博徒に警戒心しかもってない八重に石松を近付かせず、岡田兄弟は非番となった商団員とで京都見物をした
滑舌の悪い石松の案内ではあったが、慶次や年若い団員達は華やかな都に目を輝かせていた
しかし以蔵は何処何処で誰を殺したとか、誰の首を落としたとか、池田屋事件とかの死前の記憶を振り返るのみで京都見物を素直に楽しめなかった
可愛らしい舞妓や、美しい芸妓とすれ違っても以蔵の心は不動のまま
島原遊郭で絢爛な太夫道中を見ても周りが騒ぐだけで、以蔵はあの着物の中に暗器を隠しておけば要人暗殺の運び屋に使えるなと考える始末
(神社仏閣や京美人を見ても何とも思わん…
どの道が待ち伏せに遭いやすいかとか、建物の構造が護るに適しちゅーかとかしか考えられん
たまに思い返すがは何処何処で誰ぞを追うたり斬ったり、幕府の手先から逃げもって空腹と恐怖に怯えちょった記憶しかない
つくづく儂は平穏と無縁な男ぜよ)
自分に呆れる以蔵だが、井伊直弼が殺された事でこれから日本中で天誅が横行する。安政の大獄で恨みを買った者が尊王攘夷を掲げた勢力に嬲り殺しにされるので用心棒稼業をする以蔵には大いに稼ぎに繋がるが、直ぐに考えを改める
護れば金にはなるが、流石に薩摩藩や長州藩を敵に回すつもりはなく。命知らずの薩摩示現流を狙われるのは勘弁願いたい
それにいくら切羽詰まってるとはいえ幕府の要人が、土佐郷士風情に背中を任せるとは考えられないのだ
見物を終えた数日後、以蔵達は京都三条大橋から東海道と中山道に分岐する草津追分(現在の滋賀県草津市)に到着
そこの貸元・見受山の鎌太郎
歳は三十前だが、腕が立って計算高くて人情に厚い俠客。普段は滑舌が悪いはずの石松が見事な仁義を切った事ですっかり気に入った鎌太郎は次郎長の亡妻、初代お蝶の香典として百両を石松に手渡した
しかしこの百両を得た石松はすっかり増長してしまい、東海道遠州の都田村(現在の浜松市浜名区都田)の賭博場で貧乏博徒の都鳥一家に金をひけらかしてしまう
運の悪いことに、この都鳥一家には次郎長に壊滅された保下田の久六の残党が草鞋を脱いでいた
保下田の久六。嘗て清水の次郎長と亡妻・お蝶に命を二度救われて一家を持てるまでになったにも関わらず地元の悪代官と組み、博徒と十手持ちの二足の草鞋を履いた事で受けた恩をすっかり忘れ、重病人のお蝶を助けるどころか凶状持ちになっていた次郎長を捕らえようと恩を仇で返す真の外道
つい一年前に次郎長一家との喧嘩で久六は奇襲を受け、散々に打ち破られて殺された
その残党が現在の次郎長一家の大敵、甲州黒駒の勝蔵の支援を受けて都鳥一家と共に石松に取り入り、香典の百両をまんまと借り入れ、石松を含めた商団を都田村に釘付けにしてしまう
数日後、借金を返すと都鳥一家に誘い出された石松は、若衆に連れられ夜道をノコノコと付いていく
夜道を二人で歩くのは無用心が過ぎる上に、都鳥一家は借金を返す気は微塵も無い
巻き上げた金を博打で全てすった挙げ句、石松を騙まし討ちにし、ついでで商団の荷物や女を奪おうとまで企んでいた
石松の無用心さに都鳥の若衆は内心で小躍りするが、嘗て人斬り以蔵と呼ばれた男とその弟が尾行していることに全く気付いてない
郊外の閻魔堂で待たされる石松。しかし御堂の中には匕首を抜いた博徒がひしめいており今にも飛び掛かりそうだ
だが一瞬早く慶次が御堂の扉を厳重に施錠して連中を封じ込めると、次に以蔵が御堂の床下で桜の木をこれでもかと燃やして燻蒸を開始する
なんだなんだと状況を把握できない石松。しかし直ぐに御堂の中から煙で燻された博徒達の命乞いと怒号が入り交じった声が辺りに響き渡ると、流石の彼も直ぐに理解する
顔面の穴という穴から水分を出した博徒達、頃合いだと御堂から出されると、今度は視界を完全に奪われた状態で以蔵達にボコボコにされて縛られた
石松が商団を巻き込みたくないと距離を空けていた事が逆に幸いし、暇をしていた岡田兄弟は都鳥一家に探りを入れていた
香典の金を全てすった事や石松を閻魔堂に誘き出して嬲り殺す作戦も筒抜けで、以蔵は大量の桜の木を軒下に隠せられたのである
証拠を突きつけながら凄んだ以蔵が尋問をすれば、口を割った都鳥一家は石松だけを殺すだけでなく商団の命や荷物までも奪おうとしてた事まで白状すると、この一家と久六の残党は言うに及ばず、甲州黒駒の勝蔵は完全に宣振館の敵として認知された
以蔵は息を吐くと久しぶりに肥前忠広を抜刀。そして闇夜に光が走る
ゴロリと博徒の頸が次々に落ち、以蔵は何食わぬ顔で刀に付着した血と脂を拭っていた
息をしていたのは一番最初に白状した若い博徒だけ、残り全員は頸無しになっている
出立前に坂本龍馬の兄から貰い受けたこの肥前忠広は死前と変わらず、よく斬れた
「兄上?」
「慶次、気にする事は無いぜよ
性根の腐った博徒を甘やかしたらどうなるか、知らんわけやないろ?」
「勿論や。この手の連中は宣振館を立ち上げた時に山のように嫌がらせを受けたきね」
「そがなことや」
博徒同士の争いなら以蔵の出る幕ではないが、石松は商団の案内人として迎え入れている。つまり石松も以蔵にとっては護衛対象に入る
博徒はそれを知って狙ったのだから、斬った
荒事に慣れた石松も、易々と人間の頸を落とす以蔵の技と胆力に絶句している
以蔵は残った博徒に歩み寄った
「さて、おんしには奉行所で洗いざらい喋ってもらうで。もし僅かにでも嘘や違いがあった時は楽に死ねる思いなさんなや?
儂はおんしの顔も体も声も、全部覚えたきねや
地の果てまで追い詰めて、生きたまま八つ裂きにしちゃるき
庇い立てする奴は男やろうと女やろうと子供やろうと全て斬る。儂にはそれが出来るがを忘れなさんな」
以蔵は依然として人斬りの眼光を向けながら、生き残りの若衆に冷たく言い放った
そして奉行所に生き残りと頸を連行し、商団の殺害を企んだ事と荷物を強奪を謀ったが返り討ちあったと以蔵達は供述させる
奉行所の連中は持参された頸の山を見て、この一件に深入りすれば大老・井伊直弼の二の舞になるかもと解釈し、以蔵達に深く詮索はしてこなかった
それに村のダニ同然の都鳥一家と保下田の久六の残党なぞ、奉行所には百害あって一利無しの連中でしかない
ご苦労様の言葉は出なかったが奉行所の役人は以蔵達を終始、悪くもてなしはしなかった
「ありがとう。お陰で助かったに
お前さん達は俺の命の恩人だ
この森の石松、喧嘩や出入りには必ず助太刀するでよ。絶対に覚えといてくれや
以蔵、もしよかったら次郎長親分の子分になってみんか?お前ほどの腕っ節なら千人力だし、俺もお前と義兄弟になれるのはばか嬉しいんだが」
「有難い申し出だか儂は堅気の世界で生きると決めた。裏の世界は御免ながで
すまんねや
あんながは降りかかる火の粉を払うたまでに過ぎん、それに案内人に死なれちゃ困るき、礼はいらんぜよ」
帰り道、落ち着いた石松は俠客の世界へ以蔵を誘うが、あんなのは火の粉みたいなものだと軽く言われ、俠客の世界は御免だと断られる
少し足止めを食らったが都田村を出立した一団は、続く宿場町では特に問題なく商売を続ける
都鳥一家の様な弱小一家を壊滅させた程度で、東海道の親分衆は騒がないが面倒は御免だと干渉は受けていない
石松も懲りたのかすっかり大人しくなり、客人である商団の案内を真面目にしている。飲酒の方は相変わらずだが
道中、団員の殆どが始めて見る日本の象徴、富士山を見た時の雄大さは筆舌に尽くしがたく、以蔵ですら懐かしい旧友にあったような感じがした
順調に江戸を目指す商団は、清水の手前にある宿場町「府中」にて石松が予想外の人物達と再会する
一人は以蔵の身の丈を超える180センチの巨体の俠客で、通称は清水の大政
元は尾張の侍で槍組の小頭だったが武士に嫌気が差し、その時に出会った次郎長親分に惚れ込んで子分になった。一家での立場は軍師や相談役的な役割を果たす程に冷静沈着な人物で、次郎長からの信頼は特に厚い
もう一人、身の丈は平均よりも低いが居合抜きを使う火の玉みたいな性格の俠客、小政
濱松の魚屋の倅で早くに父親に患われたがシジミを売って親孝行。父親と死に別れた後は面倒をみてくれた次郎長の養子から子分になり、回りから舐められないように居合抜きを習った。小柄だが状況判断に優れて頭もキレると評判
大政と小政。どちらも本名が「山本政五郎」なので区別しやすいようにそう呼ばれている
歌の文句にも残り
大きな喧嘩は大政だが小さい喧嘩は小政が勝つ。清水港は鬼より怖い、大政小政の声がする。とまで歌われた清水次郎長一家の両雄が石松と商団を迎えたのである
「嬉しいね、大政に小政か!
漸く戻ったぜ、ほれほれ~遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
金比羅様への代参を見事に務めた、森の石松様が堂々のご帰還だ!」
久しぶりに兄弟分と合う石松は流暢に見栄を切ってカラカラ笑う
小政も嬉しそうに歯を見せたが、対照的に大政はどっしりとした態度で口を開く
「土佐からの客人に失礼は無かったな?石
あと、親分との決まりこんを破ってないらな?」
「き、決まりこん?あ、ああ大丈夫だ!
人は斬っちゃいんし、喧嘩もしてない、か、か、刀だって抜いちゃいんぞ!」
決まり事を守ったのかと問われ、明らかに動揺する石松は次第に滑舌が悪くなる。それを見た大政はたたみ掛ける
「酒は?」
「さ、酒は…その、まぁ、なんだ、あ~
お、御神酒だ!御神酒を飲んだぐらいだ!後はだ、大丈夫!」
「だが相当に酒臭いぞ。そんなに御神酒を飲んだのか?
金比羅様から、この府中までの旅路でも抜けん程に?
そうか、なら今度の大宴会は石だけ酒抜きにしてもらおう」
「え!?」
「はっは!そりゃ良いな。金比羅様の御神酒が残ってるなんて縁起物だに」
小政も横から口を挟めば、親分からの労いの酒を貰えない石松はこの世の終わりの様な顔をしている
「ま、冗談はさておき。親分との決まりこんを破らせない為に俺達はこうして清水から出てきた。
この府中で石の酒が抜けるまで、最低でも一日は必要か…
商団の皆様方、それまでは誠に申し訳ないが宿は次郎長一家が全て手配しますで、この大政に免じてこの府中で一晩明かしていただけませんか?」
時刻は朝を少し過ぎた頃、この宿場での商いをしても夕方には清水に到着は可能であるが、目の前の大男が義兄弟の為に深々と頭を下げている。それに商人には無料で一晩を明かせるなら願ってもない事である
「この小政からも、何卒よろしくお願いします!」
小政もガバッと頭を下げるが、上げた時に始めて以蔵と目が完全に合った
俠客とは言え小政も剣を習った者。血で血を洗う喧嘩も慣れた筈の男が以蔵を見た瞬間に身震いをし生唾を飲む程に圧倒される。そして背中に冷たいものが流れた気がした
以蔵は無心で小政と視線を交わし続ける
堪らなくなった小政はその状態のままで石松に問う
「石、あちらの客人、あの一際大きな男は用心棒か?」
「なんだ小政よ、以蔵のこんが気になるか?
