灰色の石造りの街並みに、湿った土と乾いた馬糞の臭いが混ざり合っていた。
ネトリア王国の辺境、外縁原生林の澱みから這い出て、泥と血にまみれた身体を引きずってたどり着いた最初の街。その一角にある探索者ギルドの支部は、堅牢というよりは、世間の掃き溜めを無理やり分厚い石壁で囲い込んだような陰鬱な威容を誇っていた。
入り口の重い樫の木の扉を押し開けた瞬間、生ぬるい熱気と、安酒、汗、そして魔獣の脂が焦げ付いたような異臭が鼻腔を突いた。
「おいおい、見ろよ。また死にぞこないの難民が迷い込んできたぜ」
「薄汚ねえ格好だな。着てるもんがあれとはなあ、どこの農奴から剥ぎ取ってきたんだか。ゴブリンどもかもしれねえなあ」
酒場を兼ねた大広間のあちこちから、剥き出しの嘲笑と下卑た視線が突き刺さる。革鎧を着込んだ荒くれ者たちがエールをあおりながら、こちらを品定めするように眺めていた。
俺――恐山竜二は、くたびれた身を、泥に汚れたボロ布で隠すようにして歩を進めた。現代日本の清潔なオフィスやアスファルトの道など、遠い前世の記憶のように霞んでいる。異世界に放り出され、魔物に喰われかけたあの悪夢から、まだ幾日も経っていない。
背後には、二つの気配がぴったりと寄り添っていた。
陽光を編み込んだような黄金の長い髪をなびかせ、怜悧な金の瞳を周囲の無頼漢たちに向けて尖らせているヒカリ。
そして、燃えるような紅の髪を揺らし、楚々とした佇まいの中に隠しようもない母性と芯の強さをたたえたホムラ。
神話の絵巻から抜け出してきたような、双子の天の精霊。
薄布と白銀の軽装甲を纏ったヒカリと、曲線の美しい真紅の軽鎧に身を包んだホムラ。露出した二人の白い肌、引き締まった腰つきや豊かな胸元の起伏が、酒場の薄暗がりの中で異様なまでに発光して見えた。
男たちの視線が、侮蔑から即座に、ねっとりとした粘膜のような獣の欲情へと変色する。喉を鳴らす音、下卑た口笛、値踏みするような小声の囁きが波のように広がっていった。
「……ったく、どいつもこいつも、ジロジロこっちを見ちゃって……」
ヒカリが自分の体を隠すと眉根を寄せ、低く吐き捨てる。早口で棘のある声だが、その語尾にはかすかな強がりと、俺を気遣うような温かさが滲んでいた。
「いけませんよ、ヒカリちゃん。私たちは街の法に従いに来たのですから。ね、リュージ君、大丈夫ですか? 少し顔色が青いようですが……」
ホムラが柔らかい声音で俺の袖をそっと引き、緋色の瞳を気遣わしげに覗き込んできた。穏やかな丁寧語の響きが、緊張で強張った俺の耳朶を優しく撫でる。しかし、ホムラの表情も決して柔らかくはなかった。
「……ああ、平気だ。気にすんな」
俺はぶっきらぼうに返し、無口で愛想のない男を装って前を向いた。
だが、その内心は冷え切っていた。
股間に意識を向けるたび、底知れない虚無と惨めさが胸の奥を抉る。
転移直後、森の魔物に囲まれた絶体絶命の瞬間。遠距離から俺の魂を依代として結ばれた緊急契約。その莫大な神気と魔力の逆流によって、俺の生体魔脈(どうやら地球人の俺の体にも、魔力ってやつはあったらしい)の根幹は焼き切られ、男としての機能は完全に破壊された。
永続的な不能。
二人の絶世の美少女がすぐ傍らにいながら、俺の身体は何ひとつ反応しない。性欲だけがの頭の中に残り続け、肝心のちんこは死んだ肉塊のように沈黙している。
俺を救おうとした結果とはいえ、彼女たちもまた、その過失によって自らの主の次代を作る能力壊してしまったという十字架を背負っていた。
正面の受託窓口へと向かう。
周囲の喧騒を睥睨するように高い位置に設えられたカウンターの奥に、その男は座っていた。
丸々と太った豚のような顎の下に幾重もの脂肪を蓄え、上等な羊毛のチョッキをはち切れんばかりに膨らませた中年男。脂ぎった額を拭いもせず、台帳に羽根ペンを走らせていたギルド職員が、俺たちの足音に気づいて億劫そうに顔を上げた。
「あァ? なんだお前さん。見ての通り、ここは探索者ギルドの登録窓口だ。浮浪人の炊き出しなら裏の路地にでも行きな。まあお前みたいな弱っちそうなのは、メシの争奪争いにすら参加できねえだろうがなあ」
濁った小豆色の瞳が、まずは俺の薄汚れた格好を見下し、吐き捨てるように言った。
だが、その視線が俺の背後の二柱へと移った瞬間、羽根ペンを握る男の手がぴたりと止まった。
「……ほう」
男の喉仏が下卑た音を立てて上下した。小鼻を膨らませ、脂ぎった唇を舐め回す。
