シャワーを浴びて二人分の汚れを綺麗に洗い流した後、俺たちは散らかり放題になった部屋の片付けに着手した。
ベッドの脇やテーブルの上に散乱していた大量の空き缶や、スルメやポテトチップスの空き袋、そして何箱分もの使用済みコンドームの残骸。それらを指定のゴミ袋へ手際よく放り込んでいく。
ホテルの部屋を荒らし尽くしたという現実感が、少しずつ冷めていく体温とともにじわじわと頭に染み込んできた。
「次いつになるかね?」
ゴミ袋の口を縛りながら平塚さんがふと思い出したように尋ねてきた。
「まあ、余裕があれば連絡するよ。俺たち、お互いに連休なんて滅多に取れないだろ。今回はたまたま運が良かっただけだ」
「それもそうだな。まあ、連休じゃなくても単発で一晩ヤるくらいなら、いつでも声かけてくれりゃいいけど」
「ああ、そっちの都合が合いそうな時はいつでも言うよ。お前も急にシコりたくなったら連絡してくれ」
「言われなくてもそうするよ」
そんな冗談混じりの軽口を叩きながら、俺たちは脱いであった衣服を身につけ、身支度を整えていった。野暮ったいパーカーに袖を通した彼女は髪を軽く手ぐしで整えるとポケットを探りながら俺を振り返った。
「帰りに、一本吸っていかない?」
「いいぞ」
チェックアウトを済ませてホテルの重い自動ドアをくぐると外の冷気が一気に肌を刺した。狂乱の部屋から一転して現実の空気が肺に満ちていく。俺たちは並んで歩き、少し離れた路地裏にある指定喫煙エリアへと足を進めた。
喫煙所に入ると平塚さんは慣れた手つきで箱から紙タバコを一本抜き出し、ライターの火をつけた。紫煙が彼女の薄い唇からゆるゆると吐き出され、冷たい空気に溶けていく。
俺もポケットから愛用品を取り出し、ボタンを押して加熱を待った。スティックを差し込み、ゆっくりと口に含んで煙を吸い込む。
「あれ、お前それ電子タバコにしたのか?」
隣で紫煙を燻らせていた平塚さんが、俺の手元を覗き込んで意外そうな声を上げた。
「ああ、これか。ちょっと前からこれに変えたんだ」
「へえ。前までは普通に紙タバコ吸ってただろ。急に日和ったのか?」
「日和ったわけじゃないよ。……タバコ臭いって、生徒に直接言われてな。それ以来、匂いが服に残りにくいやつに変えたんだよ」
「うわ、気に気にしてんだ。意外とナイーブなんだねぇ」
「ナイーブとかじゃなくて、余計なところで変に目をつけられて仕事に支障が出るのが面倒なだけだ。臭いって理由で避けられるのもやりづらいしな」
「へいへい。真面目なんだか不真面目なんだか、本当によく分からない奴だな」
平塚さんは可笑しそうに鼻で笑うと再びタバコを口にくわえて煙を深く吸い込んだ。
細い路地裏の喫煙所には、俺たちが吐き出す二種類の煙が漂っていた。紙タバコの独特な焦げた匂いと、電子タバコの薄い蒸気。まったく異なる質の煙が混ざり合い、冬の寒空へとゆっくり昇っては消えていく。
俺たちの関係も、どこかこの煙に似ている気がした。恋人でもなく、ただの隣人でもなく、けれど互いの都合と欲望だけで完璧に噛み合っているセフレという不確かな繋がり。世間から見れば自堕落で褒められたものじゃないかもしれないが、この飾らない気怠さと遠慮のなさが、俺にとっては驚くほど居心地が良かった。
明日になればまたそれぞれの日常に戻り、互いに別の学校で「教師」というまっとうな仮面を被って生きていくことになる。黒板に向かって数式を書き、生徒たちの前で知性のある顔を取り繕う日々だ。
だがどれだけ大人ぶって見せたところで、俺たちはこうして路地裏で煙を吐き出し、互いの肉体を貪り合う駄目な大人のままだ。
平塚さんが指先でタバコを軽く叩き、灰を灰皿へと落とした。横顔に落ちる日陰の影が、どこか切なくも変わらずだらしなく見えた。
煙を最後まで吐き切り、俺は電子タバコの電源を切った。次の連休がいつになるのか、あるいは次にどちらの部屋のドアを叩くことになるのかは分からない。
けれどこのぬるま湯のようなどこか心地よい関係は、 まだ当分の間、終わりそうにないことだけは確かだった。
今回で一応完結になります。
アイディアがまとまったら次を書いてみたいと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました!