不思議な感覚だった。
視界に映るものは何もない。
身体に力は入らず、どこかを漂っているような浮遊感と心地よい温もりだけが俺を包み込んでいた。
次第に、その温もりが不快を覚えるほどの熱と冷気を行き来し始める。
浮遊していた身体は背後から圧を感じて流されていくようだった。
やがて、身体中を震わせるような、鳴き声に似た高音が響き渡った。
その音を境に、俺の身体はふわりと浮上していく。
「うっ……ううん……」
意識がゆっくりと覚醒し、全身が動き出す。
どうやら俺は椅子に座り、机の上に上半身を預けて眠っていたらしい。
瞼を開け、身体を起こすと、そこは不思議な空間だった。
部屋全体が壁ではなく、大理石の柱廊に取り囲まれている。
その柱廊の先には外の景色が見え、広大な砂漠が広がっていた。
だが、その異様な光景よりも、さらに強く目を引く存在があった。
机の向こうに二人の人物がいる。
一人は俺と向かい合うように椅子に腰かけ、こちらの様子を窺っている老齢の男性。
異様に長い鼻と、尖った耳。白目が目立つほどに吊り上がった両目で見つめてくるその男は明らかに人ならざる雰囲気を纏っていた。
そして、椅子に座らず、男に付き従うように佇む女性。
怜悧な顔立ちをした美しい女は、まるで男の秘書のようだった。
「フフフ、お目覚めのようだね。ようこそ、『ベルベットルーム』へ」
指を小刻みに動かし、机を軽く叩く男は、俺の目覚めを待ちわびていたかのように笑みを浮かべて迎えた。
(まさか、出会ってしまうとはな……)
目の前にいる男——夢の住人であるイゴールと、その付き人のメロペを見て、俺の心中は複雑だった。
ワイルドの素養を持つ主人公たちのような特別な存在ではない俺がベルベットルームにお呼ばれするとは。
ペルソナファンからすれば、生のイゴールたちと出会えるのは嬉しいことではある。だが、素直に喜べない部分もある。
もしかしたら、ワンダーが消息不明となったことで、その役目が俺に回ってきたのかもしれない。
ゲーム通りなら、近々破滅が迫っている人物がこの部屋に呼ばれる。
そして、彼らの手助けを受けて最悪の事態を回避する。
もっとも、いくら足掻いたところでキタローのように死の運命が確定している場合もある。
つまり、碌なことに遭わないことが確定してしまったのだ。
「ハァ……」
「おや? ご不満かな?」
「我々は客人として君を迎え入れている。フフッ、そう邪険に扱わないでくれたまえ」
俺の気持ちを察してか察さずか、イゴールは楽しげにしている。
「いえ、何が何だか、まだ整理ができていないだけですので……」
「そうかね? では、そういうことにしておこう」
「おっと、自己紹介が遅れたね。私は『イゴール』。そして、この者の名は『メロペ』。私に仕える従者だ」
イゴールがちらりと横の美女——メロペに視線を寄せると、彼女は丁寧な所作で挨拶をした。
「『メロペ』である。よろしくお願い申し上げておく」
相変わらず、言葉遣いが変だが。
「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所」
「そして、この部屋は君の心の在り様が反映されている」
改めて周りを見渡してみると、外は夜のようで暗い。
ドーム型の天井は上部が開いており、そこから星々の光が集まり、漏れ出している。
一方で外の砂漠は途中で途切れており、その先には何も見えない闇が広がっていた。
「途切れた砂漠は、闇の中に落ちている。砂の滝のように」
「砂漠の上に建ったここは、然ながら『砂上の宮殿』。雨風が吹けば崩れ去ってしまう、愚者の建物、とでも申し上げておく」
真顔で毒を吐くメロペ。
随分な言いようだ。俺の心の中はそれだけ愚かだと言いたいのか。
「それで、用件は何ですか?」
「ああ、メロペの言葉に心象を悪くしたかな? すまない、メロペは言葉を選ばない性質でね」
「君の質問に答えよう。我々は、いずれ君に訪れる破滅を免れる手助けをしたいと考えている」