「登録をしに来た。俺の名はリュージ。探索者になりたい」
俺は感情を押し殺し、低く告げた。
男は嘲るような薄笑いを浮かべ、わざとらしく両手を広げてみせた。
「探索者、ねえ。人別帳から名前を消されて、国家の法による保護を一切失う、あの使い捨てのドブ板野郎共になりたいってわけだ。結構な度胸だが……おめえ、制度ってものを知ってるか? 市民権を捨てて登録鑑札を発行してもらうにゃあ、当然ながら『登録手数料』とそうだなぁ……『身元調査金』がいる。合わせて銀貨30枚――三千レアルだ」
三千レアル。
知識に間違いがなければ、一般平民の家庭が1、2ヶ月は暮らせる金だ。着の身着のままで異世界に放り出され、魔獣の森を命からがら逃げてきた俺たちに、そんな持ち合わせがあるはずもなかった。
立場がある一般市民ならば、簡単に稼げる金額。なのに今の俺たちにはその立場がない。
天の精霊たちは数日前に出現したばかりで財産などなく、俺のポケットの中にあるのは、森で拾った僅かな木の実と、折れかけたナイフ一本だけだ。
体力はもうギリギリで、金目のものを準備しに外で狩りをしている余裕はない。
「……金はない」
「だろうな。見た目通りの無一文ってわけだ。なら話は終わりだ。失せな。ここは慈善事業の教会じゃねえんだよ」
職員の男はあからさまに鼻を鳴らし、シッシと手で払う仕草をした。
だが、その目は決して俺たちから離れていなかった。男の脂ぎった視線は、初めからヒカリの剥き出しの太腿と、ホムラの豊かな胸元に釘付けになっていたのだ。
「だが、まあ……」
男は濁った声で呟き、立ち上がった。分厚い腹をカウンターに押し当て、身を乗り出してくる。
「救済措置ってのは、いつの世にもあるもんだ。そっちの二人は……ただの女じゃねえな。その澄ました肌、漂う空気の濃度……まさかとは思うが、絵本読んでるガキなら誰でも知ってる『天の精霊』様のコスプレか、それとも本物ってか?」
「……紛い物じゃないわよ」
ヒカリが冷淡な声で言い放った。金の瞳に侮蔑の色を宿し、男を見据える。
「天の双翼、光のヒカリ。隣にいるのは炎のホムラ。あんたみたいな豚に値踏みされる筋合いはないんだけど」
「ヒ、ヒカリちゃん、刺激しては……」
ホムラが慌てて制止の手を伸ばすが、窓口の男は怒るどころか、歓喜に震えて脂ぎった頬を歪めた。
「本物だ……! 本物の天の精霊を連れた召喚士様のお出ましってわけかい! だが、おかしな話だなあ。そんな高位の精霊を二柱も従えてる大層な御仁が、なんでボロ布をまとって、金の一枚も払えずに震えてるんだ?」
男の視線が、再び俺へと向けられた。
その目が、俺の体の芯を見透かすように細められる。
「魔力循環が完全に死んでやがるな。気配でわかるぜ。……契約の失敗か? 器が小さすぎるか、契約が急すぎて、精霊の神威に耐えきれずに魔脈を焼き切られたクチだな。なるほど、これじゃあ精霊武装を顕現させることもできねえし、まともに戦うことすらできねえ。精霊共も力を制限されて、ただの綺麗なお人形ってことだ」
的確すぎる指摘に、胃の腑が鉛のように重くなった。
反論はできない。それが冷厳な事実だったからだ。
「どうするんだい、契約者さんよ? 登録料が払えなきゃ鑑札は出せねえ。鑑札がなきゃ、街の防壁の外に掘っ建て小屋一つ建てる許可も下りねえし、ギルドの依頼を受けることもできねえ。お前さんたちは今夜にでも路傍の溝で野垂れ死ぬか、街の警吏に不法滞在の浮浪罪で捕まって、鉱山送りの長期労役に処されるだけだ」
男は意地悪く口角を吊り上げ、カウンターの下から重厚な羊皮紙の束を取り出した。
「だが、俺は話のわかる男でね。担保があれば、登録料の立て替えと、当面の仮設拠点の斡旋くらいは融通してやってもいい。……そうだな、その二柱の精霊を、俺に一発『貸し出し』てもらうってのはどうだ?」
「なっ……!」
ヒカリの顔が怒りに染まり、小さな拳が白くなるほど強く握りしめられた。
「ふざけるんじゃないわよ! 誰があんたなんかに――!」
「ヒカリちゃん、待って!」
ホムラが割って入り、必死にヒカリの肩を押さえた。そのホムラの横顔も、青ざめて微かに震えていた。
「契約者さんよ、お前が決めるんだ」
職員の男はヒカリの罵声を意に介さず、俺だけをじっと見つめていた。その瞳には、持たざる者を底辺へ叩き落とし、踏みにじることに慣れきった冷酷な愉悦が宿っている。
「男としてのプライドを守って、三人揃って一週間も経たずにはゴミ溜めに転がるか。それとも、使いこなせもしねえ高位の精霊を道具として差し出して、泥水を啜ってでも生き延びるか。……お前が頷くだけで、鑑札も、当面の宿も、全部手に入るんだぜ?」
吐き気がした。
怒りでも、義憤でもない。自分自身の無力さに対する、底の抜けた自己嫌悪だった。
俺が男として機能していれば。
俺に魔力を操り、彼女たちを十全に使役する力があれば。こんな薄汚い豚のような男に頭を下げることも、理不尽な要求を突きつけられることもなかったはずだ。
だが、今の俺は何ひとつ持っていない。
金も、地位も、力も、そして股間の尊厳すらも。
「……リュージ君」
ホムラが、消え入りそうな声で俺の名を呼んだ。
その緋色の瞳には、恐怖や屈辱ではなく――どこまでも深く、痛ましいほどの『献身』が宿っていた。
「私たちは……構いません。もともと、こうなってしまったのは私たちの責任なのですから。あなたが生き延びるためなら、私たちは何を差し出しても……」
「ホムラ! あんた、本気で言ってんの!?」
「本気よ、ヒカリちゃん。リュージ君をこのまま野垂れ死にさせるわけにはいかないでしょう? 私たちは精霊……肉体なんて、契約を維持するための依代に過ぎないわ。そうでしょう?」
そう言って微笑んでみせたホムラの唇が、わずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。
五百年以上を生きてきた高貴な天の精霊。伝承の中で人々に崇められてきた彼女たちが、俺という出来損ないを救うために、その処女すら差し出そうとしている。
胸の奥が、焼け付くように痛んだ。
止めるべきだ。男なら、ここで「ふざけるな」と怒鳴り散らし、窓口を叩き壊して立ち去るべきなのだろう。
だが、立ち去ってどうする?
外には何もない。身分証を持たない俺たちは、ただの被差別民以下、害虫のように駆除されるだけの存在だ。生き延びなければ、何も始まらない。
俺は、ぎりりと奥歯を噛み締めた。
そして――乾いた笑いを、口元に張り巡らせた。
「……いいぜ」
絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく、平坦だった。
「リュージ……?」
ヒカリが信じられないものを見るような目で俺を見つめた。
「どうせ俺には、使いこなせない代物だ。宝の持ち腐れにしておくくらいなら、役に立つ場所で使ってもらった方がいい。……登録料と拠点の斡旋、きっちり頼むぜ」
自虐と強がりで塗り固めた言葉。
女にうつつを抜かす気など端からない。戦いに余計な情はいらない。俺はただ、生き延びるための道具として彼女たちを扱っているだけだ――そう自分に言い聞かせなければ、男としての最後のプライドが砕け散ってしまいそうだった。
職員の男は、下品な哄笑をあげた。
「ハハッ! 話が早くて助かるぜ! そう来なくっちゃな。使いこなせねえ獲物は他人に貸し出して、その上前を撥ねて糊口をしのぐ……へっ、探索者のマネージャーとしちゃあ、上出来の割り切り方だ」
太った男はいやらしげにニヤリと笑う。
「奥の部屋へ来てもらおうか。手続きと……『研修』を済ませなきゃならねえからなぁ……」
男がカウンターの脇にある頑丈な木製ドアを顎でしゃくった。
ホムラは静かに一礼し、ヒカリは唇を血がにじむほど噛み締めながら、俺の横を通り過ぎていく。
すれ違いざま、ヒカリの金色の瞳が俺の視線と交錯した。
そこにあったのは侮蔑ではなかった。
俺の不能を自らの罪として受け止め、それを誤魔化すように、そして俺の傷ついた自尊心を必死に守るようにして俯く、あまりにも痛々しい少女の顔だった。
石造りの執務室の奥、頑丈な鉄帯の巻かれた樫の扉が、軋んだ音を立てて内側から重く閉ざされた。
カチャリ、と真鍮の鍵が回る乾いた音が、静まり返った部屋の空気に落ちる。
部屋の中に立ち込めるのは、湿気を含んだ古い紙束の饐えた匂いと、卓上の蝋燭から立ち上る獣脂の焦げた煙、そしてあの丸々と肥え太った窓口職員――ギルドの受託窓口を牛耳る男が発する、脂ぎった体臭だった。
俺は部屋の隅、結露で濡れた冷たい石壁に背を預けて立っていた。
逃げ出すことは許されない。
立ち会うことこそが、男が突きつけてきた「研修」の条件であり、担保の所有者として鑑札を受け取るための手続きだった。
「……さて」
