内定ゼロの俺が、世界ごと「ハイスペ美女に全肯定される催眠ASMR」にされた件 ~上澄みの美女たちに甘やかされるハーレム生活~ 作:メロディ下村
今日も一日、おつかれさまでした。
いま、あなたはこの画面を読んでいます。スマホは手の中にあり、画面の光が顔に当たっています。息は、ひとつ吐いても、ふたつ吐いても、途切れません。
では、あの夜の話をしましょう。あなたの人生は、あの夜に終わるはずでした。
大学4年の10月。エントリーした企業は100社を超え、最終面接で落とされたのは6回です。同期のグループLINEには、内定のスタンプが流れていきます。その画面の上に、87通目のお祈りメールが届いていました。
あなたは最後まで読まずに、画面を閉じました。
築50年の木造アパートは壁が薄く、隣の咳まで聞こえます。卒業後の家賃を払う当てはありません。コンビニの夜勤から帰り、万年床に倒れ込んだあなたは、いつもの音声配信アプリを開き、イヤホンを耳に差しました。
聴いているのは、何者でもない「あなた」が、ハイスペックな美女たちに全肯定される催眠ASMRです。人気者も、エリートも、お金持ちも、あなたを一目見ただけで恋に落ちる。甘やかして、褒めて、エッチなご奉仕までしてくれる。ストーリーよりエロを重視した、男のオカズ用の音声でした。
責める人はいません。面接官に落とされ続けた人にとって、これ以上の薬はありません。疲れた夜ほど、人は手近なものに手が伸びます。
指が冷えていました。夜勤明けの指は、自分の体なのに他人の手のようで、耳の奥では囁きが続き、スマホの白い光だけが、サムネイルの美女たちの上を滑っていきます。息は浅く、薄い壁の向こうに声が漏れないよう、奥歯を噛んでいました。
隣の部屋で、ごほん、と咳が鳴りました。息が止まります。止めた息のぶんだけ、下腹部の熱が行き場を探します。腰が跳ねて、白いものが掌に散った瞬間、画面の白よりずっと強い光が、世界の向こうで弾けました。
あなたの知らない遠くで、奇跡が起きました。虚しい夜の自慰が何かに届いたのか、それとも、落とされ続けた人を見かねたのか。人間には理解できない場所で、正体の分からない強い光が、世界を書き換えてしまいました。
人々の生活は、何も変わりません。変わったのは、あなたの大好きな催眠ASMRの設定が、この世界の常識になったことです。
ハイスペックな美女は、あなたを一目見た瞬間、母性と恋情とスケベ心の雷に撃たれる。守ってあげたい、甘やかしたい、喜ばせてあげたい。イヤホンの中の美女たちと同じように、全員が。
もちろん、あなた本人は何も知りません。
翌週、アパートに取り壊しの通知が届きました。土地ごと、誰かに買われたのだそうです。紙は2枚綴りでしたが、あなたは1枚目の「期限は3日後」だけを読んで、封筒に戻しました。お祈りメールで身についた、最後まで読まない癖です。
実家には頼れず、貯金は4万円。期限の日の夜、あなたは荷物を詰めたリュックを背負って、行き先もなく歩いていました。街灯が点き始めた通りに、足を止める理由はありません。
そのとき、黒いハイヤーが、あなたの横にすっと止まりました。一生縁のない世界の乗り物だと、通り過ぎるたびに思っていた車です。
後部座席から降りてきたのは、2人の女性です。
ひとりはシグリッド。金の髪を街灯に光らせた、女王のような人。
もうひとりはハンネ。磨いた窓ガラスのように澄んだ横顔の人です。
2人は息を止めました。次の瞬間、金の髪の人は、そっと手を取っていました。差し出された手は驚くほど温かく、その温度で、自分の手が冷え切っていたことに気づきます。
「お困りのようね。……私たちと、来てくださらない?」
窓ガラスのような横顔の人が、頬を赤くして続けます。
「お名前を、教えていただけますか」
あなたは、まばたきを忘れたまま、小さく答えました。
『……
あの日から約1か月。あなたの毎日は、天国になりました。
不合格の数は、いまも変わりません。変わったのは、数え方です。この家では、1回ずつ、粘り強さとして数えられています。
安心してください。これは夢ではありません。少なくとも、今日の昼寝の時間までは。
次話は、あなたの幸せな日常、包茎編です。毎日の昼寝には、美女たちの仕掛けがあります。お祈りの通知が鳴ったら、一拍おいて、息を吐いてかまいません。最後の1通は、もう届いたあとです。