やはり、そうなのか。
ルフェルと関わってシェディムを倒したことで仕掛け人に目を付けられたのか。
あるいは、どちらにせよ、仕掛け人に狙われる運命だったのか。
「それは、具体的にどんな破滅が?」
「おっと、我々はあくまで君の選択のサポートをするだけだ。未来について語ることはできない」
忠告はするのに具体的な危機については教えてくれない。
ゲームと同じで何かしらの制約があるのだろうが、じれったいな……。
とはいえ、サポートしてくれるのはありがたい。飲み込むしかないか。
「君は類まれなる欲望を持っている。そして、その欲望は善悪に関わらず、周りに影響を与え得る力を秘めている」
「そんな君が破滅に抗えるように、メロペがサポートを務めてくれるだろう」
促されたメロペは俺の傍へと近づき、頭を下げた。
「貴方様のコンシェルジュを務めます、メロペと申し上げておく」
「あっ、ああ……よろしく」
俺が戸惑いながらもそれを受け入れると、イゴールは満足そうに頷いた。
「さて、今宵はここまでのようだ。また、お会いしよう」
その言葉と共に、俺の視界は再び暗転した。
微かな気怠さを感じながら、俺は再び意識を取り戻した。
起き上がり、状況を確認する。
周囲には見慣れた部屋の光景が広がっていた。
どうやら現実世界にある俺の部屋へ戻ってきたようだ。
「起きたようだな。まったく、心配をかけおって」
部屋の窓際から声がする。
振り向くと、そこには一羽のフクロウが窓の傍に佇んでいた。
俺はそのフクロウを知っている。
メメントスで出会ったルフェルだ。
「ホゥ、驚かぬか。ここでは姿が変わっておるというのに、案外肝が据わっておるのだな」
「ああ……驚いてはいるけど、メメントスの姿よりは可愛げがあるというか」
「なっ、何じゃと!? ワシの姿はそこまでか! それに、どちらかと言えばワシは鯔背であろう?」
ムキになって反論するルフェルを受け流しながら、俺は眠気覚ましに冷蔵庫にあった市販の珈琲を飲んだ。
単語のチョイスが若干古いんだよな。意味は分かるから問題はないが。
「そういえば、どうして俺は現実に戻ってるんだ? 確か、メメントスで倒れたはずだよな」
「ワシと小娘でお主を部屋まで運んだのだ。そこでヰセカイナビを起動した」
「シャドウが現れぬとはいえ、いつ起きるかも分からんお主をメメントスに長時間滞在させるのは負担になるであろうからな」
なるほど、そういうことか。
体力や気力を回復するなら現実世界の方がいい。
ルフェルはナビを持っているし、俺の傍で起動すれば現実に戻れる。
それに、やはりあの寝室は俺の部屋と繋がっていたんだな。
俺が思案していると、ルフェルはバサバサと翼を羽ばたかせ、俺の肩へと止まった。
「さて、身体を休め終えたら、欲望を搾取する者を探すとしようぞ」
「当てはあるのか?」
「いや、まだ探し出せてはおらぬ」
「だが、渋谷にメメントスへの入り口がある。渋谷からであれば探索が進めやすく、パレスの主を見つけやすい」
となると、やはり最初の標的は“あいつ”になりそうだな。
俺は軽食を済ませた後、ルフェルに準備があると言い、パソコンを起動させた。
巨大な渋谷駅のホームが目の前に現れる。
所々が赤黒く、不気味さを醸し出しているホームは、ここが異世界であることを実感させた。
俺とルフェルは銀座線・渋谷駅の出入り口前に立ち、ナビを起動させた。
そして予想通り、メメントスの入り口へと辿り着いた。
「では、ここからお主の部屋まで向かうとするか。小娘を連れ出すためにもな」
「ああ。……んっ、ちょっと待て!」
車の姿へと変身しようとしたルフェルを制止する。
入口からシャドウではない人の姿をした何者かが見えたのだ。
俺たちの元へと近づいてくるその人物は、手ぬぐいを頭に被り、和服を着た行商人の恰好をした女性だった。
「初めまして、お客さん。うちはマルチム。商売人っちゃよ~」
女性——マルチムは陽気に手を振りながら、友好的な態度を見せる
