ラグナロクオンラインの世界に転生した。―歪な愛の行方― 作:和泉終夜
「……っ! 神様……助けてくれ……っ」
冷や汗に濡れた前髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり、レイはベッドから勢いよく身を起こした。
先ほどから頭の中を駆け巡っているのは、あまりにも都合がよく、そして恐ろしく生々しい妄想だった。
振り払おうとすればするほど、かえって鮮明に思い浮かんでしまう。
(……無理だろ、こんなの……っ! どうやって寝ろってんだよ……!)
荒い息を吐きながら頭を抱えていると、隣のベッドで同じように眠れぬ夜を過ごしていたリリアが、そっと身体を起こした。
月明かりの差し込む薄暗い部屋で、彼女の頬もまた、熟した果実のように赤く染まっている。
「……レイちゃん? どうしたの……?」
「っ……!? リ、リリア……っ! なんでもねぇ! ただの貧血だ……っ!」
「……貧血?」
あからさまに怪訝そうな顔をされ、レイはますます慌てた。
けれど、リリアはそれ以上追及しようとはせず、ゆっくりと布団を払ってベッドから降りると、何かを決意したようにレイのもとへ歩み寄った。
そして、その隣にちょこんと腰を下ろす。
「……ねぇ、レイちゃん」
「な、なんだよ……?」
「もしかして……レイちゃんも、したくなっちゃった……?」
「ぶふっ……!?」
思いもよらない直球に、レイは盛大にむせた。
「ちょ、ちょっと待てリリア! お前、何を――!」
しかし、リリアは笑っていなかった。
上目遣いに覗き込んでくる瞳には、昼間の照れとは違う、真っ直ぐな熱が宿っている。
彼女は小さく息を吸うと、レイの服の裾をきゅっと握りしめた。
「……私ね、レイちゃんのこと、とっても好きなの」
「……っ」
「でもね……エルネストさんのことも……好きみたい」
レイの心臓が、どくん、と跳ねた。
「どうしたらいいのかな……。今日、レベッカさんとアリシアさんが、イオンさんと三人でそういうことをしてるって話……聞いたでしょう……?」
「……あ、ああ……」
「私……レイちゃんも、エルネストさんも、どっちも大切なの。どっちかなんて……選べないよ……」
そこまで聞いて、レイはようやく理解した。
いや、理解したくなかったと言うべきか。
(……マジかよ……っ!?)
自分が先ほどまで頭の中で繰り広げていた妄想と、寸分違わぬ未来をリリア本人が望んでいる。
しかも、彼女はそれを恥ずかしそうにしながらも、真剣な眼差しで伝えてきているのだ。
(俺と……エルネストと……リリアで……三人……っ!?)
「……っ、ああああもう無理だ!!」
「きゃっ!?」
レイは逃げ出すようにベッドから跳ね起きた。
勢い余ってベッドの脚が床を跳ね、静まり返った宿屋にけたたましい物音が響き渡る。
――ガタァンッ!!
「……っ!? なんだ、今の音は……!?」
廊下を挟んだ向かいの部屋では、まだ眠らずに愛弓の手入れをしていたエルネストが、鋭く顔を上げていた。
(……敵襲か!?)
そう判断するより早く、身体が動いていた。
愛弓を掴むと部屋を飛び出し、音のした向かいの扉へ駆け寄る。
そのまま勢いよく押し開けた。
――バァンッ!!
「リリア! 無事か――!?」
しかし、そこに襲撃者の姿はなかった。
月明かりに照らされたベッドの上では、頬を真っ赤に染めたリリアがレイの胸元に覆いかぶさるようにしており、その下ではレイが今にも魂を抜かれそうな顔で硬直している。
「…………」
エルネストの足が止まった。
「……え? エルネストさん……?」
リリアがきょとんと瞬きをする。
エルネストは二人を見比べたあと、ひどく低い声で問いかけた。
「……おい。これは、一体どういう状況だ?」
(ち、違うんだエルネスト!!)
レイは心の中で絶叫した。
いや、違うとは何が違うのか。
そもそも自分は、なぜ浮気現場を押さえられたような状況になっているのだろう。
弁明しようにも、言葉がまったく出てこない。
一方のエルネストも、目の前の光景を冷静に分析しようと試みていた。
(……レイが手を出したわけではなさそうだ。むしろ、リリアの方から……?)
だが、状況がまるで理解できない。
そんな彼を見上げ、リリアが小首を傾げた。
「……エルネストさん。とりあえず……ドア、閉めてくれる……?」
「…………」
エルネストは無言で扉を閉めた。
さらに、カチリと鍵までかける。
(閉めたーーーーッ!?)
レイの脳内で絶叫が響き渡った。
(しかも鍵までかけやがった!! お前、何を素直に従ってんだよ!?)
「ちょ、ちょっと待てエルネスト! なんで鍵までかけてんだよ!? 助けろよ! 察しろよ!!」
「……黙れ、レイ。俺にも状況が皆目見当つかん」
エルネストは弓を壁に立てかけると、改めてリリアに向き直った。
「……リリア。説明してくれ」
「……うん」
リリアはレイから身体を離し、ベッドの上でちょこんと膝立ちになった。
胸元で両手を握りしめ、真っ赤な顔でエルネストを見上げる。
「あのね……私、レイちゃんのことが大好きなの。でも……エルネストさんのことも、同じくらい大好きみたいなの」
「……っ」
不意を突かれ、エルネストの呼吸が止まった。
「それでね……今日、レベッカさんとアリシアさんから聞いたの。二人でエッチしてるところをイオンさんに見てもらって、それから三人でもするんだって……」
「…………は?」
聞き慣れない話ではない。
言葉の意味も理解できる。
だが、それらが今、この部屋でリリアの口から語られている理由だけが分からなかった。
リリアは恥ずかしそうに視線を伏せたものの、やがて意を決したように二人を真っ直ぐ見つめる。
「私……二人とも大切だから、選べないの」
小さく、けれどはっきりとした声だった。
「だから……レイちゃんと、エルネストさんと……三人で、したいの……」
「…………」
部屋に沈黙が落ちた。
エルネストは静かに眉間へ指を当てた。
顔から、すうっと血の気が引いていく。
(……待て)
まずは状況を整理する。
リリアは自分に好意を抱いている。
それは喜ばしいことだ。
しかし、同時にレイにも同等の好意を抱いているらしい。
(……なぜ、あの元男と俺が同列に並んでいる……?)
小さな疑問が浮かんだが、今は後回しにする。
問題は、その先にある。
(……つまり、あの二人がリリアに三人での関係という選択肢を示したわけか)
エルネストは無意識に眉間を押さえる指へ力を込めた。
『拒絶する』それが最も簡単な答えだ。
だが、勇気を振り絞って願いを打ち明けたリリアを傷つけることになる。
自分一人を選ばせることも、できなくはない。
しかし、彼女がレイを大切に思っていることは、今の言葉から明白だった。
では、承諾するか…………。
暗い部屋のベッドに並ぶ三人。
頬を染めてこちらを見上げるリリアと、羞恥に耐えきれず甘い声を漏らすレイ。
そして、その場に自分自身も加わることになる。
(……くっ……)
胃のあたりに鈍い痛みが走った。
他者の反応を引き出し、その心を自分の思うままに揺さぶる。
そのために手や道具を使うことなら、エルネストには何の躊躇いもない。
相手がどう反応するか、どこまで自分の意図どおりに動くかを見極め、支配することには、むしろ強い満足を覚える。
だが、今回の話は違う。
自分自身の肉体を差し出し、互いの欲求に身を委ねる。
それは、彼が普段価値を見いだしている行為とは根本的に異なっていた。
(……なぜ俺が、そのようなことに貴重なリソースを費やさねばならん……?)
理解できない。だが、リリアの願いを退けるという結論にも、どうしても至れない。
(……落ち着け。最適解は必ず存在するはずだ……)
エルネストは眉間に指を当てたまま、黙り込んだ。
一方、レイはその様子を呆然と見つめていた。
(……え?)
てっきり、エルネストなら即座に怒り出すと思っていた。
あるいは、リリアの願いなら何でも叶えると平然と言い切るか。
そのどちらかだと思っていたのだ。
ところが、目の前の男は青ざめた顔で考え込んでいる。
(……嘘だろ、おい……。あの冷静沈着なエルネストが、難解な構造計算に行き詰まった数学者みたいになってんじゃねぇか!!)
ツッコミたい。
盛大にツッコミたい。
しかし、レイが口を開くよりも早く、リリアの肩が小さく震えた。
「……リリア?」
エルネストはまだ顔を上げなかった。
答えを探すことに意識を向けていたからだ。
その沈黙が、リリアにとって何を意味するのかも知らずに。
「……やっぱり……」
震える声が、静かな部屋に落ちる。
「……こんな……はしたない女なんて……エルネストさん、嫌だよね……っ」
「……っ!?」
エルネストが顔を上げたときには、リリアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ごめんね……っ。変なこと言っちゃって……っ!」
「リリア、待て! 違う、俺は――!」
慌てて手を伸ばした、その瞬間。
「う、うわぁぁん……っ!」
リリアはレイの胸元へ飛び込み、顔を埋めて泣き出してしまった。
「……っ!?」
突然抱きつかれたレイは一瞬固まったものの、すぐさまエルネストを睨みつけた。
(お前えぇぇぇッ!!)