男は上等な羊毛のチョッキの留め金を一つずつ外しながら、太い喉を鳴らした。
はち切れんばかりに膨らんだ腹部が露わになり、寝脂で黄ばんだ麻の肌着がだらしなく覗く。小豆色の濁った双眸は、部屋の中央に並んで立つ二柱の精霊――ヒカリとホムラの肢体を、這い回る虫のように舐め回していた。
「契約者さんよ。そこに突っ立って、しっかり見届けておくんだな。お前さんが背負うべきだった登録手数料三千レアル……その軽すぎる重みを、この二人がどうやって肩代わりするのかをよ」
男の言葉を、俺は硬直したまま受け止めた。
指先を握り込む。
下腹部に意識を落とすたび、底なしの冷えと虚無が広がる。異世界に投げ出され、森の魔獣に八つ裂きにされかけたあの時、遠距離から強引に結ばれた緊急契約の代償。生体魔脈の根幹を焼き切られた俺の股間は、石のように沈黙したままだ。
目の前に立つ二人は、息を呑むほど美しい。
だが、その美しさは俺の男としての機能を呼び覚ますどころか、己の無力さと惨めさを容赦なく抉り出す刃にしかならなかった。
「……ぐだぐだ喋ってんじゃないわよ、豚」
沈黙を切り裂いたのは、ヒカリの鋭く尖った声だった。
黄金の長い髪を微かに揺らし、夜明けの光のような金の瞳で男を射抜いている。白銀と薄布で編まれたミニドレス状の軽装甲。その細い肩をわずかに怒らせ、強がりを貼り付けた唇を吊り上げていた。
「見世物小屋の猿じゃあるまいし、じろじろ値踏みしてないで、さっさと済ませなさいよ。鑑札と拠点の書類は、あそこの机の上に置いてあるんでしょうね?」
早口で、突き放すような口調。
だが、俺には分かっていた。
彼女の華奢な指先が、白銀の装甲の縁を白くなるほど強く掴んでいるのを。五百年以上もの間、人界の御伽噺で『天の精霊』として語り継がれ、気高く清らかな存在として崇められてきた誇りが、今まさに足元から崩落しようとしているのを。
「威勢がいいねえ。だが、その生意気な口がいつまで保つか見ものだぜ」
男は下卑た嗤いを浮かべ、太い脚を踏み出して距離を詰めた。
靴底が床の敷石を擦る重苦しい音が響く。
「ヒカリちゃん」
その時、隣に立つホムラが静かに進み出た。
鮮やかな紅のショートヘアを揺らし、燃えるような緋色の瞳を男へと向ける。ヒカリと双子のように酷似した端整な顔立ちでありながら、その表情には恐ろしいほどの静寂が湛えられていた。
「ホムラ……?」
「大丈夫よ、ヒカリちゃん。私が先にいきます」
ホムラの声は、水面のように穏やかだった。角のない、いつもの丁寧語。
だが、その瞳の奥には、仲間のためなら自らの存在すら焼き尽くしても構わないという、苛烈なまでの献身の焔が灯っていた。
「おいおい、順番を譲り合う余裕があるのかい? どっちからでも構わねえが、こっちは高い金を立て替えるんだ。相応の価値を示してもらわねえとな」
男が伸びた手を、ホムラの肩へとかける。
真紅の軽鎧の隙間、白く滑らかな鎖骨のあたりに、男の脂ぎった指が這う。
ピクリ、とホムラの肩が跳ねた。微細な拒絶。だが彼女は身を引かず、むしろ自ら男の方へと半歩、歩み寄った。
「価値なら、十分にお見せできるはずです」
ホムラは男の目をまっすぐに見据えたまま、平然と言い放った。
「私たちは天の精霊……人の世の理からは外れた存在。この身に宿る魔力も、肉体の純潔も、すべては契約者であるリュージ君を生かすためにあるのですから」
「おい、ホムラ――」
俺の喉から、掠れた声が漏れ出た。
止めろ、と言うべきだった。
俺なんかのために、そこまで尊厳を投げ打つなと叫ぶべきだった。
だが、その言葉は声帯の途中で凍りつき、形を成さなかった。
ホムラが、ゆっくりと首を巡らせて俺を見たからだ。
その緋色の瞳に見つめられた瞬間、俺の胸は激しい罪悪感に貫かれた。
そこにあったのは、恨みでも絶望でもない。
自分たちの拙速な契約によって俺の身体を破壊してしまったという、底知れない負い目。そして、その罪を贖うためなら、どんな泥水の中に自らを沈めても構わないという、痛ましいまでの祈りだった。
「リュージ君、見ていてください」
ホムラの唇が、小さく動いた。
音にならないほどの微かな吐息。
「あなたが生き延びて、この理不尽な世界で立ち上がるための礎になれるなら……私の純潔など、ほんの端金に過ぎません」
男の手が、ホムラの真紅の軽鎧の留め具にかけられた。
ガチャリと乾いた金属音が部屋に響き渡る。
外された胸当てが床に落ち、石畳を叩いて鈍い音を立てた。
