※この作品はR-18です。

ネトリア王国のエッチな物語   作:田中白赤

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三話◯

 重い樫の扉が背後で閉ざされた瞬間、探索者ギルドの喧騒がふつりと遮断され、街の裏手に広がる湿った路地の静けさが俺たちを包み込んだ。

 

 鼻腔を突くのは、腐った残飯と泥濘、そして街の防壁に吹き溜まった獣の脂の臭い。

 だが、その不快な悪臭すら吹き飛ばすほど強烈に、俺の隣からは濃密な気配が立ち上っていた。

 

 男の体液と、汗と、焼けつくような高純度の魔力の残り香。

 つい先刻まで、あの太ったギルド職員の脂ぎった肉体に組み敷かれ、蹂躙されていた二柱の天の精霊――ヒカリとホムラから漂う、生々しいまで男の匂いだった。

 

「……っ、ふぅ……」

 

 ヒカリが乱れた金髪を指先で払い、荒い息を吐き出す。

 白銀の装甲と薄布で覆われたその肢体は、激しい行為の熱を帯びたまま微かに紅潮していた。薄布の隙間から覗く白い腹部や内太腿には、太った男が貪り食うように残した赤黒い鬱血斑が幾重にも散り、零れ落ちた白濁の飛沫が乾きかけの膜となって艶めかしく光っている。

 男の生体魔力を直に注ぎ込まれた結果、彼女の纏う大気には、本来の純白とは異なる淀んだ熱気がパチパチと弾けていた。

 

「大丈夫ですか、ヒカリちゃん……足元が、少しふらついています」

 

 隣で寄り添うホムラが、心配そうに声をかける。

 だが、そう言うホムラ自身もまた、決して無事とは言えない有様だった。豊かな胸元を包む真紅の軽鎧は歪み、ホットパンツの縁からは海産物にも似た男の匂いが立ち上っている。緋色の瞳は潤み、男の激しいピストンを受け止めた腰回りは、今なお微かに痙攣を繰り返していた。

 それでも彼女の体内には、職員から奪い取った魔力が熱く循環しており、掌の先で小さな紅蓮の火の粉がチリチリと燻っていた。

 

 

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 二人が自らの処女を売り払い、手に入れたもの。

 俺のポケットの中で冷たく重みを持つ、探索者の真鍮鑑札と、外郭スラムの掘っ建て小屋の鍵。

 そして――あの豚のような職員が彼女たちの胎内に注ぎ込んだ、一時的な「魔力」だった。

 

「……平気よ。あんな脂ぎった豚の魔力、胸焼けがして吐き気がするけど……でも、これで少しの間は、あんたの魔脈が死んでても私たちが力を使える。……そうでしょう?」

 

 ヒカリが強がりを込めて金の瞳を吊り上げ、俺を見上げてくる。

 その声音には、俺の不能に対する配慮と、自らの体を犠牲にして主を救ったという痛々しい自負が入り混じっていた。

 

「……ああ。恩に着る」

 

 俺は感情を押し殺し、乾いた声で短く応えた。

 ボロ布のような衣服の隙間から晒す泥まみれの皮膚の下で、俺の魔脈は炭化し、完全に沈黙している。

 二人の極上な美貌と、男に犯されたばかりの淫らな痕跡を間近で見せつけられても、俺の股間は冷たい鉛のように垂れ下がったままだ。頭の中ではドス黒い惨めさと劣等感が渦巻いているというのに、肝心の男根は何の反応も示さない。

 

 俺は不能だ。

 彼女たちを救うことも、彼女たちの処女を奪うことも、彼女たちを満足させることもできない、ただの無力な出来損ない。

 だが、立ち止まっている暇はなかった。

 

「ホムラ、ヒカリ。あのデブ職員から貰った魔力は、いつまでも残っちゃくれないんだろ」

 

「はい……」

 

 ホムラが胸元に手を当て、痛ましげに頷く。

 

「外部から注入された異物の魔力は、私たちの体内にあるだけで急速に揮発し、大気へと溶けていきます。長くて数時間……半日も持たないでしょう。この魔力が尽きれば、私たちは再び武器を具現化することすらできなくなります」

 

「なら、今すぐ動くぞ。手に入ったのは紙切れの鑑札とボロ小屋の鍵だけだ。金もなけりゃ、今日の飯も、明日の宿代もない。あいつの魔力が残ってるうちに、外郭の瓦礫か廃墟を漁って、金目の物を一つでも多く拾い集める」

 