頭に載せた深ざるには数多くの品々が入っていた。
「なんと! このような奇天烈なシャドウがいるとは……。ムムムッ、メメントスとは摩訶不思議な場所だ」
ルフェルが腕を組み、様子を窺っている一方で、俺は驚きつつも、マルチムに出会えたことに喜んでいた。
(ゲーム画面でよく出てくるショップのお姉さん! この人にはかなりお世話になったな……)
廃課金ユーザーの俺はショップを開く頻度が普通のユーザーよりも多い。
ショップを開くたびに「~ちゃ」と愛嬌のある語尾で陽気に振る舞う彼女に、いつの間にか愛着を持っていた。
マルチムの勧めるアイテムは有用な品が多く、そのおかげで戦力を整えることができた。
この世界では、果たしてどのような品を扱っているのだろうか。
「敵意はなさそうだし、売り物にも興味がある。少し見てもいいか?」
「ふむ……急いでいるわけでもない。お主がそのように言うのであれば、ワシは構わん」
物好きな奴め、と言わんばかりに俺をジト目で睨むルフェルを無視し、マルチムに近づく。
「俺は茂部成雄。メメントスには最近来たばかりで勝手が分からないんだ。探索する上でおすすめの商品とかはあるかな?」
「あら~、ご新規さんっちゃね~。マルチムのおすすめはこれかね~」
マルチムは興味を示した俺に嬉しそうにほほ笑むと、手に持ったざるから品を漁り始める。
そして、太い糸束を取り出した。
「これは『カエレール』。この糸で地面に円を描いてその上に立てば、いつでもこの入り口に戻れるっちゃよ」
それはいいな!
疲れた時にまた戻るのは面倒だし、これがあればかなり楽になる。
「欲しいけど、取引に必要なものが分からないんだ。教えてもらえないだろうか?」
「そうね~。『魂魄玉』とよく交換してるっちゃよ~」
「魂魄玉……」
ゲームで探索中に拾えたり、雑魚を倒した時に獲得するアレか。
だが、そんなもの俺の手元にはない。
シャドウを倒した時にも獲得していないはずだ。
「これが欲しいのか?」
ルフェルが手元から大きな玉を取り出した。その玉は魂魄玉だった。
「これ、どこで……」
「メメントスを走行中に拾った。シャドウを轢いた際にも幾つか出てきたが、これに吸収されてここまで大きくなった」
なるほど、そういう原理なのか。
ゲームとは違い、確定ドロップではないと。
「あら~、大きい玉っちゃね~。これと交換ならいいっちゃよ~」
マルチムから『カエレール』を受け取ると、ルフェルはしげしげと眺めた後、俺に手渡した。
「協力者であるお主とは、肝胆相照らす仲を望んでおる。受け取ってくれ」
肝胆……要は、腹を割って話せる仲ということか。
「ハァ、もう少し分かりやすい言葉で言ってくれよ。……ありがとうな」
ルフェルの好意に甘えて受け取る。
欲望塗れの俺の姿を見ても対等に接し、仲間として歩み寄ろうとしてくれている。
少しは俺も、ルフェルに気を許してもいいかもしれない。
「おじさん、何で真っ先に私に無事を教えてくれないの?」
「りせ、とっても心配したんだからね!」
りせが咎めながら俺に近寄ってくる。
「……ごめん。俺も無理し過ぎたと思う。これからは気を付けるよ」
「りせには本当に助かった。りせのペルソナのおかげで倒すことができた。りせは凄いよ」
「ふーん? それじゃ、おじさんは私に大きな恩ができたってことだよね~」
俺が本音を交えつつ、必死にりせの機嫌を取ると、りせは口元を綻ばせながら俺の肩に手を回した。
ちゅっ、ちゅぱっ……。
りせは俺にキスを迫ると、舌を入れて貪るように絡めてきた。
唾液と粘膜が絡み合い、時に吸引され、舌が侵食されるような感触に、俺の頭は蕩けていく。
「勝手に動いちゃダメだからね。私が満足するまで、おじさんは我慢して、情けない声を上げ続けるの♡」
俺の唾液でテカった唇をペロリと舌で拭うと、りせは目を細めて被虐心を燻ぶるような笑みを浮かべた。
華奢な指先で俺の肌を愛撫し、俺から声が漏れると嬉しそうに嗤う。