そんなにじっくり見ちゃってや」
「離いたくても離せられんだに。一瞬でも目を離いた瞬間には斬られる。そんな気がするだ」
「ふ~ん。以蔵、紹介するに。俺と兄弟分の小政と大政だ
小政は喧嘩っ早いが客人に危害は加えんで、目線を外してやってくれや」
言われた以蔵は小政に軽く会釈をし、目線を周囲に向けて警戒を続けると小政の緊張はそこで漸く緩み、彼は何度も呼吸を繰り返す
「石、積もる話は後日に親分や他の兄弟分の前まで取っとけよ。それと小政、あの男と果たし合いを考えてるなら辞めとけ
侍だった俺から言わせてもらやあ、あの佇まいとあの体躯から滲み出る気配は並どころの剣客じゃ決して出せん」
大政に言われ、小政は無言で頷いた
立ち話が終わると商団は府中での商売を開始、遅延の元凶である石松は酒が抜けるまで宿屋に缶詰にされ、大政に決して酒は欲するなと再三に釘を刺されている
なによりも酒を好む石松に禁酒は辛く、本人は一刻の我慢も出来ないのだが、以蔵達にこれ以上の迷惑は掛けられないし、頭を下げた大政と小政に恥をかかせる訳にはと気合で堪えている
「では以蔵さんに慶次さん、買い物に参りましょう」
「はい、任しとーせ!」
「慶次、解っちゅー思うが土産物屋は箱根にも小田原にも江戸にもあるき
あまり散財するがやないで」
「解っちゅーよ兄上。儂は土佐から江戸までの道中で何を買うがかをこじゃんと書き出いて厳選しちゅーき大丈夫や」
「土産は江戸からの帰りに買うって事か?」
「その通りや。仕事は仕事で、ちゃんとするがが男やろう?」
江戸までの道中で徹底的に土産物をリストアップし、土佐への帰りに購入すると慶次は答えれば、浮かれてばかりだと思ったが意外にも考えが纏まってるのだなと以蔵は感心する
次郎長一家の大政と小政が手配してたので商売は滞りなく完了し、夕方前には自由行動が許された
暇をもてあました女性陣に以蔵と慶次は連れられ、生活必需品や土産物屋の梯子をしている
すると八重の美しさに惹かれたのか、旅装束の博徒が寄ってきた
「初めまして美しいお嬢さん、あっしは旅烏の追分三五郎と申しまさぁ。お見知りおきを」
「は、はぁ。私は八重と申します」
博徒の名前は追分の三五郎。どこにも属さない一匹狼の気質で、役者にしても問題ない位に美男だった
白昼堂々と八重を口説き始める三五郎
女性陣は色男の登場に黄色い声で騒ぎ始めたので、周囲の視線が渦中の八重と三五郎に集まる
以蔵はスルスルと人垣を抜けると三五郎の真後ろに立って気配を消す。慶次も八重にもしもの事があれば即座に動ける距離に立った
三五郎の対応する八重は、どうしたものかといった感じだ
裏表の無いあっけらかんとした石松、礼儀正しい大政、義兄弟想いの小政のお陰で博徒に対しての印象が少しだけ改善された八重だが、やはり博徒は根本的に苦手であるので三五郎への反応は宜しくない
すると女性陣の一人が、八重は博徒が苦手だからと自分を主張しだすと、薄々勘付いていたらしく三五郎も八重から物理的に距離を取る
すると背後に立ってた以蔵の分厚い胸板に、彼の後頭部と背中が当たってしまう
「おっと、ごめんなすっ……て」
振り返れば人斬り以蔵が見下ろしてた
「儂は女子衆が属する商団の用心棒ぜよ
文句があるなら相手になるで?
それから女子衆はこの東海道で次郎長一家の客人になっちゅー、揉め事や良からん事を考えちゅーなら辞めちょいた方が身の為や」
ゆっくりと親切丁寧に説明する人斬り以蔵
「こ、こいつぁとんだ誤解ってやつだぜ!」
慌てる彼の話をよく聞けば、彼は次郎長一家に助太刀もしたことがあり、森の石松とは特に仲が良いらしく、彼の到着があまりに遅いのを心配した次郎長本人に頼まれ、今朝方に清水を発ったとのこと
以蔵達が次郎長一家の客人と理解した三五郎は、まさか八重がその客人だと知ると青い顔になった
商団長は次郎長親分と手紙でやり取りはしていたが、都鳥一家のお陰で予定が狂った
この府中での滞在も石松が原因なので以蔵は少しだけ頭が痛くなった
「おんしの言う事がほんまかどうかはこの場では決められるか
ほんじゃあきに、おんしが儂達の宿屋を自力で探し当てて尋ねて来い
そこで次郎長一家の人間全員が認めたら、儂も文句はない
ただ尾行は辞めちょきや?怪しい動きをしたら、そのご立派な顔があいたには虫の餌になるで」