たわわに実った豊かな双眸の輪郭が、暴力的なまでの白さとともに露わになる。熟れた果実のような胸の谷間に、蝋燭の赤黒い光が濃い陰影を落としていた。
「異界から訪れたあなたを見た時、私たちはあなたに運命を見たんです。だから、どうかあなたを私の火で導かせてください」
「ぐへっ……たまんねえな。伝承の炎の精霊様が、こんな下品な身体をしてやがるとは。精霊の絵本でもエロいと思ってたが……そのまま、むしろそれ以上じゃねえか」
男の呼吸が荒くなり、獣のような鼻息が漏れる。
太い指が容赦なく、剥き出しになったホムラの柔肌を鷲掴みにした。
指が肉にめり込み、歪な形に変形する。
「……んっ」
ホムラの喉から、押し殺した短い吐息が漏れた。
眉が痛ましげに寄せられるが、瞳の光は決して曇らない。
彼女は奥歯を噛み締め、両手を背中に回してぴったりと揃え、ただ直立して男の無作法な蹂躙を受け止めていた。
「っ……! その薄汚い手を退けなさいよ、この豚野郎!」
ヒカリがたまらず前に出ようとした。
その金色の瞳には涙が浮かび、怒りと屈辱で全身を震わせている。
「駄目よ、ヒカリちゃん……!」
胸を揉みしだかれながら、ホムラが鋭く制止した。
「暴れては駄目です。この男の気分次第で、契約は反故にされてしまいます……! 私たちは、リュージ君がこの世界で生きるための身分を手に入れなければならないのですよ!」
「でも……! ホムラ、あんた……っ!」
「私は、平気です。……身体が汚れたところで、私の魂がリュージ君の刃であることに、何の違いもありませんから」
ホムラはそう告げると、男の脂ぎった顔を真正面から見つめ直した。
そこにあるのは、侵されようとしている牝の怯えではない。
理不尽な災厄を受け止め、ただ静かに耐え忍ぶ、頑固なまでの守護者の佇まいだった。
「へっ、気丈なこったな! だが、いつまでそうやって澄ましてられるか!」
男は下卑た哄笑をあげると、ホムラの腰を抱え上げ、部屋の中央にある頑丈な執務机の上に乱暴に押し倒した。
書類の束がバサバサと床に散らばる。
机の冷たい木肌に背中を打ち付けられながらも、ホムラは声を上げず、ただ天井の梁を見つめていた。
男の太い手が、彼女のホットパンツを強引にずり下ろす。
布地が剥ぎ取られ、すらりと伸びた引き締まった太腿と、その合間に隠された神聖な肉の門が、生々しい空気の中に晒された。
男の視線を受け、ホムラの太腿の内側が微かに痙攣するように震える。
五百年以上、誰の侵入も許したことのない絶対の聖域。
男は己のズボンを引き下げ、赤黒く充血した醜悪な肉塊を露出させた。
鼻を突く饐えた獣の臭気が、狭い部屋の中に一気に充満する。
「おい、炎の精霊様よ。しっかり脚を開きな」
男の太い指が、ホムラの膝を左右に割り開く。
抵抗はなかった。
ホムラは自らの意志で、ゆっくりと、その脚を外側へと開いていった。
滑らかな肉の割れ目が引き絞られ、無防備な中心が剥き出しになる。
「ホムラ……っ!」
ヒカリが両手で口元を覆い、しゃがみ込みそうになるのを、必死に踏みとどまっていた。
金の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
あんなにも勝ち気で、生意気な口ばかり叩いていたヒカリが、子供のように唇を噛み、泣きじゃくりながらその光景を見つめていた。
そして、俺は。
壁に手を付いたまま、一歩も動けずにいた。
動かない。
これだけの光景を目の当たりにしながら、俺の下半身は冷え切った鉛のように沈黙している。
胸の奥で煮え滾る怒りと、張り裂けそうな屈辱。男としての本能が狂ったように叫んでいるのに、肉体はそれに何ひとつ応えない。
その生理的な断絶が、俺の心を底無しの闇へと引きずり込んでいく。
――グジュッ。
無慈悲な粘膜の摩擦音が、部屋の静寂を叩き壊した。
「あ……っ、ぐ……ぅ……っ!」
ホムラの身体が反り上がった。
男の分厚く醜悪な亀頭が、潤いも足りない未成熟なホムラの女性器へと強引に割り入っていく。
未踏の肉壁が裂ける痛みに、ホムラの喉から押し殺した悲鳴が漏れた。
「くっ、きついな……! さすがは神話の精霊様だ、処女の締まりが今までの女とは段違いだぜ!」
男が歓喜の声を上げ、腰を無遠慮に押し込む。
ズチュ、ズブリと、生々しい結合の音が響く。
男の肥満した下腹部が、ホムラの滑らかな下腹に激しく衝突した。
