店内に入ると、俺たちは暗黙の了解で二手に分かれることにした。このディスカウントストアは一階が食料品や日用品、二階が医薬品や雑貨という配置になっている。効率を重視するなら役割分担は必須だ。
「じゃあ、俺は食料品を回る。平塚さんは上の階、頼めるか」
「わかった。コンドームだろ、ローションだろ……あと何か欲しいもんあるか?」
「いや、そのへんはお任せするよ。ゴムは多めに頼む」
「了解。じゃあ、後でレジ前な」
平塚さんは片手を軽く上げると、億劫そうにエスカレーターの方へと消えていった。
俺が食料品を志願したのには明確な理由がある。以前、同じように連休をホテルで過ごそうと決めた際、買い出しの全権を彼女に委任したことがあった。その結果、ホテルのテーブルを埋め尽くしたのはスルメ、ビーフジャーキー、柿の種、そして殺人的な辛さを売りにしたポテトチップスの袋の山だった。
酒のつまみとしては百点満点だが、数時間ぶっ通しでセックスに耽った後の、胃袋が悲鳴を上げている状態の空腹にはあまりにも酷だった。塩分と香辛料で喉は砂漠のようにカラカラになり、結局、深夜に二人して水道から直接水をがぶ飲みする羽目になった。あの時の、胃が焼けるような感覚と虚無感は今でも忘れられない。数学的に考えても、エネルギーの収支が全く合っていない買い物だった。
俺はカゴを手に取り、冷静に棚を吟味していく。
(ハニーナッツ……安いな。これは酒にも合うし、手軽にカロリーが取れる)
(ジャーキーとスルメは少しでいい。代わりに、腹に溜まるものがいるな)
(……カリカリ梅。これは口直しに必要だろ)
炭水化物と適度な糖分、そして何より水分。それらを基準に、ある程度日持ちがして、時間が経っても味が落ちないものをカゴに放り込んでいく。おにぎりのパックに、念のためのカップ麺。それから二リットルのミネラルウォーターを二本。
俺たちの間に「どちらが奢る」という概念は存在しない。互いに自立した大人だし、何よりこの奇妙な関係に、金の貸し借りという余計なノイズを混ぜるのは面倒だ。それぞれが自分のカゴに欲しいものを入れ、会計を別々に済ませてから、店を出たところで合流するのがいつものスタイルだった。
レジに向かう途中、棚の隅に並んでいた精力剤が目に留まった。
(これも……一応、買っておくか)
二十七歳、まだ若いとはいえ、日を跨いで彼女の絶倫ぶりに付き合うとなると、科学の力に頼るのも一つの合理的な判断だ。ドリンクタイプの小瓶をカゴの隅に滑り込ませていると、背後から足音が近づいてきた。
「入れ終わったかぁ〜?」
二階から降りてきた平塚さんと鉢合わせた。彼女のカゴを覗き込むと、そこには見覚えのあるメーカーのコンドームの箱が三つと、粘度の高そうなローションのボトルが入っていた。コンドームの数は、どう考えても一晩で使い切れる量ではない。
「まあな。そっちは? 足りるのか、それで。随分と買い込んだな」
「足りなきゃまた買いに来りゃいいだろ。」
「そうだな。まあ、これだけあれば当分は持つだろ」
「それよりお前、カップ麺も入れてんの? 重くないか、それ。水も……ホテルの冷蔵庫に入ってるやつでよくない?」
「ホテルのは小さいし、足りなくなった時にわざわざフロントに頼むのは面倒だろ。こっちで買っておいた方が安上がりだし、何よりこっちの水の方が美味いんだよ」
「ふーん、相変わらず細かいこと気にするねえ。……ま、お前が持つならいいけどさ。じゃあレジ行こうや」
彼女は特に興味なさそうに肩をすくめると、先にレジの列へと並んだ。背中越しに見える彼女の適当なまとめ髪から、一房だけピョコンと毛が跳ねている。相変わらずだらしない。だが、その無頓着さが、今の俺にはちょうどいい心地よさだった。
◆◆◆
別々に会計を済ませて店を出ると、夜風が火照った顔に心地よく当たった。重いポリ袋を両手に下げ、ディスカウントストアから徒歩で四、五分。ネオンがけばけばしく輝く一角に、俺たちがよく利用するホテルがある。
ロビーに入ると、いつものようにパネルの前に立つ。今回の部屋は「ナチュラルモダン」というコンセプトらしい。落ち着いた木目調のインテリアに、少し暗めの間接照明。ジャグジー付きの広い浴場と、激しい動きにも耐えうる絶妙な反発力の枕があることを、俺は経験から知っている。
部屋に入り、カードキーを差し込んで明かりを点ける。俺は真っ先にレジ袋から食料品を取り出し、手際よく冷蔵庫に詰め込んでいった。テーブルの上には、とりあえずのつまみと、先ほど買った酒を並べる。
「ふぅ……。ようやく落ち着いたな」
「だな。準備万端ってわけだ」
平塚さんは部屋に入るなり、すでに自分の家であるかのようにくつろぎ始めていた。彼女はベッドの端に腰を下ろすと、早くもパーカーのジッパーを半分ほど下ろした。中に着ているTシャツの襟元から、鎖骨のラインが露わになる。
「じゃ、まずは景気づけに一杯いくか。喉乾いた」
彼女はそう言って、プシュッと小気味よい音を立てて缶ビールを開けた。グラスなんて気取ったものは、俺たちの間には必要ない。
「ああ。これがないと始まらないな」
俺も自分の缶を開け、軽く音を立ててぶつける。
「乾杯」
「おう、乾杯」
冷えた液体が喉を通り、胃に落ちていく感覚。まだ一言も色っぽい言葉は交わしていない。だが、俺たちの視線は、缶の縁越しにじっと重なり合っていた。これから始まる、理性をかなぐり捨てた連休の「飲み会」が、静かに幕を開けた。
店で買って食べ切れなかった、食べなかったのは各自買った方が持ち帰っている。
基本つまみで腹が膨れてしまうのだが次に活かせない、そんな二人。