 俺が冷徹な仮面を被って言い放つと、ヒカリが小さくフンと鼻を鳴らした。

 

「わかってるわよ。使いこなせない道具は使い潰せ、って顔ね。……いいわ、案内しなさいよ。魔力があるうちなら、瓦礫の山くらい吹き飛ばしてあげるから」

 

 俺たちは街の最外周、防壁の内側に張り付くように密集するスラム街のさらに奥――かつての大戦や魔獣被害で崩壊し、放置されたままの「旧区画」の廃墟群へと足を踏み入れた。

 

 崩れた石壁、朽ち果てた木骨の残骸、泥水が溜まった巨大なクレーター。

 昼間だというのに厚い雨雲が太陽を遮り、湿った風が廃墟の隙間を吹き抜けていく。

 生き延びるために、拾えるものは何でも拾う。鉄くず、使えそうな金具、貴族の館から崩落した装飾品の破片。わずか数レアルにでもなれば、数日分の粗末な黒パンと干し肉に変わる。

 

「リュージ君、あそこの崩落した建物の下……何か魔力に反応する金属の気配があります」

 

 ホムラが指差したのは、半壊した二階建ての石造り倉庫の残骸だった。

 巨大な梁と瓦礫が折り重なり、地下へと続く階段を完全に塞いでいる。通常の人間がスコップや腕力だけで掘り起こすなら、丸一日はかかるであろう瓦礫の山だ。

 

「ヒカリちゃん、いきますよ」

「了解。さっさと片付けるわよ!」

 

 ホムラが右手をかざすと、手のひらから噴き出した炎が熱風となって渦を巻き、瓦礫を支えていた朽ちた木材を一瞬で炭化させて焼き崩す。

 続いてヒカリが地を蹴り、跳躍した。

 手の中に閃光が奔る。職員の魔力を吸い上げて形作られた、不完全ながらも鋭利な『光の剣』。その白銀の刃が一閃すると、数トンはあろうかという巨大な石材が豆腐のように両断され、砂煙を上げて左右へと弾け飛んだ。

 

 ドゴォォン! と重い地響きが鳴り響く。

 瓦礫が吹き飛び、地下へと続く崩れかけた階段が露わになった。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 ヒカリが剣を消滅させ、膝に手を突いて肩を揺らした。額から汗が滴り落ち、肌の赤みが引いていく。

 

「くっ……やっぱり、ちゃんとした契約のない赤の他人の魔力じゃ効率が悪すぎるわ。一撃放っただけで、体内の魔力が半分近く抜けちゃった……」

 

「無理は禁物ですよ、ヒカリちゃん。でも……道は拓けました」

 

 ホムラが息を整えながら、暗い地下室の入り口を見つめる。

 

 俺は懐から、森で拾った粗末な発火具を取り出そうとしたが、ホムラが指先に小さな豆粒ほどの火を灯してくれた。

 

 

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「足元、気をつけてくださいね」

「ああ、助かる」

 

 崩れかけた石段を慎重に降りていく。

 カビと湿気、そして長い年月放置された機械油の饐えた匂いが鼻腔を突いた。

 地下室は外の廃墟よりも幾分か原型を留めていた。かつて何らかの工房か、私設の保管庫として使われていたのだろう。壁際には錆びついた棚が倒れ、床には壊れた歯車やガラス片が散乱している。

 

 だが、金貨や宝石のような分かりやすい宝物は見当たらない。

 

「……反応はあったっていうのに……空振りかしら? 骨折り損のくたびれ儲けなんて、笑えないんだけど……」

 

 ヒカリが不満げに尖った唇を尖らせ、瓦礫を蹴飛ばした。

 

「いや、待て」

 

 俺の足が止まった。

 部屋の最奥、崩れた壁の隙間に、異様な存在感を放つ鉄の檻のような設備が埋もれていた。

 それは巨大な円筒形のカプセルだった。

 表面には幾重もの配管と、埃を被った真鍮の計器類。ガラス面は分厚い泥と煤で覆われ、内部を窺うことはできない。

 

「ホムラ、明かりを寄せてくれ」

 

「はい」

 

 

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 ホムラが指先の灯火を近づける。

 俺は泥まみれの袖で、カプセルのガラス面をゴシゴシと力任せに拭い取った。

 煤が剥がれ落ち、内部の様子が露わになった瞬間、俺の喉から息が漏れた。

 

「……女の子……?」

 

「え……?」

 

 ヒカリとホムラが同時に覗き込んでくる。

 