その衝撃の瞬間、ホムラの白い太腿の内側を、一筋の鮮血が静かに伝い落ちた。
「うほ〜、気持ちィー」
赤。
彼女の髪と同じ、燃えるような緋色の純潔の証。
それが、冷たい机の木肌の上にポタリと落ち、黒ずんだ染みを作っていく。
「あ……ふ、ぅ……っ! ん、んん……っ!」
ホムラは首を横に振り、乱れる紅の髪を振り乱しながら、必死に呼吸を整えようとしていた。
瞳からは苦痛の涙が滲み出ている。
だが、その視線は――激しく腰を打ち付けてくる男の顔など見ていなかった。
彼女の緋色の瞳は、部屋の隅に立ち尽くす俺だけを、じっと射抜いていた。
「リュージ……君……っ!」
男の抽送に合わせて身体を揺さぶられながら、ホムラは途切れ途切れの声で叫んだ。
掠れ、震え、痛みに引き裂かれそうなその声。
「見て……いて、ください……っ! 私の……この痛みを……っ! あなたが……生きるための……代償を……っ!」
「ホムラ……ッ!」
「私たちは……あなたを、見捨てません……っ! あなたが、どんなに傷ついても……男としての力を、奪われてしまっても……っ! 私たちは、あなたの武器です……っ! だから……っ!」
男の腰が容赦なく打ち据えられるたび、ホムラの言葉は途切れ、苦悶の喘ぎへと変わる。
バチン、バチンと、肉と肉がぶつかり合う下品な破裂音が執務室に木霊した。
男はホムラの豊かな胸を乱暴に揉みしだき、首筋に汚れた唇を押し当てながら、狂ったように腰を振っている。
ホムラの覚悟。
それは、単なる犠牲ではなかった。
俺を不能にしてしまったという十字架を背負い、俺の傷ついた自尊心を救うために、自らの誇りを泥の中に投げ出す――あまりにも深淵で、痛ましいほどの愛だった。
「ホムラ……もういい、もういいから……っ!」
ヒカリが机の足元に駆け寄り、ホムラの手を握りしめた。
「もう喋らないで……っ! わかったから……あんたの覚悟は、全部わかったから……っ!」
ヒカリの涙が、ホムラの握りしめた手にこぼれ落ちる。
ホムラは机の上で荒い息を吐きながら、濡れた瞳でヒカリを見下ろし、力なく微笑んだ。
「ヒカリ……ちゃん……だから、あなたも……」
「……っ!」
「リュージ君を……支えて、あげてね……。私たち二人で……彼を……」
男の腰の動きが急激に速まった。
下卑た獣の唸り声が男の喉から漏れ出し、背中の肉が波打つ。
「オラッ、出るぞ……! 天の精霊の腹の中に、俺の種をたっぷり注ぎ込んでやるッ!」
「あ……っ、や……っ! ん、ああああっ……!」
ホムラの瞳が見開かれ、顎が上を向いた。
男の腰が最奥まで叩きつけられ、静止する。
ドクドクと、濁った欲望の奔流が、彼女の清らかな体内へと吐き出されていく気配が伝わってきた。
ホムラの全身が激しい痙攣に包まれる。
苦痛と、異物の侵入に対する拒絶反応。
それでも彼女は、男を拒むように押し退けることはせず、ただその穢れを全身で受け止め切った。
やがて、男が濁った息を吐きながら、ぐったりとした腰を引いた。
ズルリと肉塊が抜ける音とともに、ホムラの太腿の間から、白濁した粘液と赤黒い血が混ざり合って机の上に垂れ落ちる。
ホムラは机の上に横たわったまま、浅い呼吸を繰り返していた。
その顔には、力尽きた疲労と、役目を果たしたという静かな安堵が浮かんでいた。
「ふう……っ、極上だな。さすがは伝承の精霊だ。中が吸い付くように締め付けてきやがった」
男は下腹部の汗を拭いながら、満足げに脂ぎった顔を歪めた。
そして、その濁った視線が、床にしゃがみ込んでいたヒカリへと向けられる。
「さて……次は金髪のお前さんだ。約束通り、二人分きっちり貰わねえとな」
ヒカリの身体が、ビクンと跳ねた。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
涙で濡れた頬を乱暴に腕で拭い、男を睨みつける。
その金の瞳は、激しい怒りと、それ以上の恐怖に揺れていた。
五百年以上を生きてきた天の精霊。
誰にも屈したことのない気高い翼。
その彼女が、いま、自ら処刑台へと登ろうとしていた。
「……ヒカリ、もうやめろ」
俺は、絞り出すように言った。
声が震えていた。情けないほどに掠れていた。
「もう十分だ。身分なんかいらない。俺たちはここを出て――」
「馬鹿言うんじゃないわよ、リュージ」
ヒカリが、俺の言葉を遮った。
振り返った彼女の顔には、いつもの強がりな笑みが浮かんでいた。