視線だけで怒鳴りつける。
(だから黙り込んでんじゃねぇよ!! リリアが拒絶されたと思っちまったじゃねぇか!!)
エルネストの顔色がさらに悪くなった。
(……しまった……!)
自分は拒絶したつもりなどない。
ただ、答えを導き出せなかっただけだ。
だが、リリアにとっては違った。勇気を出して心の内を明かした彼女に対し、自分は何一つ返さなかったのだから。
エルネストは壁際に置いた弓から離れ、ベッドの傍らに腰を下ろした。
「……リリア」
普段よりも、わずかに声が揺れている。
「……泣くな。頼む」
「……え……?」
「俺がお前を嫌う理由など、どこにもない」
リリアが涙に濡れた顔を上げる。
「……拒絶したわけではないんだ」
「ほ、ほんとう……? エルネストさん……私のこと、嫌いになってない……?」
「当たり前だ」
それは即答だった。
「お前が俺にそれほど強い情愛を寄せてくれていることを、不快に思うはずがないだろう」
エルネストは指先を伸ばし、リリアの頬を伝う涙をそっと拭った。
そして、そのまま彼女の腕を取ると、さりげなくレイの胸元から引き離して自分の方へ寄せる。
「ただ……あまりにも予想外の提案だった。どう答えるべきか、考えていたんだ」
「……考えて……?」
「ああ。黙り込んで不安にさせたのは俺が悪かった。すまない、リリア」
リリアはしばらく彼を見つめていたが、やがて涙の残る顔に、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「……よかった……」
小さな両手がエルネストの手を包み込む。
「……嫌われたかと思って……すごく怖かったんだよ……?」
「……すまない」
エルネストはもう一度、短く謝った。
その様子を見ていたレイは、深々と息を吐く。
(……はぁぁぁ。まったく、この頭でっかちな過保護弓手様はよぉ……)
ひとまず、リリアの涙は止まった。
それはいい。
問題は、まだ何一つ解決していないことだった。
「……で、エルネスト」
「……何だ」
「さっきの話、どうすんだよ?」
「…………」
「しらばっくれんな。リリアの気持ちは分かっただろ。……三人で、って話だよ」
再び沈黙が落ちる。
リリアは期待と不安の入り混じった瞳でエルネストを見上げていた。
エルネストは眉間に手を戻しかけ、途中で止めた。
(……また同じことをするつもりか、俺は)
先ほどのリリアの涙が脳裏をよぎる。
今度は黙っているわけにはいかない。
拒絶すれば彼女を傷つける。
無理に一人を選ばせることもしたくない。
それに――。
(……レイだけにリリアを任せる、などという選択肢もない)
そこだけは、妙にはっきりしていた。
自分の理解の及ばない関係だとしても、自分が望んできた形とは異なるとしても、リリアが二人を望むのなら、その関係から自分だけが退くつもりなど毛頭なかった。
(……ならば、答えは一つか)
エルネストは静かに息を吐いた。
顔色はまだ少し悪い。
「……分かった」
「……っ?」
リリアが目を見開く。
「……リリア。お前の提案を、受け入れよう」
「…………」
レイの思考が停止した。
(受け入れたーーーーッ!?)
「ちょ、ちょっと待てエルネスト! お前、本気で言ってんのか!?」
「……本気だ」
「いやいやいや! 顔色めちゃくちゃ悪いぞ、お前!?」
「……問題ない」
どう見ても問題があった。
しかし、エルネストは真顔のままレイを見据える。
「……リリアが俺たち二人を望むというのなら、俺が引き下がる理由はない。もっとも、レイ。お前の意思まで俺が決めるつもりはないが……お前はどうするつもりだ?」
「はぁっ!? な、なんで俺に振るんだよ!?」
「お前も当事者だろう」
「そ、それはそうだけどよ……っ!」
レイは思わずリリアを見た。
期待に満ちた瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。
(……くっそ……! そんな顔すんなよ……っ!)
先ほどまで自分が頭の中で繰り広げていた妄想が、嫌でも蘇ってくる。
(……違う違う違う!! あれはただの妄想だろーが!! 現実にするなんて一言も言ってねぇ!!)
