拠点として貰ったスラムの掘っ建て小屋の板壁は、隙間風が吹き抜けるたびにギシギシと悲鳴をあげていた。
夕暮れを過ぎ、窓枠に嵌め込まれた油紙の向こうは、急速に濁った藍色から重苦しい泥のような闇へと沈んでいく。
「リュージさん、風が通り過ぎてすっごい寒いです! 暖炉……はありませんので、アタシの頭部の角から熱量を解放して部屋をあったかくしますか!?」
土間の隅で、着物のような衣服を着た豊満な少女の姿をした機械生命――ヒバナが、勢いよく直立不動の姿勢を取って胸を張った。
ばいんと揺れたその巨大な胸部と、無骨な布地を限界まで押し広げる尻の肉感は、人間の男なら誰しも視線を奪われる魅力的な造形をしている。だが、俺の枯れ果てた下腹部は、ピクリとも反応を示さない。
「……いや、いい。その熱は無駄遣いするな。お前の動力炉を回すための貴重なエネルギーだろ。俺なら外套を着込めば凌げる」
「了解です! ですがリュージさんの体温はすごく下がってて、ストレスも凄そうです! 血の気も引いてるみたいですし……あ、アタシがぴったりくっつきましょうか!? あったかいですよ!」
「ヒバナ、ちょっと黙ってくれ」
「分かりました!」
悪気のない、純度百パーセントの善意で伝えられる俺の異変。だからこそ、抉られるように胸が痛い。俺は吐き捨てるように息を吐き、頭を抱えた。
俺がまだ一度たりとも抱いたことのない、伝説に謳われるほど美しく神々しい双子精霊。
ヒカリとホムラ。
その二柱は今、このスラムの薄汚れた路地の先、掘っ建て小屋よりもさらに劣悪な、ドブ川沿いのバラックにいる。
借り手は、この界隈を仕切っているチンピラくずれのスラムの住人たちだ。
今日、ギルドで日銭を稼ぐための斡旋を受けようとしたが、魔脈の死んだ俺に回ってくる仕事などあるはずもなかった。ギルドのデブ職員に二人の処女を差し出して手に入れた探索者の鑑札など、ただの免罪符に過ぎない。
金銭が無く、生きるためのパン一つ、水一杯手に入らない現実に追い詰められた俺たちの前に現れたのが、スラムの廃品回収や下水道の害獣駆除で小銭を稼いでいる、薄汚れた荒くれ男たちだった。
『おいおい、噂の“役立たず”の旦那じゃねえか。後ろのピカピカした別嬪さん二人は、本物の精霊様なんだろ? 下水道の巨大ドブネズミを掃討したいんだが、光と炎の剣がありゃ一網打尽なんだよなぁ』
『貸してくれよ。もちろん、タダとは言わねえ。虎の子の銀貨二枚……いや、奮発して三枚出してやるよ』
男たちの濁った眼が、ヒカリの眩い金髪と露出度の高い白銀の軽装甲、そしてホムラの豊満な肢体を包む真紅のホットパンツを、舐め回すように這い回っていたのを覚えている。
武器を貸し出す。
それは今の俺たちにとって、彼女たちの身体を男たちの好き勝手にさせることと同義だ。
俺の魔力を作り出す器官……魔脈とやらが死んでいる以上、俺からの魔力供給は完全にゼロ。彼女たちが『光の剣』や『炎の剣』を現界させ、魔獣を両断するほどの神威を取り戻すためには、借り手の男から生体魔力を直接注ぎ込まれなければならない。
そして、その魔力譲渡の条件は――粘膜接触。要するに、他所の男と口付けを交わし、あるいは男性器を受け入れ、その体液と精液を……その身に受けることだった。
俺が躊躇い、拳を握りしめて唇を噛み切ったその瞬間、背後から進み出たのはホムラだった。
『お引き受けいたします。リュージ君が飢えに苦しむくらいなら、私の身体など、どうなって構いませんから』
いつもの、ふわりとした穏やかな微笑み。だがその瞳の奥には、俺の身体を不能にしてしまったという、底知れない贖罪の炎が静かに揺らめいていた。
そしてヒカリは、悔しさに眉を吊り上げ、俺の胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄ってきたのだ。
『リュージ! なに情けない面してんのよ! 君は私たちの契約主なの! 道具が使われるのをビビってどうすんのよ! いいから銀貨三枚、しっかり前払いで受け取りなさいよ! ……君に飯を食べさせるためなら、私はどんなこともするから!』
そう言い捨てて、二人はスラムの男たちの下品な笑い声の中へと消えていった。
