※この作品はR-18です。

ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方―   作:和泉終夜

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閑話 帽子の下に隠す温もり

「……遅い」

 

プロンテラ中央通りの宿屋。

 

二階にある自室の窓辺で、エルネストは腕を組みながら夕闇に包まれつつある王都の街並みを睨みつけていた。

 

手元には、念入りに手入れを終えた愛弓と、矢筒に整然と収められた矢。

 

時計塔の影からリリアとレイの姿を見届け、彼女たちがレナードへの土産である帽子を買い終えたのを確認したのが小一時間前のことだ。

 

(あそこからこの宿までは、リリアの足で歩いても十分とかからないはずだ。買い物を終えて素直に直行していれば、とうに着いている時間のはずだが……)

 

エルネストの鋭い眉間にしわが寄る。

 

(……何があった? 街の柄の悪い男どもに絡まれたか? それとも、またあのバカ前衛どものどちらかが余計な真似をして二人を巻き込んだか……?)

 

脳裏に嫌な予想が次々と浮かび上がる。

 

可憐で無防備なリリアと、元男とはいえ今は誰もが振り返る美貌を持つレイ。

 

あの二人が夕暮れの王都を二人きりで歩いているのだ。

 

不審な男や怪しげな行商人が寄ってこないはずがない。

 

(……レイの奴、ちゃんとリリアを守れているんだろうな。万が一あいつに何かあったら、いくら相棒だろうとタダじゃ済まさん……)

 

エルネストは無意識のうちに、弓のグリップをギリ……と力任せに握りしめていた。

 

その時、一階の食堂から豪快な笑い声とジョッキのぶつかる音が階段を伝って響いてきた。

 

酒場から上機嫌で戻ってきたバルドとノアの声だ。

 

「おいエルネスト〜! まだ部屋に引きこもってんのか? レナードマスターも戻ってきたし、そろそろ夕飯にしようぜ〜!」

 

ノアの能天気な声に、エルネストは冷ややかな視線をドアへと向け、静かに扉を開けた。

 

「……バルド、ノア。お前たち、途中でリリアとレイを見かけなかったか?」

 

「ん? リリアちゃんとレイちゃん? ううん、見てないよ〜。カフェで見かけたきりだけど……まだ帰ってきてないの?」

 

首をかしげるノアの横で、バルドがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「なんだなんだ〜? 過保護な保護者様は、可愛い女の子たちがちょっと遅れてるだけでそんなに心配なのか? ガールズトークで盛り上がって、どこかのお店で寄り道でもしてんだろ!」

 

「……黙れ」

 

バルドの軽い言葉を、エルネストは氷のような眼光で一閃した。

 

(寄り道……? あの真面目な二人が、レナードへのプレゼントを抱えたまま、連絡もなくこんな時間まで寄り道をするはずがない。レイは、リリアの安全を最優先に考えるはずだ……)

 

胸の奥で、嫌な胸騒ぎと不快なざわめきが急速に膨らんでいく。

 

(……まさか、俺が目を離した隙に、二人だけで『何か』に巻き込まれたのか……?)

 

「……探しに行く」

 

「えぇっ!? マジで言ってるのかよエルネスト! もうすぐ夜だぞ!?」

 

驚く二人を無視し、エルネストは上着を羽織ると、弓を背負って部屋を飛び出した。

 

二人が無事であることへの切実な懸念と、自分の与知し得ない場所で二人が「何か」をしているのではないかという、嫉妬にも似た不機嫌な不信感。

 

影の射手は苦々しい表情のまま、暗くなり始めたプロンテラの街へと素早く駆け出していくのだった。

 

プロンテラの夕闇を駆け抜け、二人の姿を探していたエルネストは、宿屋へと続く路地の角で、向かいから歩いてくるリリアとレイの姿を捉えた。

 

「っ……リリア! レイ!」

 

「「あっ……! エルネスト(さん)……!?」」

 

不意に影から現れたエルネストの姿に、二人の身体がびくっと跳ね上がる。

 

その顔はリンゴのように真っ赤で、どこか焦ったようにお互いの距離をとろうとしていた。

 

エルネストは険しい表情のまま二人へと近づき、腕を組んで上から見下ろした。

 

「……こんな時間までどこへ行っていた? レナードへの贈り物を買い終えてから、だいぶ時間が経っているはずだが……何かトラブルにでも巻き込まれたのか?」

 

鋭い眼光で問いただされ、レイは背中にダラダラと冷や汗を流しながら必死に平然を装った。

(っ……! つ、ていうかよ、エルネスト! お前、まさかレナードの帽子買ったこと知ってて待ち伏せてたんじゃねえだろうな……! 人のことコソコソつけて――)

 

喉まで出かかった言葉を、レイは寸前のところで飲み込む。

 

(待てよ……!? ここで帽子のことに突っ込んだら、「なんで俺たちがレナードの買い物を知っている=一緒に行動していた(=つまり二人きりで何かやましいことをしていた)」という流れから、一気に今のポケットの『箱』の存在まで論理的に看破されるんじゃねえか……!?)

 

エルネストの冷徹なロジック眼が、自分の右ポケットに秘められた「角張った小箱の形」を正確に射抜く未来がまざまざと目に浮かび、レイは滝のような冷や汗を必死に隠しながら、なんとか口を開いた。

 

「っ……い、いや! トラブルなんてねえよ! ただ……な?」

 

「う、うんっ! あのね、エルネストさん! 買い物の途中で『聖者の行進』のアリシアさんとレベッカさんにたまたま会っちゃって……久々だったから、ちょっと話し込んでたの!」

 

リリアが真っ赤な顔のまま、ぶんぶんと手を振って必死に弁明する。

 

どこに行って何をしていたかの核心部分は完全に伏せた、懸命な嘘だ。

 

エルネストは眉をひそめ、じっと二人を観察した。

 

(……アリシアとレベッカ……? あの二人か……確かにあの二人なら、リリアとレイを引き留めて長話をする可能性はあるが……)

 

理由自体には一応筋が通っている。しかし、エルネストの鋭い知覚は、二人の微妙な違和感を逃さなかった。

 

夕暮れの涼しい風が吹いているというのに、二人の額や首筋にはうっすらと小さな汗の粒が浮いている。

 

さらに、二人とも妙に息が荒く、顔を合わせようとせずにお互いソワソワと視線を泳がせているのだ。

 

(……長話をしていただけで、なぜこうも汗ばんでいる? それに、この妙に気まずそうな空気はなんだ……?)

 

エルネストの瞳に疑念の光が宿り、視線がレイの上着のポケットへと向けられる。

 

そこには、小さく角張った怪しい小箱の形が薄っすらと浮き出ていた。

 

(……何を隠している……?)

 

「…………無事ならいい。だが、連絡もなく遅くなれば心配する。次からは気をつけろ」

 

「う、うん……ごめんなさい、エルネスト」

 

「……悪かったな、心配かけて」

 

疑念を抱きつつも、リリアとレイが無傷で戻ってきた事実に安堵したエルネストは、それ以上追及するのをやめ、静かに頷いた。

 

「行くぞ。みんな宿で待っている」

 

二人の前を歩き出しながらも、エルネストは影の中からチラリと後ろを振り返り、未だに頬を赤らめて手をつなぐ二人の背中を、不審そうにじっと見つめ続けるのだった。

 

「ただいま帰りました、みなさん!」

 

宿屋の食堂へと戻ったリリアとレイ。

 

リリアの手には、綺麗にリボンが掛けられた丸いギフト箱が大切そうに抱えられていた。

 

「お帰り、リリアちゃん、レイちゃん! ふふ、なんか大きな箱持ってるね〜?」

 

ノアが興味津々に覗き込もうとすると、リリアは「ふふん、内緒です!」と可憐に微笑み、一直線にテーブルの端へと向かった。

 

そこに座っていたのは、地下図書館での情報収集と警戒で疲弊し、どこか重苦しい表情で旅の地図を眺めていたギルドマスター・レナードだった。

 

「レナードさん!」

 

「ん……? お帰り、二人とも。街の散策は楽しめたかい……?」

 