「……ああもうっ! お前ら二人で勝手に話進めてんじゃねぇよ!!」
「……レイちゃん……?」
「っ……! だから、そんな顔すんなって!!」
リリアが不安そうに眉を下げる。レイはますます顔を赤くした。
「べ、別に今すぐ断るなんて言ってねぇだろーが! ただ、いきなりそんな話されて、はいそうですかって答えられるわけねぇだろ!!」
「……つまり、考える時間が必要ということか」
エルネストが淡々と尋ねる。
「うるせぇ!! お前は黙ってろ!!」
(……絶対に言わねぇ……っ! 何があっても、俺からは絶対に……っ!!)
リリアは二人を交互に見つめたあと、そっと頷いた。
「……うん。レイちゃんも、ゆっくり考えてくれていいよ……?」
「……っ、だからそういう優しい顔すんなっての……!」
レイは枕を抱え込み、ぷいっと顔を背けた。
その様子を見届けると、エルネストは小さく息を吐いた。
「……ともかく、今夜は三人で抱き合って眠るだけにする」
「……え?」
リリアが瞬きをする。
「本格的な話は、プロンテラを出てからだ。もっと人目につかない、安全で静かな場所へ行ってから……改めて考える」
それはエルネストにとって、必死にひねり出した猶予だった。
少なくとも今夜、これ以上の事態に発展することだけは避けなければならない。
しかし、リリアは違う意味に受け取ったらしい。
「……エルネストさん……っ!」
感激したように目を潤ませると、その首元へぎゅっと抱きついた。
「……ありがとう……! 私、すごく嬉しい……っ!」
そして、頬に小さなキスを落とす。
「……っ」
エルネストの肩がぴくりと跳ねた。
予想外の感触に一瞬目を見開いたものの、彼女を振り払おうとはしない。
むしろ、ためらいがちに腕を回し、そっと抱き返した。
その様子をベッドの端で見つめながら、レイは枕に顔を埋める。
(……なんなんだよ、もう……っ!)
プロンテラを出たら、自分とリリアとエルネストで。
(……三人で……三人……っ!!)
「……うああああ……っ」
「……おい、レイ」
「……なんだよ……!」
「お前もだ」
「……はぁ!?」
顔を上げたレイの手を、エルネストがそっと掴んだ。
そのままベッドの中央へ引き寄せると、反対側からはリリアが嬉しそうに抱きついてくる。
「レイちゃんも、こっち来て……!」
「ちょっ……! おい、待てって!!」
二人に挟まれ、レイの顔が再び真っ赤になる。
「……今夜は三人で休む。それで構わないな?」
エルネストが静かに尋ねた。
「……っ、文句言ったら俺が悪者みたいになるだろーが……っ!」
「……嫌なら無理にとは言わん」
「だぁぁっ!! そういうことじゃねぇんだよ!!」
「……では、どういうことだ?」
「いちいち聞くな!! 察しろ、このバカ弓手!!」
リリアがくすくすと笑った。
「……ふふっ。レイちゃん、顔真っ赤だよ……?」
「うるせぇ!! お前も笑うな!!」
「……ごめんね?」
謝りながらも、リリアは嬉しそうにレイの腕に頬を寄せた。
レイは一瞬何かを言いかけたものの、結局口をつぐむ。
「……おい、狭ぇんだよ! もうちょっとそっち寄れって!!」
「……レイ。お前が真ん中にいるんだぞ」
「だったら最初から俺を真ん中にすんな!!」
「……では、場所を替わるか?」
「……っ! い、いちいち動くのも面倒くせぇだろーが!!」
エルネストは怪訝そうに眉を寄せたが、リリアはまた小さく笑った。
「……じゃあ、このままでいいね……?」
「……勝手にしろっ!!」
レイはぷいっと顔を背けた。
それでも、二人の腕を振りほどこうとはしなかった。
三人で寄り添う、王都の静かな夜。
リリアは二人の温もりに満たされ、幸せそうに目を閉じた。
レイは最後までぶつぶつと文句を言い続けていたが、やがて疲れ果てたように黙り込む。
そしてエルネストは――。
(……プロンテラを出るまでに、何とか対策を考えねば……)
二人を腕の中に収めたまま、ひそかに次なる難題へと思考を巡らせていた。
三人が思い描く未来は、まだ少しずつ食い違っている。
けれど、互いを手放したくないという想いだけは、不思議なほど一致していた。
それがどのような形へ変わっていくのか、今はまだ誰も知らない。
ただ、三人の歪で甘い愛の予感だけが、月明かりの下で静かに芽吹き始めていた。
あと1話で4章終了です。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
そしてお気に入り登録してくださっている方ありがとうございます!
何かしらの反応をいただけるととても励みになります。
5章からは毎日7:00の1日1回のペースで更新に変更いたします。
よろしくお願いします。