受け取った冷たい硬貨三枚は、今、俺の粗末な机の上に転がっている。
女を売って得た金だ。それ以外の何物でもない。
「……くそっ」
喉の奥から、乾いた掠れ声が漏れた。
俺が弱くなければ。
あの時、転移してきた俺が魔獣に襲われた時、正規の契約を待てるほどの力があれば。
あるいは、彼女たちを拒絶して死んでいれば、こんな惨めな思いを彼女たちに背負わせずに済んだのではないか。
「リュージさん。眉間のシワが深くなっています。ストレス値が危険域です。やっぱりアタシのおけつを触って――」
「いいって言ってるだろ、ヒバナ……。お前は、怖くないのかよ」
「怖い、とはどういうことでしょうか?」
ヒバナは琥珀色の瞳をぱちくりと瞬かせ、首を傾げた。その仕草だけを見れば、どこにでもいる無邪気な少女と変わりがない。だが彼女の胸の奥で微かに唸りをあげているのは、古代の機構が生み出した歯車と魔力炉だ。
「……あいつらが、見知らぬ男たちにいいように弄ばれてるんだぞ。俺のせいで。俺が使い物にならないせいで、あいつらは武器になるために、赤の他人の男に身体を差し出してる。お前だって、いつそうなるか分かったもんじゃないんだぞ」
自嘲気味に吐き捨てると、ヒバナは少しの間、頭部ユニットを演算させるように低く駆動音を響かせた。
「機械であるアタシにとって、機能を発揮し、上位存在や主の生存を助けることは、存在意義そのものです。そして、ホムラ先輩とヒカリさんは、アタシ以上に明確な決め事を持っておられます」
「決め事だと……?」
「はい。二人はリュージさんのために傷つくことを、こわいと思ってません。むしろ、リュージさんのチンチンを使えなくさせてしまって、こどもを作る能力を壊してしまったことを償えることに、安堵しちゃってるんだと思います。ちょっと、悲しいですけど……」
悲しそうな機械の言葉が、俺の胸の急所を的確に刺し貫く。
そうだ。あいつらは、俺を責めないのだ。
罵倒してくれれば、まだ楽だった。「お前のせいでこんな目に遭うんだ」と、蔑みの視線を向けてくれれば、冷酷な搾取者として開き直ることもできただろう。
だが二人は、俺を守るために、俺を生かすために、自ら進んであの獣のような男たちの元へ向かった。
俺がしっかりと触れたことのないその清らかで柔らかな肉体と、俺に生涯届くことのない大切な秘部を、見知らぬ男たちの欲望の掃き溜めに差し出して。
どれほどの時間が経っただろうか。
夜の帳が完全にスラムを覆い尽くし、遠くで野犬の遠吠えや、酔っ払いの喚き声が響く。
貧乏ゆすりが止まらない。
真っ暗になった室内で、俺は立ち上がり、何度も小屋の中を往復した。
座っていられない。じっとしていると、男たちの下卑た嘲笑と、衣類が剥ぎ取られる音、そして二人の嬌声が、耳元で幻聴となって再生されるのだ。
――ぎし、と外で足音がした。
湿った泥を踏みしめる、重く、引きずるような足音。
「……っ!」
俺は弾かれたように扉へ駆け寄り、粗末な木の閂を外した。
蝶番が軋む音とともに扉を開け放つと、夜の冷気とともに、濃厚な『臭気』が流れ込んできた。
男たちの饐えた汗の臭い。
下水道の泥と腐臭。
そして――濃密な、男の精液と、魔力の残滓が混じり合った、息が詰まるほどの匂い。
「……あ、開いた。……ただいま、リュージ……」
最初に闇の中から姿を現したのは、ヒカリだった。
その姿を見た瞬間、俺の喉から声が消えた。
金色の美しい髪は乱れ、泥と乾いた体液で所々が固まっていた。白銀の軽装甲は留め具が外され、胸元が大きくはだけている。豊満な双躯には、無数の赤黒い鬱血痕と、男の太い指が乱暴に掴んだであろう青痣が、痛々しいほど刻み込まれていた。太ももには白濁した液体が幾筋も垂れ落ち、それが夜風に晒されて冷たく光っている。
だが、その右手には――男たちの生体魔力を貪欲に吸い上げたことで、陽炎のように揺らめく、淡く濁った『光の剣』の柄が握られていた。
「ヒカリ……!」
「なによ、そんな……化け物でも見るような目で、見ないでよ……」
ヒカリは自嘲するように唇を歪めたが、その足取りは覚束なく、今にも崩れ落ちそうだった。
そのすぐ後ろから、ホムラが寄り添うようにして歩いてきた。