レナードが深くかぶっていたフードの影から顔を上げ、疲れを隠すように優しく目を細める。

 

リリアはその目の前に、大切に抱えていたギフト箱をそっと差し出した。

 

「これ……レナードさんにプレゼントです! レイちゃんと二人で選んだの!」

 

「ボクに……? どうして急に……?」

 

驚きで目を丸くするレナード。

 

すぐ後ろに立つレイは、照れくさそうに片手をポケット(※怪しい小箱が入ったポケットとは反対側)に突っこみながら、微かに口角を上げて頷いた。

 

「いいから開けてみな。リリアが『絶対にレナードに似合う』ってきかなくてさ」

 

レナードは戸惑いながらも慎重にリボンの結び目を解き、箱の蓋を開けた。

 

中に収められていたのは——つばが広く、仕立ての良い上質な深緑色のハットだった。

 

「これは……帽子……?」

 

「うんっ! レナードさん、人間ばかりの街にいる時は、いつもフードを目深にかぶって周りを気にしてるでしょう……?」

 

リリアは少しだけ声をひそめ、真っ直ぐで温かな瞳でレナードを見つめた。

 

「レナードさんのあの黒くて大きな猫のお耳、私すっごく可愛くて大好きだから、本当はみんなに見せてほしいなって思うの。でも……レナードさんが変な目で見られたり、嫌な思いをしたりするのが、私、すごく悲しくて……」

 

「リリア……」

 

「だからね! この大きくて素敵な帽子なら、お耳を優しく包んですっぽり隠せるでしょう? フードをかぶって視界を狭くしなくても、この帽子をかぶれば堂々と街を歩けるんじゃないかなって……!」

 

あどけなくも、仲間の痛みにどこまでも深く寄り添う真っ直ぐな優しさ。レイも口元を柔らかく緩めて言葉を添えた。

 

「俺も半分出したんだ。……レナード、お前は前線で盾として俺たちを守ってくれてる。たまには仲間からの甘えくらい、素直に受け取れよ」

 

「……っ」

 

二人の言葉に、レナードは息を呑んだ。

 

異世界での「ドラム族(亜人)」に対する差別や警戒。

 

前衛として全滅の恐怖と戦い、自分を押し殺して「盾」であり続けようとしていた己の苦悩や重圧を、彼らは知っていたのだ。

 

知った上で、こんなにも温かな形で包み込もうとしてくれていたのだ。

 

(ああ……ボクは、何を一人で背負い込もうとしていたんだろうねぇ……)

 

揺らいでいた心が、胸の奥から湧き上がる途途もない温もりに満たされていく。

 

レナードはフードをゆっくりと脱ぎ捨てるように後ろへ滑らせると、ぴんと立った黒い大きな猫耳に、贈られた深緑の帽子をそっとかぶせた。

 

つばが優しく日差しを遮り、中にゆとりを持たせた大きめのクラウンが、その愛らしい耳を優しく包み込むように収めている。

 

「すごい! すごく似合ってます、レナードさん! かっこいい!」

 

「へへ、本当だな! フードよりずっと様になってるぜ、マスター!」

 

バルドが豪快に笑い、ノアも「いいねぇ、おしゃれ~!」と拍手を送る。

 

影で見守っていたエルネストも、二人の汗ばんだ様子への不審感を抱きつつも、どこか満足げに微かに口角を上げた。

 

「……ありがとう、みんな。……そして、リリア、レイ。こんなに素晴らしいものをくれて、本当にありがとう」

 

帽子を目深にかぶり直し、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるレナード。

 

その金色の瞳からは、先ほどまでの重苦しい暗雲は完全に消え去っていた。

 

(この仲間たちとなら……どんな敵が相手でも、ボクはどこまでも強くなれる。この最高の笑顔を、ボクの盾で絶対に守り抜いてみせる……!)

 

仲間の優しさに支えられ、再び固い決意を胸に宿したギルドマスター。

 

賑やかな温もりに包まれた王都の夜は静かに更けていき、六人は明日からの新たなる旅路——ジュノーとゲフェンを目指す道中へと、最高の絆で備えるのだった。

 

 




もう少し閑話が続きます。

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