だが、その唇は血の気が引いて白くなり、小刻みに震えていた。
「ここまでホムラにやらせておいて……私だけが逃げ出すわけないでしょ」
「ヒカリ……」
「あんたが使いこなせないから、他人に貸し出すんでしょ? あんたがさっき、窓口でそう言ったんじゃない」
ヒカリの早口な声が、部屋の石壁に跳ね返る。
棘のある、ぶっきらぼうな口調。
だが、その奥底にある感情を、俺は痛いほど知っていた。
彼女は、俺のプライドを守ろうとしているのだ。
不能となり、力もなく、女を守ることすらできない俺の惨めな心を。
「これは取引だ」「お前が命じたことだ」という体裁を取り繕うことで、俺が男としての罪悪感に押し潰されないように、必死に盾になろうとしている。
「あんたのせいじゃないわよ、リュージ」
ヒカリが、静かに言った。
その瞳の奥から、一粒の涙がすっと筋を作って流れ落ちた。
「あんたの魔脈を焼き切ったのは、私たちの未熟さのせい。あんたから男としての尊厳を奪ったのは、私とホムラの罪よ。……だから、これはその罰。あんたが気にする筋合いなんて、これっぽっちもないんだから」
そう言い放つと、ヒカリは躊躇うことなく自らの薄銀のドレスの合わせ目に手をかけた。
シャラリ、と繊細な留め具が外れる。
布地が肩から滑り落ち、完璧な均整を保った白い肌が露わになった。
ホムラの豊満な肢体とは対照的な、引き締まった少女のようなしなやかさ。尖った鎖骨、大きく形の良い胸、引き締まった細いウエスト。
夜明けの光のような眩い肉体が、豚のような男の前に無防備に晒された。
「おいおい……こっちも堪らねえな。跳ねっ返りの小娘が、脱ぐとこんなに瑞々しいとはよ」
男の喉が鳴った。
息を吹き返した肉塊が、再び鎌首をもたげる。
ヒカリは男に歩み寄ると、ホムラが横たわっていた机の端に、自ら腰を下ろした。
机に残るホムラの血と男の体液に触れ、ヒカリの背筋が粟立つように震える。
それでも彼女は逃げなかった。
「……さっさとやりなさいよ」
ヒカリは自ら両脚を広げ、男へと向けた。
その細い太腿が、羞恥と屈辱で真っ赤に染まっている。
閉じられた肉の隙間から、まだ誰にも触れられたことのない純潔の蕾が覗いていた。
閉じられた蕾が、ヒカリ自らの手で開かれる。
「早くしないと、現界を解いて、この世界から消えてやるから」
「へっ、威勢がいいのはそこまでだ!」
男が飛びつくようにして、ヒカリの細い腰を掴んだ。
骨ばった肉が軋み、ヒカリが小さく呻く。
男は湿り気も待たず、己の先端を、ヒカリの狭い裂け目へと押し当てた。
「く……っ、あ……っ!」
ヒカリの顔が苦痛に歪む。
肉を強引にこじ開けられる感覚に、彼女の小さな手が男の太い腕に爪を立てた。
だが、男は構わず、全体重をかけて腰を突き入れた。
ブツン、と。
何かが千切れるような、架空の音を俺の耳は聞いた気がした。
「う……っ! あ、ああっ……痛い……っ!」
ヒカリの口から、悲鳴が弾け飛んだ。
さっきまでの強がりが嘘のように、彼女の瞳から堰を切ったように涙があふれ出す。
細い身体が激しく捩れ、机の縁を掴む足先が宙を泳いだ。
処女の破瓜の血が、ヒカリの白く滑らかな内股を鮮烈に染め上げた。
男の荒々しいピストンが始まる。
ドン、ドンと、机が軋む音が鳴り響く。
ヒカリの華奢な身体は、大木に揺さぶられる小枝のように無慈悲に跳ね飛ばされていた。
「痛い……っ、痛いよぉ……っ! リュージ……っ、リュージ……っ!」
子供のような泣き声で、ヒカリが俺の名を呼んだ。
強がりも、高位の精霊としての誇りもすべて剥ぎ取られ、ただの痛みに怯える少女の叫びが部屋を満たす。
俺は、動けなかった。
ただ、奥歯が砕けるほど噛み締めていた。
目の前で、俺のために、二柱の古代精霊が汚されていく。
俺がまだ一度も触れたことのない、その神聖な躰を、見ず知らずの豚のような男が先に使っている。
その光景のすべてが、俺の網膜に焼き付けられた。
忘れられるはずがなかった。
忘れてはならないのだ。
この泥水の味を。この無力さの痛みを。
彼女たちが俺のために支払った、計り知れない犠牲の重さを。
「あ……っ、う……っ! お、奥……っ、壊れちゃう……っ! やだ……っ、抜いて……っ!」
ヒカリの泣き叫ぶ声が、男の荒い喘ぎ声にかき消されていく。
男は悦楽に顔を歪ませながら、ヒカリの小さな腰を掴んで激しく打ち据え続けた。
金色の髪が乱れ、床に散らばった書類の上に散る。