ヒカリの肩を抱くホムラの姿もまた、凄惨という他なかった。真紅の軽鎧は胸当てが外され、豊かな胸が裂けた布地から零れ落ちている。乳首の周りには噛みつかれたような生々しい歯型が残り、ホットパンツは引き裂かれて腰の骨のあたりで辛うじて引っかかっているだけだった。
内腿は擦れ合って赤く腫れ上がり、彼女が一歩歩くごとに、注ぎ込まれすぎた男たちの精液が、白濁した雫となってポタポタと足元の泥に落ちる。
「ただいま、戻りました……リュージ君」
ホムラは、ボロボロになった顔で、それでも微笑んだ。
頬には泥が跳ね、唇の端からは精液が垂れていたが、その緋色の瞳だけは、慈愛を湛えて俺を見つめていた。
「下水道の……害獣は、すべて焼き尽くしてきました。男たちも、大変満足して……追加で、干し肉を二包み、くれましたよ……」
「お前ら……その身体……!」
俺は駆け寄り、倒れ込んできた二人を反射的に抱き留めた。
腕の中に飛び込んできた二人の身体は、信じられないほど熱かった。
男たちから無理やりに注ぎ込まれた生体魔力が、彼女たちの体内で暴走し、肌を焦がすほどの熱気を放っているのだ。そして、鼻腔を突く圧倒的な雄の臭い。複数の男たちが、彼女たちの身体のあらゆる場所に欲望を叩きつけた証拠が、生々しい熱とともに俺の肌へと伝わってくる。
俺が一度も触れたことのない場所。
俺が一度も味わったことのない膣。
俺が男として与えてやることのできないすべてを、あのスラムの薄汚れたチンピラたちが、先に奪い去っていったのだ。
「ホムラ先輩! ヒカリさん! いっぱい怪我して汚れてますよ! ただちにアタシが部屋に搬送して、身体をお拭きします!」
ヒバナが素早く駆け寄り、二人を軽々と支えて小屋の中の粗末な藁敷きへと運んでいく。
「……っ、ヒバナ……痛いの、そこ……」
ヒカリが痛みに顔を顰る。だがその声にはいつもの張りがなく、掠れていた。喉の奥まで男のものを受け入れさせられたせいだと、直感で分かってしまう自分が嫌でたまらなかった。
「すまない……すまない、二人とも……俺が、俺が無力なばっかりに……!」
俺は床に膝をつき、二人の汚れた手を握りしめた。
陳腐な謝罪。それしか口から出てこない自分が、心底惨めで、吐き気がした。
すると、ヒカリが弱々しく、だが力強く俺の手を握り返してきた。
泥と乾いた精液で汚れたその指先が、俺の甲に食い込む。
「……謝るなって、言ったでしょ……バカ」
ヒカリは伏し目がちに、だが射抜くような金色の瞳で俺を睨み上げた。
「あんたが謝ったら……アタシたちが、何のためにあんな汚い連中に身体を開いたのか、分かんなくなるじゃない……。アタシたちは、あんたの武器よ。あんたが生きて、明日を迎えるために……頑張ってるだけなんだから……」
「ヒカリちゃん、強がりはそこまでにしましょう……」
ホムラが弱々しく笑いながら、空いているもう片方の手で、俺の頬に触れてきた。
その掌は熱く、微かに震えていた。
「見てください、リュージ君。これが……今の私たちの力です」
ホムラが意識を集中させると、彼女の指先から、ボッと紅蓮の炎が吹き上がった。
かつて原生林で魔獣を瞬殺した、あの神々しい炎の輝き。だがその燃料となったのは、スラムの男たちが彼女の胎内に注ぎ込んだ、下劣極まりない欲望の残りカスだ。
「あの人たちは……とても乱暴で、痛くて、苦しかったです……。でも、彼らが私の中に魔力を注ぐたび、私はこう思っていました。これで、リュージ君に温かいスープを作ってあげられる。これで、リュージ君がこの街で凍えずに済む、と……」
ホムラの瞳から、一筋の涙が零れ落ち、泥に汚れた頬を伝った。
「私の初めても、この身体の温もりも……本当なら、すべてリュージ君だけに捧げたかった。でも、それが叶わないのなら……この身体を薪にして、リュージ君の命の火を灯し続けることこそが、私の罪滅ぼしであり……私の、想いなんです」
「ホムラ……」
息が止まりそうだった。
その想いが、あまりにも重く、あまりにも痛々しい。
俺の不能という絶望的な欠損が、彼女たちをここまで追い詰め、そして歪んだ自己犠牲へと駆り立てている。
俺が彼女たちを抱くことができないからこそ、彼女たちは他の男に抱かれることでしか、俺の役に立つことができないのだ。
「……よし、準備できましたー!」