 カプセルの中に収まっていたのは、一体の丸まった少女だった。

 いや――少女の形をした、精巧極まる人形。

 

 

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 身の丈はホムラやヒカリよりもやや小柄だが、その体躯は目を見張るほど肉感的だった。

 全裸が故に見える、豊満すぎるほどの胸のふくらみ。そして、布地を押し広げるように張り出した大きな尻と、健康的な太さに引き締まった太腿。

 顔立ちはどこかあどけなさを残した愛らしい造形をしている。短めに切り揃えられた黒と白の混ざった色の髪が、液体の入ったカプセルの中で揺れていた。

 

 だが、呼吸はない。

 胸の上下動はなく、閉ざされた瞼はピクリとも動かない。

 皮膚のように見える表面は、至近距離で見ればわずかに金属の光沢を帯びており、首筋や手首の継ぎ目に極小のジョイントが確認できた。

 

「人間じゃ……ないわね」

 ヒカリが眉をひそめ、カプセルの縁を指先でなぞる。

「この構造……古代のオートマタ? こんな吹き溜まりの地下に、どうして放置されてるのよ」

 

「オートマタ……自立型の機械人形か」

 

 俺は呟き、カプセルの足元にある制御盤に目を落とした。

 真鍮のプレートには、煤に塗れた古代文字が刻まれていた。天の精霊との契約を通じて頭の中に流れ込んできた断片的な知識が、その文字を脳内で翻訳していく。

 

『自立型多機能サポート機体:ヒバナ』

『ステータス:魔力枯渇によるスリープモード』

『動力炉:熱魔変換炉(残余熱源:ゼロ)』

 

「ヒバナ……それが、こいつの名前か」

 

「サポート機体……ということは、雑用や警護のために作られた従機ですね」

 

 ホムラがしゃがみ込み、ガラス越しにヒバナの顔をじっと見つめた。その緋色の瞳に、どこか同情の色が浮かぶ。

 

「動力炉の熱魔が完全に尽きて、休眠状態に陥っているようです。もう何十年……いえ、何百年もこの暗闇の中で、燃料が補給されるのを待っていたのかもしれません」

 

「……金になるか?」

 

 俺の口から出たのは、冷徹極まる打算の言葉だった。

 

「この機械人形を地上に引っ張り出して、ギルドか骨董商に売り払えば、どれくらいの金になる?」

 

「リュージ……あんたねぇ」

 

 ヒカリが呆れたように腰に手を当てた。

 

「こんな骨董品、動かないただの鉄屑なら、買い叩かれてせいぜい銀貨10枚、千レアルくらいよ。重いし、運ぶだけでも一苦労じゃない。……だけど、もしこれが正常に動く自立機なら、話は別よ。探索者の前衛盾や荷物持ちとして、貴族や上位パーティが金貨数十枚で買い取ることもあるわ」

 

 動けば、値段が跳ね上がるねえ。

 だが、動かすためには燃料が必要だと。

 

「熱魔変換炉……動力は何だ?」

「熱と魔力よ」

 

 ヒカリが肩をすくめる。

 

「本来なら、高純度の『蓄魔石』とかいうバカ高い魔石を炉に放り込んで起動させるの。そんなもの、今の私たちが持ってるわけないじゃない」

 

「……あの、リュージ君」

 

 ホムラが、おずおずと手を挙げた。

 

「蓄魔石はありませんが……私の体内に、先ほどのギルド職員から譲り受けた魔力が、まだ少し残っています。そして私の属性は『炎』……熱魔変換炉の要求するエネルギーと、完全に合致します」

 

「ちょっと、ホムラ!」

 

 ヒカリが声を荒らげた。

 

「あんた、何考えてんの!? その魔力は、私たちが街で野垂れ死なないための、最後の自衛手段よ!? あんな豚野郎に体を差し出してまで手に入れた魔力を、こんな動くかどうかもわからないポンコツ機械に分け与える気!?」

 

「でも、ヒカリちゃん」

 

 ホムラは穏やかに、しかし絶対に退かない強い眼差しでヒカリを見つめ返した。

 

「このまま魔力を抱えていても、あと数時間で自然に消えてしまいます。それなら……この子を目覚めさせて、私たちの力になってもらう方が、リュージ君のためになるのではありませんか? オートマタの骨格は極めて頑丈です。もし動いてくれれば、戦えないリュージ君を守る盾になってくれます」

 