指先がするすると下がっていき、俺の股間へと到達すると、すでに起立した肉棒を撫でた。
「うっ……」
「ふふっ♡」
裏筋を撫でられ、たまらず喘ぐと、りせは嬉しそうに執拗に攻めてくる。
いつの間にかズボンから曝け出された肉棒は気持ちよさに我慢汁を垂らしていた。
その汁がりせの手を汚し、潤滑油となって擦る速度が上がっていく。
「うぐっ……!?」
吐息が荒れ、高みへと上り詰めそうになったところで、りせは肉棒を強く握りしめた。
「だーめ♡ まだイッちゃダメ♡」
「おじさんは、私を気持ちよくしてから、ね?」
肉棒を手に取ると、腰を浮かしたりせが、先端を自身の陰部へと当てる。
「ふふっ、おじさんを犯してあげる♡」
愛液で潤った柔肉がゆっくりとカリを包み込んでいく。
気持ちよさに震えて硬さを増していく肉棒を、逃がさないとばかりに抑えつけ、自重で飲み込んでいく膣孔。
まるで、りせという淫魔に食べられているかのような錯覚に俺は陥った。
「おちんちん、まだ抗おうとしてる♡ 本当はびゅーっと出したいのに我慢しちゃって♡」
騎乗位の体勢で、りせは腰を前後に揺らしながら俺の肉棒を攻めたてる。
柔らかくて狭く、粒々とした凹凸が刺激を生む膣内と、りせからの言葉攻めに、俺は息も絶え絶えだった。
りせの中、気持ち良くてもう……。それに、可愛い声と顔で虐めてくるりせが良すぎる。
脳から快楽物質が滝のように流れ出し、俺はくらくらしながらも、りせに言われた通り必死に耐えていた。
ずちゅっ、ずちゅっ、ぬちゃっ……。
りせの腰が浮き、肉棒を出し入れし始める。
「あっ、そこ、いいかも♡ 硬いおちんちんが、いいとこに♡」
「おじさん、おちんちんは優秀だね♡」
自身が気持ちいい場所に何度も肉棒を擦り付けるりせ。
俺もりせの腰と尻を掴み、肉棒が暴発しないよう必死に抗っていた。
りせのヒップは、プロポーションを崩さない程度に小ぶりながら男好みの肉付きで、その柔らかい感触は押し寄せる刺激から気を紛らわせてくれる。
「あっ、はぁ……りせ、イキそうだから……イッたら、もう我慢しなくていいよ」
「溜まりに溜まった欲望、りせにぶつけて♡」
俺にキスをし、耳元で囁くと、りせは腰を上下する速度を上げた。
一番感じる子宮口の傍——ポルチオへと、先端を何度も突き立てる。
そして、肉棒が一際強く擦りつけられたところで、りせの身体が震え、腰が仰け反った。
「あっ、アァァァァ~~~~!!」
膣内が収縮と痙攣を繰り返し、俺の肉棒から精を搾り取ろうとする。
りせのイキ顔を堪能しながら、俺も限界まで溜め込んだ欲望を膣内へと吐き出した。
「いい加減にせぬか!! 貴様ら、ワシの中で盛るんでない!!」
意識が鮮明になったところで、怒声が響き渡る。
そうだ。俺はりせと合流して、ルフェルに乗ってメメントスを……。
「何度も注意したというのに、性欲しか頭の中にないのか!」
車内は俺とりせの体液でべとべとだ。ルフェルが怒るのも至極当然の話である。
俺とりせはルフェルが変身した車の中でセックスを楽しんでいたのだから。
「ごめんね、ルフェル。おじさんが許してくれるから、私もどんどん高ぶっちゃって」
初めての騎乗位とカーセックス、そしてSっ気たっぷりに攻めてくるりせに俺もつい羽目を外し過ぎてしまった。
ルフェルには本当に申し訳ない。
「車の中で致すなど、非常識にもほどがある」
「すまん……。だが、実は日本だと初代内閣総理大臣も車で……」
「そんなことどうでも良いわ!」
目的地にたどり着くまでルフェルは終始不機嫌であった。
メメントスを走行すること1時間。
遂に目的地であるパレスの入り口へと、俺たちは辿り着いた。
「『木内雄之』。間違いない、ここだ。パレスが形成されておる」
メメントスの一角に、巨大な渦のようなものが広がっている。
線路が飲み込まれており、欲望が暴走した者の固有の空間——『パレス』がそこにあった。
「よく見つけてきたものだな。何か当てがあったのか?」