ヒバナがバケツに汲んできた冷たい井戸水とボロ布を抱えて戻ってきた。
「体内に残ってる他者の魔力は、半日も経たないで消えちゃいます! それまでの間、アタシが二人の魔力を貰って、動力炉のチャージを行いつつ、せーえきの清拭を実施します! リュージさん、指示を!」
ヒバナの元気な声が、張り詰めた空気を辛うじて現実に繋ぎ止める。
俺は一度強く目を閉じ、今ある感情を一旦飲み干してから、目を開いた。
使役者の。クズな搾取人の仮面を被るんだ。
同情や罪悪感で泣き言を言っている場合じゃない。ここで俺が折れたら、彼女たちの流した血も涙も、差し出した尊厳も、すべてが無意味になる。
「……ヒバナ、二人の身体を拭いてやれ。傷口には、ギルドで掠め取ってきた消毒用の薬草を擦り込め」
「了っ解です!」
「それと……ヒカリ、ホムラ」
俺は二人の手を、両手で包み込むようにして強く握った。
「よくやってくれた。お前たちのおかげで、明日も生きられる。……銀貨三枚と、干し肉二包み。きっちり、俺の血肉にしてやる」
俺の言葉に、ヒカリはふっと表情を緩め、涙の滲んだ情けない目で小さく笑った。
「……ふん。それでこそ……私たちの主よ。情けない顔ばっかりしてたら、承知しないんだから……」
「はい……リュージ君。明日も、明後日も……私たちは、あなたの武器、そして相棒として、側にいますからね……」
二人は安堵したように息を吐き、男たちの魔力の熱に浮かされながら、ベッドに横になった。
ヒバナが手際よく、二人の肌にこびりついた汚れを水で拭い去っていく。ボロ布が黄色や白に染まり、バケツの水が濁っていく様を、俺はただじっと見つめていた。
机の上に置かれた、三枚の銀貨。
そして、二人が命がけで持ち帰ってきた、干し肉の包み。
俺がまだ使ったことのない精霊と武器を、他の奴らが先に使っていく。
その屈辱と惨めさは、消えることのない焼き印となって、俺の魂の奥底に刻み込まれた。
バケツの冷たい水は二人の体を拭うたびに濁り、やがて白濁した油膜と血の混じった赤みを帯びていった。
その度にヒバナが愚直に外に出て水を取り替えに出て行った。
ヒバナが金属の指先を器用に動かし、粗末な木綿のボロ布を絞る。じゃば、と水音が掘っ建て小屋の狭い空間に反響するたび、鼻腔を突くのは、生々しい雄の体液の匂いと、大気中に揮発し始めた濃厚な精霊魔力の熱気だった。
「ホムラ先輩、ヒカリさん、せーえきの約八割の除去を完了しました! ですが、体の奥のせーえきは、拭いてもぜんぜん掻き出せません!」
「……んっ、ヒバナ、そこ……あんまり強く擦らないでったら……。擦れて、ヒリヒリするんだから……っ」
ヒカリが金髪を藁の上に散らし、痛みに眉をひそめながら小さく喘いだ。
白銀の装甲をすべて脱いだその肢体は、薄暗いカンテラの灯りの下で、信じられないほど艶めかしく、そして痛々しく浮かび上がっていた。
男たちの太い指によって力任せに掴まれたのであろう青紫色の鬱血痕が、滑らかな乳房の膨らみから、引き締まった腰のくびれ、太ももの内側にかけて無数に散っている。
「……ヒカリちゃん、我慢してください。綺麗にしていただかないと、リュージ君の寝所を汚してしまいますから……ぁ、んっ……」
隣に横たわるホムラが、濡れそぼった布が秘所に触れた瞬間、身を捩って吐息を漏らした。
鮮やかな紅のショートヘアは汗と男たちの脂で額に張り付き、ふっくらとした肉感的な胸元は、荒々しく吸い付かれたせいで赤く腫れ上がっている。裂かれたホットパンツの残骸を取り払われたその股間からは、未だに受け止めきれなかった男たちの濁った欲望が、微かな熱気を孕んだ糸を引いてシーツ代わりの麻布を濡らしていた。
「ヒバナ、もういい。あとは俺がやる。お前は少し休んでいろ」
俺は掠れた声で告げた。
酷い目に遭った彼女たちをただ見ていることなど、到底できそうになかった。
「わかりました! あ、アタシは外を見てますね、ついでにホムラ先輩とヒカリさんから貰った魔力と熱エネルギーを安定させます!」
ヒバナが金属質の足音を響かせて土間へ下り、外の闇へと出ていく。
引き戸が閉まり、小屋の中には、不揃いな三人の呼吸音と、カンテラの油が爆ぜる微かな音だけが残された。
次回、界隈恒例の寝取らせ報告
あとみなも。素敵だぁ。