「???。あ、あいた?」
「明日って意味や。土佐弁ぜよ」
商団の宿屋にいる大政達が三五郎を認めれば以蔵も文句はない。尋ねて来るなら勝手にしろ
敵だろうと次郎長一家の知り合いだろうと、これ以上の厄介ごとはウンザリなのだ
名残惜しそうにする女子衆を急かし、以蔵達は宿屋に帰った
次の日、大政達に案内されて清水に到着した商団は次郎長一家の宴会に招かれる
森の石松、大政、小政、増川の仙衛門
大瀬の半五郎、桶屋の鬼吉、法印大五郎
三保の松五郎、吉良の仁吉、元力士の常
そして親分、清水次郎長
疑いの晴れた追分三五郎も混じっている
しかし宴の前に石松は、次郎長の部屋に呼ばれた
金比羅山への代参はともかく、禁酒の約束を守れずに府中で無駄な時間を過ごした事はすぐ次郎長に露見
更には都鳥一家の件は東海道で話題になっており、どうしてそのような事態に発展したのかも次郎長の耳に入っていた
「石、金比羅山への代参はご苦労だった。
だが、お前は俺との約束を破り、土佐からの客人に迷惑をかけ、あまつさえ自分の命も無くす所だったそうだが間違いないか?」
「へい!間違いないです!」
正直に石松は認めたので、次郎長はとんとん拍子に話を進める
「なぜ約束を破った?」
「何故って親分、決まってるじゃないですか。
俺はこの広~い世の中で酒くらい好きなもんは無ぇ。それが無くちゃ一時の我慢が出来ねぇ。それを三月も飲むなってんじゃ清水に帰る前に俺は死んじまう!」
「ほー、じゃあ次だ
都鳥一家の件は?」
「へい!金を貸してくれと泣きつかれて仕方なく貸しました!そんで客人の用心棒の以蔵と慶次が全部やってくれやした!
彼奴らは俺の命の恩人でさ!」
「あとの府中の遅れは大政の予想通りってか。
石よ、お前に別命を与えるぞ
客人が無事に土佐に戻るまで、お前はその以蔵を恩返しの意味で護衛するんだ。
但し道中で酒を一滴でも飲んだりしたら、その年は清水に帰るんじゃねえ。俺の前にも面を見せるな
もちろん東海道の全ての宿場町にふれを出す。石、もうこの次郎長の顔に泥を塗るような真似はしてくれんなよ」
「え?え?」
「見事に酒を断ってこの次郎長の前へ、男になって帰ってこい!」
「そ、そんなぁ!親分!
そりゃあんまりだ!そりゃないよ!」
「石よ、今度こそ次郎長を裏切るなよ
お蝶の香典を渡してくれた身請山鎌太郎の顔を立てる為にもな」
悪戯の仕返しのように笑った次郎長と、がくっと項垂れる石松であった
莫迦は死ななきゃ治らない。酒と金で命を失う所だった石松には良い薬である
「以蔵さん」
大宴会が終わって解散した以蔵が振り向けば、そこには小政がいた
「石松のこんなのですが」
「そこは大丈夫ぞね。宣振館は常に人手不足やき有難いくるいだ」
「何卒よろしくお願いします」
深々と頭を下げてくる小政に、以蔵は不思議だった
つい先程、次郎長の口から石松を正式に以蔵の護衛に付けると発表があり、前もって聞かされた以蔵は既に同意していた
石松への賃金も、次郎長親分から宣振館への献金という形で以蔵に一任されている
そんなのは幹部の小政なら知ってる筈
以蔵は何を今さらと思う
「実は俺も同行させて貰いたくて
親分には了承は得ております」
「アンタが?なぜ?」
「大した理由じゃありませんが、あんたの剣筋を見てみたい
それと石松の見張りも兼ねて。それなら如何け?」
見張りの見張り。以蔵も石松の暴走には頭が痛いのでその申し出は正直有難かった
(次郎長親分からの献金が一人分には多い思うたけんど、そがな事か)
「剣筋やか、それを見せんで済ませるがが宣振館の仕事けんどね
ま、えいろう。よろしゅうお願いします」
「ありがとうございます
なにか注意点はありますかな?」
「難しい事は言わんぜよ
とにかく雇い主を護る頭で動いたらえい
ですけんど、酒、おなご、煙草、賭博は仕事中は禁止や
アレは護衛の邪魔でしか無いきね」
「酒や煙草はともかく女はちょっと辛いが。そこは我慢しますよ
賭博は…まぁ、都鳥の一件がありますで妥当か
わかりました!この清水の小政、しっかりと務めさせていただきます」
そう言って小政は気持ちの良い笑顔を向けるのであった
亀執筆になりますが感想を頂けますと筆にブーストが掛かりますので、よろしくお願いします
ありがとうございました