ルフェルの言葉に、俺は用意してきたものを取り出す。
ゲームでパレス主が誰かを知っていた、などと話すわけにはいかない。そもそも信用してもらえないだろうしな。
俺が取り出したのは、『磨我痛神』のページを印刷した資料だ。
「これは磨我痛神。匿名の暴露系投稿サイトだ。ここに迷惑行為で問題になっている『ファントム』が掲載されている」
「ホホゥ、その中の一人が木内だったというわけか。何々、ぶつかり男?」
木内雄之は磨我痛神の管理人によって「公式ファントム」認定された人物だ。
元は野球選手で、メジャーリーグへと移籍する可能性も上がったほどの有名選手だった。
しかし、ある事件がきっかけでスランプに陥り、女性とのトラブルによって引退することとなった。
引退して以降は球団の口添えで入社した会社の営業として働いているが、選手時代とのギャップに耐えられず、ストレス解消のぶつかり行為をしている。
ゲームだとぶつかりというよりはタックルなんだが……。
「欲望の強い歪みを感じる。中は相応に強いシャドウが徘徊しておるだろう」
「一度引き返さぬか? 道は覚えたわけだし、ここに辿り着くまでに疲労も溜まっておる。もっとも、お主らはシャドウとの戦闘以外の疲労が溜まっておるかもしれんがのう」
じろりと冷たい視線を向けるルフェル。
後ろめたさに、俺とりせは苦笑しながら目を逸らした。
パレスを感じ取れるとはいえ、探すのに手間取り、轢くことのできなかったシャドウとの戦闘を何度か行っている。
戦闘での疲労は確かにあるかもしれない。
「分かった。今回はここまでにしておこう。それに、こいつも使ってみたいしな」
俺は懐から糸束『カエレール』を取り出す。
束から糸を解いて、地面に円を描いた。
「ここに、入ればいいんだよね?」
りせがぴょんと可愛らしく円の中に飛び込む。
俺とルフェルも入り、念じると円から眩い光が放たれた。
数秒して光が収まると、周囲は見慣れた駅のホームであった。
「凄え……本当に帰って来れた」
「効果は本物であったな」
「でも、マルチムさん? は見渡す限り、いないね」
りせはきょろきょろと周りを見渡しながら、不思議そうに呟く。
マルチムは行商人でメメントスを徘徊しているため、いつも入口にいるわけではなさそうだ。
「今度出会えたら、もっと色んな商品買わないとな」
カエレールの予備も必要だ。マルチムの商品には今後お世話になることだろう。
彼女にお得意さんと認知されれば、優先的に商品を融通してもらえるかもしれない。
そうして、俺たちは解散となった。
視界が揺れる。
ナビを起動させたときに特有の現象だ。
やがて、異世界は現実へと置き換わり、俺は人でごった返す渋谷駅の出入り口前にいた。
「ふぅ、問題なく戻れたな」
安堵からか、ホッと溜息が漏れる。
ルフェルとりせとは異世界で別れた。
メメントスの入り口から再び渋谷駅へと戻れるかどうかを確かめたかったのだ。
そのため、ルフェルに俺の部屋へとりせの護送を頼み、俺一人で渋谷へと戻ることとなった。
まあ、大丈夫だとは思っていたが、念のためだ。
ルフェルもいないことだし、せっかくなら久々に渋谷で寄り道してから帰ろうかな。
そう思い、俺が伸びをしながら歩き出すと、不意に前方からやってきた通行人とぶつかった。
「うおっ!」
「あっ、ごっ、ごめんなさい」
前方不注意だったことと、向こうの勢いが強くて俺は尻もちをついてしまった。
倒れた俺に相手は駆け寄って手を差し出してくる。
声は少女のもので、聞き覚えがあった。
顔を上げて確認する。
茶色のショートヘアに、化粧は薄いが整った顔立ち。
制服の上にジャージを着た、活発さの感じられる雰囲気を纏ったその少女を、俺は知っていた。
『新井素羽』。
ペルソナ5Xに登場するメインキャラクターで、最初のパレス主である木内と関わりのある少女であった。
メインヒロインその2素羽登場
高評価や感想をいただけましたら励みになりますので、気に入っていただけましたら是非お願いいたします。