神狐への変容と新たな神の誕生 作:匿名希望
「お前のその肉体が、どれほど快楽に溺れやすいかを教えてやろう」
――あのとき、あの薄暗い社殿の奥で、気高い冷徹さを装いながら、自分自身が吐き捨てた言葉。
あれがどれほどのブーメランとなって未来の自分の脳髄を焼き尽くすことになったか、当時の蓮(=「母様」として過去の自分と対峙していた時期)は知る由もなかった。
いや、知る由もなかったというより、それどころではなかったのだ。
よりにもよって、過去の自分を山林から連れ帰り、服を溶かし、女の子の体に改造し、さあこれから数千年にわたる「神格を磨くための過酷な修行の日々」を始めようという、その最初の日の夜。
運命のイタズラか、あるいは自らが生み出した因果のループのバグか、よりにもよってその瞬間に、蓮の肉体を容赦なく襲う猛烈な発情期の奔流。
(まって……嘘でしょ……? なんで……このタイミングなの……っ!?)
まだ自分のなかに、かつて「別の母様」から受け継いだはずの(しかし実態は未来の自分自身から植え付けられた)獣の理が、激しく疼きだしていた。
頭頂部の二対の獣耳がピクリと跳ね上がり、九本の白銀の尾は制御を失ってぶわりと大きく広がり、床板を激しく叩く。
体温がみるみるうちに跳ね上がり、呼吸が浅く、熱く乱れていく。
下腹部の奥底から這い上がってくる得体の知れない甘い疼きは、理性の皮を内側から容赦なく溶かしていった。
しかし、目の前には、怯えた琥珀色の瞳でこちらを見上げる「過去の自分」がいる。
(しっかりしなさい私……! ここで私が乱れたら、あのときの「母様」の威厳が、あの圧倒的なカリスマがすべて台無しに……!)
だが、問題があった。
蓮が知っている「神狐の作法」や「処女性を開発し、神格へと昇華させるための指導方法」など、一つしかなかった。
なぜなら、自分が受けてきた教育のすべてが、あの「母様」にされたことそのものだったからだ。
他にやり方など知るはずもない。
あの過激で、蜜のように甘く、脳髄まで痺れるような愛撫のステップ以外に、この肉体を神の器へと変える手順を、彼女は一切持ち合わせていなかった。
結果として、「母様」は、自分の身に起きている凄まじい発情の苦痛に耐えるためだけに、過去の自分を必要とするという、本末転倒な事態に陥っていた。
「……お前を導く。それが、私の役目だ」
冷徹な声音を絞り出すために、蓮は奥歯をギリッと噛み締める。
その背後では、我知らず溢れ出た濃厚な霊力と発情のフェロモンが社殿の空気を歪ませ、自分のほうが先に気絶してしまいそうなほどの熱量を発していた。
目の前の「過去の自分」に触れれば、きっとこの耐えがたい疼きが少しは紛れる。
目の前の未熟な肉体を抱きしめ、快楽の泥沼に沈めれば、この内側から焼き焦がされるような飢えが満たされるかもしれない――そんな獣の衝動が、脳髄の大部分を真っ黒に染め上げていく。
(はぁ……っ、くっ……、だめ、まだよ……まだいけない……! ここで私が先にイッてどうすの……!)
気高い女神としてのプライドと、脳を焼き切るような発情の苦しみが、脳内で激しく殴り合う。
冷たい言葉で過去の自分を圧倒し、恐怖と快楽のなかに沈めながらも、実際にその柔らかな肌に触れているのは、ほかならぬ自分自身だった。
相手の反応に震えながら、同時にその何倍もの快感の波を、自分のほうがダイレクトに受けてしまっている。
「お前の体がこんなにも敏感に……」などと甘く囁くたび、その言葉がそのままブーメランとなって、自分の心臓をえぐり、下半身の疼きをさらに何段階も跳ね上がらせた。
そして、最も恐ろしい真実は――
この修業期間中ずっと、蓮(母様)の発情期状態が一度も収まらなかったということだ。
一連の濃厚な修行の間、過去の自分が少しずつ成長し、神格を磨いていく傍らで、「母様」の肉体は常に狂熱のなかにあった。
休まる暇など一日たりともなかった。
昼は厳格な神の師として荒野を駆け、夜になれば過去の自分を抱き寄せ、自らが放った快楽の罠と発情の熱波に、毎夜毎夜、一人で何重にも悶え苦しむ。
「お前は……私という迷宮から、永遠に抜け出すことはできない……」
別室に引き返し、冷たい扉を閉めた瞬間、蓮は床に崩れ落ち、自らの小袖を強く握りしめながら、誰にも見せられないみっともない声で激しく息を乱していた。
カッコいいセリフの裏で、全身の感覚が過敏に逆立ち、涙目でクッションに噛り付きながら、「早く終わって……っ、でも終わったら私自身が狂っちゃう……!」と一人で悶絶し続ける日々。
他のやり方を知らないからこそ、その過酷なやり方を踏襲し続けるしかなかった。
体の疼きに耐え、威厳を保つこと以外に考える余裕など一秒もなかった。
あの完璧で冷徹に見えた「母様」の神話の裏側は、すさまじい発情と、自ら生み出した快楽のループに溺れ続ける、世界で一番孤独で、世界で一番滑稽な「耐え忍ぶ日々」の連続だったのだ。
――そして現在。
すべての因果を理解し、そのすべての黒歴史を「賢者モード」の冷めた目で俯瞰した蓮は、ふと、当時の自分の健気さとバカらしさを思い出して、遠い目をしながら小さく呟いた。
「……あのときの私、よく精神崩壊しなかったよね……」
Q:何故修業期間中に「母様」の舞台裏に思い至れなかったのですか?
A:「母様」の演技を維持するので精一杯だったからです