その瞳の焦点が定まらなくなり、苦痛とショックで意識が朦朧としていくのが分かった。
それでも。
ヒカリの左手は、机の脇に倒れ込んでいたホムラの手を、固く、固く握りしめていた。
二つの白い手が、互いの血と汗に濡れながら、決して離れまいと指を絡め合っていた。
双翼の天の精霊。
伝承に語られる精霊たちが、いま、最底辺の泥沼の中で、互いを支え合いながら俺のために全てを差し出している。
「ぐおおおおっ……! こっちにも……出すぞッ!」
男の絶叫とともに、最後の激しい衝撃がヒカリの身体を貫いた。
男が全体重を押し付け、ヒカリの腹が不自然に押し上げられる。
ビクビクと、ヒカリの細い脚が痙攣した。
喉から掠れた息が漏れ、彼女の金の瞳から光が消えかける。
男が満足げに息を吐きながら身体を引き抜くと、ヒカリの股間からも、赤い血を帯びた白い濁流が溢れ出し、机の縁から床へと滴り落ちた。
ポタ、ポタと。
静まり返った部屋に、体液の滴る音だけが響いていた……。
男は乱れた衣服を整えながら、机の上に置かれていた真鍮の鑑札と、一枚の粗末な羊皮紙の束を拾い上げた。
そして、それらを俺の足元へと放り投げた。
「……持って行きな」
男は下卑た笑みを浮かべ、脂ぎった手で鼻を擦った。
「探索者の登録鑑札と、外郭のスラムにある小屋の鍵だ。代金は……十分に貰ったぜ。さすがは天の精霊様だ、これなら銀貨30枚……三千レアル以上の価値はあった。最初から身分があって処女オークションでも開けてれば、金貨が100枚は貰えたかもしれねえなあ」
ねっとりとした男の声。
金属の鑑札が、冷たい石畳を滑って俺の爪先に当たった。
俺は、無言で腰を落とした。
震える指先で、血と体液の匂いがこびりついたその鑑札を拾い上げる。
冷たい。
あまりにも冷たく、そして重かった。
「……おい、お前さん」
男が部屋の出口に向かいながら、嘲るように振り返った。
「いいマネージャーになれるぜ。使いこなせねえ上等な道具は、こうやって他人に貸し出して金を稼ぐ……それが、お前みたいな不能のカスが生き延びる唯一の道だ。精霊共も、いい働き口が見つかって喜んでるんじゃねえか?」
扉が開き、男の重い足音が廊下の向こうへと消えていった。
部屋には、俺と、傷つき倒れた二柱の精霊だけが残された。
俺はゆっくりと立ち上がり、机へと歩み寄った。
ホムラは上半身を起こそうとして、力なく倒れ込み、それでも必死に俺を見上げようとしていた。
ヒカリは机の上に横たわったまま、荒い息を吐き、涙でぐしゃぐしゃになった顔を腕で隠していた。
「……すまない」
俺の口から出たのは、そんな陳腐で、無意味な一言だけだった。
「……ば、か……」
腕の隙間から、ヒカリの掠れた声が返ってきた。
腫らした金の瞳が、俺を見据える。
「謝ったら……許さないわよ……。私たちは、あんたの……武器なんだから……」
強がりだった。
純潔を踏みにじられたばかりの少女が、なおも俺の傷を庇おうとして紡ぎ出す、痛々しい強がり。
「リュージ君……」
ホムラが、震える手を伸ばしてきた。
血と男の体液に汚れた、その白い手。
俺はその手を、両手でしっかりと握りしめた。
「身分が……手に入りましたね……」
「ああ」
俺は頷いた。
声が震えないよう、喉の奥に力を込める。
「手に入った。お前たちのおかげだ」
「……よかった」
ホムラは、心からの安堵をたたえて微笑んだ。
その微笑みが、俺の胸をどれほど残酷に引き裂いたか、彼女は知る由もないだろう。
俺はボロ布を脱ぎ、二人を包み込むようにして抱き上げた。
神聖な光と炎の精霊。
いま、俺の腕の中にいる二人は、酷く冷たく、そして信じられないほど軽かった。
動かない股間の肉を、俺は心の奥底で嘲笑った。
そうだ。俺は不能だ。
彼女たちを女として抱くことも、その純潔を自ら奪うこともできない、出来損ないの男だ。
だが――。
俺は仮初とはいえ身分を手に入れた。この泥沼の世界を、どうにかしてでも生き抜いてやる。
俺がまだ一度も使ったことのない精霊と武器を、他の奴らが先に使っていくのなら。
その屈辱と泥水を、最後の一滴まで呑み干してやる。
彼女たちの流した血と涙のすべてを、俺が生きるための燃料に変えて。
いつか、彼女たちが奪われた尊厳を、何百倍にして恩返してやる。
俺は二柱の精霊を抱き締め、薄暗い執務室を後にした。
冷たい雨が降り始めたイロドジナの広い世界へ、泥にまみれた俺たちの歩みが、静かに踏み出されていった。