 ――リュージ君のため。

 その言葉が、俺の胸に鋭い棘のように突き刺さる。

 さっきだってそうだ。彼女たちは、自らの尊厳を削り、泥を啜りながら、すべてを「俺のため」と肯定して笑うのだ。俺という不能の荷物を背負い続けるために。

 

「……ホムラ。お前が使って、魔力がゼロになっても文句は言えねえぞ」

 

 俺は奥歯を噛み締めながら、突き放すように言った。

 

「動かなかったら、ただの無駄骨だ」

 

「はい。覚悟の上です」

 

 ここで魔力を使い切れば、スラムでまたホムラとヒカリが「客」を取ることになる。それを考えるだけで、背筋が冷える。この感覚を、俺はこれからどれだけ覚えることになるのだろうか。

 苦虫を噛む潰す俺にホムラは柔らかく微笑むと、カプセルの側面に備え付けられた手動の開放レバーを握った。

 

 

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 軋んだ金属音とともに、固着していたハッチがプシューッと重い排気音を立てて開く。

 数百年の封印を解かれた液体が、地下室の淀んだ空気と混ざり合い、白い靄と共に吹き出した。

 

 カプセルの中から、ぐらりとヒバナの身体が前へと倒れかかってくる。

 俺は反射的に両手を伸ばし、その身体を受け止めた。

 

「ぐっ……!?」

 

 重い。

 見かけの小柄さに反して、ずっしりとした金属骨格の重量が腕にのしかかる。

 だが、肌の感触は驚くほど生々しかった。

 腕へと押し付けられた豊かな胸は、柔らかく弾力を持ち、腰から太腿にかけての肉感的な曲線は、まるで生きている人間の女そのものだった。

 男の欲望を慰安するために作られたという構造が、生々しく伝わってくる。

 ――そして、やはり俺の股間は何ひとつ反応しない。

 こんな可愛らしくてスタイル抜群な美少女の肉体を抱き留めておきながら、俺の下腹部は冷え切ったままだ。情けなさと苛立ちが、喉の奥を熱く焦がす。

 

「リュージ君、そのまま支えていてください」

 

 ホムラがヒバナの背後に回り込み、背中側にある注熱ポートのフタを押し開けた。

 カチリと音がして、内部の真鍮製シリンダーが露出する。

 ホムラがその注熱口に自らの両手を添えた。

 

「――熱よ、宿りなさい」

 

 ホムラの瞳が緋色に輝く。

 彼女の白い手のひらから、真紅の魔力の奔流が迸った。

 ギルド職員から注ぎ込まれた、粘つくような生体魔力が、ホムラの『炎』の神威によって純化され、超高熱のエネルギーへと変換されていく。

 

 ゴォォォォッ……!

 

 ヒバナの胸部の中で、くぐもった燃焼音が響き始めた。

 シリンダーの計器の針が狂ったように跳ね上がり、頭部の放熱角から、シューッと熱い蒸気が吹き出す。

 抱きしめているヒバナの冷たかった肌が、急速に体温を帯びていくのが分かった。

 冷たい鉄の塊だった肉体が、内側から熱を宿し、人間以上の温もりと柔らかさを帯びていく。背中に触れるホムラの顔が、魔力の消耗によって急速に青ざめていくのと対照的に、ヒバナの頬にはほんのりと紅潮が差していく。

 

「くっ……これ、で……っ!」

 

 ホムラが息を荒らげ、パッと手を離した。

 その場にへたり込みそうになるホムラを、ヒカリが慌てて支える。

 

「ホムラ! もう、無茶ばっかりして……!」

 

 ホムラの身体からは、先ほどまで漂っていた職員の魔力の残滓が完全に消え去っていた。

 彼女たちは再び、魔力供給のないただの無力な美しい女へと戻ったのだ。

 

 そして――。

 

 ドクンッ。

 

 俺の腕の中で、確かな「鼓動」が跳ねた。

 心臓ではない。胸部の中央に埋め込まれた熱魔変換炉が、完全に点火した重低音の脈動だった。

 

 カチ、カチ、ジジッ……と頭蓋の奥でリレー回路が接続される音が響く。

 ヒバナの閉ざされていた長い睫毛が、微かに震えた。

 

「……システム、再起動……」

 

 

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 掠れた、しかし張り詰めた鈴のような声が、少女の唇から漏れ出た。

 ゆっくりと、その瞼が押し開かれる。

 

 現れたのは、澄み切った琥珀色の双眸だった。

 光彩の奥で無数の魔力回路が淡く明滅し、焦点が定まっていなかった瞳が、目の前にいる俺の顔をカチリと捉えた。

 

「バイタルスキャン……生体反応を確認。魔力波長……認識不能。……貴方が、アタシの……?」

 

「おい、ヒバナ」

 

 俺は腕の力を緩めず、カプセルに書いてあった名前を低い声で呼びかけた。

 

「聞こえるか。お前は長い間スリープモードに入っていたようだ。動けるか?」

 

 ヒバナの琥珀色の瞳が大きく見開かれた。

 彼女の首と視線が動き、自分の手足を認識するように視線を巡らせる。そして、自らを温めている動力炉のエネルギーの出処を感知したのか、俺の背後にいるホムラへと視線が吸い寄せられた。

 

「あ……熱源……! この、芳醇で暖かくて……圧倒的に上位の、炎の気配……っ!」

 

 ヒバナの顔に、突如として鮮烈な生気が爆発した。

 先ほどまでの無機質な機械の気配が一瞬で吹き飛び、まるで生き生きとした大型犬のような輝きがその全身に宿る。

 

「アタシの炉に火を灯してくれたのは……貴女ですね!?」

 

「え、ええ……そうですけれど……」

 

 圧倒されたホムラが、目を丸くして身を引く。

 

 

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 ヒバナは俺の腕から軽やかに身を躍らせると、床の上に勢いよく着地した。

 ずしりと石床が軋むほどの質量。しかしその動きには一切の滞りがなく、無駄のない筋肉の躍動のようにしなやかだった。

 そして次の瞬間――ヒバナはホムラの足元へと勢いよく滑り込み、手を後ろに伸ばしながら頭を下げて完璧な礼を決めた。

 

 

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「オートマタ、サポート従機ヒバナ! ただいまスリープモードより完全復帰いたしましたッ! アタシを目覚めさせてくださった炎の上位存在……ホムラ先輩! 今日よりアタシの命とこの鋼の肉体、すべて先輩に捧げます!」

 

 体育会系のような、腹の底から響くような快活な大声。

 地下室の埃がビリビリと震えるほどの声量に、ホムラだけでなくヒカリも目を白黒させた。

 

「せ、先輩……? ちょ、ちょっと待ちなさいよ、あんた!」

 

 ヒカリが眉を吊り上げて割って入る。

 

「ホムラに命を捧げるのは勝手だけど、あんたを助けるって決めたのは、そこにいる私たちの主……リュージよ! 主への挨拶が先でしょうが!」

 

「主……?」

 

 ヒバナがくるりと振り返り、琥珀色の瞳で俺をじろじろとスキャンするように見つめた。

 頭のてっぺんから、泥まみれのボロ服、そして下腹部へと視線が下りていく。

 

「ふむ……生体魔脈は完全に炭化、魔力生成能力ゼロ……男性機能停止、完全なインポテンツ反応を確認……! なるほど、この方が先輩方のマスタですね!」

 

「ぶっ――!?」

 

 ヒカリが噴き出し、慌てて口を押さえた。

 

 「ヒ、ヒバナちゃん! なんてことを言うのですか!」

 

 ホムラは真っ赤な顔で両手を振って狼狽している。

 俺の額に青筋が浮かんだ。

 初対面の機械人形に、初手で男性機能の完全停止を大声で看破される屈辱。

 相変わらず何の反応も示さない股間の肉が、さらに小さく縮こまるような錯覚を覚える。

 

「……おい、ポンコツ」

 

 俺は感情を押し殺し、冷ややかにドスの利いた声を絞り出した。

 

「口が減らない機械だな。今すぐスクラップにして骨董商に叩き売られたいのか?」

 

「ごめんなさいッ! なんかいっつも一言多いって怒られるんです!」

 

 ヒバナは悪びれる様子もなく、胸を張ってドンと自らの豊かな胸板を叩いた。

 ぼよんと激しく揺れるその胸の弾力は、どう見ても金属のそれではない。無駄に生々しい肉感的なボディが、空気に晒されて暴れ回っている。

 

「ですが、理解いたしました! ホムラ先輩が慕う主であれば、アタシにとっても大切な雇用主(マスター)です! リュージさん、アタシにできることなら何でも命令してください! 荷物持ち、前衛の肉壁、雑用、野営の薪割り、そして――」

 

 ヒバナは自信満々に腰に手を当て、ぐっと突き出すようにして大きな尻を揺らした。

 

「――男性を気持ちよくする機能も搭載しています! いつでもお申し付けください!」

 

「い、言わないわよ、コイツはそんなこと――ッ!!」

 

