ごしていくのだった。
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