 ヒカリの顔が真っ赤に沸騰し、ヒバナの側頭部に強烈なチョップを叩き込んだ。

 

 ゴツィィィン! と鈍い金属音が地下室に響き渡る。

 

「いったああいっ!? な、何をするんですかヒカリさん!?」

「あんたねぇ! 初対面の男に向かって何をサラッと言い出してんのよバカオートマタ! リュージはね、そんな下劣な慰安なんかに興味ないの! 女にうつつを抜かす気なんてこれっぽっちもない硬派な男なんだからね!」

 

 ヒカリが早口でまくしたて、必死になって俺の尊厳を庇い立てする。

 その必死さが、逆に俺の心をチクチクと苛んだ。

 興味がないわけじゃない。下劣な性欲なら人一倍頭の中に渦巻いている。だが、体が応えてくれないからこそ、虚勢を張るしかないのだ。

 

「ヒカリちゃんの言う通りです、ヒバナちゃん」

 

 ホムラもまた、珍しく眉を八の字にして厳格な表情を作っていた。

 

「リュージ君は私たちの主です。軽薄な言葉で尊厳を傷つけるような真似は許されません。……それに、リュージ君のお世話は、私たち二人が責任を持って行いますから」

 

「うぐっ……ホムラ先輩に怒られ……ちゃいました……」

 

 ヒバナは頭を抱え、大きな尻尾を垂れた大型犬のようにしおらしく耳を伏せる仕草をした。

 倫理観が壊れているだけで、悪気は毛頭ないらしい。

 

 俺は深くため息を吐き出し、乱れた髪を乱暴に掻きむしった。

 金目の物を探しに来て、手に入ったのは金貨でも宝石でもなく――飯を食わずとも動くが、余計な機能と口数の多すぎる、お騒がせな機械人形の一体だった。

 

「……ヒバナ」

「ハ、ハイッ!」

 

 ヒバナがびくりと背筋を伸ばす。

 

「お前の動力、ホムラから貰った魔力でどれくらい動ける?」

「現在の充填量で、通常活動なら約三日間です! ですが、本来アタシの熱魔変換炉は、微小な排熱を吸収して再充填できる高効率設計です! ホムラ先輩が雑事で火を熾したり、料理で熱を使ったりする際の『余剰の排熱』を近くで吸い上げるだけで、蓄魔石なしで長時間稼働が可能です!」

 

 長期稼働。燃料費ゼロの肉体労働力。

 前衛の盾になり、荷物を持ち、雑務をこなす頑丈な鉄の身体。

 

 俺はポケットの中の身分票を指先で弾いた。

 金にはならなかった。だが――。

 

「……悪くねえ」

 

 俺は自虐的な笑みを口元に浮かべ、冷ややかに告げた。

 

「俺には魔力もなければ、男としての機能もない。お前たちを戦わせることも、抱くこともできない出来損ないだ。だから俺は、お前たちを道具として使い潰す。生き延びるために、他人に貸し出し、上前を撥ねて日銭を稼ぐ。……それでもついてくるなら、荷物を全部背負え」

 

 突き放すような、冷酷な雇い主の言葉。

 だが、ヒバナの琥珀色の瞳は、濁ることなく爛々と輝いた。

 ヒバナの首のネックレスが燃え上がり、衣服が形作られていく。

 

 

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「わかりました、リュージさん! ホムラ先輩とヒカリさん、そしてリュージさんの盾として、粉骨砕身働かせていただきます!」

 

「……フン。暑苦しいやつ」

 

 ヒカリが呆れたように息を吐き、だがその口元にはわずかに安堵の笑みが漏れていた。

 

「ほら、行くわよ。こんな湿気た地下室、早く出ましょ」

 

「はい。行きましょう、リュージ君」

 

 ホムラが俺の袖をそっと引き、柔らかく微笑みかける。

 

 地下室の階段を上り、外の冷たい空気の中へと這い出る。

 相変わらず空は分厚い雲に覆われ、冷たい雨の気配が風に混ざっていた。

 金はない。拠点はスラムの掘っ建て小屋。

 魔脈は焼き切れたままで、俺の股間は相変わらず死んだように冷たい。

 

 だが、俺の背後には、神話の絵巻から抜け出したような二柱の天の精霊と、お人形のような一体のオートマタが並んで歩いていた。

 俺がまだ一度も使ったことのない武器と身体を、他人に貸し出してでも泥水を啜って生き延びる――その歪で過酷な旅路に、新たな駒が一つ、確かに加わった。

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